第10話「女神さまは共有したい」
時計を見ると、時間は夕方の四時前だった。
結局また五条さんの家に上がり込んでしまった俺は、現在クッションに座りながら一人じっとしている。
「ただいま!まだ夜ご飯には少し早いわね」
「そ、そうだね」
部屋へ上がると、すぐに着替えるため別室へと向かった五条さん。
そして暫くして戻ってきた五条さんの声に、俺は返事をしながら振り返る。
するとそこには、先程までの帽子を被った五条さんではなく、大き目のパーカーにショートパンツを履いた素の五条さんの姿があった。
先程までの格好でも美少女である事には変わりないのだが、こうして解き放たれた五条さんはやっぱり五条さんだった。
自分でも何を言っているか分からないが、要するに今の五条さんはヤバイという話だ。
もしかしたら、さっきまでも美少女である事に変わりはないのだが、それでも身を隠してくれていたから割と平気だったのかもしれないなと思えるぐらい、全開の五条は美しかった。
今の五条さんは、まさしく誰しもが憧れる美少女で、そもそも本来俺なんかが一緒に居れるような相手ではないのだ。
しかも今は、多分未だに皆見た事なんて無いであろう私服姿。
その特別に特別が重なった今の状況に、俺の心臓はバクバクと鳴り出してしまうのであった。
「んー、じゃあテレビをみましょう!」
そう言って五条さんは、テレビのリモコンを手にしてチャンネルをピコピコと変えだした。
「この時間、特に面白そうなのやってないわね」
「そ、そうだね」
ここへ来てから、まだ「そうだね」しか言っていない俺。
しかし、俺がこうなるのはある意味当たり前の反応だとしても、五条さんも少し居心地悪そうにしているのはちょっと意外だった。
俺達の繋がりと言えば、カレーの師弟関係。
だから、これまでは映画やカレーの買い出しという明確な目的を共有していたから成り立っていたが、晩御飯の時間までの空いたこの時間、お互いに目的を見失い手ぶら状態になってしまったのだ。
「何しよっか」
「じゃ、じゃあさ!五条さんって普段何して過ごしてるの?」
珍しく困った様子の五条さんに、俺は間を埋めるべく慌てて質問してみた。
ここは男の俺が何とかしないとってやつだ。
「普段?うーん、テレビ見てゴロゴロしながら近くのご飯屋さんリサーチしたり、あとは勉強したり漫画読んだり?」
「そ、そっか――じゃあ漫画!漫画は何読むの?」
「え?何って言っても色々読むよ。そこの本棚にあるやつ」
そう言って五条さんが指さす先には、本棚に漫画が何冊か並べられていた。
「へぇ――あ、真ん中の一番右のやつ俺も持ってるよ」
「え?本当にっ!?」
「うん、面白いよね。最後のところとかちょっと泣けたよ」
「そう!そうなのっ!最後は私もうるっと来たわ!これが男の友情ってやつなのねって!」
何とか共通の話題を見つけると、五条さんは一気にハイテンションになって力説しだした。
そして本棚からその漫画の最終巻を手にすると、そのまま俺の真横に座ってきたおかげで、肩と肩が触れ合った。
「本当に、田中くんと仲良くなれて私は今とても幸せだわ!ここよねっ!」
俺にも見えるように嬉しそうに漫画を開きながら、真横で五条さんが微笑みかけてくる。
それだけで、俺は胸がドキドキと高鳴り出してしまう。
ただでさえ、これまでの人生において異性との縁が全く無かった俺なのに、学校で一番の美少女が隣で微笑んでいるこの状況ははっきり言って心臓に悪かった。
でもそれからは、なんやかんや漫画のおかげで話題が生まれたため場を繋ぐことが出来た。
何より、五条さんもこの楽しいを誰かと共有したかったのだろう。
本当に楽しそうに漫画の話をする五条さんを見ていると、俺まで楽しくなってくるのであった。
でもだからこそ、こんな彼女なら絶対に友達なんてすぐに出来るはずなのに、どうして学校ではあんなにも興味無さそうにしているのかやっぱり気になってしまう。
