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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
1章 小向ツインズは異世界に召喚される
8/24

ロフトベッドがいいです

 魔法棟は《新月の塔》の隣にあった。

 隣といっても、《新月の塔》には前庭も高い塀もあり、それらを越えて隣の魔法棟へ行くためには軽く二十分は歩く。

 往復四十分と考えれば、いい運動になるだろう。

 

 《新月の塔》から魔法棟への道すがら、エンマが簡単に《新月の塔》とレアンドロについてを教えてくれた。

 レアンドロの二十三歳という年齢は、やはりというか《新月の塔》を預かる歴代の最高導師の中で最年少だったようだ。

 二十三歳という若さで《新月の塔》を預かっていることにも驚くが、その地位に就任したのは七年も前なのだとか。

 十五歳で成人だと言うのだから、ほとんど成人と認められてすぐその地位についたことになる。

 普通そんなに若い人間を、責任ある地位になど付けるものだろうか。

 浮かんで当然の質問をしたら、エンマはまるで自分のことのようにレアンドロを褒め称え始めた。

 

 なんでも、レアンドロは成人前から頭角を現す天才で、数々の魔法や魔法具を開発し、すでに多くの功績を残しているらしい。

 それどころか騎士としても有能で、騎士団に混ざって盗賊や魔獣退治も行っているそうだ。

 

「アンドレは有能すぎるお兄さんに反発する方向じゃなくて、傾倒する方向に進んだ結果なんだね」


 傾倒するにしても、あの心酔っぷりはどうかと思うが。


 こんなことを話しているうちに、今日から住むことになる魔法棟へと到着した。

 

「玄関は男女共用です。二階のものをお使いください」


「一階からは入れないんですか?」


「一階は建物の裏に使用人用の玄関があります」


 エンマの説明によると、一階は魔法棟で働く使用人たちの生活区画になるらしい。

 私たちの使う玄関がある二階は、《新月の塔》で働く魔法師たちの共用区画で、食堂や談話室、風呂、客室があるようだ。

 私と花蓮かれんは魔法師ではないので、二階の客室を使うことになるのかと思ったら、四階の一人部屋を隣同士で一部屋ずつ用意してくれるらしい。

 

 ちなみに三階は相部屋ばかりで、見習いと新人が使っているそうだ。

 これを聞くと、一人前の魔法師と同じ扱いの部屋を用意されたことがわかる。

 

「カレン様にはこの鍵を、カリン様にはこちらの鍵をお渡しいたします」


 どうぞ、と手渡された鍵には、赤い首輪の黒猫のチャームが付いていた。

 花蓮の鍵を覗き込むと、こちらには青い首輪の白猫のチャームが付いている。

 そして、扉の前には名札の変わりに赤い首輪をした黒猫のレリーフがかかっていた。

 

「……あの、エンマさん」


「私たち、一緒の部屋がいいんですけど……」


 知らない世界にやってきて、隣の部屋とはいえ片割れと引き離されるのはなんだか不安だ。

 花蓮も同じ気持ちだったようで、渡された鍵をエンマの手のひらへと戻していた。

 

「……鍵はお二人でお持ちください。同室をお望みでしたら、そのようにいたしますので」


 少々お待ちください、と言ってエンマは赤い首輪の黒猫の扉を開ける。

 部屋の中へと入っていくエンマになんとなく続くと、エンマは壁際でサッと腕を振った。

 すると、確かにあったはずの壁が柱を残して姿を消す。

 

「……え?」


「マジか」


 驚きのままに花蓮が壁のあった場所へと近づく。

 私はというと、入り口付近に立ったまま室内を見渡していた。

 

 部屋の広さとしては、八畳ぐらいだろうか。

 これだけでも日本人としては広く感じるのだが、それが倍の広さになった。

 壁があったはずの柱の向こう側には、扉が一つついている。

 おそらくは、あれが青い首輪をした白猫のレリーフがついた扉なのだろう。

 

「二段ベッドにしますと、さらに部屋を広く使えますが?」


 どうしますか、と各部屋に一つあったらしいベッドを示される。

 広めのベッドで、なんだったら現時点で花蓮と二人で並んで眠れそうなベッドだ。

 

「……ベッドって、すぐに変えられるんですか?」


「可能です」


 三階の相部屋では、基本的に二段ベッドが使われているらしい。

 四階の一人部屋も部屋の広さには差があって、狭い部屋の住人はロフトベッドを使って下の空間を有効活用しているそうだ。

 

「私、ロフトベッドがいいです」


「わかる! ロフトベッドの『秘密基地』感!」


 憧れの一人部屋、と花蓮が続けると、エンマからは一人部屋が良いのなら壁を戻せるが、と真顔で指摘されてしまった。

 完全な一人部屋がいいわけではない。

 ちょっとした秘密空間に憧れるのだ、と壁を戻そうとするエンマを花蓮と二人で制止する。

 

