考察と誘惑
「悪かったよ……」
しょぼんとしてるアホ。
対する俺は不機嫌真っ盛り。
いきなり殴られて失神させられたのだから当然だ。
格闘技なんぞやった事もないのに、こんなレアな経験したくなかったわ。
「その頭より体が動くの、何とかしろ」
「そんなこと言われても……」
「何とか、し・ろ!」
「はい……」
とりあえずは反省を見せるアホに溜息を吐いて、俺は改めて周囲の状況を確認する。
そこにはもう健康ランドはなく、単に紫色の闇が広がっているだけ。
「ったく、これじゃ流石にもう寝て終わりとは、言ってられなくなったな」
せめて健康ランドのままであれば暇を潰せたし、現実感が残っていたが、ここまであからさまに意味不明だと、どうにか先を考えるしかない。
非常に不本意ではあるが、このアホと協力せざるを得ないだろう。
本当やれやれだ。
んじゃ、とりあえず気になったとこから訊いてくか。
「で? 俺の幼馴染みの事を訊いてきたのは何でだ?」
「それは、あのお姉さんがアンタの事で話に出してきたからで……」
「で?」
話は途中で区切らずに最後まで全部言えよこの野郎。
「で、って……えっと、ヒントになるかなぁ、と」
「なぜ幼馴染みの事がヒントになる」
「それは……それしか思いつく事がないから……」
「他に思い付くことは?」
「え〜と、後はアンタがエロ魔神だって事く……はい、言いませんすいません」
軽く睨んでやると、借りてきた猫みたくシュンとし直す。
ったく、今はあんまお茶らけてる場合じゃねぇだろうが。
「あと、すいませんじゃなくて、すみません、な」
「え?」
え、じゃねぇよ。
とりあえず、この方向じゃダメか。
ヒナタの事が関わってるかもしんないのは気になるが、今は路線変更。
「次、お姉さんってのは何だ。話的には、黒幕みたいに聞こえるが?」
「えっと、天王寺まどか、って名前で、俺は会ったの初めて。ただ、アンタとは知り合いっぽかった」
天王寺?
関西人か?
でも、生憎と俺は知らん。
コイツの言う事が正しいとして、未来でいつか出会うのだろう。
あ〜、いや。
本当に信じるなら、俺が未来の事を忘れているだけなのか。
「で? その天王寺ってのが、この状況を作ってると?」
「うん。お姉さんが、この部屋を用意してくれて、先に俺がここに来た。で、俺の後にアンタが来たんだよ。一緒じゃなかったのは、あの人が、なんかアンタに話があったっぽい」
「内容は?」
「わかんねぇよ……俺はもうここに来てたし」
「なら、天王寺ってのはどんな風貌で、どんな奴だった?」
「ん? エロい人。すっげぇ薄着で、おっぱいおっきくて、太もも出してた」
「……もうちょい詳しく。どんな薄着で、どれくらいの胸の大きさか動作で表せ。下はスカートからズボンかどっちだ。後ルックスも美人なんだよな? ディテールを踏まえて……ってなんだよ」
その軽蔑するような視線は。
「つい今、ふざけんなって目で俺を見たくせに……」
「何言ってる大事な事だろう? 敵の姿形ってのは。俺はその人の事知らねぇんだから」
例えば、そんなエロい人に色仕掛けされてら、俺なんてあっという間に陥落だ。
骨抜きにされても病むを得ない。
まぁ今、ちょ〜っと自分の視線が動かないようには気をつけたけど。
「……このジジイ、年甲斐もなくエロすぎ……こんなんが俺の爺さんとか泣けるわ」
うっせぇ。
俺はお前の爺さんでもなければ、男としては全然枯れてもいねぇ。
一般的な男子高校生なんてこんなもんだっつの。
むしろお前の方が、思春期ど真ん中の癖に潔癖男子過ぎるわ。
「やれやれ、そんで? どんな人なんだそのエロい人は。性格とか考え方とかよ」
「む……」
ん? 何故そこで黙り?
あぁ、そんな知るほど話してはいねぇか。
「分からんのならいい。だったら」
「ああいや! 何となくは分かる。話せる」
「ん? そうか?」
なら、何で黙ったよ?
「あのお姉さんは、ヤバい人だった」
「ヤバい? 何が」
「……多分、人殺し。しかも何百万も何千万も殺してる……はず」
は?
