第5話「女神さまは学びたい」
何事もなく、いつも通り全ての授業が終了し下校時間となった。
部活へ向かう健太と別れの挨拶を交わすと、そのまま下校するため鞄を手にする。
ふと気になって五条さんの席へ目を向けると、暫く健太と会話していた事もあり既にそこには五条さんの姿は無かった。
昨日、俺は何だかよく分からないまま五条さんのカレー師匠となったわけだが、これから一体何をどうしていけばいいのか結局まだ答えなんて出ていなかった。
――まぁタイミングで、店のキッチン借りて教えるしかないよなぁ
そんな事を考えながら一人校門へ向かって歩いていると、校門の柱の所に一人もたれる五条さんの姿が目に入った。
何だろう?誰か待ってるんだろうか?と思いつつも、他にも下校中の人達で溢れているこんな所で会話をするわけにもいかないため、俺はそのまま五条さんの横を通り抜ける。
すると、校門の柱にもたれていた五条さんだが、俺が通り過ぎると何故かそのまま一人後ろを歩き出した。
こうして学校から駅までは一本道ではあるものの、一定距離を保ちつつ後ろを歩く五条さん。
そんな、傍から見ればたまたま一緒の方向へ帰っている他人に見えるであろう絶妙な距離を保ちつつも、明らかに五条さんは俺の後ろをついてきているのであった。
こっそり後ろを振り返ると、当の本人は何やら楽しそうな笑みを浮かべており、どうやら彼女は今のこの状況すらも楽しんでいるようだった。
とりあえずどうする事も出来ない俺は、後ろが凄く気になりつつもそのまま駅へ向かい電車へ乗り込む。
当然車内もうちの学校の生徒で溢れているため、五条さんは同じ車両の少し離れたところに立っていた。
そしていつもの最寄り駅で降りると、そのまま改札をくぐって駅を出る。
ここまで来てしまえば流石にうちの学校の生徒はほぼ居ないのだが、後ろを振り返るとそこにはうちの学校の制服を着た一人の少女が俺のすぐ後ろに立っていた。
「ここまで来たら、もう平気よねっ!」
それは勿論、五条さんだった。
笑みを浮かべる五条さんが、楽しそうに声をかけてきたのである。
「えっと、もしかしてここまでついてきた感じ?」
「そんなまさか!田中くん、今日はこのあとご予定は?」
「え?いや、特に何もないけど……」
すると何を思ったのか、五条さんは嬉しそうに一回頷くと、そのまま俺の腕を掴みどこかへ向かって歩き出した。
「え、五条さん!?」
「いいからっ!ついて来て!」
戸惑う俺を無視して、俺の事を引っ張りながら歩みを止めようとはしない五条さん。
こうして俺は、そのまま訳も分からずどこかへ連行されるのであった。
◇
「ここよ!」
連れてこられたのは、駅近くにある一軒の真新しいアパートだった。
「ここって?」
「それは勿論、私の家よ!」
そう言って鞄から鍵を取り出した五条さんは、ニコリと笑みを浮かべる。
正直そんな気はしていたけど、まさかここが本当に五条さんの家だった事に俺は当然戸惑ってしまう。
仮にも学校一の美少女の家へとやってきているのだから、こんなもの健全な高校生男子であれば意識しない方が嘘だ。
だがそんな事全く気にしていない様子の五条さんは、そのまま鍵を差して扉を開けると「どうぞ、入って!」と俺の事を家へ招いてきたのである。
「い、いや、いいんですか?」
「勿論!いいから連れてきたんだよ!さぁ入って入って!」
そう言って先に部屋へと入って行ってしまった五条さん。
こうして玄関前に取り残された俺は、こんな所にずっと立ってるのも不味い事に気が付き、意を決して部屋へ上がる事にした。
玄関の扉をくぐり部屋へと上がると、ふわりと甘い良い香りが漂ってくる。
間取りは1Kで決して広くはないが、その良い香りとピンク系統の家具で揃えられたこの部屋は紛れもなく女の子が一人暮らしをする一室だった。
女友達のいない俺は、当然女の子の部屋に上がる事自体が初めてだった。
そんな全く女性に対して免疫の無い俺は、いざ部屋へ上がってみたもののどうしていいのか全く分からず固まってしまう。
「あ、ここに座って!」
そんな俺に気が付いた五条さんは、テーブルの脇にクッションを置いてどうぞどうぞと勧めてくれたおかげで、俺は言われた通りそのクッションに座り少し落ち着く事が出来た。
それでも、どうして俺は今あの五条さんの部屋にあがっているのか訳が分からないし、そんな俺にはこれからどう振舞ったら良いのかなんて当然分かるはずもなかった。
