決断と覚悟
穿たれれば再生し、近づけばカウンターで弾かれる。
早くも30分程度、2人は打ち合い続けていた。
だが、その内容は至極薄い。
2人とも相手の出方を伺っているようで、攻め方防ぎ方は単調なまま。
時折、お互いにフェイント気味の突撃を仕掛ける事はあったが、そんなものはどちらにも通じる事はなく、無駄に時間ばかりが経過していた。
「クッ!」
しかし、焦りがあるのはオーガ娘の方である。
理由など決まっている。
それは、すぐ側で横たわったまま動かない少年の事に他ならない。
今なお不思議と安定状態を維持している少年だが、いつまた病状が悪化するかも分からない。
出来る事なら、1秒でも早く馬鹿兄を御しきって回復方法を糾弾したいところであった。
「分散!」
だが、当然にそんな感情の隙を馬鹿兄が見過ごす事はなく、的確にオーガ娘の弱点に向けて散り散りになった槍を突き刺してくる。
続け様に彼女の体を血に染める確率は、戦闘開始直後と比べて格段に上がっていた。
それも『センペン』の攻撃が、確実に弱点を付いているからに他ならない。
オーガ娘の弱点。
それは、失血量だ。
俺の知るモンスターにも血液は存在する。
色や性能の違いはあれど、何かしらの要素を体内に巡らせる事に一役買っていると考えられていた。
そして、オーガ娘もまた血液を利用して循環しているものがある。
それは、酸素、水分、そして、魔力……という事が、この30分の攻防にて明らかになっていたりする。
「これで20度目。失血量ももうすぐリットル単位が見えてきてるんじゃないか?」
余裕が出てきたのか、馬鹿兄の口から言葉が出始める。
オーガ娘の動きなども色々分かってきた頃合で、このまま行けば被弾無しでの勝利まで有り得てきたのたからこそ、そんな軽口を叩けていた。
「ハァ……ハァ……」
対して、言葉など返す余裕のないオーガ娘。
もうすでに、彼女の動きはかなり鈍くなっている。
人間比較が正しいのかは不明だが、一般的に体重の1/13が血液量とされている。
彼女の体格からみた体重を50キロとした場合、その血液量は4リットル弱。
一回一回受ける出血は、再生速度からして少な目であったとしても、部位欠損並みのダメージを含んだ20もの攻撃を受けてしまえば、確かに1リットル程度の出血はあって然るべきであった。
「さぁ、後どれくらいだろうな。生憎と俺は勝負を急いだりしないけどよ」
昔からではあるが、馬鹿兄は確実な勝利を好む。
功を焦って戦い急ぐ事などないし、じわじわ嬲るのも時間稼ぎも嘘も誤魔化しも厭わない。
着実に作業を進めていって、最終的に勝つのが自分であるのならばそれが全て、という考えが強かった。
実際、今回の戦いにおいても、この手法は非常に有効だと思われる。
人間相手の普通の出血であっても効果がある戦い方だと思うし、対オーガ娘戦としてみただけでも、血液の中に少なくない魔力が含まれていたのは、馬鹿兄にとって極めて大きな発見と言えた。
何しろ、刻めは刻むほどにオーガ娘は弱くなるのだ。
モンスターを構成する重要な要素が魔力なのは間違いなく、魔力が減れば総合戦闘力も比例して低下していくのだから、その点を攻めない戦士などいるわけがなかった。
「それに、どうせ奥の手みたいのはあるんだろう? おら! それまで削り合おうじゃねえか!」
鏡家の嫁もそうだったように、馬鹿兄もまたオーガ娘の先を見越している。
オーガ娘の切り札が、一体どれほどの上限突破になるかは分からないが、制約ありの条件であったとは言え、自分の母が結果相打ちとなったのだ。
それを敵としているのに油断するなど、まるで考えもしなかった。
「クッ……」
逆転の一手を言及されて、オーガ娘が心的ダメージを喰らったような苦々しげな態度を見せる。
そして、何を思ったかオーガ娘は無理に魔法を発動させる。
だが、そのセレクトは馬鹿げたもの。
あろうことか、覚えたての火球を作り出してぶん投げようと言うのだ。
そんな愚作に何の意味がある。
「……油断を誘おうってのか?」
馬鹿にされていると思った馬鹿兄は、その火球に対して何もしない。
