第16話「女神さまはざわつかせる」
次の日。
俺はいつも通り電車に揺られて通学する。
いつもの駅で電車を降りると、そのまま歩いて学校の校門をくぐり自分の教室へと向かう。
教室へ入ると、そこにはいつもと変わらない光景が待っていた。
先に登校している生徒達が楽しそうにお喋りを楽しんでいる中、一番奥の席には今日も窓の外を一人眺める美少女の姿があった。
「おはよう、聡」
「ああ、おはよう健太」
「ん、どこ行くんだ?」
「ちょっとな」
俺は自分の机に鞄を置くと、そのまま席には座らず教室の奥へと進む。
そして、一番奥の席に一人座り、今日も退屈そうに窓の外を眺める美少女へ声をかける。
「――おはよう、セレナ」
「あ、聡くん!ええ、おはよう!今日も天気が良いわね」
俺が朝の挨拶をすると、そんな俺に気が付いたセレナはにっこりと微笑みながら挨拶を返してくれた。
そして、そんな俺達の何気ないやり取りを目にしたクラスメイト達は、全員が露骨に驚いていた。
これまで一切誰とも関わろうとせず、辛口で塩対応しかしてこなかったセレナのこんな姿、誰も見た事なんて無かったに違いないだろうし驚くのも当然だった。
そしてそれは、これまでセレナが自分の為に守ってきたものを手放した瞬間でもあった。
本当は優しい子なのに、他人に対して突き放すような物言いしか出来なかったセレナが、初めて公衆の面前で素をさらけ出したのだ。
それはつまり、俺が今こうして話しかけに来たのと同じように、セレナ自身もこれまで築き上げてきたものよりも俺と過ごす事を選んでくれたという何よりもの証拠だった。
ざわつく教室――。
最初はそんなセレナの様子に驚いていたクラスメイト達。
だが次第に、周囲の関心はセレナだけでなく俺にも向いているのが分かった。
それもそのはず、セレナは俺に対してだけこんな態度を取っているのだ。
そんな俺とセレナの関係に関心が向くのは、自然な流れと言えるだろう。
しかも、これまで決して目立っていたわけでも無ければ、容姿が優れているわけでも無い俺がだ。
みんなからしてみれば、違和感しかないだろう。
「ねぇ聡くん!わたし、今日の帰りに行きたいところがあるの!」
「そっか、じゃあ一緒に行こうか」
「良いの!?やったわ!今から楽しみ!」
そう言って、本当に嬉しそうに無邪気に微笑むセレナ。
その姿は俺から見てもまさしく女神様そのもので、見る人の目と心を惹き付けるような魅力に溢れていた。
「お、おい、聡お前……」
そんな俺とセレナの様子が気になったのか、親友である健太がクラスを代表して俺達の元へと恐る恐るやってきた。
「な、なんでお前、五条さんとそんな……」
「ああ、すまん健太。実は俺達、昨日から付き合う事になったんだよ」
もう何も隠す必要なんて無い俺は、そうはっきりと質問に返事をする。
その俺の言葉は、この狭い教室はっきり聞こえたのだろう。
クラス中が一斉に「ええええ!?」と声を上げて驚いた。
「何だか、有名人になったみたいね」
そんな喧噪の中、セレナだけは面白そうに笑っていた。
まるで他人事のように、ニコニコと俺だけを見つめるセレナ。
セレナにとっては、周りからどう見られるかなんて今更大した問題では無いのだろう。
それよりも、俺と付き合った事で周囲をそうさせている事を喜んでいるといった感じだった。
「本当だね」
だから俺も、そう言ってそんなセレナに向かって微笑み返す。
こうなる事は正直分かっていた。
だから今更、周囲の反応なんて全く気にならない――と言ったら流石に嘘になる。
これまで一般男子生徒を貫いてきた俺がこんなに注目を浴びる事なんて、今回が初めてだから。
それでも、セレナと向き合うというのはそういう事なのだ。
周囲がどうとか、俺とセレナではどうこう理由をつけるのは簡単だ。
でも、これは俺が自ら選んだ結果だ。
だからもう、告白すると決めた時点で腹は括っている。
必ずセレナの事を幸せにしてみせるというこの強い気持ちだけは、きっと俺は誰にも負けないから。
◇
俺とセレナの関係を公にして以降、授業中も休み時間も周囲のずっと視線が痛かった。
なんでこんな奴がという思いが、その視線からはひしひしと伝わってくる。
本当に、我ながらなんで俺なんだって思わなくも無いから、その思いには俺自身全くもって同意だった。
それでも、セレナは俺を選んでくれたのだ。
キッカケなんて、たまたまカレーを作るのが得意だっただけ。
そんなあまりにも特殊で滑稽なキッカケだけど、それでもそこから俺はセレナと仲良くなり、そしてこうして付き合うまでに至ったのだ。
これまで恋愛経験なんて皆無だった俺が言うのもなんだけど、きっと恋愛なんてそんなもんなのだ。
同じ通学路、同じ班、同じ部活、同じクラスメイト、同じバイト。
そんなたまたま一緒になった事がキッカケで、世の男女は知り合って仲良くなっていくもんだろうと。
それがたまたま、俺達の場合はカレーだったというだけの話だ。
まぁ、やっぱりそれでもカレーは意味不明だとは思うけど。
しかし、俺には痛いほど視線が集まるというのに、セレナの方にはさほど視線は集まっていない様子だった。
それは良い事なのだが、反面やっぱりセレナに対しては未だに周囲が距離を置いているという事の現れであり、少し寂しい事だった。
――出来る事なら、セレナには普通の女子高生として高校生活を楽しんで欲しいな
まぁ、それもこれも一つずつ乗り越えていくしかないのだろう。
俺自身、まだ付き合うとはどういう事なのかよく分かってはいないのだが、セレナのためにしてあげられる事は全部してあげたいなと思っている。
とりあえずその前に、俺は俺の問題をまずは解決する必要がありそうだけど。
「この、裏切り者ぉ……」
休み時間、目の前で呻く健太。
どうやら健太は、俺がセレナと付き合う事になったのがよっぽどショックだったようだ。
「いや、なんて言うか、すまん……」
「謝るなよ、余計惨めになるだろ」
「そ、そうか。すまん……」
「だから謝るなっての」
こうして暫くヘソを曲げる健太だったけれど、最終的にはおめでとうとちゃんと祝福してくれたのであった。
ついに関係をオープンにした二人でした。
どうなることやらですね。
続きます!
本日、4月の短編投稿しました。
「春の終わりと不思議な彼女」
https://ncode.syosetu.com/n6973gx/
またこちらも、お暇なときにでも楽しんで頂ければ幸いです。




