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第3話「女神さまの願い事」

「まさか同じクラスに、田中カレー店の人がいるなんて思わなかったわ!」


 本当に嬉しそうに、ハイテンションでそう語る五条さん。

 彼女の瞳は期待に満ちたようにキラキラと輝いていて、本当に喜んでくれているようだった。



「えっと、もうこのクラスになってひと月ちょっと経つんだけど、気付かなかったんだね」

「そうね!わたし基本的に他の人に興味が無いから、全然気付かなかったわごめんなさい!」


 俺の言葉に、五条さんは何も包み隠す事なくそう素直に打ち明けて謝ってきた。

 なんていうか、もうクラスメイトの顔を覚えていなかった事よりも、そのあまりにも清々しい程の真っすぐさに思わず感心してしまった。


 どうやら五条さんという人は、興味ないものにはとことん興味が無く、その分興味があるものに対してはとことん興味を持つ人のようだ。

 確かに昨日のカレーを食べている姿を見れば、普段の姿とは真逆で彼女が本当にカレーが好きな事が一目で伝わってきた程だ。



「いや、もういいんだけどさ。五条さん、カレー好きなんだね」

「はい!大好きですっ!特に田中カレー店のカレーは、わたしの心臓をど真ん中ストライクですっ!!」


 また身を乗り出して、まるで見えない尻尾をブンブンと振るように満面の笑みを向けてくる五条さん。

 きっと今の彼女のこんな姿を見たら、全校生徒みんな驚くに違いないだろう。


 それ程までに、やっぱり今の五条さんと普段の五条さんとでは、あまりにも差があり過ぎた。

 これこそまさに、高低差がありすぎて耳がキーンと鳴るやつだ。



 だがそこで、俺の中で一つの疑問が生まれる。


 ――だからって、どうして五条さんはこんな体育館の裏なんかに俺を連れてきたんだ?


 まさか、告白をするためっ!?――なんて勘違いは絶対にしない。なんたって相手はあの五条さんなのだ。

 例え地球がひっくり返っても、俺が五条さんとそういう関係になるわけがなかった。

 ――まぁ、地球はひっくり返っても丸いけど。



「とりあえず、うちのカレーをそこまで好きでいてくれてるなら嬉しいよ。今度また食べに来てよ」


 とりあえず俺は、そう無難な締めの言葉を言ってこの場を逃れる事を考えた。

 こんな場面、もし誰かに見られでもしたら絶対に面倒なことになるに違いないから。



「ええ!絶対行くわ!毎週月曜日の楽しみだもの!」

「月曜限定なんだ?」

「ええ、毎日外食はお金がかかるでしょ?それに、たまに食べるから幸せなのよ!」


 しかしテンションの上がった五条さんは、そう易々と俺を解放してくれる雰囲気は無かった。


 だが成る程、五条さんの言うことは一理あるなと思った。

 現に俺だって、いつもカレーだと流石に嫌気がさしてしまうから。


 それでも、高校生が週一で一人で外食する事に少し違和感を覚えた。

 まぁ週一で外食するのは家庭の在り方次第だからあり得る話だとは思うが、親父曰くいつも一人で食べに来ているというからそこが引っかかったのだ。



「んー、田中くんが何を考えてるか分かるから答えちゃうけど、私今一人暮らし中なの」

「ああ、成る程――って、一人暮らしなの!?」

「うん!仕事の都合で家族は今海外に行っちゃってるの。でも、私は日本に残りたかったから家を借りる事になって、この町へ来たってわけだよ!」

「な、成る程……。でも、どうしてこの町だったのか聞いても良い?」

「それは勿論!」

「勿論?」

「田中カレーがあるからだよっ!」


 そう言って、ドヤ顔でグッと親指を立てる五条さん。

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。

 しかし、さも当然のようにそんな事を言われても、言われた俺としてはとりあえず情報が多すぎて全く話についていけなかった。


 いくらなんでも、うちのカレーを食べるためだけにこの町に来て一人暮らしをしているだなんて、あまりにも理由が大雑把で大胆すぎやしないだろうか。

 だが当の本人はというと、「やっぱりこれは運命なんだわ!」と一人勝手に盛り上がっていた。



「――えっと、本当に理由はそれだけ?」

「え?ええ、そうだけど、何かおかしかった?」


 ええ、色々と――とは言えなかった。

 どうやら五条さんという人は、クールでミステリアスな存在だと思っていたけれど、実際は結構ぶっ飛んでてハイテンションなとっても不思議人間だったようだ。



「一人暮らし、親御さんは許可してくれたんだ」

「うん、勿論最初は私も一緒に連れて行こうとしてたけどね、私は譲るつもりなんて無かったもの。だって一度食べてから、ずっと忘れられなかった味なんですもの」


 思い出しているのか、頬に両手を当てながらクネクネと身をよじらせる五条さん。

 それ程までに、どうやら五条さんにとってうちのカレーは思い出の味になっているようだ。


 それは純粋に嬉しい事だが、それでもいくらなんでも話がぶっ飛び過ぎている。

 だってカレーが食べたいから一人暮らしをしている女子高生なんて聞いた事がない。

 日本中探しても、そんなの多分五条さんぐらいだろう。

 俺のカレー好きという唯一の個性を、この五条さんは軽々と飛び越えてきやがった。


 だが、今の話が全て真実なのであるとすれば、それはもう既に実行されてしまっている事だし、そもそも俺にどうこう言う権利も無いため、色々言いたい事があるけどぐっと堪えて話を戻す事にした。



「ま、まぁ事情は分かったよ。それで、俺を引っ張り出して何か用があったのかな?」

「勿論、用があるわよ!」

「――分かった、聞こうか」


 やっぱりあるんですね……。

 俺は腹をくくって、五条さんの次の言葉を待った。



「私を貴方の弟子にして下さいっ!」

「――はい?」

「だから!私を貴方の一番弟子にして下さいっ!!」


 なんか言葉が増えている気がするけど、どうやら俺の聞き間違いでは無かったようだ。


 その斜め上の話に驚く俺と、言っちゃったとはしゃぐ五条さん。

 このあまりの温度差に風邪を引いてしまいそうになりながらも、一応確認だけはしておく事にした。



「ちなみに、何の弟子をご所望なのでしょうか?」

「勿論、カレーよ!私の将来の夢は、田中カレー店と並ぶ五条カレー店なんですもの!」


 両手を腰に当てながら、ドヤ顔を浮かべながらそう言い切った五条さん。

 ある程度予想はしていたが、それでもやっぱりその話はぶっ飛び過ぎていて眩暈がしてくる程だったが、どうやら五条さん本人は冗談ではなく至って真面目なようだ。


 そんな五条さんに気圧された俺は、もう色々と諦めつつ返事をする。



「……分かった。カレーを教えればいいんだね?」

「良いの!?本当に!?」

「……ああ、もういいよ」

「本当にっ!?やったわ!じゃあ今日から師匠って呼ばせて貰うわね!!」


 ぐっと握りこぶしを作り、やる気に満ち溢れた様子で喜ぶ五条さん。

 対して俺は、もう成るように成れと半ば自棄になりながらも、とりあえずこの場は弟子入りの申し出を受け入れたのであった。




 こうして、クールで辛口な事で有名な学校一の美少女が、何故か今日から自分の弟子になったのであった。


 ――うん、なにこれ?




聡にスパイスたっぷりな弟子が出来ました。

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