それなりの速さとはいえ、こんなもの少しだけ体を翻せば避ける事など容易い。
念のため眼前で炸裂する可能性も踏まえて、センペンにも防御の意識を乗せておいたが、それすらも無駄に終わっていた。
ただ、予想外だったのは、火球が馬鹿兄まで届かなかった事である。
正確には、途中で火球の勢いがなくなり、馬鹿兄の真下に着弾するに留まったのだ。
「……何がしたい?」
意図がないなんて思わない。
変に勘ぐるのも良くはないが、馬鹿兄はその火球に明確な目的があると感じ取っていた。
これには意味がある。
「フフフ……」
その考えを肯定するような笑い。
しかし、意味するところまでは読み取れなかった。
逆に、馬鹿兄の心中には微かな淀みが生まれたのが見て取れる。
攻撃を早めるべきか。
だが、堅調さを捨てるのは危うい。
ならば、攻撃手法を変えるか。
けれど、それ自体が思う壺なのでは。
などと言う胡乱さが表にまでが出てきていた。
愚か者め……
俺などは、また悪い癖が出た、としか思わない。
端的に言ってしまうと、馬鹿兄の弱点は、ここ一番の決断力に欠ける点にある。
無鉄砲、無責任、考え無しなのは論外だが、強者の条件とは、俺は、機を逃さない事が全てだと考えている。
場の流れを読みながらにしろ、直感にしろ、決める時は絶対に正解を引き当てるのが、英雄と呼ばれる者の最低ラインだ。
それこそが、今はまだ弱々しい少年が、兄を差し置いて次期当主筆頭となっている決定的な理由だった。
では、ここで先だって今の火球について類推しておこう。
あの愚作としか思えない火の玉は何か。
まず、攻撃ではないのは明らか。
あんなへろへろの魔法でダメージが与えられる訳がない。
次に、戦術上の布石の可能性。
これもない。
あの火球には、魔力的に、或いは物理的に見ても裏はなかった。
それは、馬鹿兄も把握していた。
では、単なる撹乱か。
これも否である。
多少は馬鹿兄の疑心暗鬼を誘えたとしても、一発だけの無意味な火球では効力に欠けるし、実施するにしても火魔法はない。
オーガ娘だって、ここが毒の川の側で火魔法による毒の蒸発が、少年に悪影響を及ぼすのを知っているのだ。
本当に撹乱のためならば、ただの石つぶてでも作って馬鹿にする方がよほど効率的であろう。
というわけで無駄に長々してしまったが答えはと言うと、CMの後で! なんて事は尺的にしないけれど、スバリ言えば、あれは確認である。
では、何のための確認か?
あの、かなり細かくコントロールされた火球は、オーガ娘の狙い通りに馬鹿兄の足元に着弾した。
これによって起きる現象は、先にも言ったが毒の蒸発だ。
あの火球が燃焼させた場所には、実は、小さな毒溜まりがあったりする。
となれば、毒溜まりは火球による蒸発に晒されて、その直上にいた馬鹿兄は小規模とは言え毒ガスを浴びる格好となるのだ。
が、不思議な事に、馬鹿兄はその毒ガスの影響を受けていなかった。
何も起こっていないように、普通に立ち続けていた。
これの意味するところは、さて何か。
いやいや、そう大きな話ではない。
が、まぁその答えは、もう少し引き伸ばさせて貰おう。
なに、もうすぐに決着はつく。
思い付いた答えが正解であれ不正解であれ、オーガ娘の勝利は、この時点で揺るがなくなったのだから、大した意味などない事だよ。
「ば、かな……」
馬鹿兄は驚愕していた。
火球着弾のすぐ後の事である。
何とオーガ娘は、『ナマクラ』を用いて切腹していた。
俺も、見たままを言葉にしたけれど、実に馬鹿げた事をしている、と唖然とせざるを得なかった。
何より、そのオーガ娘の腹に刺さってるのが俺自身なわけで、これはちょっと生々しいというか、物凄く微妙で気の滅入る心持ちを抱えてしまっているのは内緒である。
「ごふ……」
挙句、吐血までしてしまうオーガ娘。
対策を取るにしろ、もうちょっとスマートなやり方を思いつかなかったのだろうか。
いくら少年のためにも急ぐ必要があって、かつ馬鹿兄を怯ませるためとはいえ、孫にトラウマを植え付けられてしまうのは、あまり好ましくはないのだ。
