第2話「女神さまは辛口」
次の日。
俺はいつも通り登校する。
学校は家から結構離れているため、今日も朝早く電車に揺られながら学校へと向かう。
そして、最寄り駅で降りるとまた暫く歩いて校門をくぐり、それから下駄箱で上履きに履き替えていつもの教室へと向かう。
ここまでは何の変哲もない、いつも通りのルーティーンだ。
しかしそんな俺の日常の中にも、一つだけ変化が生じている事があった。
それは、教室に入ってどうしても真っ先に視界に飛び込んでくる女神様の様子が、いつもと少し異なっていたからだ。
いつもは無表情で退屈そうに外を眺めている彼女が、今日は何やら熱心に読書に勤しんでいるのであった。
その表情はいつもの無表情と違い、若干緩んでいるようにも感じられた。
一体何が彼女をそうさせているのかは不明だが、そんな光景が視界に飛び込んできた俺はちょっと驚いてしまった。
それ程までに、やはり女神様こと五条さんというのは、ちょっと何かをするだけですぐに周囲の注目を集めてしまう程特別な存在なのであった。
「おはよう聡。やっぱりあれ、気になるよな」
先に登校していた前の席の健太が、にやりと微笑みながら話しかけてきた。
主語こそないが、あれというのは勿論女神様の事を言っているのだろう。
「ああ、何があったんだろうな」
頷きながら俺は、話を合わせて健太同様彼女の方を振り返る。
すると、俺の視線に気が付いたのか、普段は絶対に視線が合う事なんて無いのだが、何故か今日だけは女神様とバッチリ視線が合ってしまう。
ヤバイと思った俺は、咄嗟に視線を逸らした。
もしこれで怒らせでもして、あの辛辣すぎる辛口な一言を自分に向けられでもしたら堪ったもんじゃないと思いながら――。
だが、最悪な事に何が気に障ったのか女神様は読んでいた本をバタンと閉じると、そのまま勢いよく立ち上がった。
そして、とても驚いたような衝撃を受けたような表情を浮かべながら、こちらをじっと見つめてくるのであった。
その全くもって謎過ぎる状況に、俺も健太も思わず震えあがってしまう。
「お、おい聡、な、なんかしたか俺達?」
「い、いや、何もしてない――はずだ」
俺は健太と共に、自分達の無実を確かめ合う。
確かに視線を向けてしまってはいたが、それだけでここまで反応されるなんて思ってもいなかったのだ。
だが彼女は、何故かそのまま足早に教室から出て行ってしまった。
取り残された俺達は、どうやら無事に危機を回避出来たようでお互い安堵の溜め息をついた。
「……もう、下手に見るのも止めておこうぜ」
「……ああ、いざ自分に向けられるとこんなにも怖かったんだな」
もう二度とジロジロ見たりするものかと、俺は健太と強く約束を交わしたのであった。
◇
それからは、特に何事も無く時間が過ぎて行った。
それは俺も健太も、もう意図的に女神様の方は絶対に向くまいと徹底して視線を外しているおかげだろう。
次視線が合ったら、一体どんな事を言われるのか想像もつかなかった。
しかし授業中、何となくこっちをじっと見られているような視線を背中に感じていたのは、きっと気のせいだと信じたかった……。
そして昼休み、俺は前の席の健太と共にいつも通り弁当を食べる事にした。
俺の弁当は基本的に、店で残ったゆで卵とかトッピングの具材で仕上げたおかずに、あとは残ったカレーで炒めたカレーピラフになる事が多い。
「マジで聡の弁当の香りヤバイわ」
「すまんな、匂うよな」
「いや、いいよな、あの田中カレー店の味を弁当で味わえるお前はよ」
「ハハ、また食べに来てくれよ。サービスするからさ」
そんな他愛の無い会話をしながら、俺達はいつも通り机をくっ付け合いながら弁当を食べる。
すると、そんな俺達の元へ一人の人物がやってきた。
その人物は、俺達の机の真横にピッタリと仁王立ちすると、まるで俺達の弁当を覗き込むように睨んできているようであった。
そんな状況に驚いた俺と健太は、同時に視線を上げる――するとそこには、絶賛今近付きたくない人ナンバーワンである、女神様こと五条セレナの姿があった。
