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魔法と才能




 江北は、長らく人間とモンスターとでどちらの支配領域かを争っている地域である。

 足立区内において、そこまで優先する場所ではないのだが、北千住側への橋の行き来が可能な箇所の一つとして、千住新橋付近に継いで戦線が動きやすいエリアだった。



 「拠点まであと1時間くらいだ」


 「うっ、やっぱりまだ微妙にかかるのかぁ」



 馬鹿兄と出会ってから、すでに丸一日が経っている。

 もし、モンスターがいなければ、徒歩でも1時間程度で辿り着く道のりは、モンスターが現れただけで格段の時間を要してしまうのである。

 場当たり的な戦闘あり、トラップあり。

 中でも面倒なのは、高位モンスターの集団が鎮座している場合もあり、下手に動くと数に押し切られ全滅、という可能性も鑑みて、その場にじっとしなければならないケースまであった。

 その上、生きるためにも水や食料の確保も求められたから、結果としてどうしても時間を食う羽目になっていた。



 「いや、それでもかなり楽な方だぞ。これもレムちゃんのおかげだな」


 「ウム、カンシャセヨ!」



 デデンと胸を張るオーガ娘。

 だが、それくらい役立ったのは事実。

 というのも、彼女がいる事で弱いモンスター達は勝手に逃げていき、進化3段階目以上のモンスターすら、迂闊には手を出さないという状況が生まれたのだ。


 流石に集団のモンスターが退く事はなかったが、おかげで、大半のモンスターとの戦闘は避けられたし、野営でも夜襲をさほど心配しなくて済んでいた。


 そして何より、彼女は夜目が利くのが大きい。

 この足立区は封印以降真っ暗である。

 あるのは、街の灯りと上空から差し込むほんの僅かなぼんやりとした光のみ。

 そんな常時夜プラス害敵わんさかな環境の中で、周囲に問題なく目端が利くのだから重宝しないわけがない。

 仮に普段通りなら、最悪3日を要したかもしれなかったのだから、その意味は相当なものだった。



 「道中の警戒がめっちゃ楽だし、夜襲受けずに寝られるとかマジ助かったぜ。普段じゃ有り得ないからな」


 「いや、兄ちゃんが寝てられたのは俺が、ちゃんと見張りもしてたからだろ?」


 「おーおー、太陽もそれなりに頑張った頑張った」


 「ちぇっ、適当だなぁ」



 あからさまに宥められてるのが分かって不貞腐れる少年。

 でも、嫁を褒められるのは悪い気分ではなく、すぐにオーガ娘と横に並んで、馬鹿兄と共に嫁の事を称賛していた。



 「ふーむ。しっかし、いざ探すとなると無いもんだな」



 ついつい馬鹿兄はボヤく。

 無いのは勿論食料や水だ。

 特に水に関しては急ぐ必要があるのに、ペットボトル一本見つける事が出来ずにいた。

 恐らく、かなり昔にサーチャーによって回収されているのだろう。



 「荒川は? 川の水何とか飲めないかな」


 「んー、死ぬな」



 弟の問いに、馬鹿兄はあっさりと答える。

 今いる位置から荒川は近い。

 封印されて以降も、水は流れずに貯まったままで、今もギリギリ川の体を成していた。

 ただし、紫色をしている分かりやすいくらいの毒の川なのだが。

 その理由の詳細は不明。

 何らかの高位モンスターが関わってるのでは、との噂がある程度だ。



 「昔、水質調査もしたらしいんだけどさ。まんま毒だって。しかも何でか昇華もしないみたいでよ。ずっと枯れずに毒の川のままだとさ。意味わかんねぇよな」


 「しょうか? ってなんだっけ?」


 「あれ? お前習ってないか? 俺と時はあったような気がするだけど……まぁ、要は水が乾くみたいなもんだよ」


 「んー、多分教わってないな。理科はまだ嫌いじゃ無い方だし」



 大嘘である。

 昇華なんて理科の時代の話だ。

 例え区ごと封印されていたとしても、基礎学力は大事になるのは明白だったから、今でも教育プログラムにはキッチリ含まれている。


