第15話「女神さまと平凡男子」
昼休みが終わる直前、セレナは教室へと戻ってきた。
相変らずの無表情を浮かべており、何を思っているのかその表情からは全く読み取れなかったのだが、さっき西城先輩に呼び出されて何を話していたのか俺は気になって仕方が無かった。
でも今の俺には、前のように間に割り込む資格なんて無い。
だから今回は、俺は大人しく教室でじっと帰りを待つ事しか出来なかった。
西城先輩と言えば、この学校の生徒なら誰でも知ってるような有名人の先輩だ。
俺より背も高いしイケメンだし、オマケに俺なんかと違って人間性までしっかりしてるスーパーマン。
はっきり言って、俺とでは月とスッポンという表現がしっくりくる程、比べるまでもない上位存在だ。
――でももし、西城先輩の告白をセレナが受けていたら
そんな事を思うと、途端に胸が苦しくなってくる。
二人ならお似合いだと思ってしまう自分が、ただただちっぽけで情けなく感じられるのであった。
それでも、セレナが幸せならそれで――なんて綺麗ごとで自分を正当化する事しか出来ない己の小ささが嫌になる。
こんな小ささもまた、西城先輩と俺の差を物語っているのであった。
後輩の教室まで出向いてちゃんと告白できる先輩と、一人うじうじ悩んでいる俺。
後悔先に立たずと分かっているくせに何も出来ない俺に、そもそも最初から勝ち目なんか無いのだ――。
そして放課後。
俺は結局、移動教室前にセレナと一言交わしただけで、それから一言も話す事は無かった。
まぁ元々教室で会話をしていたわけではないし、ある意味これが普段通りである分ダメージこそ少ないが、それでも感じられる心の距離が痛かった。
そんな痛みから一刻も早く解放されたかった俺は、いつもより早く教室を出る。
帰りに漫画でも買って気分転換しようかなとかぼんやり考えながら、一人いつもの通学路を歩く。
すると、突然そんな俺の制服を後ろから掴まれる。
「うぉ!?」
その突然降りかかった異常事態に驚いた俺は、咄嗟に後ろを振り返る。
「――え、セ、セレナ?」
「ちょ、ちょっとこっち!」
そして、いつだかの帰り道と同じように、俺の腕を掴んむと体育館裏へと引っ張るセレナ。
俺は訳が分からないながらも、引っ張られるままそんなセレナのあとに続いた。
「な、なに、かな」
走って息を切らしながらも、とりあえず俺はなんでここへまた連れてこられたのか確認する。
だが、いざセレナを目の前にするとやっぱり胸がバクバクと鳴りだす。
それが走った事によるものなのか、これから起きる事に対する恐怖によるものか――――考えるまでも無い、きっとこれは後者だろう。
俺はこれからセレナに告げられる言葉を聞かないといけないのだと思うと、今すぐこの場から逃げ出したくなってくる。
――西城先輩と付き合った報告、かな
そう考えるのが自然だった。
だからそれを、これから俺に伝えるのだろう。
なんでそんな事わざわざと思わなくも無いが、最近はよく一緒に居たし報告したいのだろう。
今の俺に思い当たるのは、もうそれぐらいしかなかった――。
「ごめんなさいっ!!」
しかし、俺の予想に反して何故かセレナはその頭を俺に下げてきた。
全然意味が分からない俺は、そんなセレナの行動に戸惑う。
「ごめんって、どういう……」
「――わたし、分からなかったの」
「分からなかった――っていうと?」
「聡くんが、他の子と仲良く話しているところを見ていたら――何故だか胸がぎゅっとしてくるの。でもその原因が分からないわたしは、もうどうして良いか分からなくなっちゃったの……」
自分の気持ちを話確かめるように、セレナはゆっくりと話をしてくれた。
だから俺は、覚悟を決めてそんなセレナの言葉を受け止める事にした。
もうこれから何を言われても、それが全てなのだという覚悟を決めながら――。
「わたし、嫌な子になってた。あれだけ毎日楽しかったのに、だからこその反動なのかな……。他の子と仲良くする聡くんを見ていたらね、何だか嫌いになっちゃってたの――」
「嫌い……」
「勝手だよ、ね――。聡くんとはもっともっと仲良くなりたいって思ってたのに、嫌いになっていく自分が嫌で――今日だって、せっかく朝声をかけてくれたのに嫌な態度まで取っちゃって、そんな自分まで嫌いになったの……」
「そっか――」
「でも、昼休みに知らない先輩に呼び出されて告白された時ね、わたし分かったの――」
その言葉に、俺はいよいよ言われるんだなと覚悟を決めた。
嫌いになったという言葉が、この先に待つ言葉を既に決定づけていた。
でも、だからこそ俺も覚悟が出来た。