「何言ってんのお前。人殺しってのもアレだけど、そんな数の人を殺せるわけがないだろバカバカしい。それに、何でそんな事をお前が分かる」
まさか自己表明でもあったか?
私は1000万人以上の人間を殺した殺人鬼ですって?
だったら笑うが。
「何で分かるのかなんて分かんねぇよ……でも、何となく分かるんだ。あの人には、そんだけの数の血の匂いがしたから……」
「血の匂いねぇ……」
何とも曖昧で眉唾だ。
てか、お前は犬かよ。
いや、犬だってそんな具体的な数の情報なんて理解できねぇよ。
何千万人の血の嗅ぎ分けとか怖ぇわ。
「ま、いいわ。とりあえずやべぇ女ってわけね。だとしても、それじゃ脱出には使えなさそうな話だな」
その人が大量殺人者だとして、今の俺には関係ない。
少なくとも、遭遇したこのアホ犬が生きてるってことは、のべつまくなし殺しまくるってわけじゃないのだろう。
「じゃあ、お前は何でここにいる? あと、爺さんだって言う俺もか? 何か目的でもあったのか?」
「あ、そりゃ魔法を覚えるためだよ」
「魔法? あぁ、魔法、ねぇ……」
一応それっぽいのを見たので、流石に頭から否定はしないが、現実感が伴わないのは変わらない。
興味がないと言えば嘘になるけれど、自分とは遠過ぎるもの、という認識しかなかった。
「ん? てか、今までは使えなかったのか? さっき聞いた話だと、結構使われまくってるような気がしたが」
「それは、霧の壁を通るのには、ある程度戦えるようなってからって決まりがあるからだ。戦える覚悟がないと、中途半端な魔法しか使えないんだってさ。よく知らんけど」
知らんけどって……
自分に関わりがある事くらい自分で調べようとか思わんのかねコイツは。
「とにかくは、ある程度の戦士になったお前は、今日その霧の壁だかを通過して天王寺なる人物と会って、ここにやってきた、と」
「そうそう、そんな感じ」
てめぇの事を俺に考えさすなドアホ。
「で? お前は魔法を手に入れたんだよな?」
「おぅ! バッチリだぜ!」
そう言って、アホは馬鹿見たく刀をぶんぶん振り回す。
どうやら刀に関する魔法らしい。
実際、さっきもそんな風に使って健康ランドを崩壊させてたし。
「となると、魔法取得自体は、この空間の脱出との関わりは薄いのかね」
う〜む。
幾つか話を聞いては見たが、それでもまだ情報としては心許ないな。
後、他に気になるのは……
「なぁ、俺が足立区の英雄とか言うもんなんだよな。 どうしてそんな俺は強くなってる。悪いが、俺は何の格闘技経験とかないぞ?」
「確かに、今のアンタ滅茶苦茶弱いよな」
「分かってるわ! 聞きたいのはそこじゃねぇよ! 何でそんな俺が、英雄になれるくらいに強くなってるのか知りたいんだっての」
「ん〜、多分異世界に行って帰って来たからじゃねぇの?」
「は? 異世界?」
まぁた、変なワードが飛び出して来やがったぞ。
「えっと〜〜、確か19歳くらいの時に異世界の何とかってとこに行って、そこで魔法とかも覚えたらしいぜ? で、帰ってきたら、今度は足立区が封印されたんだけど、異世界での経験を活かして、モンスターを倒しまくったって習ったぞ?」
「あ? 習っただ?」
色々突っ込みたいとこ満載だが、最後の習ったってのが違和感半端ない。
それじゃまるで、俺の事が教科書にでも載ってそうな勢いじゃないか。
「習ったは習っただぞ。学校の授業で先生に聞かされるし」
「え、えぇ……マジかよ」
まさかの本当に授業で習ってやがる。
俺ってば、そんな扱いされちゃってるわけ?
つまり、異世界やら足立区で戦って事で名を上げたと?
えぇ〜、うそ〜〜。
「全く想像出来ん」
「うん、俺もアンタを見ても、とてもそんな活躍が出来るとは思えアダっ!? な、何で急に叩くの!?」
「世の中、自分で口にしても良い事と、他人が言ったらダメな事があんだボケ」
本当コイツは。
…………だけどさりとて異世界か。
俺からしたら後1年後には異世界行きになるって事だよな?