 特に、理科や算数なんかは魔法への応用が効きやすい分、より丁寧に教えている筈だ。

 なのに、覚えていないのは、少年が単にサボっているだけでしかない。

 国語力の無さとそうだけど、世が世なら全教科赤点で、そのまま高校浪人まで有り得ただろう。

 本当、どうしてこうなった鏡家……



 「ま、今はそれよか水の確保だ。もう手持ちのは半分切ってるからな。家には下手に戻れない以上、この近くで見つけにゃならん」


 「だよね……」



 悲嘆にくれる兄弟。

 実際山も無ければ川も毒。

 馬鹿兄の持参した水は3人分には全く足りず、別で見つかりそうも無い。

 いや、江北エリアは、やや強目のモンスターの領域だ。

 懸命に探せば何かはあるだろう。

 しかし、モンスターが闊歩する中で探し続けるのは相当に困難だ。



 「ナニをコマッテイルノダ?」



 そこに、あっけらかんとしたオーガ娘が話しかけてくる。

 コイツ悩み事少なそうだよな。



 「困ってるぞ〜レムちゃん。水がなくてとてもとても困っちゃってるんだよね〜」



 それに合わせるみたく至極軽そうに現況を伝える馬鹿兄。

 コイツも悩み事は少なそうだ。



 「ミズ? ナゼコマル?」


 「ん? あ〜、レムちゃんは水飲まないタイプなのか? それならそれで2人分でいいから助かるけど」


 「イナ。ワタシはミズノムゾ? ワタシもスイブントラネバ、カラダイジデキナイ」


 「んん? なら話が通じてなかったか? 俺たち水探してるんだ。でも、見つけるのが大変だなってさ」


 「タイヘンでナイゾ? カンタンダ」



 そう言って、オーガ娘は手を掲げて魔力を集め出す。

 そして、魔力が形を成し液状へと変化していった。

 これは、まさか……

 


 「精製魔法か!?」


 「え!? レム、水の魔法使えるのか!? すっごいな!」


 「ン? ツカエルにキマッテイルデハナいか」

 


 驚く2人を他所に、何を驚いているのか分からず不思議そうにしているオーガ娘。

 いや、言っておくが魔法を使えるモンスターは別に珍しくはない。

 2段階目にもなれば、幾らでもゴブリンでも生成魔法を使うやつがいる。

 では、なぜ驚くのかというと……



 「馬鹿太陽! レムちゃんは、オフクロと戦った時は、変化魔法を使ってたろうが! なのに今は生成魔法を使ってる! そんなん有り得ると思うか!?」


 「んん? あっ!! そ、そうだった! 魔法は1人1つしか使えないのに!」



 厳密にはやや違うが、簡単に理解するとそういう事になる。

 まず、魔法にも、便宜上ではあるが幾つか種類が存在する。


 属性魔法、生成魔法、変化魔法、精神魔法、現象魔法と、大体こんなところ。

 細かくは、これ以外に属する魔法もあるが、多くの魔法師がこの5つに大別されている。



 属性魔法……火風電など、エネルギーに関する魔法。その範囲は広く、最も魔法師の数の多い種類でもある。


 生成魔法……魔力を材料として、物体を生成する。


 変化魔法……現実に存在するものの性質を変化、或いは性質を追加する魔法。


 精神魔法……生物の脳に直接的、ないし関節的に影響を及ぼす事ができる。


 知覚魔法……人間の持つ五感以上の情報を得る魔法。


 現象魔法……慣性、重力、伝播などの現象を疑似的に、もしくは歪曲的に発生させる魔法。



 と、ざっとこんなところだ。

 これらの能力を、足立区民は霧の壁を通過し戻ってくる事で体得している。

 具体的には魔法としての例は以下。


 歩は、現象魔法の重力。

 嫁は、変化魔法で心身増強。

 気配遮断(大西静香)は、やや周りくどいのだが、自身の気配を消すのではなく、わざわざ他人の脳に干渉して意識を阻害する精神魔法。

 予想家(遠見晴臣)については、今のところ未来らしきものを見る事の出来る知覚魔法とされている。

 