なんでこの子は、変なとこで極端に走ってしまうのだろうか。
「な、なんで? なにを? 馬鹿か? 馬鹿なのかお前は!」
思惑通りに狼狽る馬鹿兄は、ついついオーガ娘に駆け寄りたい気持ちに駆られている。
この辺にも、覚悟の足りなさが現れてしまっていた。
しかし、オーガ娘には、そんな緩さが届く事はなく、あっけなくその場に倒れ伏してしまう。
至極当然。
腹に刀をぶっ刺して、しかもわざわざ捻るように抉ったのだ。
出血量は尋常ではないし、普通に瀕死である。
あ、先に言っておくが、これは進化を狙ってのものでもない。
どうやらオーガ娘的にも、これ以上の進化は望みたくない心境のようなのだ。
まぁ、その辺は割愛するが、この自傷行為の目的は別のところにある。
それこそが、火球を放って確認した事の答えの半分であり、この戦いを終わらせるための本当の布石であった。
「くっ……だけど、でも!」
未だ狼狽てやまない哀れな孫。
ここでもしも非常の決断を実行出来たなら、いっそ少年の手助けをするのではなく、輝を主軸に未来を構築しても良かったのかもしれない。
だが、これでもうその未来はなくなった。
『センペン』の扱いからみても、それだけの実力があるのだから、俺からしたら真剣に勿体ないのだが、この狼狽具合では、とても認めるわけにはいかない。
となれば、早々に終わらせるのが馬鹿兄のためでもあろう。
そら、レム。
今なら問題なく回復出来るのだろう?
ドクン……
と、そんな音が響く
別に、オーガ娘に聞こえるように、そんな軽口を心に思ったわけではないが、今だけは彼女らしくもなく空気を読んだのか、コアごと体を揺らして応えてくれる。
そして、ほぼ空だったはずのオーガ娘の魔力は、まるでずっと堰き止めていたダムのように溢れ出し、負傷した肉体も急ピッチで元通りに戻っていった。
さて、ネタバラシの時間。
今更ながら、馬鹿兄も魔法師である。
『センペン』をメインアームとして使っているが、本当のところの彼の強みは、手持ちの生成魔法にあった。
仮に、魔法を極める方向で日々を過ごしていたならば、多少イレギュラーではあるが、この場合でも輝を次期当主として据えていただろう。
本当に勿体ない。
で、その生成魔法が何かと言えば、『毒生成』である。
しかも、飛びっきりの才能のだ。
もしも、馬鹿兄に明確な目的と覚悟があれば、敢えて俺が説明するまでもなく、彼自身にて魔法説明を含めた表明出来た事だろう。
しかし、それは叶わなかった。
何故なら、馬鹿兄は自身の魔法に対する自信がなかったからだ。
ある種では、その毒という陰湿な性質から嫌悪さえしていた。
もっと堂々と魔法を発揮していれば、江北であった一連の動きは、ずっと早く確実に済まされていたはずなのにだ。
だと言うのに、こんな風にコソコソとバレないようにバレないようにとおっかなビックリ使うから、中途半端な事になる。
いっそ絶対に使わない、という決断までしていれば、また違う展開もあっただろうに、実に惜しい話だ。
ともあれ、現在使われている毒は3つ。
一つ、少年に対して使用した、一時昏倒の魔法毒。
一つ、オーガ娘に対する、防御低下毒。
そして最後の一つが、この毒の川付近に追加してある、対モンスター用の排除毒だ。
わざと気配を残す事で、少年ら2人を河川敷に誘引。
途中で引き返す事の無いよう、無用なモンスターを近づけないよう毒を撒き散らしておき、鹿浜橋におびき寄せ、更には、少し川上から同じくモンスター排除毒を川に投げ入れる事で、巨大スライムに2人を襲撃させる。
このタイミングで、弟に予め仕掛けておいた魔法毒を発動。
少年を昏倒させることで、スライムからの撤退を防止した。
本来の目的としては、ここでオーガ娘の手の内を確認したり、戦力を削いで置きたかったわけだが、それは敢えなく失敗。
オーガ娘が、ここで手の内を見ることになっていれば、或いは、一手程度なら馬鹿兄が優っていたかもしれなかった。
可能性の話だ。
語る意味などない。
そして、折を見て、オーガ娘の魔法毒も密かに発動。