うわやべ、ちょっとワクワクする。
怖い反面、やっぱりそういう展開には熱いものがあるのは隠せねぇ。
「あ、そういや他にも異世界行った人いたわ。三蔓城高貴と貝塚忍」
「なっ!? みつるぎ!? 三蔓城高貴だぁ!?」
何であの都落ち野郎まで異世界に!?
「あれ? 名前知ってる? へぇ、2人ってそんな昔からの知り合いだったんだ。知らなかったぞ」
知り合いだぁ!?
ふっざけんな、あんな野郎知り合いでも何でもねぇわ!
犬猿の仲甚だしいわ!
今すぐ世界から消えて欲しいくらいだわ!
「ちっ!」
腹立たしい。
何をどう間違えば、俺と野郎が揃って異世界に行かにゃならん!
んなもん救える世界も救えるもんかよ!
第一、俺と野郎の共通項なんて精々ヒナタくらいしか……待て。
「おい、今の異世界の話、授業で習ったんだよな? だったらその中に、田上ヒナタって名前は無かったか!? 無かったよな!?
なっ!?」
「な、何だよ急に!? それはアンタの幼馴染みの名前だろっ?」
「そうだよ。だからこそもっとちゃんと思い出せ!」
俺は、少年に掴みかかりながら答えを促す。
これは、まさかみたいな思い付きだ。
思い出せないなら良い。
むしろ、思い出さない方がいい。
頼むから、出てくるな?
出てくんじゃねぇぞ……?
「えぇっと、異世界に行ったのは、鏡渉、三蔓城高貴、貝塚……あれ? 違う?」
おい、やめろよ?
勘違いとかしてんじゃねぇぞ?
「あ、そうだ。貝塚さんは、異世界に行ってない。あの人、何で俺が異世界行ってんだかってボヤいてたし。えっと、でも3人が異世界に行ってて……そんで、語呂合わせが、えっと?」
おいおいおいおい、引っ張んなって
さらっと変な名前でも出してろよ。
山田太郎でもいいよもう。
「3つの……そうそう。3つの鏡が日向上。あ、そうだ。ヒナタ、田上ヒナタだ! マジかよスゲえ! って、あれ? 爺さん?」
馬鹿馬鹿しい覚え方から出てきたヒナタの名前に、俺は目眩がしたような気がして、その場に膝をついてしまう。
だけど、それだけに出てきた名前に思い込みはや勘違いはない。
俺がヒナタの名前を口にして事で変に出てきた感じもしなかった。
じゃあ、やっぱりヒナタも異世界に……
ん? 異世界に行って?
行って? どうした?
俺と三蔓城は、帰った。
でもヒナタは?
ヒナタはどうなった!?
「って、待てよ、おい待てよ? お前おい! 何で異世界に行ってたヒナタの名前が最初で出てこない!? 何で貝塚忍なんて知らん奴の名前しか出なかった!? ヒナタはその後どうなった!? 帰ってるのか!? 帰ってるんだよな! なあ!?」
「そ、それは……えとその、いや……」
やめろよおいやめろ!
何でそんな微妙な面してんだよ!
それじゃまるで、ヒナタに何かあったみたいだろうが!?
「えっと、その、田上ヒナタ……さんは、帰って、来れなかった。今も、異世界に行ったままって事になってる、みたい……」
「う、え? 嘘、だろ……?」
帰ってない?
異世界に行ったまま?
俺と三蔓城は戻ったのに、ヒナタ、だけ?
ヒナタだけが、何で? 何で!?
「は、ははは……」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!
「おいお前! 嘘だって言えよ! 何かの間違いだって勘違いだっておい!」
「う、そ……じゃない。ごめん……」
愕然とする。
ああ、愕然としてる。
俺は、俺は、俺は……
俺、は?
「なぁおい答えろよ。俺は? 俺は何してた? ヒナタが帰れないってなった時、俺は側にいたはずだ。いなかった筈がない。死んでねぇんだから、俺は絶対にその時ヒナタと一緒にいた筈だ!」
「そ、それは知らない。本当だぞ? その辺の事は、本人達しか分からない……」
若干憐むような目を向ける少年に苛立ちつつ、俺は、いつの間にかまたも食いかかっていた少年の襟元から手を離す。
誰だ?
誰なら知ってる?
三蔓城が生きているって言ってたか。
なら三蔓城に訊いて……いやいや違う! そうじゃない!
大事なのは事実じゃない!
