勝者と敗者
「……ナヲ、キキタイ」
先に動いたのはオーガ少女の方だった。
ただ、ファーストコンタクトとして、モンスターが人間の名を要求するのは意外に思えた。
高位のモンスターだと、それなりの知性を有している場合は多いが、このオーガには更に感情らしきものを有している気がする。
異常だ。
ーーーこの時点で嫌な予感はあったのだが、すぐに予想以上に碌でもない事だったと後で気付く。
「……鏡 太陽、です」
対して、とっても素直に名前を返す少年。
コイツには、自衛という概念は無いのだろうか。
未知の敵に対してあまりに無防備過ぎるし、それになんで急に丁寧語なのか。
おかげで、嫌な予感が雪だるま式に増えてしまう。
「タイヨー……オボエタ」
「な、なぁ、アンタは何なんだ、です? モンスターでいいんですよな?」
存在確認はともかく、わざわざ訊く必要のない事まで尋ねる少年。
やはり優先順位とか基礎学力は必要だと実感してしまう。
というか、この状況なら、まずはモンスターとの間合いを測るのを最優先すべきだ。
後、ツッコミたくないが、その言葉遣いは即刻やめろ。
「ワタシオーガレムナント、ダデス? モンスター、デスヨ?」
「レムナント? なにそれ? なんかカッコいい響きだけど……」
…………ダメだ。
優先順位と違うけど、どうしても気になってしまう言葉遣い。
つい、ほれ見たことかと言いたくなってしまう。
間違いなく、少年の言葉を真似ている。
せめて、学習能力が高く厄介な事だと認識する。
で、レムナントというのは残滓とか屑とか余り物って意味だ。
だが、見た限りにおいて能力が屑などとは思えない。
稀に、高位モンスターが死の保険として分体を作る事があるらしいが、それなのだろうか?
だが、実際のところは不明でしかない。
「カッコ、イイ? ワタシガ?」
「ふぇ? あ、ああ。そうだな。ツノとかカッコいいと思うぞ?」
「ツノガ? ソウカ。ヨカッタ」
気のせいでなく嫌な予感がネズミ算式大増量。
なにがどうして見た目を褒める流れになった。
しかも、褒める箇所が角。
特殊な部位というのは、概ね生物のアピールポイントになっているの事を知らないのか?
少年よ。
今お前は人生の地雷を踏み抜いたかもしれんのだぞ。
無い頭で無駄な思案顔を作ってる場合じゃない。
「でも、確かにツノだよな? なのに、何でこんな人間みたいなんだ? しかも、服まで着てるし」
それは、最もな疑問だろう。
改めて見ると、オーガレムナントと名乗るこの少女型のモンスターは不可解だ。
肌の色は真っ白で、体のあちこちに赤いライン模様が見え隠れして、何より角がある以上モンスターである事に疑いはない。
しかし、どこで手に入れたのか、40年前の物なのだろう古びたTシャツとチノパンを身につけていて、容姿も端正と言える顔立ちで、一見ショートカットの細身の少女そのもの。
これで帽子でも被れば、もはやモンスターとは思えなくなる程だ。
つまりは、ほんの後少しの工夫で、難なく人間に領域のど真ん中に入り込めてしまうのだ。
しかも、言葉まで理解できるおまけ付き。
変化などで発生する魔法の反応が無く、これは人間側として、なかなかに対策しにくい。
今後は、従来のような場当たり対応だけでは、必ず足元を救われる事になるだろう。
「ドウダ? フク、カッコイイカ?」
「お、おお。良いんじゃないか?」
「イイカ。ヨカッタ。ナラツギダナ」
「次?……って、何をぉぉ!?!?」
少年が疑問に思う間もなく、会話から1秒後にはオーガは少年の背後を取り掌底を放ってきていた。
当たれば、体にオークよろしく風穴が空く事だろう一撃。
しかも、動く速さもかなりの物。
距離的には、話しながらもじわじわと数メートルにまで詰めていたとは言え、一瞬で背後まで取れるとは恐ろしい才能と言えよう。
明確な強者。
そう確定してしまっても何ら問題ない水準。
が、それでもまだ少年の反応速度圏内。
辛うじて、身を翻して回避に成功していた。
「ウム、ヨイ」
「っ!!」