戦闘を挑み、防御が低下している中でオーガ娘にダメージを与える事に成功したのだが….残念。
今ここに来て、ほぼ敗北が決定している……と言う流れだ。
先の火球による確認は、馬鹿兄が毒使いである事と、この毒のフィールドが馬鹿兄の魔法によるものだとハッキリさせるため。
オーガ娘が自刃したのは、自分の防御低下が毒のためである事を理解し、かつ、恐らくは血液に毒が混ざっている事を自覚したためであり、半ば無謀ではあったが、自身の回復能力を念頭においた上での大量出血であった。
しかし、血液量の低下は、オーガ娘であれ半分賭けだったろうし、よほど己の回復能力に自信が無ければ出来る事じゃない。
というか、普通しない。
血が毒なんだから全部いらないなんて結論、まともな生物なら出すわけがない。
このオーガ娘は、色々な意味で、人からもモンスターからも外れた存在なのかもしれない。
「ヒカル」
やっとの事で毒から解放されたオーガ娘は、真っ直ぐに馬鹿兄と向き合う。
対する馬鹿兄はと言えば、何故魔法毒から立ち直ったのか理解が追いついていないように目を見張っていた。
「オマエのドクは、血ごとハキダした。ジッカンがナカッタからきづくのがオクれたが、オマエのマホウは、やはり血にサヨウするのだな」
「マジ、かよ……」
毒を自力で排除したオーガ娘は、言わんでもいいのに、馬鹿兄に温情をくれてやる。
その発想もまた、あんまりにモンスターらしくない。
「ってことは、もう俺の攻撃は通らない、か……」
事を把握して脱力する馬鹿兄。
これが中途半端な策を、中途半端に実行した結末。
馬鹿兄は、戦意までも失って、その場に『センペン』を落としてしまった。
「ワカッタなら、ハヤくタイヨーのドクをとけ」
「はっ……そうだな……」
馬鹿兄は、身動きもせず、ただ目だけを少年に向ける。
それだけで、青い顔をしていた少年に血色が戻り始め、呼吸も何の問題もない感じに戻っていた。
今思うと、少年の毒が進行していなかったのは、魔力草の効果でもあったろうが、意図的に停滞させていたのが大きかったか。
「これでいいだろ……他には何かあるか?」
「一つ、キキたい」
「ふん、何をだよ……」
「ヒカルは、いつワタシとタイヨーにドクをフクませた?」
「あん? なんだ。それは分かってなかったのかよ」
馬鹿兄はその質問に自嘲気味に笑いながら答える。
「水を入れてもらったペットボトルあんだろ。アレだよ」
「ナニ? ソンナはずは……」
オーガ娘は疑問を呈する。
だって、自分でその水を飲んで、何の異常も感じてはいなかったからだ。
それに、飲んでいた期間だって2週間以上になるのに、今日の今日まで全く問題を見い出せていない。
「俺の魔法毒はよ。事前に幾つかの魔法毒さえ飲ませちまえば、服毒者との距離だって関係なく、いつでも好きな時に、好きな効果を発動出来んだ。例え1年2年経っても問題なく発動出来る自信があるね」
「……オソロしいマホウだ」
全く同意する。
つまり、例えば殺す気になれば、昏倒毒や迂遠な防御低下毒なんかにせず、普通に致死毒をを構成して発動すれば、何の苦労もなく敵を排除してしまえるわけである。
使い方としても、わざわざ対象に服毒させずに『センペン』に付加してから切り傷を負わせるだけで勝利が確定。
『センペン』のように、小さくても外傷を負わせ易い武器なら尚更だろう。
他にも、毒の注入後に、しっかりと時間を置いて発動したのなら、敵からの反撃はなく、逃亡時間、逃亡経路を用意する必要性も皆無。
性能的には、単独での戦術級兵器足り得るのではないだろうか。
「……シカシ、それがホントウなら、サイショから、ワタシたちをオソう気だったのか?」
「何だよ一つだけじゃなかったのか? 別にいいけどよ。まぁ、レムちゃんが、どの辺を最初にしてるかは知らんけど、そりゃ最初からだな」
また随分と思わせぶりな言い様だな。
オーガ娘も俺と同じように思ったのか、どういう意味かと問いただす。
「ふん。そりゃ、お前と太陽が出会った瞬間からだよ」




