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プロローグ

 公立豊崎高校。


 ここは、勉強が得意なわけでもなければ苦手なわけでも無い、本当に普通の学力の人が集まる普通の公立高校。


 俺、田中聡(たなかさとし)はそんな豊崎高校、略して豊高に今年から通う高校一年生だ。


 そんな俺はというと、これまた名前の通りこれと言って特徴も無い、どこにでも居るような普通の高校一年生だったりする。


 既にこの豊高へ入学して一ヵ月程経過しているのだが、最初こそ俺も高校生活という新たな環境に胸を躍らせたものの、だからと言って何があるわけでもない普通の高校生活を、俺はそれなりに謳歌しているのであった。


 そんな、陰キャでも無ければ陽キャでも無い俺だけど、それなりに毎日楽しく日々を過ごせているし、だからと言って現状に対して何か不満があるわけでもない。


 まぁ強いてあるとすれば、それはやっぱり自分に彼女がいない事ぐらいだ。

 これは見方によっては大きな問題なのかもしれないが、正直女の子と話す事が得意なわけでもない俺は、男友達と集まって笑って過ごしていられたらそれで割と満足だったりするし、特に危機感があるとかそういうわけでも無かった。



 そんな、本当にこれと言って目立ったところが無い俺だけど、実は一つだけ普通じゃないと胸を張って言える所があったりする。



 ――それは、実はうちの実家がカレー屋なのである。



 同じクラスにカレー屋の息子なんて中々いないと思うし、そんな家庭で育った俺は唯一カレーを作る事に関しては誰よりも美味しく作れる自信しか無いのだ。


『田中カレー店』


 それがうちのカレー屋の名前だ。

 カレー通の間では割と有名で、情報サイトでは星四つ以上ついており県外からも食べにくる人がいる程、実はコアなファンに愛されている店だったりするのだ。


 基本的には親父が一人で切り盛りしているのだが、小さい頃から俺も手伝いをしている関係で、気が付くと俺の中のカレー偏差値は親父に引けを取らないぐらいに爆上がりしていたのである。

 正直言って、このカレー偏差値がそのまま学力に置換できるとすれば、俺の偏差値は有名高校にすら届く程だと自負している。

 まぁ現実にそんな事は起き得ないし、頭の良い人達がカレー作りにリソースを割けば俺なんか簡単に超えていくのかもしれないわけで、我ながらニッチすぎる長所だと思うけど。


 うちの親父はよく『人生、3辛ぐらいが丁度いい』とか、カレーと人生を例えて格言みたいな事をすぐに言うのだが、最近ではその意味がちょっと分かるようになってきている自分が怖かったりする程だ。


 まぁそんな、唯一カレーに関する知識や愛だけは同世代には誰にも負けない自信のある俺は、普段は表に出す事は無いけれど、実は胸の奥には熱い情熱を秘めていたりするのであった。


 そういう意味では、こういうのって別に俺に限った話じゃないと思うし、本当にただ普通の人なんていないんじゃないかと思っている。

 ぱっと見は平凡な俺が実はカレー愛に満ち溢れているのと同じように、皆それぞれ胸に抱く熱い思いとかはきっとあるはずだから。


 俺はたまたまそれがカレーだっただけの話で、15年間も生きていれば何かしら趣味嗜好や才能が秀でるものの一つや二つある方がむしろ自然だと思っている。



 ――まぁそういう意味で言うと、うちのクラスには目に見えてその才能が開花した人物が一人いるわけだしな



 そんな事を考えながら、俺は教室の角の席にそっと視線を向ける。

 そこには、一人頬杖をつきながら退屈そうに窓の外を眺める美少女の姿があった。


 彼女の名前は五条(ごじょう)セレナ。

 何故こんな普通の公立高校にいるのかは分からないが、明らかにこの高校のレベルでは無い学力と、何よりその整いすぎたルックスにより入学初日から学校中で話題になった程の有名人である。


 金色の艶やかなストレートヘアーに、白く透き通る肌。

 そしてちょっと勝気な釣り目の碧眼が特徴的な北欧系のハーフ美少女だ。


 彼女はどうやら元々この町に住んでいたわけではないようで、どこか遠い土地から引っ越してきてこの高校に入学してきたらしい。

 だから当然、この高校には中学からの友達なんてものは一人もおらず、いつも一人でいる彼女を最初はみんな気遣って話しかけたりしていた。


 しかし彼女は、とにかくクールな性格をしていた。

 いつも退屈そうに無表情を浮かべ、氷のように周りに人を寄せ付けないような雰囲気を纏っているのであった。


 そして彼女は、クールながらも辛口なところがあって、相手が誰だろうと彼女に踏み込み過ぎると痛いしっぺ返し、もとい痛烈な一言が待っているのだ。



『でも私は貴方に微塵も興味ないです。もういいですか?失礼します』


 俺もたまたま一度現場を目にした事があるが、その時も他のクラスのイケメンがそんな一言で冷たく一刀両断だった。


 その結果、彼女に近付こうとする人はすぐに居なくなり、それ故に今もこうして一匹狼のように彼女は一人退屈そうに過ごしているのであった。


 そんな彼女を見ていて、全く気にならないと言ったらそれは嘘になる。

 そのあまりにも強すぎる個性を前に、皆踏み込もうとしないだけで気にはなっているのだ。


 しかし、自分が話しかけた所で皆と同じように辛口であしらわれてお終いな事ぐらい目に見えているため、やっぱり俺なんかが彼女に近付こうとは思わないのであった。



「おい、そういえば聞いたか聡」

「ん?何をだ?」


 そんな事をぼんやり考えていると、前の席の佐藤健太(さとうけんた)がこっちを振り返って話しかけてきた。

 健太とはこの高校で知り合ったのだが、入学早々気が合って仲良くなった友達の一人だ。


 奇跡的に最初の席替えで席が前後になった俺達は、こうしてよく他愛ない話をする仲だったりする。



「また女神様がやってくれたみたいだぜ」

「へぇ、今度は誰?」

「二年の佐山先輩」

「えっ?あのバスケ部エースでイケメンの?」

「そう、あの佐山先輩でも惨敗だったらしい」

「マジかよ、文字通り難攻不落だな……」

「ああ、もう自分には無理なのは分かりきってるけどさ、一体どんな相手なら女神様に受け入れて貰えるのか気になり過ぎて夜しか眠れないぜ」

「分かる、俺も日が変わる前にはぐっすりだわ」


 結局自分達には無縁な話だと、下らない冗談を言って笑い合う俺達。

 ちなみに会話に出てきた女神様とは、今クラスの端の席で一人座っている五条さんの二つ名だ。


 そのあまりに特別な容姿から、誰かが『まるで女神様のように美しい』と例えた事が広まって、気が付けば彼女は皆から女神様と呼ばれる事が当たり前になっていた。


 しかし、これまでに何人もあの女神様に告白して撃沈したいった男達がいるわけだけど、ついにはあの二年で一番のイケメンと名高い事で有名な佐山先輩でも駄目だったとなると、いよいよだなといった感じだった。


 健太の言う通り、一体どんな男だったら彼女の牙城を崩せるのか俺も実は興味津々だったりする。

 勿論それが自分ではない事は分かり切っているため、これはもう完全な興味本位であり、こうして客観的にその行く末を楽しんでいる人は俺達の他にも大勢いたりする。


 ――本当、何考えてるんだろうな


 結局、今も変わらず無表情で外を眺める彼女の事を理解出来る人なんて、このクラス、いやこの学校には誰一人居ないのであった。



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