何が未来だ足立区の封印だ。
俺にとっての今は今でしかない。
この俺が、1年後だかにヒナタと異世界に行って、ヒナタを俺が守ればいい。
そうだ。
そうすればヒナタは助かる。
アイツを独りにせずに済む!
来るべき未来が分かっているなら、運命にだって刃向かって見せる!
「そのため、には?」
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!
「そうだ。天王寺まどか、なら?」
そうだ天王寺まどかだこんな得体の知れない空間を作ってる天王寺まどかならば奇跡の一つでも起こせるのではないか?だったら頼んで見ればいい出来る出来ないじゃない魔法なんて奇跡があるんだ時間遡行くらいできてあたりまえじゃないか俺ならヒナタを守れる助ける独りにしない何とかする絶対必ず助けてみせる誰を殺してでも成し遂げる!
「ちょ!? 爺ちゃん言ってる事滅茶苦茶だぞ?」
今の心の声でも漏れていたか、俺の論法にケチをつけてくる。
ああそうだろうさ。
自分でもおかしいなんて分かってる。
だけど、魔法なんて奇跡と、認められない未来なんてものを持ち込んだお前だ。
勿論俺は魔法も運命も知らないが、知らないからこそ、この世の常識だって今ある論理だって怖くない!
俺は、運命を変える!
だから!
「聞いているんだろう天王寺まどか! 俺は俺を認めない! くたびれた老いぼれなんかじゃなく、今のこの俺に、新しい未来を作らせろ!」
俺なら、俺でありさえすれば、ヒナタを助けられる!
幸せにしてやれる!
俺じゃなきゃ、誰もヒナタを救えない!
ーーああ、悪くない。
俺の声に対し、誰かの声が響いた気がした。
すると、紫色の闇に覆われていた空間が、急速に形を取り戻していく。
今の声の主が、天王寺まどか、なのだろうか。
だとすれば、思った通りだ。
そいつは具に俺たちの様子を確認し、状況に変化が起こるのを待っていたに違いない。
「うぇ!? ちょ爺さん! 爺さん!?」
「んな!? 魔法少年!?」
空間が形を作っていく中で、魔法少年と俺との間に壁が作られていく。
どんなにドカドカ叩いてもビクともしない壁は、満足な会話すらさせずに俺らを分断していた。
ーー安心しなって。あの子は用済みだから戻しただけ。
本当だろうな?
確かに今となっては、コイツの言う事を信じるしかないのだが……
ーー本当よ。だからお前が気に病むなどない。
っ!?
心を読まれた!?
どんどん現実離れしていきやがるな……
ーーただ、1つ試させてもらうよ?
試す?
何をだよ?
ーーさぁ? 自分で考えるんだね。
と、そこまでで声が終わる。
それ以上は、心の中で呼んでも、口で呼びかけても叫んでも、まるで反応がなかった。
くそ、これじゃあんまりに情報がない。
こんなんで一体俺に何をさせようと言うのか。
そう疑問を抱いている間にも、空間は色と形を変化させていく。
てっきり健康ランドへと戻るのかと思いきや、見ているとどうも様子がおかしい。
そこでふと、魔法少年の事が頭を過ぎる。
「……孫、ね」
本人の言葉が本当なら、あの魔法少年が俺の孫と言う事になるが、やはり実感は持てない。
しかし、まぁ、決して悪い奴ではないのは分かったし、名前だけでも聞いておけば良かったか、などとは思っていた。
「いやいいんだ。今はそれより」
そう。
俺にはやる事がある。
今見ている光景は、勿論奇怪で非科学的だ。
だけど、ヒナタを助けるためならば、どんな不合理だって飲み込んでやるさ。
「……風景が、分かり始めてきたな」
暫くすると、徐々に組み上がっていく世界は、俺の全く知らない場所のようで、何より空が夕焼けなんかよりもずっと真っ赤な色をしているし、それに、空と同じくらい赤い地面は、荒れ果てて水気がなく、あちらこちらには動物らしき何かの骨が散らばっている。
ついつい、死の大地、なんて厨二な言葉が浮かぶ程に、そこに現れた世界は危なそうな場所だった。
「渉……」
不意に聞こえたか細い声が、紛れもなくヒナタの声だった事で、俺は慌てて周囲を探す。
すると、少しだけ離れた位置に、どこかで見た事のあるような3人が倒れていて、何故か揃って空を見つめているのが分かった。