勿体ないなんて言い方は上からになってしまうかもしれないが、それでもそう思わずにはいられなかった。
――だって本当はこんなにも可愛いのに
「ん?どうしたの?」
「あ、いや、何でもないよ。そうだ、他の漫画でオススメとかある?」
「ええ!勿論!じゃあこれ読んでみて欲しいわ!」
そう言って本棚へ駆け寄った五条さんは、両手いっぱいの漫画を持って戻ってきた。
「あはは、五時間ぐらいかかりそうだね」
「そうね!でも一つの物語が長く続いているのは幸せなことよ!終わっちゃったら寂しいもの」
「そうだね」
その気持ちは、俺にもよく分かった。
さっき話していた漫画もそうだが、物語にはいつか必ず終わりがやってくる。
でも、それはやっぱり寂しい事だから、出来る事なら終わらないでずっと続いて欲しいと願ってしまうのだ。
中にはちゃんと完結させてくれる事に喜びを覚える人もいるかもしれない。
でも自分の場合は、毎回漫画やアニメの最終回を見る度に心にポッカリと穴が開くような喪失感を感じてしまうから、極論それなら未完のままでいてくれた方が良いとさえ思ってしまうのであった。
「もしこの漫画が合えば、ここで全部読んでいってもいいのよ」
「いや、それはちょっと」
「どうして?」
「だって、その……五条さん一人暮らしだし、その家にあまり入り浸るのは不味いような……」
「――それは、そうかもね。でも、私はもっと田中くんとお喋りしていたいわ。だって一人は退屈だもの」
少し寂しそうな表情を浮かべながら、一人は退屈だと言う五条さん。
俺はその言葉を聞いて、はっとした。
五条さんは、一人この町へとやってきたのだ。
だから当然、俺がいない間はずっと一人なのだろう。
だからこそ、俺といる間はあんなにも楽しそうにしてくれているのかもしれないと思うと、さっき言ってしまった言葉が申し訳なくなってきた。
「――じゃ、じゃあ、五条さんがいいなら読んで行こう、かな」
「本当に?嬉しいわっ!!」
お言葉に甘えて漫画を読んでいこうかなと言うと、五条さんは嬉しそうに俺の手を取ってきた。
そしてグイッと顔を近付けながら、ニッと微笑む。
「ねぇ田中くん」
「な、何?」
「今日から田中くんじゃなくて、聡くんって呼んでいい?」
「え!?な、名前!?」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど……」
急な名前呼びなんて、正直かなり恥ずかしい。
でも五条さんは、俺がダメじゃないと答えると満面の笑みを浮かべる。
「やったわ!じゃあ聡くんも、今日から私の事は五条さんじゃなくてセレナって呼んで?」
「ふぇ!?そ、それは流石にちょっと!」
「呼んで?」
どうやら、どうしても俺に名前で呼んで欲しいようだ。
手を握ったまま、名前で呼ぶまでは離さないといった感じで期待に満ち溢れた表情を向けてくる五条さん。
その圧力を前に、既に俺にはもう逃げ道が残されていない事を悟った。
「じゃあ、えっと――セレナ」
「はいっ!聡くんっ!えへへ」
勇気を出して名前で呼んでみると、五条さん――セレナは嬉しそうに笑ってくれた。
そのあまりにも嬉しそうにする表情を見ていると、つられて俺も笑えてきた。
――こんな顔されたら、やっぱり無しなんて言えないな
こうして俺達は、これまでの苗字呼びから名前呼びをする仲になったのであった。
隣で嬉しそうに微笑むセレナの姿は、本当に女神様を思わせる程可憐で美しく、つい抱きしめてしまいたくなる程愛おしく感じられるのであった――。
早いもので、今回で10話目です。
10話目にして、苗字呼びから名前呼びになりました。
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