兄と行く先
「ツカマエたゾ! タイヨーのケン!」
「そそそそそ、それより平気なのか? どこも切れてないのか? 無事なのか?」
斬撃を浴びてもケロリとしているオーガ娘とひやひや顔の太陽少年。
そりゃ足立区のカリモノ随一の切れ味をまともに受けたわけだから心配は当然かもしれん。
でも、このオーガ娘は異常に外皮が硬い。
加えて魔装展開してしまえば、打撃斬撃は恐らく殆ど通じないのだろう。
本気でダメージを与えるのなら、義娘のように自身の体を魔装で強化するか、締め技や内部破壊系の攻撃に限られる。
……いやしかし、今の斬撃にも義娘の魔力がそれなりに込められていたし、出会った時に受けた少年の攻撃より強かった筈なのだが、それでもノーダメージとは。
おかげで助かったけどさ。
内心じゃ、少年よか俺の方がよほどヒヤヒヤだったぜ。
それはともかく、俺はほんの少しぶりにコイツらの元へ戻ってきたわけだ。
厄介ごとが広がった気もするけど、とりあえずは元鞘ってとこだな。
俺に鞘はねぇけど。
てなわけで、一応少年ら2人の状態を確認してみる。
まず少年に変化はない。
特に怪我もないようだ。
ただ、ちょっと陰キャになってるか。
で、問題のオーガ娘だが、どうやらこちらも義娘との戦いによるダメージは残っていない。
それなりの攻防だったが、モンスターであるが故か、魔力含め欠片ほどの消耗すら見えなかった。
「ソレデ? ドウするノダ? ワタシタチモ、ハハウエト共ニ戦うカ?」
「えっと、それは……」
オーガ娘の問いに言い吃る少年。
せっかく家族に頼ったのに、すぐに離れる事になった心細さと、まだ両親が戦っているというのに逃げ出す羽目になったのが、自分で自分を許せない心境なのだろう。
遠目に見れば、未だ荷重空間は顕在。
あの中で、彼の両親は戦っている筈。
そして、恐らくしばらくの間は、あのまま空間を維持し続ける事になる。
「俺は……だけど……」
出来る事なら、両親の手助けをしに戻りたい、という気持ちはあるのだろう。
だが、それは両親の行動の否定に繋がる。
2人は、自分たちのために祖母らを食い止めてくれているのだ。
それを、無になんて出来はしない。
どうやら明確に状況を把握してはいないようだが、それでも祖母が攻めてきた事、その理由が自分たちにある事くらいは、少年も理解している様だった。
「それに、家族同士で、戦うなんて……」
そもそも少年には家族と戦う覚悟はない。
俺たちが武力を得たのは、あくまでモンスターと戦うためであり、身内を傷つけるためではない。
例え、戦いの原因が自分とオーガ娘にあったとしても、祖母とだって戦いたくはないのも当然だった。
俺としても、少年のその思いを応援したいところだ。
「タイヨー?」
「ううん。今は行こう。多分、俺とレムが先に進まないと、親父もママも動けないから」
「ソウナノカ? ナラユコウ! ハハウエにはマケタが、チチウエにはタイヨートイッショニいてもイイとイワレタカラナ! コレデアイサツはカンリョーダ! ヴィクトリーナノダ!」
誰も一緒にいて良いとは言ってないのだが、オーガ娘がそれでいいなら問題はないか。
どうにも彼女は、妙なマイルールをお持ちなようで、今もまるで任務の一つでも終えたように清々しい顔をしながら先へ先へと歩いていく。
そして少年も、やや後ろ髪ひかれつつもその後に続き、両親の作ってくれた時間を生かして、この場は逃げる選択をしたのだった。
そうして、2人はしばし歩き続ける。
出来れば走って先を急ぎたいところだったが、ここはすでにモンスターの領域ど真ん中。
しかも、すぐ側で派手な戦闘があった事もあり、モンスター達の動きが活発になっているかもしれないと、少年はオーガ娘を諫めて、念のためゆっくりと水戸街道を南へと進んでいた。
まだ、元足立区役所が近くに見えるのがもどかしい。
「でも、俺たちは一体どこに行けばいいのか……」
少年は思い悩んでいた。
今行ける方向は西か東かのどちらかだ。
北だと人の領域だし、これ以上南はモンスターの総本山。