 このように、魔法とはただの人間には出来ない奇跡を、魔力を介在させる事で実現する技術である。

 そして、皆が基本的には1種類の魔法しか使えないのが通説だった。


 なのに、オーガ娘が今見せたのが2種類目の魔法である。

 嫁と戦った時は、確かに変化魔法を使用していた。

 身体強化と打撃強化だ。

 なのに、今は水の生成魔法まで使用出来ている。

 これは、足立区の魔法原則を超える事実だ。

 ……俺も正直、自分以外では初めて見た。



 「フタリはナニヲオドロイテイル? マホウトハソウイウモノダロウ?」


 「そういうものって、そんな簡単な話じゃ……」



 馬鹿兄は、あまりの常識の差に言い淀む。

 人間側でも、2種の魔法使用について研究は為されているが、今のところ目欲しい成果は出ていない。



 「でも、レム凄いな! こんなの初めて見た! やっぱりレムは天才だ!」


 「ウムウム、ソウダロウ? ワタシはテンサイ? ナノダ!」


 「お前ら……」



 呑気な会話に顔を手で覆ってしまう馬鹿兄。

 専門でもない自分が幾ら頭を捻っても答えなんて出ないのは分かっているが、常識がこうも粉砕されてしまい、目を背けたくなっているのだろう。


 あー、うん。

 馬鹿兄という表現は止めてやろう。

 兄は、少年よりよほど頭を使っている。

 馬鹿と呼称するには、流石に異なるしな。



 「あれ? だったらまさかオフクロと戦ってた時のも? いや、考えるのはやめとこう……ある以上有用するのが吉。分析は後だ」



 賢明だろう。

 とりあえずは、生き長らえるための好材料を得たくらいが、今は丁度いい。

 きっとその内心じゃ、はしゃぐ2人を見て半分ゲンナリして、半分考えなしを羨んでいる事だろうが。



 「くそ……おい、2人とも、そろそろ行くぞ。これで後は食料の確保だけだ。あとレムちゃん、悪いけど、拠点についたら水を出して貰えるか?」


 「ウム、カマワヌゾ?」


 「助かる。よしじゃあ、2人とも少し急ぐぞ」







 探索の必要性が半減した事もあり、3人は程なく拠点に辿り着く。

 そこは、都営団地の一室で、3人だと少し狭いくらいの1DK。

 この辺りは、古い団地群があり、取り壊し予定だったものを含め、多くの空き部屋が当時のままとなっている。

 今回の拠点は、その中でも平成になってから建てられた比較的新しい部屋だった。



 「あ、エロ本ぐほっ!?」


 「まず、それに目をつけんなアホ!」



 いきなりプライベートを覗かれて、恥ずかしさのあまり弟の後頭部を殴る兄。

 見れば、他にも妙な生活感のある部屋で、どうやらそこそこ長い期間使っている雰囲気があった。

 とはいえ、前回来てから多少時間は経っているのか室内はやや埃っぽい。

 どっかの本屋とかから掻っ払ってきたのだほうエロ本をいそいそと押し入れに隠しつつ、兄は室内の埃を箒で掃き始めた。

 



