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経験と記憶




 この壁がいいね、と君が言ったから、9月8日は魔法記念日。

 というわけで、昨日の今日で早速やってきた霧の壁である。



 霧の壁、或いは、魔法壁。



 足立区を包み込んでいる魔法の霧は、今から40年前に突如として現れた。

 以降、俺たちの世界はこんなにも狭くなり、日々この壁から現れるモンスター達とのちっぽけな戦争が繰り広げられている。


 その混沌の根源が、このやや紫がかった壁であり、同時に、魔法という奇跡を与える祝福の源でもあった。


 そういえば昔、(しのぶ)のやつが壁を見ながら、「俺たちは、都合の良いように振り回されている道化のようだな」とか言っていたか。


 全くその通りだと思う。

 出来るだけ早く、こんな歪な舞台は終わりにしたいものである。



 「ヒカルは、どんな感じだったのだ?」


 「魔法記念日にか? そりゃ暗くなったさ。ついに英雄になる時が来た! って思ってたら毒魔法なんだぜ? 後にも先にも、あんなに落ち込んだ日はねぇよ」


 「それが、壁を抜けた影響と?」


 「ん〜、どうなんだろうな。でもまぁ、死にたくなる気分ではあったから、そういう事なんじゃねぇかな」


 「ふむ、そういうものかの」



 この辺の話は、経験した者でないと共感しにくい。

 一応説明するのなら、魔法を得るためには、誰しもが、この霧の壁を通り抜ける必要がある。


 魔法理論的な説明などは出来ないが、生物が魔法を取得するためには、須くこの霧の壁の干渉を受ける必要があった。

 人であれモンスターであれ、今のところこのルールは絶対的であるらしい。


 そして、壁を抜けると、その人物は精神的に何らかの悪影響を受ける場合が多いのだ。


 ある者は明るくなり、またある者は暗くなる。

 無駄にハッチャける人もいれば、深刻になり過ぎて自殺を図る事も、決して珍しい話ではなかった。


 けれど、そういった影響を受ける期間は限定的で、大半の人は魔法を使う自分というものを受け止める事になり、早いか遅いかの違いはあれど、苦難を乗り越えたその先で、大人を名乗るのに相応しい人格を手に入れると言った、あたかも試金石としての意味合いも含まれるようになっていた。


 ついでに言うならば、兄はかなり遅めながら、この試金石を乗り越えたと考えていいのだろう。

 何というか、俺の中で兄の株が急騰中だ。

 逆に、少年の株はストップ安扱い。

 改めて、次期当主についての方針転換も有りかもしれないとか、最近は思っていた。



 「そう言うレムちゃんは? どんなだったわけ?」


 「うむ、恥ずかしながらハジけるタイプであったかの。当時はまだ単なるオーガであったが、壁抜けから暫くは、自分こそ最強と思い込んで、あちこちで決闘を挑んでいたような記憶がある。所謂黒歴史というやつか」


 「はぁ〜、モンスターもそんな風になるんだな。何か意外だ」


 「意外に思うほどでもあるまい。オーガやオークは元は人なのだ。モンスターそれぞれにその自覚はなくとも、どこか人間じみた行動を取る場合もあろう」


 「いやいや、十分に意外だっての。ちょっとモンスターを見る目が変わっちまうよ」



 兄の言う通りだ。

 モンスターの中でも、魔法を得るために壁に入る奴がいるのは良い。

 ゴブリンシャーマンとか、進化直後に魔法使ってくるし、そういう奴らは、きっと進化する前には、既に壁を抜けているのだろう。

 或いは、壁を抜ける事で、進化先に変化が生まれるのかもしれない。


 けれど、壁通過によって精神的に何らかの影響を受けるモンスターがいるという事は、それなりの個性があり、思考する人格があるとも言える。


 いやまぁ、嫁やらオーガ娘とか、あと俺の場合はテイムされた他のモンスターとかも見ているから、今更感はあるんだけどさ。

 