そのどちらであっても2人では生き残れない。
少年としては、出来るのなら迂回して人の領域近く、例えば舎人公園辺りにでも潜伏出来るのが望ましいとは考えていた。
あの周辺は、人の領域内としては人口は少なく、モンスターの出現も多くない。
それに、望み薄だが、知り合いからの援助を期待できるかもしれない、というのもあった。
だが、そのためには、どうしても江北を経ての移動となる。
これが難題であった。
それの何が問題かと言えば、江北周辺のモンスター相手では、少年は歯が立たないからだ。
以前兄と同行した際に出会したマルスオーガ。
あれの強さは、少年の心に未だ傷として残っている。
あの時の最上位オーガは、ギリギリの攻防の末にようやく兄が倒したとは言え、きっと同水準の個体がいるのは予想に難くない。
そもそも長らく江北エリアを奪還出来ていないのには、何らかの理由があるはずで、そんな理由で少年に思いつくのは、江北地域のモンスターが他の場所よりも強いという事くらいだった。
「なら、東……綾瀬方面だよな。動くには範囲が狭いけど、まだスーパー跡とかあったし、食べ物も少しくらいなら手に入るかもしれない」
何より綾瀬近辺は、モンスターが弱い。
出るのは、ゴブリンにオークばかりで、殆ど進化すらしていないのだ。
理由は不明だが、生き延びるだけなら、敵は弱いに越した事はない。
それに、場所も近く拠点の確保を考えれば、丁度いいと思い、少年は綾瀬へと足を向けた。
曲がりなりにも、2人だけで生き残らなければならない気持ちを持っての、初めての決断といったところか。
「おっと、そっちじゃない」
けれど、この世は甘くは接してくれない。
経験の薄い者の決断が、安易に支持されるなど有り得なかった。
「!?」
背後から何者かに声をかけられ、瞬時に少年はザザッと振り向きつつ身構える。
けれど、目の前にいた人物を見ると、その緊張はすぐに弛緩していた。
「に、兄ちゃん!」
「うっす、弟よ。無事で何より」
そこにいたのは鏡 輝。
何とまさかの、少年の兄だった。
……なんて、俺は随分前から気付いてたけどな。
むしろ、今の今まで気付けなかった少年の未熟だ。
中央本町から動き始めた時点で、もう側にいたし。
隣のオーガ娘も、俺と同じ様な物で、どうやら敵対する相手ではないとスルーしていたらしく、今も可愛らしく欠伸なんてしている。
余裕だな。
「兄ちゃんこそ大丈夫だったのか? 確か区役所屋上にいたんだよね? 誰かに襲われたりしなかった?」
「ん? そりゃ問題ねぇさ。俺様がロートルに遅れなんて取るかっての」
なるほど。
少年兄のところへも刺客は行ったらしい。
だが、難なく返り討ちに出来たようだ。
流石は、鏡家長男。
本来なら鏡家を継ぐのは少年兄になるところを、弟の伸び代を理由に自分から辞退してるのだが、やっぱり強いものは強い。
てか、ロートルって事は、多分初年度卒業生の誰かだろうけど、アイツらまだ生きてるかね。
「も、もしかして、殺したり?」
兄の事を知っているのもあって、不安になった少年も俺と同じ事を思ったらしい。
おっかなびっくり尋ねてみる。
「あん? まさかだぜ。わざわざ人殺しなんてしねぇよ。今更」
「そ、そっか。ならいいんだけど」
微妙にニュアンスが怖い気がするが、そこはスルーする。
この兄の言う事を、あまり真に受けるのは良くないと少年は重々承知していたし、普段から兄にボコボコにされているので反論も何もする気がなかった。
この兄、結構な食わせ者である。
それに、魔法も使わんのに半端ない強さだならな。
今も手に持ってる槍……カリモノ『センペン』を、コイツ以上に使いこなせる存在を知らないし、もはや想像すら出来ない。
俺から見ても、異端の強さを秘めているように感じていた。
「でも、どうして兄ちゃんがここに?」
「ん? そりゃお前らを追ってきたのさ。婆ちゃん達が攻めてきて、そこから逃げ出すのを上から見てたからな」
「あ、そうなんだ。あれ? もしかしてずっと側にいた?」
