苦味と連戦
オーガ娘は、少年を助けるにはスライム撃破が必要と判断したらしい。
それは間違いではないし、これを計画した馬鹿も、オーガ娘とスライムが戦う事を望んでいるだろう。
その先にある目的が、今ひとつ確定出来ないが、このまま推移すれば、結果はどっかの馬鹿の思った通りになってしまう可能性が高い。
……というのが分かっているのに、状況を放置するだなんて、そんなことは流石に俺には出来なかった。
さぁ、手にとれ。
「コレは……?」
オーガ娘が俺に気付く。
というか、気付いて貰わんと困る。
俺自身、それほど余裕など無い中での魔力による意思表示だ。
俺という存在にしっかり気付いて、キッチリ役目を果たして貰わねばなるまい。
「おマエが……イナ、アナタがワタシをヨンダのか?」
ふむ、俺が発した魔力を通じて、俺自身を理解したのか?
オーガ娘は、地面に落ちていた俺を拾い上げて話しかけてくる。
流石にどこの誰までは分かっていないと思うが、多少なりと敬意を払いたくなる程度には、俺が上位者と認識出来たのかもしれない。
うむうむ、殊勝殊勝。
「アナタを、ツカえと、ソウ言うイミか?」
俺は、彼女の問いにイエスと短く魔力を放つ。
使い方は分かっているだろう?
中央本町から離脱した際、嫁からの投擲をその身で受けたんだ。
お前の魔力を通せば、斬撃を飛ばす事が出来るからな。
普通、刀でスライムに挑むとか有り得ないが、俺は別だ。
それに、俺自身の特性は元々接近戦じゃない。
遠当てでこそ、俺の真価は発揮される。
「……アリガタくツカわせてイタダク」
そう言って、オーガ娘は刀を掲げながら一礼する。
そして、すぐにスライムと対峙し、抜身の刀をシュンと音を立てつつ振るってみせた。
俺の名は、『ナマクラ』
元は、異世界から敗走した鏡渉という名の弱者。
そして、恥ずかしくて自分から名乗る事など殆どなかったが、それでも少し昔までは、皆から最強と言われた、足立区の英雄だ。
「キる!」
オーガ娘が横なぎを放つ。
初太刀からして盛大に魔力の込められた飛ぶ一閃は、水面に浮き出ていたウナギ型スライムの頭を、遠隔ながら的確に跳ね飛ばす。
これには、スライムも驚いたのか、それとも知能らしい知能がない為か、慌てるように水中へとその姿を隠した。
鯉型の時は背ビレが見えるくらいだったが、ウナギ型の時だと、毒の川は非常に静か。
水中に完全に隠れられていたのは、戦闘中の時々で形状を変えていたからのようだ。
「イケる!」
けれど、今の一閃で勝利のビジョンでも浮かんだのか、オーガ娘は、刀を頭の高さに上げてから横たえたようは構えてみせる。
……つまりは、上段霞の構えをとったわけだけど、でもお前さん構えの意味を分かってやってる?
かなり奇抜な構えだけど、これどっちかと言うと防御の構えだぞ?
何となく嫌な予感がしてしまうのは、俺の気のせいか?
むしろ気のせいだよね?
気のせいであってくれるよね?
「タイヨーからオソわったワザでゆく。オシショウ! どうぞゴランアレ!」
嫌な予感が倍々ゲーム。
てか、お師匠ってまさか俺のことじゃないよね?
教えた太陽少年の事だよね?
でも少年絶賛苦しみ中で見てないからね?
むしろ俺の事なんて、スッパリ忘れていいからね?
マジお願いだから!
「鏡家相伝連撃」
ぐふっ!
やっぱりかぁぁ……!
しかも、何でそこだけネイティブなのかぁ……!
てか、どんだけ練習しちゃってたわけ?
しかも、いつの間に?
俺全然知らないよ?
お前影に隠れて何やってんの?
あと、連撃って何のことさ!?
「乱れ桜!」
おぅふっ……!
オリジナル技キタコレ!
少年に倣ってお花にしたかったってことのは分かるけど!
でも、お前さん桜見たことあるんか?
こんな暗くて寒い世界で、桜なんて咲かないんだからね?
そもそも何で一々技名付けるんだよ己らは!?
「カラのおお」
ま、まだ続くの……?
この苦行をまだやってくれちゃうの?
だったらせめて、鏡家を入れるのをやめてくれええ……
これ以上、うちの名をイロモノにしないでくえええ……
「向日葵!」
本当なんでそこだけ流暢なのよ……
外国人がアニメから日本語を覚えようとかそういう話なのか?
楽しそうだと覚えが早いのか?
でも、現実はそんな甘い事ないはずだぞ?
日本語って、無駄にめんどくさいんだぞ?
