第17話「女神さまは勇気を出す」
噂が広まるのは、あっという間だった。
休み時間になると、俺達の様子を見に他のクラス、なんなら他の学年の人達まで俺達――いや、正確には彼氏である俺の事を見物しに来ていた。
はっきり言って、今俺はこれまでの人生の中で一番注目を浴びている。
それが良い意味でなら純粋に誇らしい事なのだが、今回のそれは決して好意的なものばかりではなかった。
その視線から、何であんな奴がって思われている事ぐらい言われなくても分かる。
まぁこうなる事ぐらい予想はついていたし織り込み済みではあったものの、それでも気にならないと言ったらそれはやっぱり嘘になる。
俺に向けられる嫉妬や蔑むような敵意の籠った視線は、ただただ痛かった。
それはもう、集団いじめにあっているような居心地の悪さを感じるのには十分なものだった。
「――ねぇ、うざいんだけど」
「マジ、それ」
「暑苦しいっての」
そんな状況で、とどめの一言が聞えてくる。
それは、最近少し話すようになったギャル三人組の声だった。
その声色には、三人とも露骨に不愉快さが籠められていた。
学年でもカースト上位にいる彼女達は、露骨に不機嫌そうにそうみんなに聞えるように言葉を発する。
やはり彼女達からしても、この状況は快く思わないようだ。
――そりゃそうだ、俺なんかが原因でクラスが無駄にざわついているんだから
最近ちょっと仲良くなれたと思っていたけれど、それはどうやら俺の思い上がりだったようだ。
今回のこれで、彼女達には完全に嫌われただろう。
正直寂しい気持ちになるけれど、仕方ないよなと思った。
どうやら俺が思っていた以上に、セレナと付き合うという事は覚悟が必要だった事を思い知る。
セレナの方を横目で伺うと、相変わらず外の事には興味無しといった感じで窓の向こうを一人眺めていた。
きっとセレナにとっては、こういう状況は慣れたものなのだろう。
だから俺も、こういうのには早く慣れないとだよなと思いながら、早く休み時間終われと願いつつ極力気にしないフリを続ける。
「田中くんが五条さんと付き合っただけでしょ。外野はすっこんでろっての」
「それ」
「どうせ振られた奴らの嫉妬かなんかでしょ、マジウケる」
再び不機嫌そうに言葉を続ける三人。
しかしそれは、俺に対してではなく野次馬達に向かって、棘のある言葉で制してくれたのであった。
俺はその言葉に驚いて、思わず彼女達の方を振り向く。
すると三人とも、俺の視線に気が付くとニッと笑いながらピースしてくれた。
そんな彼女達の対応もあり、見る見る集まっていた人達は散っていく。
そして同じように好奇の視線を向けて来ていたクラスメイト達も、少しばつが悪そうに別の事をし出していた。
そしてたった一言で問題を解決してくれた三人組は、俺の席へとやってくる。
「田中くん、すげーじゃん五条さんと付き合うなんてさ」
「やっぱあれ?カレーパワー的な?」
「なにそれウケる」
俺がセレナと付き合った事を祝福してくれる三人。
それが俺は嬉しくて嬉しくて、思わずちょっと泣きそうになってしまうけれどぐっと堪える。
「――ありがとう、みんな。今度カレーサービスするよ」
「マジ?やった!」
「あーし辛口好きー!」
「ってか、うちらも五条さんと話してみたいからさ、今度紹介してよね!」
そう言って、頑張れよと三人ともまた自分の席へと戻って行った。
こうして俺は、正直きつい状況だったところを三人に救われたのであった。
それから何となく再びセレナの様子を伺うと、セレナとバッチリ目が合った。
俺の視線に気が付いたセレナは、安心したようにふっと優しく微笑む。
それは言葉を交わさなくても分かった。
セレナ自身、きっとこの場をどうして良いか分からなかったのだろう。
これまでもセレナは、周囲を遠ざける選択肢しかとって来なかったから。
でも気にしないフリをしていても、実はとても心配してくれていたようだ。
すると、何かを決心したかのようにすくっと立ち上がったセレナ。
こっちに来るのかと思ったが、そうではなかった。
そのまま教室をゆっくりと歩くセレナに、周囲の視線が集まる。
セレナが何かをするだけで、周囲の注目を集めてしまうところを見ると、やっぱりセレナが特別な存在である事を分からされる。
そしてセレナは、そのまま先程の三人の所へ向かう。
学年でもカースト上位にいるギャル三人をもってしても、突然やってきたセレナの圧に若干怖気づいていた。
「ねぇ、三人とも」
そんなセレナの一言に、三人は揃って「はい!」と返事をする。
思えば、こうしてセレナから誰かに進んで話しかけるのなんて今回が初めてかもしれない。
「その、さっきはありがとう。言ってくれた言葉、嬉しかった。それで良かったらなんだけどね。その――連絡先、交換しない?」
「え?い、いいの?」
「うん、さっきのがあったからってわけじゃないんだけどね、わたしももっとクラスのみんなと、その――仲良くなりたいなって、思ったの」
頬を赤らめながら、恥ずかしそうにそう打ち明けるセレナ。
そんな愛くるしいセレナの姿を前に、三人とも見る見る表情が明るくなっていく。
「なるなる!全然なるしっ!うわぁ、嬉しいっ!」
「ってか、やっぱ超可愛いし!マジ天使超えて女神!」
「これ地毛だよね!?やっぱ天然の金髪はうちの紛い物とは違うわー尊いー!」
勇気を出したセレナに、しっかりと応えてくれる三人。
そんな三人に、安心したように微笑むセレナ。
――良かったね、セレナ
こうしてセレナは、先程助けてくれた三人と連絡先を交換した。
それから休み時間が終わるまで四人で仲良く談笑しているその姿を見ていると、嬉しくて俺まで自然と笑みが零れてしまうのであった。
ギャル三人マジ卍。
良かったねセレナちゃん。