「まぁな。上から状況は概ね見てたけど、お前モンスターと一緒だったからな。念のため様子見てたわけ」
ふむ、なら少年よりか状況に明るいな。
だったら、もしかしたら、あの記憶操作の魔法師についても何か知っているかもしれない。
うーむ、相談出来ないのが痛い。
「ま、俺の事はいいさ。それよかちゃんと紹介してくれよ。太陽の彼女をさ」
「カノジョ? ヤヤチガウ。ワタシはタイヨーのヨメだ!」
今まで話に参加して来なかったのに、こんな時だけ、少年が言うよりも早い返答に、少年兄は苦笑する。
察するに、尻に敷かれるのは間違いない、とでも思ったのだろう。
「そりゃ悪かった。それで? その嫁さんの名前は?」
「レムだ! オーガレムナントのレム!」
「なるほどなるほど、レムナントね。そんじゃ俺は、太陽の兄で輝。輝くと書いてヒカルだ。よろしくな、レムちゃん」
大人でもいれば、名を尋ねるなら自分から、なんて言葉が聞こえてきそうだが、生憎とこの場には人間の大人はいない。
やはり鏡家は、教育に難があるようだ。
本当どうしてこうなった……
「しっかし、まさか16になったばっかの俺に義理の妹が出来るとはな。なかなかに感慨深いぜ……あ、そうだ。なぁなぁレムちゃん」
「ナンダヒカル?」
「せっかく妹が出来たからさ。ここは一つ俺の事は、お兄ちゃんと呼んでくれないか?」
「ナゼダ? オマエはヒカルナノダロウ?」
「そうなんだけどさ。立ち位置的に俺ってばレムちゃんの義理の兄じゃん? だったら、お兄ちゃんでもいいと思うんだよ。な? いいだろ?」
……どこにでもいるよな。
この手のアホは。
パリピかよ。
そんなぱーりーぴーぽーが自分の孫って考えると、些かキツいものがあるが。
「フム、コトワル! イミガワカランカラナ!」
「ぐはっ即答!」
「に、兄ちゃん……」
態とらしく痛みに心臓を抑えるポーズをする馬鹿兄。
うん、こいつはもう馬鹿兄でいいや。
孫とは言え俺の嫌いなタイプだし。
昔は可愛かったのになぁ……
何でこんなアホに育っちまったのか。
逆に、オーガ娘は褒めてやろう。
そのうち名前で呼んでやらん事もないぞ。
「ま、いっか。とりあえず握手でもしとこうか」
さらりと馬鹿兄が架空の痛みから復活する。
このノリムカつくな。
いつぞやの誰かを思い出す。
誰かって?
そんなん三蔓城のアホに決まってる。
「ン? アクシュ? オー! ブレイクハンドだナ? ヨイゾヨイゾ。ヤロウデハナイカ」
喜んで! といった風に手を差し出すオーガ娘。
何やら変に気合いが入ってるし。
でも、何だよブレイクハンド。
ほぼほぼ間違えてるぞ。
何でそこだけ英語なの。
「ん? はっはっはっ! いいぜいいぜブレイクハンド! でも、恨みっこなしだぜ?」
「ウム! トウゼンダナ!」
あ、この流れは。
と、俺が察するより早く、2人は勢いよくそれぞれの手を相手の掌に向かってぶちかます。
おかげで、ドーンと派手な音がした上、一瞬空気が揺れた感覚まで伝わってきた。
2人して、どんだけパワーしてんだよ。
というか、ブレイクハンド。
つまり、己が握力でもって相手の手をぶっ壊すの意味かよ。
で、ハンズではなくハンド。
片方の手だけがぶっ壊れるってのがミソなのね。
何てアホらしい……
「ふふふふふ」
「フフフフフ」
でもって、お互い渾身の力で敵の手を握っているのに、何故か2人して微妙な笑みを浮かべたままだ。
そりゃ何なんだ?
微笑んでいないとダメとかいうブレイクハンドのルールか何かがあるのか?
だけど、2人して全力で足を踏み締めてるもんだから地面にヒビが入り始めてるし、これって相当に本気って事だよな?
なのに、笑ってられる余裕なんてあるものなのか?
「あわわわ……」
少年は、ここでも傍観したままだし。
コイツはコイツで、もうちょっと根性つけないとダメだな。ヘタレ過ぎ。
「ちぃ」
「ム」
そして、ある程度時間が過ぎると、2人は示し合わせたようにお互いの手を離す。
が、その表情は共に不完全燃焼といったところ。
まるで共有の時間制限でもあって続けられなかったかのようだ。
……いや、ないよね?