「……キマッた!」
キリッとポーズを決めるオーガ娘。
でも、わざわざ俺を右斜め左斜めに振るってから後ろに振り返らなくていいから。
どっかのゲームに出てくる灰色長髪の勘違い超兵士に見えちゃうから。
……もう一気に疲労感を覚えてしまうけれど、一応状況を確認する。
ついついツっこむのに忙しくてスライム撃破の様子を見てなかったけど、大体の流れは分かっている。
恐らく、乱れ桜なんて言う高速乱切りでもって、水中にいた巨大スライムを川ごと細切れにしてしまい、斬撃で開けた川の隙間から露出したコアを薄らと視認しつつ、トドメに向日葵とか言う貫通突きを放った、とそんなところだろう。
奇しくも、『ナマクラ』の使い方としては、非常に適した攻撃方法ではあったと思う。
乱切りは勿論、特に僅かな隙間を狙った一点集中の突きについては申し分ない。
基本、乱切りメインの組み立てとなるわけだが、遠距離攻撃に限れば、突きが最も攻撃力が上がる手法であるのは間違いないからだ。
狙いもボディコントロールも見事。
今までに俺を扱った者の中でも、2番目の精度と言って良いだろう。
技名は、甚だ不快だが……
「オシショウ! アリガトウゴザイます! これでタイヨーもタスカる!」
ぐ……
やっぱり俺が師匠扱いなのね。
何一つ教えてないのに、何故その発想に行き着くのか。
今後の事を考えると頭が痛い……
ともあれ、オーガ娘はそのまま少年のところへ戻る。
だが、当然少年の病状は回復しておらず、青い顔で苦しんでいるのも変わらない。
「タオしたのに、なんで……」
一方のオーガ娘の顔色は、非常に冴えない。
スライム撃破が一縷の望みだったのもあり、それが潰えた事で、思わぬ心的ダメージを受けているようだった。
おかげて、打開策を見つけれない事に苛立ちが募っており、怒りを拳に乗せて地面に叩きつけていた。
「ダメ、オモいツカない……ドウスレばいい……」
何かヒントでもないかと、オーガ娘は周囲を見渡す。
ここは、良くも悪くも毒の川だ。
だったら、毒耐性のある何かを見つけられるかもしれないとの期待があったのだろう。
「ン?」
そこで、オーガ娘の夜目は河岸に何かを捉えた。
俺には見えないが、毒の川ギリギリのところに、意識に引っかかる何かを見たらしい。
すぐに、彼女はその場に向かう。
そうして近づいてみると、それは見慣れた草の群生地であった。
「マリョクソウ……」
赤々としたニラみたいな草。
紛れもなくそれは、団地周りで育てている魔力草そのものであった。
俺は何となく察する。
あの馬鹿兄は、どうやらこの近くから魔力草と魔力の実を持ち帰ったらしい。
「なんで、ドクのカワのそばに?」
オーガ娘の頭の中に、多分希望みたいなものが灯ったのが分かる。
しかし、彼女自身半信半疑の様子。
何しろ、馬鹿兄の持ち帰った魔力草を調べて食用と判断したのは自分自身だ。
けれど、その時は解毒作用などがあるとは分からなかった。
自分の判断に誤りがあったのか? と疑心暗鬼にもなってしまう。
だとしても、実に都合の良い手前勝手な発想だが、今の時点ではそんな望みに託すしか手はないというのも確かであった。
何本もの魔力草を摘んだオーガ娘は、またすぐに少年の元へ走り、その隣に座り込む。
そして、魔力草を躊躇なく自分の口の中に含んでよくよく咀嚼してから、じっと少年を見つめる。
彼女の顔は、もしかしたら少し赤らんでいるのかもしれなかった。
「ん……」
いつもの肌の白さの中に、微かな紅色を差しながら、彼女は横たわる少年の口に、艶やかな唇を押し付ける。
それは、苦々しいファーストキス。
2人とも、まさか最初の口付けがこんなにも苦しいものになるとは思っていなかった事だろう。
「うぐ……れ、む……?」
まだ、辛うじて意識があった少年は、虚な目の先にオーガ娘を捉える。
ただ、自分が何をされたか今一つ理解出来ていなさ気で、何故か口の中によく知った苦々しい味が残っているのを不可思議に思っている様子。
「タイヨー、大丈夫だ」
ぼんやりとした少年に対し、オーガ娘は優しく声をかけつつ頭を撫でる。
そして、また少年の意識があやふやになってから、先ほどと同じ行為を何度かに渡って続けた。
きっとこの時点で、解毒するという望みは薄いのをオーガ娘も理解していた。
それでも、絵本の中にあるような奇跡を、彼女が切に待ち望んでいるように見えたのが、俺には少し印象的だった。
