第14話「女神さまの変化」
次の日。
教室へ入ると、入り口から一番奥の席にセレナの姿はあった。
今日も退屈そうに窓の外を眺めており、その光景は本来いつも通りなのだが俺には何だかまた遠い存在に戻ってしまったように感じられた。
結局、朝起きてもセレナからのメッセージの返信は無く、これまで毎日やり取りしていただけに所謂既読スルーされている今の状態はきつかった。
そんなモヤモヤを心に抱きながら、俺は自分の席へと着席する。
「おはよう聡、どうかしたか?」
「――おはよう健太。いや、何でもないよ」
「そうか、なんか朝から元気無さそうじゃん」
「はは、本当に何でもないから」
どうやら俺は、思いっきり顔に出てしまっていたようだ。
それだけ俺の中でも、セレナの存在は大きいものになっていたという事の現れだと思った。
まだ一日ではあるが、それでも明らかに避けられていると感じられる事がこんなにも辛い事だとは思わなかった。
なんで?どうして?という困惑する感情に心を締め付けられる。
そのまま朝のホームルームが終わると、一限目は移動教室だったため俺は健太と向かうため重い腰を上げる。
「――あ、悪い。筆箱忘れたわ、先行っててくれ」
「なんだ?朝からやっぱり調子悪そうだな。分かった、先行ってるわ」
健太の言う通りだった。
仮に別々のクラスだったら、もう少し気楽だったかもしれない。
しかし、同じ教室にセレナの姿があるだけでこんなにも心苦しくなってしまうとは思いもしなかった。
そして筆箱を取りに教室へ戻ると、そこには一人窓の外を眺めるセレナの姿があった。
その表情はやっぱり無表情でどこか退屈そうで、儚げにすら感じられた。
そんな、そろそろ一限が始まるというのに未だに席へ一人座ったままのセレナ。
教室にはもう俺達二人しかいないため、理由も出来たしこのままで居るのは色々と良くないと思った俺は勇気を出して声をかける事にした。
「――おはよう、セレナ。一限、移動教室だぞ?」
「――知ってる。話しかけないで」
恐る恐る声をかけると、セレナは俺の事を振り向きもせずにそんな一言でバッサリと斬られてしまった。
そんなセレナの態度に、俺は困惑する。
何がどうしてこんな事になってしまったのか分からない俺だけど、今ので一つだけはっきりと分かった事がある。
――どうやら俺も、その他大勢の一人に戻っちゃったんだな
そう、もう俺はセレナにとって師匠でも友達でも何でも無く、ただのクラスメイトなだけのその他大勢に戻ってしまったのだ。
その無関心で辛口な態度と言葉が、全てを物語っていた。
だから俺は、それ以上何も言えなくなり、この場から逃げるように一人教室をあとにした。
去り際、後ろから何か声が聞えた気がしなくもないがきっと勘違いだろう。
こうしてこの瞬間から、俺は強制的にセレナとは以前の関係に戻ってしまった事を理解したのであった。
◇
そして、昼休み。
正直食欲も湧いてこないのだが、今日も今日とて健太と机をくっつけ合って弁当を食べる。
「本当に調子悪そうだな。熱でもあるんじゃないか?」
「いや、大丈夫。悪いな気を使わせちゃって」
「いいんだけどさ、なんか悩みでもあるのか?」
「あー、うん。正直悩んでる事があるんだ。でもこれは、俺自身で解決しないといけない事だと思うから、どうしようもなくなったらまた相談させて貰うよ」
「――そうか、まぁ、あんまり考え込みすぎるなよ」
「ああ、ありがとな」
健太の優しさに少し救われた俺は、確かにいつまでもくよくよもしてられないよなと気を引き締め直す事にした。
ここ最近が特別だっただけで、少し前に戻っただけなのだ。
せっかく仲良くなれたのにこうなってしまったのは素直に寂しい事だが、だからこそ俺はちゃんと自分と向き合う事から始めようと思った。