やはりモンスター。
少年は、緩んだ気を引き締めて、安易に間合いに入ってしまった己の不明を恥じる。
とはいえ、卑怯だぞ! と叫ばなかっただけ、まだマシな部類だろうか。
「デハコレダ」
「……ふぅ」
軽く腰を落としたオーガに対し、落ち着いて剣を正眼に構える少年。
少年としては、攻めにくる格上モンスターの様子見しつつもカウンターを狙いたいらしい。
「んなっ!?」
が、その考えは甘かった。
構えていた筈の剣は、気づけば容易く弾かれて胴がガラ空きになる。
その攻撃はかなりの重さ。
オーガは、今度は少年の反応速度を越えて打撃を打ち込んできていた。
「ユクゾ!」
だが、そんな重い一撃すらオーガの中では布石程度に過ぎず、容赦なく体のど真ん中を穿ちに来る。
しかし、少年も去る物。
剣で受けるのを諦める判断をし、むしろ、剣を弾かれた反動を利用し、体の軸を斜めにしつつ横回転させて回避した。
「ヨイ!」
「こなくそ!」
そして、始まる続く攻防。
オーガは、持ち前の才能だろう全身のバネ、柔らかさ、しなやかさ、軸の強さを武器に、足を手に、手を足にして、変幻自在の打撃を放ってくる。
拳を避けたと思ったら、即次の蹴りが放たれ、それも受け切ったと思えば、更なる蹴りが迫ってくる。
いずれの攻撃も一撃貰えば致命打になりかねない重さで、剣のガードでは一度二度しか保たずに開かれて、いつの間にやら避けに徹する羽目になっていた。
うむ、よくよく戦い慣れている。
見え隠れする余裕と自尊心も根拠が無いわけでは無さそうだ。
「ちぃ!」
しかし、実は驚嘆すべきは少年の方かもしれない。
多少手を抜かれているとは言え、延々続く連続攻撃をそれぞれ擦り技程度のダメージに抑えている。
致命打になり得る理屈不明な消滅の掌底も一度も受けていない。
徐々に削られているのは自分でも分かっているみたいだが、オーガの上位だろう相手を向こうに致命打を受けていないのは称賛に値するだろう。
何より、オーガの攻撃を受けるごとに、動きが良くなっているのが分かるのが素晴らしい。
力の抜き場所入れどころを理解し無駄をなくし、受け流しの精度も上がってきていた。
どこのバトル漫画と呆れてしまう程だが、彼は元より才能に恵まれていたのは自明。
幼いながらも鏡家次期当主筆頭としての面目躍如といったところか。
「ヨイ! ヨイゾ! タイヨー!」
「うっせ!」
力を測られているのを嫌でも実感しているのだろう。
少年は、歯を食いしばりながら反撃を狙っている。
だが、反撃はおろか、一旦距離を取る事すら叶わない。
何より少しずつ動ける範囲が無くなっていく恐怖は、如何ともし難いものがあった。
「な、ぐっっ!?」
なのに、突然少年の体が見えない力によって後ろに弾き飛ばされる。
オーガの動きはちゃんと見えていた。
拳も蹴りも絶対に自分の体には届いていない。
だと言うのに、いきなり全身を後ろに向かって押される感覚がして、気付けばオーガとの間には程良い距離が出来ていた。
何が起こった?
消滅の掌底とも違う感覚。
魔法の類?
いや、それどころではない。
少年は憤る。
「ふっざけんなテメェ! 勝ちをわざと逃すとか舐めてんじゃねぇぞこらぁ!」
確かに、あのまま攻め立てていれば少年の敗北は必定。
それを何の躊躇もなく止めてきたという事は、いつでも簡単に殺せると言っているのと同じ。
完全に舐められているというわけだ。
仕方ないとは思うがね。
「イナ。ワタシハタイヨーノコーゲキミタイノデス」
「おんなじだこの野郎!」
「ヤロー? ソレハオノコニツカウコトバデナイノデス?」
「知るかボケ! だったら望み通りとっておきを食らわせてやる!」
少年は、剣を平ら、かつ両手持ちで後方に構える。
距離が出来た事で、力を乗せた一撃を放つつもりの様だった。
「鏡家相伝居合」
おいこら待て、そんなものは無いぞこの野郎。
鏡家に相伝する程の剣技なんて無いし、歴史だって全然浅い。
そも伝えようとした事すらない。
というか、鞘がないのに居合って何を言っちゃってるわけ?