何度かの苦いキスの後しばらくすると、少年の病状は不思議と落ち着きを見せる。
これが魔力草の何らかの効果なのか、逆に悪化している中での一時的な小康状態なのかは不明。
それでもオーガ娘にとっては、僅かばかりの安心に繋がっていた。
「デモ、今のウチに、カンガえねば……」
まだ、状況の改善には至っていないのは、少年の顔色からして明白。
オーガ娘は、今以上に悪化するより早く回復方法を見つけるしかなかった。
いや、多分もう彼女も解決策は分かっているはずなのだ。
度重なった嫌なタイミング。
魔力草の出所。
そして、発端である馬鹿兄の失踪。
これらだけでも、あの馬鹿を怪しむには十分過ぎる材料だろう。
「さて、そろそろ締めようぜ?」
そして、やはり見計らっていたかのように馬鹿が登場する。
もはや、隠す気などないといった風の、馬鹿兄は、殺気を溢れさせつつ槍のカリモノである『センペン』を構えて、既に臨戦体制を整えていた。
それだけでも、この舞台を馬鹿兄が用意したのは明白。
オーガ娘も誰でも勘違いのしようがない。
それでも尚、彼女は敵に問いかける。
「ヒカル、おまえ……なぜだ?」
「問答する気はない」
そう言われてしまえば、もはやオーガ娘も戦いに望むより他にない。
彼女はモンスター。
弱肉強食に生きる存在であり、敵は倒し屈服させるものでしかない。
むしろ、まず戦うのではなく、会話から入ろうとした事自体が異端と言えた。
「穿てセンペン!」
滞りなく戦闘が開幕する。
初手は馬鹿兄。
センペンの持つ自動迎撃機能を、音声入力によって発動させる。
カリモノ『センペン』
単純には、伸縮自在の槍。
その最大射程は十メートル以上に達し、まるで槍自身に意思があるかのように、使用者の発したオーダーを忠実に実行する能力がある。
つまり、狙いを定めずに、かつノーアクションでの攻撃が可能という事だ。
昔一度だけやりあってみて分かったが、動作もタメもない刺突とは、なかなかに厄介なものだった。
しかも、使用者は攻撃以外に集中できるものだから、当時は、相手が防御に専念しているところを打ち崩すのに難儀したものである。
とりあえず、その時の対策として取ったのは、『センペン』が攻撃しやすい位置取りに至るのを防ぐような、張り詰めた神経戦を演じる事だけだった。
「ハッ!」
しかし、このオーガ娘は難なく刀で打ち払う。
真っ直ぐに飛んでくる一撃など、彼女の動体視力と素早さを持ってすれば回避も迎撃もお手の物。
そこに、俺というカリモノまで付いているのだから、槍の尖端を弾き飛ばすなどと言う芸当も容易かった。
やれやれまったく……
当時俺が物凄く苦労した事を、あっさりやって弾き返すのだから、本当にコイツは憎らしいやつである。
「刻め」
だがしかし、それはあくまで従来の使い手の場合に限った話。
残念ながら、この相手は数代のセンペン使用者の中で最も優れた使い手。
例え、槍が粉微塵にされても幾らでも再生する事が出来れば、千切れた部分をそのまま攻撃に転換するのも朝飯前。
やろうと思えば、無限とも言える刃を自在とする相手を向こうに、所詮一振りでしかない刀だけでは、あまりに物量に劣っていた。
或いは、封印当時の俺では、この馬鹿兄には勝てなかったかもしれない。
「ぐ……」
結果、オーガ娘は腕に被弾する。
切り捨てたはずの槍の尖端が、無角から彼女の体に飛び込んで来たのである。
いかに目と身体能力に優れていようと、視覚上見えない箇所からの攻撃を避けるのは難しかった。
いや、そんな事よりも特に驚くべきなのは、オーガ娘の硬皮を切り裂いた事だ。
『ナマクラ』でさえ、彼女の『魔装』を打ち崩せなかったと言うのに、馬鹿兄の『センペン』は難なく彼女の防御を上回っている
どんな手を打ったのかは不明だが、オーガ娘が怪我をした事自体が異常事態であった。
「……ふん、だけど即回復か。本当に厄介だな」
それでも、オーガ娘の回復能力はモンスターの中でも高いものになる。
もし人間であれば腕一本使えなくなるほどの攻撃を貰ったところで、すぐに自己治癒し復元出来ている。
波乱含みな初手争いでの2人の総合能力は互角といったところ。
この先どう転ぶかは、やはり胃に穴の空きそうな神経戦に掛かっていそうである。
「手数で押し切る!」
「チカヅケさえすれば!」
お互いに攻め手を公言する。
例えそれが嘘でも誠でも、この戦いは長丁場になる。
そう思わせるには十分な開幕であった。