 だけど、改めてモンスターの口からそんな事を聞かされてしまうと、些か返答に困るのは確かだ。


 だって、この辺を突き詰め過ぎると、人とモンスターとの差異とは何ぞや、みたいな議論が発生して、いずれモンスターとは戦う事が難しくなってしまう可能性さえある。



 人間とは、斯くも阿呆な生き物であった。



 少なくとも、今の足立区で、この類の人格に関わる話を発展させるのは良くない。

 シンプルに敵同士。

 これくらいが、お互いにとっても多分ちょうど良いはずだった。



 「それはさておき、太陽。これから壁の中に入ってもらうわけだが、体調とか気持ちの面で不安はないか?」


 「ああ! いつでもバッチこいだぜ、兄ちゃん!」


 「……あ〜、うん。まぁ、いざとなれば二人がかりで押さえ込むからさ」



 精神的に平気かと尋ねて、そんなに元気いっぱいに言葉を返されてしまうと、何かトラブルが起きる予感しかしない。

 オーガ娘じゃないが、壁抜けからすぐ暴れ出す新魔法師は多いのである。

 まぁ、とりあえずは、兄のように暗くなって帰ってくる事は無さそうだった。



 「それより、俺はこんなんザマで、一体中でどうすりゃいいんだ?」



 そう言って、少年は自らの様子を省みると、そのまま車椅子姿であった。

 しかも、腕にも足にも力が入らないものだから、後ろからオーガ娘に介添えられている状態である。

 恐らくは、壁の中に入ったら、自分では動けないのでは? という心配があるのだろう。



 「ああ、俺の経験則では大丈夫だ。壁の中に入っちまうとな。もう特に動く必要とかもねぇんだ。地面が勝手に動くとでも言えばいいのかな。魔力が体の中に入ってくる感覚がしたら、そのうち自動的に、入ったのと同じ位置から外に追い出される事になる」


 「へぇ、何か変なの」


 「お前バッサリだな。でもまぁその通りだ。ハッキリ言って珍妙な空間だよ。ちなみに、掛かる時間も人それぞれ。5分くらいでサッと終わる奴もいれば、1時間近く長々と留まる奴もいるらしい」



 正直、霧の壁のメカニズムはよく分かっていない。

 魔法を得られるポイントは限られていて、一定以上の魔力濃度が必要になっている。

 薄いポイントでは、何度進入しても追い出されるだけに終わる。


 また、得られる魔法は、同じ場所であっても入った人によって効果はまちまち。

 ただ、大まかには魔法の系統が分かれているのか、この場所では変化魔法、また別の場所では現象魔法が得られやすい、といった特徴はあった。



 「そういえば、レムちゃん。大学にあったって言う魔法のレポートに壁の考察とかあったよな? どんな事が書かれてあったんだ?」



 兄が思い出したように、オーガ娘に問う。

 そういえば、そんなこと言ってたっけか。



 「うむ、スイロンであったが、壁の中にて取り込む魔力量によって質やセイドが変化するらしいの。最初に覚える魔法には、確かにある程度の傾向があるらしい。ただ、魔力を多く取り込めば良いというものでもなく、自分自身の器にあった量が良いのだとか。だが、肝心のその器の大きさを何でどう調べたら良いかは書いておらんかったよ」


 「う、うーん。それだと参考にならないな……器の大きさなんて、どうやって測るんだよ。本当その天王寺って人は、どういう基準でそんな推論を組み上げたのやら」



 結局は、現状行き当たりばったりと言う事か。

 その天王寺とか言う女は、役に立つんだから立たないんだかよく分からん奴だな全く。

 何故か奇人に違いない、という確信だけはあるわけだが。



 「んじゃ、太陽。用意はいいか?」


 「おう。でも、『ドラゴンキラー』も持って行っていいのか? 危なくない?」



 少年が、車椅子に乗せられた『ナマクラ』を見る。

 危なくない? というのが、俺的には、「落として失くしそうだよ?」に聞こえてしまい少しビビる。



 「普通は武器なんて持っていかんのだがな。でも、太陽も分かってるだろう? あのオーガ戦以降、『ナマクラ』が使えなくなってるの」


 「う゛……そりゃまぁ……」



 痛いところを突かれた、みたいに、少年は顔だけを歪ませる。

 一般的に、『カリモノ』は貴重品である。

 それを使い物にならなくしたというのは、実は結構な大事であったりする。



 「別に、今更体裁とか罰とかを気にしてるわけじゃねぇけど、現実問題使えないままってのは困るわけ。で、多分使えなくなってるのは魔力不足だと思うから、ついでに持っていってみてくれよ。ちょっとでも変化があれば助かるし」