きっと俺の何かが、セレナをああさせているに違いないから、まずはそれをちゃんと自覚して直せるところは直していくしかないのだから。
「あ、田中くんの弁当マジで田中カレーじゃん!」
「わ、本当だめっちゃ凝ってる!すごいね!」
すると、隣を通りかかったクラスのギャル三人組が俺の弁当に驚きながら声をかけてきた。
どうやら俺の作った弁当を褒めてくれているようだ。
「いや、店の余りもので適当に作って入れてるだけだよ」
「え、これ田中くん作ったの!?マジ!?」
「普通に凄くない?お嫁に来て欲しいぐらいだわ!」
「ぱねーって!マジ主夫!」
すると、俺が作った事が意外だったのか三人は驚きながらも褒めてくれた。
こうして褒められるのは素直に嬉しかったし、現金なもので少しだけ元気が湧いてくる自分がいた。
――セレナにも、前に同じように喜ばれたっけな
しかし、ここでもセレナの事が頭をよぎってしまう。
たった今褒められた事は本当に嬉しいのだが、それでもやっぱりセレナに褒められた時の方が嬉しかった自分がいた。
クールで無関心な冷めた女の子なんかではなく、本当は純粋無垢で明るく元気な女の子、それが五条セレナなのだ。
だからこそ、再びセレナの心を閉ざさせてしまった自分が悔しかった。
せっかくの高校生活、セレナにも楽しんで欲しいとか大それた事を思っておきながら、結果はこのざまである。
「今度うちらにも弁当作ってよー!」
「あー、それあり!」
そんな軽い冗談を言いながら、三人は食堂へ向かったのか教室から出て行った。
去っていく三人の背中を眺めながら、俺は彼女達が少し羨ましく感じられた。
もし俺も、あんな風に誰とでも気さくに接する事が出来たら今みたいな事にもなってないのかもなと思うと、またしても自分の情けなさに嫌気がさしてくる。
ガタッ――!
すると背後から、誰かが立ち上がる音がした。
その音に反応して後ろを振り向くと、そこには立ち上がるセレナの姿があった。
その表情はどこか不満げで、何を思っているのかは分からないが明らかに何かに怒っているように感じられた。
そんな様子にまたしても困惑してしまった俺だけど、もう今は以前とは違う事を自覚している俺はそっと目を逸らした。
一瞬セレナが何か言いたそうに口を動かしたような気がしたが、それもきっと気のせいだろう。
すると、いきなり教室に一人の男子が入ってきた。
その姿に、教室内にいる全員の視線が集中する。
そしてその男子は、迷う事なく教室へ入ってくるとそのままセレナの席へと向かう。
「五条さん、話があるんだ。ちょっといいかな」
そしてその男子はセレナにそう声をかけると、そのままセレナを連れて教室から出て行ってしまった。
「お、おいおい、あれ三年の西城先輩だろ?確か雑誌でモデル活動してるとかなんとか……」
まさか、ついにあんな大物までと慄く健太。
それは勿論、セレナに何の用があるのか察した上での反応だろう。
セレナが学校一の美少女ならば、西城先輩は学校一のイケメンとして有名な人だ。
身長は180センチ以上あり、外国人のようにくっきりとした目鼻筋が印象的な、誰が見てもイケメンと答える先輩。
ハッキリ言って、そんな西城先輩と俺なんかを比べればまさに月とスッポンだった。
そんな西城先輩とセレナが一緒に歩いているところを想像すると、めちゃくちゃしっくりくる程だ。
だからこそ、俺は焦った。
もし今の呼び出しが皆の予想通り告白のためだとしたならば、もしかしたらこのままセレナは――そう思うと、急に心臓がドキドキしてくるのであった。
一回誤投稿してしまいました。申し訳ありません。
続きます。
※一話で登場した佐山くんを校内一イケメンとしてましたが、作者の都合により二年で一番に変更させて頂きました。
西城こそラスボスでした。