「ツギはカツ!」
「望むところだ」
2人の背後に龍虎が見えそうな睨み合い。
だが、そこには害意は無さげだから、別段険悪って程でもないようだ。
ただ、お互いにライバル認定してはいそうであるか。
「ったく、まさか引き分けとはな。足立区も存外広いぜ」
「に、兄ちゃん大丈夫なの? 指とか折れてないか?」
おかしな勝負が終わると、少年は馬鹿兄を気遣う。
少年は、パワーに関してはモンスターであるオーガ娘に軍配が上がると見て、ここは先に兄を心配したようである。
もっともな見解だろう。
「あん? 何を妙な心配してんだよ。んなのあるわけねぇだろうがよ」
「いや、でも……」
「大丈夫だから心配すんな。むしろ、次こそ決着を付けてやる」
「え、それはそれで怖いんだけど……」
馬鹿兄の様子からして、本当に手に支障はないらしい。
しかし、モンスターであるオーガ娘と、パワーで互角とか、この馬鹿兄は一体どんな握力をしているのか。
モンスターとパワーで張り合えるなんて、とても人間技とは思えない。
いや、厳密には人とモンスターとのハーフなわけだから、身体能力が人の域にないのは分かる。
だけど、純粋種の、しかも高位モンスターと同格の力を有してるとか、一体コイツ日頃どんなトレーニングをしてるのか。
何か、また変な謎が増えた心持ちだ。
「さてと、じゃあお遊びはこれくらいにして先の話だな。太陽お前、さっき綾瀬に行こうとしてたろ」
「え? あ、うん。そうだよ? 悪くないでしょ?」
「悪い事は言わんから止めとけ。お前らにゃ無理だ」
「は? どうして? 綾瀬なんて弱いモンスターばっかりじゃん」
自分では明暗と思っていたのに予想外に否定されて訝しげに思う少年。
何しろ綾瀬だったら、今までも何度も足を運んでいる。
その時に見たのは、確かに進化前のモンスター達ばかりであった。
とても難儀する場所とは思えなかったらしい。
「今の太陽1人だけだったら俺も止めないさ。でも、今はレムちゃんがいるからな。多分引っかかる」
「引っかかる? 何に?」
「分からん。ただ、ヤバイ何かにだ」
「はぁ? 何だよそれ」
やや判然としない話に不信感が強まる。
確かに何の根拠もなくダメと否定されたらトサカに来るのも無理はない。
「なら、レムちゃんにも聞いてみろよ。あっちに行くのは平気かって」
「レムに? まぁ、いいけど……」
意味が分からないと思いつつ、少年は何やらブンブンと風を起こしながら素振りをしているオーガ娘に声をかける。
「なぁ、レム。この後、あっちの方に行こうと思うんだけど、どう思う?」
「ン? イヤだゾ?」
「えぇ!? 何で!?」
「アッチにイケバ死ヌカラナ。ワタシはタイヨーとソッチにイクノダ」
そう言って、オーガ娘は江北方面を指差す。
やはり彼女も綾瀬に行くのには反対らしい。
「な、何だよそれ。そんなに綾瀬は怖いとこだったのか?」
「コワイ? ソウダゾ? アッチはシンノツワモノがユクバショ。ワレラにはマダハヤイノダ」
「真の強者って……うひゃあ!?」
少年の脇腹を馬鹿兄がつつく。
おかげで不可解な疑問に虚取っていたのが、ただの間抜けに成り果てた。
お前は、どうしてこうも残念さに溢れてしまうのか。
「な? やべぇだろ?」
「な、って言われても……」
腰に不意打ちをくらって、少しブーたれつつも納得できない風の曖昧さを返す少年。
感覚としても理屈としても分からない事に、賛成も否定もしかねているのだろう。
「ここは言う事聞いとけって。年長者と強い奴からの助言だぜ?」
「年長者って、兄ちゃんと俺一つしか違うじゃないかよ……」
「だとしても年上は年上だ。そりゃ親父達と比べりゃまだまだの経験だけど、それでも太陽よか熟練のつもりだ」
少年としても、兄からの言い分として理解に努めようとはしているが、この辺は反抗したい年頃なのだろう。
それに、これからはオーガ娘と2人で生きていくと決めてからすぐの半強制的な方針変換だ。
男の子として、譲りたくないものもあるのだろう。
「そうでなくても綾瀬はやめとけ。あの辺はもう食料も何もない。あらたかサーチャーに取り尽くされてるからな。すぐに食うに困ったところで襲われるのがオチさ」
サーチャーとは、足立区が封印されて以降の職業だ。
正式には、遺失物探索者と言うのだが、最近はもうそんな堅苦しい呼び名をする者は居なくなっていた。
今でこそ魔法の力を借りて食料や水の生産は行えているものの、封印当初などは魔法の存在も知られておらず、物品集めが出来なくては人は飢えで死ぬばかりだった。
そこで、初期の初期には、失せ物探索を名分にした食料集めが盛んに行われていたのだ。
もっとも、魔法や研究開発などで食料供給が安定期に入ってからは、酒や化粧品、宝飾品と言った嗜好品集めが主になっていたが。
「む……でも」
「タイヨー。イイカラソッチにイクゾ! アッチにはイツカユコウ!」
「レム……うん、分かった」
「ええ〜……」
まだまだ納得しなさげだったのに、嫁の反論で速攻言い含められる少年に、馬鹿兄がゲンナリする。
ずっと一緒に暮らしてきた兄よりも、昨日今日会ったばかりの嫁に素直にされると、馬鹿兄としては複雑な胸中だった。
ともあれ一行は、江北エリアへと向かう事になったわけである。