 「ほら、2人も掃除。布団なんて用意してないからな。畳に直寝になんぞ」



 そう言って、台所にある布切れを指差して拭けの合図。

 少年は、すぐに掃除を始めるが、オーガ娘は最初ポカンとしてから、少年の側について真似るように乾拭きで埃を払っていった。

 どうやら掃除の経験がなかったらしい。

 まぁ、モンスターだし当然か。



 「よし、これでマシにはなったか」



 一通り掃除を終えて、畳に座り一息つく。

 人間、ある程度区切られた空間にいてようやく心身を落ち着けられるものである。

 その場が綺麗なら尚の事良い。

 オーガ娘も、「オー、タタミー」とか、どっかの外国人みたいな反応をしながら寝そべっている。



 「さて、レムちゃん。早速で悪いがコレに水をお願いできるか?」



 そう言って、掃除の終わりに押し入れから引っ張り出していた大量の空のペットボトルを指差す。

 かなりの数だな……

 何でか100本近くあるぞ。



 「ウム、ヨイぞ」



 しかし、オーガ娘は何ら反論する事なく畳から起き上がって、ペットボトルの口に指先を入れて、一本ずつ注入し始める。

 全部やるとなると、結構な魔力消費となるはずだが、あまり気にしていないようだ。

 相当な魔力量だな。



 「兄ちゃん、これどうしたの? よくこんな集めたね」


 「そりゃあちこちに落ちてるからな。で、家から水持ってくるのに使ってた……んたけど、気付けば増えちまってな。ははは」


 「あ〜……でも、こんな散らかってるの見たらママ怒るぞ?」


 「確定だな。でもまぁ大丈夫だろ。オフクロはそんな家から移動しないし」


 「うわ、オフクロ呼びも怒られるって」


 「良いんだよ今いねぇんだから。ママ呼びなんて、実際そんな大した意味なんてねぇんだしよ。てか、俺だってもう限界くらい恥ずいっての」



 だろうな。

 中学でも怪しいのに、高校にもなってママ呼びじゃマザコンを疑われるレベルだ。

 それに、兄の言う通りママ呼び限定なのに、そう大した意味はない。

 これもまた諸悪の根元であるアカリが、呼ばせるならママ呼び限定であるべき! なんて意味不明理論を嫁に言い含めたからだ。

 あのアホは、たまにドアホになるから困る。


 などと、無駄話をしているうちに、オーガ娘は全部のペットボトルに水を入れ終わる。

 呆れるくらい早いな。

 こんなレベルの水使い、人間の中じゃいないんじゃないか?

 もし街の補水担当の魔法師に見せたら、真っ白に愕然とするか、目を血走らせて勧誘すんじゃねぇかな。



 「レムちゃん、ありがとな。難題と思ってた水問題はこれで解決だ。今は押し入れにしまっとくから、好きな時に飲んでくれ」


 「はぁ? なんで兄ちゃんが偉そうなんだよ。変なの〜」


 「うっせ。ペットボトルは俺んだ。入れ物なきゃ貯めておけないんだから良いんだよ」



 そう言いながら、兄は2本ほど2人に向かって投げてから、残りのペットボトルを押し入れに詰めていく。

 少年とオーガ娘は、受け取ったペットボトルの蓋を開けて、ごくごくと喉を鳴らして乾きを潤した。



 「んー、でも次は食べ物かぁ。なぁ、レム流石に食べ物とかは魔法で作れないよな?」


 「ムリ。マホウでは、セイブツはツクレナイ」


 「だよなぁ……」


 「セイゼイ、イクセイソクシンクライダ」


 「はぁ!? いっで!?」



 思わぬ発言が飛び出し、押し入れに頭を突っ込んでいた兄が頭をぶつける。

 しかし、すぐに飛び出してきてオーガ娘を掴みかかる勢いで問い詰めた。



 「ちょまてよ! 育成促進だぁ? ふざけてんのか!? お前の魔法は生物の成長を進められるとでも言うのかよ!?」


 「デキルぞ?」


 「ふざけ……あぁ、くそ、マジかよ……それは、どんな魔法だ? 変化魔法の一種になるのか?」


 「ヘンカ、とはコトナル。シイテイウナら、ニンゲンのイウ、ゲンショウマホウのホウがチカイ」


 「現象魔法、だと? さ、3種……だぁ?」


 「タイナイのエネルギーゲンをシイテキにジュンカンサセルノダ。つまりタイナイをメグルエイヨウソをコウリツヨクエネルギーにヘンカンをウナガス」


 「……効率の良いエネルギー変換を促す。な」


 「ソウ、ソレダノ」



 こ、これは驚いた。

 俺も結構な数の魔法師を知っているつもりだし、知識もあるつもりだが、流石に育成促進なんて魔法は知らん。


 実際見てみないと分からんが、無理やり生物を大きく成長させちまうって事だろ?

 そんなの、有り得てしまっていいのか?

 俺は、思ったより質の悪いモンスターに未来をベットしちまったんじゃないだろうか。



 「な、なぁレム? それって俺や兄ちゃんにも出来るのか? 2種類以上の魔法を使えるやつも」



 そんな俺の心境や兄の事など気に留めずに、少年はワクワクした風にオーガ娘に尋ねる。

 その目には、オーガ娘への親愛しか見えない。

 コイツも重症だな。



 「ムロンダ! コンナノダレでもデキルヨウニナルコトダ!」


 「おおお! 聞いたか兄ちゃん! 俺にも出来るようになるってさ!」


 「………ちっ」


 「え? 兄ちゃん?」



 思わぬ舌打ちが聞こえ、少しビクッとしてしまう少年。

 これは……思ったよりこの兄は真面目で硬い性格をしているのかもしれない、と俺は思った。



 「悪い。少し出てくる」


 「兄、ちゃん?」



 弟ともオーガ娘とも目を合わせずに、兄は真っ直ぐ玄関へと向かう。

 少年とオーガ娘は、空気を読んでなのか、兄に声をかけられない。

 パッと見の兄の表情には何も映っておらず、声そのものに怒りは感じられないのだが、一方でその手は、きつくきつく握りしめられていたのだった。




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