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第1話「カレー好きの美少女」

「ただいまー」

「おう、お帰り聡!悪いが今日急遽バイトが休みになったから、落ち着くまで手伝ってくれねーか?」


 家に帰ると、開店前の仕込みをしながら親父が手伝いをお願いしてきた。

 まぁこういうのは珍しくもないため、俺は二つ返事で了承してすぐに着替えてくる事にした。


 こうして動きやすい服装に着替えた俺は、エプロンを腰に巻いて親父の仕込みを手伝う。

 小さい頃からやる事は叩き込まれているため、味に頑固な親父だけど今では俺の腕を信用して貰えており、特に指示とかされる事も無く自然に分業して仕込みを進める。


 そして18時、店のオープンの時間になる。

 開店5分でお客さんがちらほらやってきて、30分もすればすぐに満席となった。

 カレー一筋でやってる店の割には、結構繁盛している方だと思う。


 うちのカレーは味のベースと辛さが選べるため、お客さんの好みに合わせて味を仕上げる。



「お待たせしました。チキンベースの辛さ3。ライス400g、茹で卵トッピングです」


 そして仕上げたカレーを、冷めないうちに手早く盛り付けてお客さんへ提供する。

 我ながら大分慣れたもので、その手際の良さに親父も満足そうにうんうんと頷いていた。



「聡になら、この店も継がせられそうだな」

「ハハ、それは有難い話だけど、まだカレー屋をやるかどうかは分からないかな」

「まぁそうだな、店の事は選択肢の一つでいいさ。聡のやりたい事をやってくれ」


 そう言って、嬉しそうに豪快に笑う親父。

 そんな親父の事は俺も尊敬しているため、割と真剣に店の事は考えていたりもするのであった。



 カランコロンカラン――。


 20時半を過ぎ、店のカレーも残り少なくなってきた頃、流石にもうピークは過ぎたため俺はエプロンを外して丁度手伝いを終えるところだった。


 そんな閉店間際の時間に、一人のお客さんが店へとやってきた。

 遠目にしか見えなかったが、どうやら女性のおひとり様のようだった。



「お、今日も来たな」


 こんなカレー屋に女の子一人で来るなんて珍しいなと思っていると、親父はそのお客さんを見ながらそう小さく呟いた。



「え?何?知り合い?」

「ん?いや、最近来るようになったお客さんなんだけどな、うちの味を気に入ってくれたのか毎週月曜日は必ず来てくれるようになったんだよ」


 だからほらと言いながら見せてくれたのは、うちで一番早く売り切れになるスパイスベースのカレーだった。

 当然今日も売り切れになっていたはずなのに、まだ一人分残しているのは恐らく彼女のためなのだろう。



「あのお客さん、スパイスカレー好きなんだ」

「ああ、本当に幸せそうな顔して食ってくれるからよ、不平等だし本当は駄目なんだけど、期待に応えたくてこうして残してるんだよ」


 親父は嬉しそうに笑うと、接客のためフロアへと向かって行った。


 俺はそんな親父の背中を見ながら、成る程なと思った。

 自分の作った料理を美味しそうに食べてくれる事程、嬉しい事はないから。

 それはこうして俺も店の手伝いをしているうちに、よく分かる気持ちだった。


 だから俺も親父と同じくそのお客さんに嬉しみを感じながら、手伝いを切り上げるべく家に戻ろうとしていると、すぐに注文を受けてきた親父が戻ってきた。



「そういや、あのお客さん聡と同い年ぐらいだな」

「へぇ、そうなんだ」

「おう、ベッピンさんだからよ、最後に料理運ぶのだけ手伝ってくれ」


 そう言って、ニヤリと微笑む親父――ああ、これは完全に面白がっている顔だ。


 俺は呆れつつも、もう一度そのお客さんの姿を確認する。