こうして、結局どうしていいのか分からずただ座っていると、鼻歌を歌いながらキッチンへ向かった五条さんが両手いっぱいの小瓶を持って戻ってきた。
そして五条さんは持ってきたその小瓶を、一つずつ俺の前のテーブルへ並べる。
「――これは、スパイス?」
「そう!色々買い揃えてみたの!」
それは、カレー作りに用いるスパイスの数々だった。
クミン、ターメリック、シナモン、コリアンダーと、カレー作りに必要なスパイスは一通りそろっているようだった。
「どうかな?これだけあれば、田中カレーを再現できるのかしら?」
そして身を乗り出し、期待に満ちた表情を浮かべながらそんな質問してくる五条さん。
成る程、五条さんは早速お師匠様である俺にカレーのノウハウを教わろうとしていたのかと、ようやく自分がここへ連れてこられてきた理由を理解した。
別に変な期待をしていたわけではないが、理由が分かってしまえばちょっと落ち着いてきた。
そしてそれがカレーの話であれば、俺の中のギアが一段階上がる。
「うん、これだけあれば普通にカレーは作れるよ」
「本当にっ!?すごいっ!!」
俺の一言に、大喜びする五条さん。
そのリアクションから、本当に五条さんはカレーが好きなんだなと思わず俺の頬まで緩んできてしまう。
最初は緊張しすぎてやばかったけれど、これだけ素直にカレーを知りたがってくれているのであれば、ここは一肌脱いでまずは基本的なカレー作りを教えるしかないなと思った俺は、並べられたスパイスの中から4つだけ手にする。
「じゃあまずは、基本的なスパイスの調合から学んでいこうか」
「はい!師匠!!」
満面の笑みを浮かべながら、両手を挙げて喜ぶ五条さん。
その姿は、控えめに言って可愛すぎた。
だから俺は、そんな五条さんにちょっと良いところを見せようと思いながら完全にカレーモードに切り替える。
小さめのボウルを借りると、選んだスパイスを適量取り出して混ぜ合わせる。
それから許可を貰って冷蔵庫の中身を確認すると、どうやら元々カレーを作ろうと思っていたのか鶏肉や玉ねぎなどカレー作りに必要な具材が揃っていた。
「うん、これならこのままカレー作れるけどどうする?」
「お願いしますっ!」
「分かった」
無事許可が出た所で、俺はそのままその具材を取り出してカレー作りを始める。
玉ねぎを炒め、スパイスと鶏肉と薬味を混ぜ合わせて炒めたあと、最後に水を加えて煮込んで味を調えて完成。
まだまだうちのカレーには及ばないものの、それでも簡単に作れる割には十分美味しく作れるレシピを実践して見せたのであった。
「え、もう出来たの?」
「うん、簡単でしょ?」
仕込みから完成まで三十分足らずで調理を終えると、その速さに五条さんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら凄い凄いと喜んでくれた。
だが正直、そんな五条さんがずっと隣にくっついて食い入るように俺が調理するところを見てくれていたおかげで、俺はその近すぎる距離にドキドキしっぱなしで手際がかなり悪くなってしまっていた。
だから本当はもっと早く作れるのだが、それは今は黙っておくことにした。
カレーを作っているわけだから当然スパイスの香りが立ち込めているというのに、隣から香る甘い良い香りの方が気になってしまっていたのだから恐ろしい。
「じゃあ、食べましょう!」
「え、俺も?」
「勿論よ!せっかく作ってくれたんだもの!それに、ご飯は一緒に食べた方が美味しいわっ!」
そう言って嬉しそうに微笑む五条さんの姿は、あまりにも可憐で美しく本当に女神様のように思えた。
そして、そんな事を言われてしまっては断る事なんて出来なかった俺は、お言葉に甘えて冷凍ご飯をレンジで温めると作ったカレーをお皿によそって一緒に食べた。
作ったカレーは我ながら中々美味しく出来ており、一緒のテーブルで食事をする五条さんはこの間店で見た時と同じように、本当に美味しそうに食べてくれていた。
こうして、何故か五条さんのカレーのお師匠様になった俺は、何故かその五条さんの家で一緒にカレーを食べるという改めて全てが訳の分からない状況になってしまっているのであった。
それでも、本当に美味しそうにカレーを食べる五条さんを見ていると、これはこれでアリかもなと今の状況が嬉しくなっている自分がいるのであった。
早速お呼ばれ&一緒に食事
今日も一日、おつカレーライス
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やる気が出ますっ!!