 「ま、まぁ、俺は別にいいけど」



 少年は、怒られる事がなく安心したのを隠すように、気にしてない風を装っている。

 軽く小突いてやりたい気持ちに駆られるが、出せる手もなければ魔力もない。


 それに正直、俺自身が壁の中に入れるのなら何か起こらないか期待できるし、連れて行ってくれるのならば文句はなかった。



 「とりあえず、俺らは太陽が戻ってくるのを待ってるからな。何かあったら声出すとか何か行動に移せよな」


 「ふん、言われるまでもねぇ。それよか、兄ちゃんこそ、俺がいないからってレムに手出すなよ?」


 「あん? ったく生言ってんじゃねぇよ。そんな心配なら、とっとと行って、とっとと帰ってこい」


 「ふん、分かってらい」



 どうみても病人みたいな状態のくせに、口だけ達者だなお前は。

 対する兄は、まさかの弟から色恋沙汰について釘を刺された事に呆れ気味。

 けれど、俺は知っている。

 兄が、実際のとこオーガ娘を憎からず思っている事を。


 でもって、そんな2人を微笑ましげに見つめて、仲良いな〜とか思ってるオーガ娘なのだが、最近言葉は随分上手くなってきたけども、どうやら人間の、しかも男の子としての機微には、まだまだ疎いようだった。



 「では、準備はいいかタイヨー?」


 「お、おう!」



 余談はさて置き、出発である。

 オーガ娘は、車椅子を押していく。

 少年は、ついにこの時が来たか、とやや緊張気味。

 要はこれが、大人への第一歩なのだ。

 しかと、成長して欲しいのが親心というか爺心であった。



 「頑張れタイヨー! いってらっしゃい!」


 「お、おお! 行ってくるぜ!」



 バンバンと肩を叩かれて、嫁から気合を入れて貰ったところで、少年の乗る車椅子が霧の壁の中へと入り込む。


 するとそこは、見事なまでの闇の中。

 霧の中にいると言うよりは、真っ暗な部屋にでも閉じ込められた気さえする。


 そう、俺の時もそうだった。


 あれは確か、召喚された時と封印後にモンスター達に追い詰められた時だったか。

 あの時に、ヒナタが今どうしてるのかも聞いたんだったな……

 結果、何とも悔しい思いをしたわけだけど。

 てかこれでもう3度目になるんだな……ってあれ?



 何を俺は、知った風なことを言っている?



 封印後はともかく、召喚された時? しかも3回目?

 召喚された時になんて、まだ霧の壁は存在してなかった。

 なのに、何でそんな2度の事を、俺は忘れていた?



 は? 忘れていた?



 う、ダメだ混乱してる。

 落ち着いて確認しろ。

 少しずつでいいから思い出せ。


 まず、そうだ。

 ここには、今までに2度来ている。

 そして、今回が3度目になるのは本当だ。


 1度目は、異世界に召喚された時。

 夜の帰り道を歩いていたら、不意に紛れ込んで。

 あれから俺の人生は滅茶苦茶になった。


 2度目は、封印後、忍を含めた足立警察の連中からモンスターの群れを引き剥がしたは良かったが、結果的な俺だけが壁際に追い込まれた時。

 あの時はあの時で、かなりの命の危機だった。


 そして、そのどちらの時も、俺はこんな真っ暗な部屋みたいな場所に閉じ込められたのだ。


 あぁ、覚えている。

 思い出した。

 今の今まで、俺はそれらを忘れていた。

 いや、ヤツに忘れさせられていたんだ。


 そして、俺はその犯人の事を知っている。

 てか、こんなとこで、ヤツの名前に気付かされるとは思わなかった。

 まさか異世界だけじゃなく、こんなとこにまで干渉してきてるとは。

 何なんだよアイツは……


 

 そう、アイツだ。



 あの、空気を読まず

 何でも知った風をした

 絶えずイライラさせてくる

 話せば虫酸の走ってくる

 神様気取りの

 素で横柄で

 傲慢で

 醜いほど自分勝手で

 傍若無人で

 毛ほども忖度しない

 人間嫌いで

 人なんてゴミ以下の扱いでいい公言する

 人の生き死にを笑顔で語る

 人を殺すのが大好きな

 人をオモチャにするのが大好きな

 バカみたいなうさ耳と

 褐色の人斬り包丁が嫌な風に似合った

 目立ちたがりのゴスロリ血塗れ女。



 殺人魔女、天王寺まどかの事を。




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