 そのお客さんは、帽子を深めに被り、眼鏡もしているため表情はよく分からないのだが、派手目な髪色をしているから同い年と言うより女子大生か何かだろう。


 だから親父は、結局女の子のお客さんを接客する俺を見て楽しみたいだけなのだ。

 俺が女の子と話すのがあまり得意じゃない事を知っている親父は、こうして少しでも俺に女性と話すのを慣れさせようとでも思っているのだろう。



「……はいはい、分かったよ」


 まぁカレーを運んだぐらいで何があるわけでもないし、仕方なく俺は言われた通り最後にカレーを運ぶ事にした。




 ◇




「おまたせ致しました。スパイスベースの辛さ4、ご飯300gにほうれん草、からあげトッピングです」

「わぁ!ありがとうっ!」


 親父に言われた通りカレーを運ぶと、そのお客さんはカレーを見た途端両手を合わせて喜んだ。


 ――成る程、確かにこんな反応されたら贔屓にしたくもなるな


 そんな無邪気に喜ぶお客さんの姿に内心ほっこりしながら、カレーをテーブルの上に置く。



「どうぞ、ごゆっくり」

「ええ!いただきますっ!」


 そう言ってすぐにカレーを口に運んだお客さんは、「んんー!」と空いた逆の手を頬っぺたに当てながら本当に嬉しそうに唸っていた。


 そんなに美味しいかと、その姿に俺も思わず笑みが零れてしまう。

 スパイスカレーは他のカレーに比べて元々辛口に仕上げているため女性で頼む人は少ないのだが、彼女はそれの辛さ4を選んでおり結構辛口なのが好みなようだ。



「んー♪今日も美味しいわ♪やっぱり、今まで食べてきたカレーの中でも断トツの一番だわっ♪」

「ありがとうございます」

「ふぇっ!?あ、えっと、その、すみません……」


 どうやら彼女は、まだ俺が近くに居る事にも気付かずに独り言を言ってしまっていたようだ。

 独り言に返事をしたのは悪かったかなと思いつつも、その嬉しい言葉を俺はスルーする事なんて出来なかった。



「いえ、そんな。美味しそうに食べて貰えて嬉しいです。いつも食べに来て頂いていると親父から聞いてます。ありがとうございます」

「え?ここの息子さんなんですか?」

「ええ、まぁ。今日のスパイスカレーは自分が仕込んだんですけど、お口に合ったなら良かったです」

「え!?貴方が!?えっと、失礼ですけど今おいくつですか?」

「え?えっと、今15歳で、今年高校一年生になりました」

「嘘っ!!同い年ですっ!!それなのにこんなカレーを作れるなんて凄すぎるわっ!!」

「そ、それはどうも」


 驚く彼女に、俺はちょっと恥ずかしくなりながらもちゃんとお礼をした。

 自分のカレーを褒められる事がこんなに嬉しいだなんて思わなかった。


 まぁあまり長居しては悪いしカレーも冷めてしまうから、俺は改めてもう一度一礼して席をあとにした。


 それにしても、彼女が俺と同い年な事に驚いた。

 てっきりその明るい髪色から女子大生ぐらいだろうと勝手に思っていたのだけれど、まさか同じ高校生だったのか。


 ――高校生で明るい髪色と言えば、身近なところだと女神様か


 なんて考えがちょっと過ったが、俺はすぐさまその考えを否定した。

 だってあの女神様が、こんなところであんなに嬉しそうにカレーを食べているはずが無いから。


 まるで素顔を隠すように深く被った帽子と眼鏡で顔はよく分からなかったものの、確かに一目見て彼女が美少女である事は分かった。

 それこそ、面影はどことなく女神様に似ている気がしなくも無いのだが、目の色が特徴的な碧眼ではなく黒目だったし、それにあのハイテンションが普段の女神様とはどうしても結び付かなかった。


 だから俺は、きっと他人の空似だろうと結論付けた。


 ただ、あれだけうちのカレーを好きでいてくれる彼女には、また食べに来てくれたらいいなと思った。



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