「山茶花!」
サザンカ!?
何で山茶花!?
何をイメージしてどう考えたら花の名前の技名が付く!?
第一お前、山茶花見たことあるのか?
椿辺りと勘違いしてないか?
てか、技名自体恥ずかしいからマジ止めろこのガキ!
「ウム! カッコイイナ!」
鬼娘お前もか!?
お前の感性も厨二か!?
こんなんの影響受けちゃいけません!
広めるのも無しだからな!?
うえ!? てか何この子ぉ!
まさか剣を正面から受ける気か?
全く避ける気配がないんですけど!?
こっちの攻撃だって当たれば即死だぞ!?
「たりゃあ!!」
オゥ! それ単なる胴打ち!
走力と踏み込みを活かしただけの横払い!
山茶花要素も皆無!
多少威力は増すかもしれんけど、『ナマクラ』の使い方とするには、あんまりにも旨味がなさ過ぎる!
「「ハァァッ!!」」
何故かお互いに同じ掛け声を発する2人。
いや、変な息の合い方とかいらんから!
仲良しアピールする必要ないから!
などという、ツッコミの甲斐もなくキーンと金属音が響く。
両者のぶつかった事で起きた衝撃が、微かな風となった気さえしてしまう。
迫力だけは一級品である。
剣線だけ見れば及第点ギリギリくらいか。
とはいえ、結果はさほど面白くもないものに終わる。
「そんなはず……」
これは少年の呟きだ。
その視線の先には、振り切れなかった剣。
少なくともここ15年断ち切れない物などなかった剣は、オーガレムナントを名乗る鬼の腕に擦り傷をつける事なく止められていた。
オーガは、腕の皮だけで、最強の剣戟を止めたのだ。
「オオオオオオ!」
大声を張り上げたのはオーガ娘。
何やら嬉しさの余り、剣を止めた腕を上に掲げながら歓喜の表情。
傍目には、ヤバげな子だ。
「嘘だろ……」
対して、膝間付いて愕然と焦点の合っていない目をしている少年。
それも当然。
今の今まで無敗を誇っていた剣に、己が土をつけてしまったのだから、鏡家の人間とすれば消沈も頷ける。
むしろ、技名を恥じるべきと思わなくもないが、キッチリ心的ダメージを受けたのだから敢えて追い討ちをかけるべくもなし。
まぁ、教育方針については、かなり口を出したいところではあるが。
「タイヨー!」
「は? ってうわっ??」
何を思ったか、急に少年の体を抱きしめにかかるオーガ娘。
彼女の様子としては、恐らくは親愛を表現したものと察するが、抱きしめられた少年は気が気じゃない。
異性に抱き付かれ赤くなる……などと言う事は無く、むしろ青い顔をして、半分死を覚悟していそうな気配だった。
どうせ、敗北者の末路は? てなことを想像したのだろう。
どこかで見た光景である。
主に、少年の両親とかで。
「タイヨースゴイ! スゴカッタデスヨ! タイヨー!」
「な、何が凄いってんだよ!? 凄かったら絞め殺す気か!? 仕返しのベアーハッグなのか!?」
「ナニイッテルタイヨー。イタイ! イタカッタゾ! イタクテスゴイゾタイヨー!」
「痛くてスゴイってなんだよ!? やっぱり絞め殺す気なんだろ!? そうなんだろ!?」
噛み合わない会話。
2人の国語力の無さが心配になってしまう。
いや、モンスターの頭の良さなど無い方がいいわけだが。
「ウム! ヤハリワタシノミコンダオノコ! ワタシニアッテイル!」
「お前を飲み込んだ事も会った事もねぇよ! それより早く離れてくれぇぇぇ!」
「キョヒ! ワタシニダメージアタエラレルハジメテノヒト! ハツタイケン! ミゴトダタイヨー!」
「ひぃぃぃ! しまってるキまってる! し、死ぬうううう! 降参! 降参するから助けて!」
阿保は置いといて、これにて概ね理解出来る話になった。
このオーガ娘は、種族的に硬い外皮に加え、常時『魔装』展開が出来る鉄壁の強者である。
『魔装』とは、魔力による鎧の事で、皮膚表面に薄く張り巡らせる技術だ。
それを超えてダメージを通すとなれば、なるほど、確かな力量の持ち主となるだろう。
