第4話「女神さまとの約束」
「あ、そうだ。学校では私達が師弟関係な事はお互い秘密にしましょう」
これでようやく解放されるかと思ったが、最後に五条さんは思い出したようにそんな事を提案してきた。
まぁその意見には俺も全面的に同意であって、もしこんな事が学校中で広まってしまったら今後の俺の学校生活がどうなるか分かったものじゃなかった。
だけど、俺からならまだしも五条さんからそんな事を言ってきたのは正直意外だった。
いや、五条さん自身困る事があるからこそ、今こうして俺を体育館裏まで引っ張ってきた事は分かるのだが、他人に興味の無い五条さんが何故そんな事を気にするのか、その理由が俺には全く思い浮かばなかった。
だから俺は、半分は自分の事でもあるためここはちゃんと理由を確認する事にした。
「うん、俺は構わないっていうか、むしろ全面的にその意見には賛成なんだけど、五条さんはどうしてそんなに秘密にしたいのかな?」
「――えっと、田中くんには私はどう映ってる?」
「どうって――」
しかし、質問を質問で返されてしまう。
どうと言われても、俺の中の五条さんと言えばいつも無表情で退屈そうにしていて、だけど近付こうとすると辛口で辛辣な言葉を放つ氷のような美少女。
だけど、実は好きなものにはとことん熱を注ぐタイプで、意外と気さくでハイテンションで思い切りの良い性格をしていた――ってところだろうか。
そんな事を考えていると、五条さんは俺の顔を見ながら微笑んでいた。
そしてその表情は、まるで俺の考えている事なんかお見通しと言うようであった。
「うん、まぁ言われなくても何を思ったのかぐらい分かるよ。だって、私の事を一番よく分かってるのは私自身だもの。だから私が周りからどう見られているかぐらい、ちゃんと分かってるつもり」
そう語る五条さんは、さっきまでのハイテンションではちゃめちゃな感じと異なり、どこかミステリアスな雰囲気を纏っていた。
どうやら俺は、まだまだ五条セレナという人物の事を知らないようだ。
というか、ここまで色々な顔を併せ持つ存在なんて俺は他に知らない。
「その上で、私は学校生活は出来る事なら平穏無事に過ごしたいと思ってるの。それに、田中くんだってこんな私に学校で近付かれたら迷惑でしょ?」
「別に迷惑じゃ…………いや、うん、俺も五条さんと同じ気持ち、かな。出来る事なら、平穏無事に三年間過ごせたらなって思ってる」
そんな事ないと言おうと思ったが、やっぱり素直に答えた。
そんな事なくないことぐらい、五条さんは分かった上で言っているだろうから。
五条さんは、これがもしラブコメの世界なら間違いなくヒロインを張れる存在だ。
でもどうやら五条さんという存在は、物語に出てくるヒロインのように鈍感だったり、ご都合主義が通用するような甘い存在ではないようだ。
自分という存在価値をよく理解しているからこそ、周りも含めて最善の答えを常に導き出す事が出来る、一枚も二枚も人の上を行く存在。
それが五条セレナという、特別な存在なのだと感じた。
「うん、そうだよね。じゃあ決定!でも、学校の外では私と田中くんはちゃんと師弟関係って事で、これからも宜しくねっ!」
俺の正直な言葉に、五条さんは満足そうに頷いた。
そして元の明るくお気楽な雰囲気に戻ると、そう言って俺の肩をバンバンと叩いてくる。
「――俺が師匠なら、肩をバンバン叩くのはどうなのかな」
「アハハ、それもそうだねっ!ごめんねお師匠様!じゃ、私は帰るわねっ!」
そう言葉を残して、五条さんはそのまま走り去って行ってしまった。
――マジで、なんだったんだろう
そんな事を思いながら、俺は嵐のように去って行く五条さんの背中をただ茫然と眺める事しか出来なかった。
◇
そして、次の日。
俺はいつも通り朝早くから電車に揺られて登校する。
最寄り駅で降り、校門をくぐり、そして下駄箱で上履きに履き替えると自分の教室へと入る。
するとそこには、いつもの光景が広がる。
クラスメイト達が朝の挨拶を交わし合いながら談笑する姿があった。
そしてその一番奥の席には、今日も退屈そうに窓の向こうを眺める一人の美少女の姿があった。
窓ガラスの隙間から入るそよ風に、その綺麗な金色の髪がさらさらと靡く。
純白とも言える透き通るような白い肌に、切れ長の綺麗な瞳が揺れる髪の隙間から覗く。
彼女がこの学校で女神様と呼ばれるのは最早当然と思えてしまう程、やっぱりその姿は唯一無二であり特別な存在だった。
――昨日の事は、夢じゃないよな
そんな事を思いながら、女神様こと五条さんの姿に思わず見惚れてしまう。
やっぱりあんな美少女と、昨日あんな事があったなんて夢か何かなんじゃないかと思えてくる。
すると、俺の視線に気が付いたのか五条さんと視線が交わる。
咄嗟に俺はヤバイと思ったのだが、なんと五条さんはそんな俺の姿を見て薄っすらと微笑んでくれたのである。
その笑みは本当に薄っすらで、人によっては笑っているのかどうか見分けが付かないレベルかもしれない。
それでも、普段無表情を決め込んでいる氷のような美少女のその変化は、俺から見れば一目瞭然だった。
そしてすぐに視線を外した五条さんは、再び窓の向こうを眺める。
五条さんの視線の先には何が映っているのか俺には分からないが、そんな姿に俺の中で一つの欲求のようなものが湧き上がってくる。
――やっぱり五条さんにも、この高校生活楽しんで欲しいな
せっかくクラスメイトになれたんだ。
どうせ同じ一年を過ごすのであれば、出来る事なら五条さんにも楽しい一年を過ごして貰いたい。
だって平穏無事と楽しいは、決して相容れないわけじゃないんだから。
そう思った俺は、一つの決心をする。
――彼女のお師匠様として、色々教えてあげないとな
こうして俺は、何も無かった高校生活において一つの目標が出来たのであった。
まずはお師匠様として、彼女にカレーのいろはを教え込む所から始めないとなと、特に具体的な案とかはまだ何も無いが、やる気だけは漲ってくるのであった。
どうせなら、楽しく高校生活過ごしてほしいですよね。
だって本当は、あんなにハイテンションなんですもの。
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