「――え、ご、五条さん!?」
戸惑った俺は、思わずそんな声を漏らしてしまう――。
この異常事態はあっという間に教室内の視線を集め、一気に教室内の緊張感が走る。
みんな、次に俺が何て罵倒されるのか固唾を飲んで見守っているようだ。
だが待って欲しい、俺は別に女神様に告白したわけでも何でもないのだ。
俺はただ健太と一緒に、いつも通り楽しく弁当を食べようとしていただけなのだから――。
「――やっぱりそうだ」
「え?や、やっぱり?」
「――いえ、何でも無い――です。それじゃ」
そう言って女神様は、何かを確信したように頷くとそのまま足早に教室から出て行ってしまった。
今のは一体何だったんだと、俺は呆然としてしまう。
やっぱりそうだとか、正直何の事だか全然意味が分からなかった。
だがとりあえず、俺と健太はまたしても絶体絶命の危機を無事に回避できたようである。
「――多分だけど、用があるのは俺じゃ無くて聡の方みたいだな」
「――ああ、全然理由が思い当たらないけどな」
こうして昼休みも、一瞬冷っとさせられたが何とか無事に過ごす事が出来たのであった。
◇
そして、下校の時間となった。
部活に所属していない俺は、バレー部に所属する健太と別れを告げていつも通り一人で下校する。
下駄箱で靴に履き替え、今日は何だか色々あったなと思いながら一人校門へと向かって歩いていると、いきなり後ろから制服の裾をぎゅっと掴まれた。
「うぇっ!?」
全く背後に気配を感じなかった俺は、驚いて変な声をあげながらも慌てて後ろを振り返る。
するとそこには、何故か今日何度も謎の行動をしてくる女神様の姿があった。
「え!?五条さん!?な、何っ!?」
「――田中カレー」
「え?」
「田中くんの家って、あの田中カレー店だよねっ!?」
よく聞こえなかったから聞き返すと、五条さんはまるで自棄になったようにそう大声で確認してくるのであった。
「えっと、うん、そうだけど……」
そうだけど、だから何だって言うんだ?
いきなりの事すぎて、俺には今の状況の1ミリも理解できなかった。
「やっぱり!ほら昨日――あっと、その、ちょっとこっち!」
しかし俺の事なんてお構いなしに五条さんは、何かを言いかけたところで一度周囲を見渡すと、それから俺の腕を掴んでそのまま体育館裏の人気の無いところまで引っ張った。
「――いきなり、ごめんなさい」
「いや、えっと、別に良いけど、何かな」
少し走った事で、お互い息が切れる。
今の状況に若干パニックになりつつも、俺は何とかそう返事をした。
すると五条さんは、ぐいっと身を乗り出しながら自分の顔を指さした。
「昨日お店に食べに行ったの、私ですっ!」
「え?き、昨日?」
昨日、五条さんがうちに食べに来た?
いや、そんな事言われてもうちに五条さんみたいな子なんて――。
そう思いながらも、俺は一人のお客さんの存在を思い出した。
そして思い当たる限り、多分そのお客さんで間違いなかった。
「――いや、でも目の色が」
「あれはカラコンですっ!」
「あ、成る程……じゃあ、昨日来てくれたのは本当に五条さんだったんだ」
「そうですっ!常連の五条セレナさんですっ!!」
そう言って、やっぱりクイクイと自分の顔を指さしながら嬉しそうに微笑む五条さん。
その、これまでの印象とは大きく異なる五条さんのハイテンションに、俺は軽いパニックを起こしてしまう。
「わ、分かったから!とりあえずちょっと、近いですっ!」
「あっ、ごめんなさい!つい嬉しくなってしまって!」
すぐ目の前まで迫っていた五条さんの顔が、ばっと遠ざかる。
そして少し恥ずかしそうに微笑む五条さんを見て、俺は思わず胸がドキドキと高鳴りだしてしまう――。
――五条さん、こんな表情も出来たんだ
そんな、自分とは縁が無いと思っていた美少女の微笑みを前に、俺はそれだけで心を奪われそうになってしまうのであった。
一先ず、2話まで投稿してみました。
どうでしょうか?
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