はっきりと言葉にしてくれたからこそ、俺は自分の初恋の終わりを受け止める事が、何とかギリギリできる気がしたから。
「これまでも、何度もわたしは知らない男の子から告白されたわ――。この学校に来る前から、本当に何度も――だからわたしは、人と距離を置くようになった。断るのも辛いから、わたしは嫌な子を演じるようになったの。そしたら、誰もわたしなんかに近付こうとしなくなるだろうと思って――」
ゆっくりと話すセレナの言葉を、俺は黙って聞く事にした。
それはセレナが、どうして無関心で辛口になったのかという大切な話だと思ったから――。
「そしたらね、段々人と接するのが辛くなってきたの――。だからいっそのこと、一人でいる方が気楽で良いと思ったわたしは、学校以外では変装するようにもなった。自分という存在を、誰にも知られなければ何も悩まないで済むって思って――」
「――うん」
「――あ、ごめんね、話が逸れちゃった。それでね、わたしが分かったっていうのはね――」
そう言うとセレナは、真っすぐ俺の顔を見つめてくる。
いつもはフワフワしてて掴みどころのないセレナだけど、その表情からは強い覚悟のようなものが伝わってくる。
「告白を聞きながらわたしね、もし聡くんも今と同じように告白したりされてたらどうするのかなって思ったの。――そしたら、やっぱり胸がぎゅって締め付けられる感じがしてね――だから、分かっちゃったの。もしかして、これが恋をするって事なのかなって――」
自分の胸元に手を置きながら、まるで自分の気持ちを確かめるように大切そうにゆっくりと言葉を紡ぐセレナ。
「――だからね、聡くん。わたし――」
「ちょっと待って」
慌てて俺は、セレナの言葉を遮る。
そんな俺の勢いに驚いたセレナは、きゅっと口をつぐんだ。
セレナは今勇気を出して、気持ちを言葉にしてくれたのだ。
だからこそ、俺もちゃんと言葉にすべきだと思った。
「――俺は、セレナと仲良くなってから本当に楽しかった。うちのカレーを好きって言ってくれるのが嬉しかったし、これまで女の子と仲良くする事も出来なかった俺によくしてくれたのも嬉しかった。だから、今日先輩に呼び出されてたセレナを見てさ、俺は嫉妬っていうか――不安だったんだ。あの先輩なら、きっとセレナも受け入れてしまうんじゃないかって……」
「そんな……」
「でも、それじゃ駄目だって分かった。セレナがどうこうじゃない――俺は逃げていただけなんだって。それに今のセレナの話を聞いて、俺は無意識にセレナの事を傷つけてもいた。本当ダメダメだよな自分って思ったよ――でもだからこそ、ちゃんとしないとだよなとも思えた、だから――」
そう言って俺は、改めてセレナに向き合う。
そしてセレナの目を真っすぐ見つめながら、俺は覚悟を決める。
「――五条セレナさん。僕は貴女のことが、大好きです――だから、良かったら――」
「えいっ!」
もうセレナから――そして自分から逃げたくないと思った俺は、勇気を出してセレナに告白をした。
すると、セレナは俺が全部言い終える前に飛びついてきた。
ぎゅっと抱きついてくるセレナからは、甘い香りが漂ってくる。
そして、俺とは違う温もりが心地よかった。
「――嬉しい。わたしも、聡くんの事が大好きだよ」
「そ、それってつまり……」
「うん、こんなわたしだけど、これからも宜しくね」
抱きつきながら俺の顔を見上げ、嬉しそうに微笑むセレナ。
その言葉、そしてその表情を前に、たった今起きている事が決して夢なんかじゃないという実感が湧いてくる。
「――じゃあ、えっと、改めて宜しくでいいのかな?」
「そうだね」
「――それじゃあ、家も近いし、その、一緒に帰ろうか」
「うんっ!帰りましょう!」
俺はセレナの手を握ると、一緒に校門へ向かって歩き出す。
「――あ、でも良かったかな。こんなところ誰かに見られたら」
「――平気だよ。わたしはもう、それよりも聡くんと一緒に居られない事の方が嫌だし、それに聡くんはわたしのだって、みんなにちゃんと知らしめないといけないからね!」
そう言って、力強く俺の手を握り返してくるセレナ。
知らしめるのは、セレナじゃなくて俺の方なんだけどなと思いつつも、そう言ってくれた事が俺は嬉しかった。
こうして俺達は、理由は本当に些細なものだったけれど、起きてしまったすれ違いをキッカケに互いの気持ちに気が付き、そして付き合う事となったのであった――。
無事に解決。
そして二人は、付き合う事になりました。
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