更にオーガ娘は、少年がまだ魔法を得ていない事も理解している。
今後の成長がまだまだ見込めるのも織り込み済みに違いない。
要は、青田買いというわけだ。
そして、オーガ娘の期待通り、今の攻防で少年はお眼鏡に適い、オーガ娘から婚約者認定されたという流れ。
本当に、鏡家にはこの手の難事ばかり起きる。
しかも、今回のこれは絶対厄介な事になるのが確定だ。
……と、ここまでなら、まだギリギリ許容範囲だと思っていたわけだが、考えが甘かったとすぐ気付いた。
「エヘヘへ、タイヨー。シッカリウケトメルノダゾ?」
「え!? ちょまっ!? えぇ? な、何だよこれ!? 何なんだよお前!?」
オーガ娘は、首絞めに満足したら、今度は羽交い締めに取り掛かる。
しかも、そのハグには膨大な魔力が込められており、徐々にオーガ娘から少年に向かって侵食を始めていた。
正直、うわぁ、と思う。
本当の本当に厄介で洒落にならん事になってしまった。
当の本人は完全に置いてけぼりだし、照れもあってか微妙に顔には赤さが戻ったみたいだが、今はそんな事はどうでもいい。
第三者としてみれば、もう本気で滅茶苦茶エラい事が起きている。
とりあえず、目と目があった一番最初から少年がオーガ娘から勝手に好まれたと理解出来る。
そもそも、名を聞きたい、などと言う話からおかしな流れだった。
恐らく、攻防を含めたダメージ云々のやり取りは、オーガ娘が求める婚約者水準として、譲る事の出来ないラインだっただけのはず。
そこまで大事ではない。
強いて言えば、不味かったのは『降参』してしまった事か。
オーガ娘は、少年の降参を弱肉強食的な発想でもって、少年の全てを手に入れたと判断したのだ。
少年は、モンスターの軍門に降ったわけである。
で、要は今何が起こっているのかと言うと……
何と、少年はオーガ娘にテイムされていた。
人間がモンスターを、ではない。
モンスターが、人間を、である。
本当碌でもない事この上ないし、少年にはご愁傷様と言う外ない。
今後の人生、黒薔薇色と言ったところか。
少年の未来は、もはや呪われてしまったわけである。
まぁ、不孝中の幸いと言えるかは知らんが、少年もオーガ娘の外見を嫌いではないと見るし、慕われているのが救いだろう。
それに、築かれてしまったモンスターとの縁から逃れられる筈も無し。
早々に添い遂げる覚悟を決めた方が楽になるかもしれない。
……何よりも、これこそが変革の兆しとも考えられた。
「エヘヘヘヘ。コレデタイヨーハワタシノモノダ」
「お前の物って……くそぉ、これが敗北者の末路なのか……」
ニコニコオーガと諦観少年。
もう既に、嫁の尻に敷かれる亭主みたいなことになっているのはともかく、これにて2人の縁は確固たるものとなった。
精神的にとか言うレベルではなく、2人の間には、物理的ではない魔力的なパスが通っている。
少年も、微妙にだが自分に起こった事を理解しているはず。
簡単には、以心伝心。
いくら離れても繋がった状態とでも言うべきか、各々の危機を察知出来たり、お互いの魔力を融通し合うような関係になったわけだ。
これを払拭するには、よほど特別な手法があればともかく、普通では何世代分の人生を費やす必要があるだろう。
「うぅ……これ絶対半殺しだぁ……」
「ハンゴロシ? ワタシハタイヨーヲハンブンニコロシタリシナイゾ? ムシロヨクソダテ、ヨククワセル」
主従関係がかなりアレな事になってるので、いずれ苦難は訪れるのは想像に難くないが、仲良き事は善き事である。
もういっそ、これからさぞ苦労すればいい。
その先には、きっと更なる苦労が待ち受けているだろうが……何、夫婦関係なんて大半苦労で出来ている。
だが、共にある覚悟さえ決まれば、ふと感じる安らぎだけで心は癒されるものさ。
という訳で、一頻りイチャつき(オーガ娘主観)終わると、早速オーガ娘は、少年の腕にしがみついたまま爆弾を落としてくれた。
「デハ、タイヨーノハハウエニヨメイリノアイサツセネバナ!」