 一人部屋にすることがあるとしても、もう少しこちらの世界に慣れてからだ。

 

 

 

 

 

 

 部屋を出る時にはこれを着てください、と白いローブを渡される。

 ローブといっても、昔のファンタジー漫画に出てきたような布の塊ではなく、外套に近い形だ。

 どちらかというと、制服と受け止めた方が近い気がする。

 

「見習い魔法師の制服です。これを着ていれば、棟内と《新月の棟》のどこへでも行けます」


 身分証のようなものである、という説明に、逆に魔法師でもないのに制服を借りてもいいものだろうか、と気になった。

 ついでに言えば、一人部屋を使わせてもらえる『見習い』というのもおかしな話だ。

 いらないトラブルの元になる気しかしない。

 

「騎士の制服は騎士団内の序列を、魔法師の制服は属性数を示します。見習いといえども、白を纏う者に絡むような阿呆では、魔法師になどなれません」


 私と花蓮の制服の色については、レアンドロの見立てだそうだ。

 最低三つの属性が扱えて『黒』、四つの属性で『灰』、六つ以上扱えれば『白』だ。

 以前は魔法属性は五つしかないと考えられており、五つの属性が扱えれば『白』だったそうだ。

 

 そこへ天才レアンドロの登場である。

 

 レアンドロは五つどころか六つ以上の属性を扱い、魔法属性は五つ以上あると証明してみせた。

 これに感銘を受けた先代の最高導師はレアンドロのためだけに金色の制服を提案し、レアンドロ当人からの(物理的な)猛抗議を受けてその座をレアンドロへと譲ることになる。

 晴れて最高導師の座にすわったレアンドロはというと、六属性以上を扱える者の制服を白とし、それまで白を纏っていた五属性の魔法師たちの制服を灰色にしたそうだ。

 

 もちろん、白から灰色に『落とされた』と感じた魔法師はこれに反発したが、ならば五属性を操る者の制服は金色にしてやろう、というレアンドロからの提案という名の脅しに、少し明るめの灰色にすることで同意したのだとかなんとか。

 

 ……レアンドロさんも、苦労してたんだね。

 

 ……むしろ、そのあたりの八つ当たりを弟にしてる気がしてきた。

 

 段々アンドレが気の毒になってきたので、彼のうなじ付近に捺した私の『罰点印』は、今頃少し薄くなっていることだろう。

 

 さすがに子どもサイズの制服はない、ということで、エンマに採寸をしてもらう。

 メモと一緒に用意した制服をクローゼットへ入れると、次にクローゼットの扉を開けた時にはサイズが直されているそうだ。

 

「どういう仕組みですか?」


「仕組みというか、魔法棟はレアンドロ様の管轄です。レアンドロ様の契約した精霊が……まあ、私のことなのですが。精霊が家政の一切を預かり、配下の妖精を使って家事を行っています」


 サイズ直しぐらいなら無料だ、と説明が続いたので、有料のサービスもあるのだろう。

 

「あとは、すぐに必要なのは下着と寝間着ですね」


 一から服を作る場合は、注文を書いたメモとお金をクローゼットの中へと入れる。

 そうすると次にクローゼットを開いた時には注文された服を妖精が用意してくれている、と言いながらエンマはクローゼットの扉を開く。

 そこには先にサイズ直しを注文したはずの制服のローブが入っていた。

 取り出して肩へあててみるまでもなく、子どもサイズに直っている。

 

「私服はあとで好きにデザインしてください。好みの傾向を書いておけば、妖精が選んでもくれるので、自分で服を選べない魔法師には好評ですよ。……さあ、できました」


 こんな感じです、とエンマがクローゼットの扉を開くと、今度はコットン生地のネグリジェと下着がクローゼットの中には収まっていた。

 ネグリジェなど着たことがなかったので、エンマに確認をしながら早速『お直し』を依頼してみる。

 クローゼットへとネグリジェとパジャマの絵を描いたメモを入れると、次に開いた時にはネグリジェが下衣ズボンのついたパジャマに変わっていた。

 下衣の丈が膝下なのは、追加料金を入れなかったからだろう。

 元のネグリジェから下衣部分が作られているのだと思う。

 

「……ところで、そのお金はどこから?」


「レアンドロ様からお預かりしております」


 貴重品は机の鍵のかかる引き出しに入れるように、とエンマは白い二つの財布をくれた。

 中を覗いてみると、金貨が一枚と形の違う銀貨が二種一枚と四枚、銅貨三種が一枚、四枚、二枚、コインというよりも粒やへんといった大きさの銅が四枚、1枚、四粒と実に半端な数で入っていた。

 

「なんだか変な組み合せだね? あるだけ入れたっぽい」


「というよりも、あれじゃないかな。親戚のおじさんが昔くれたお年玉」


「あー、硬貨の価値の違いを教えてくれた時のか……。そうなると、もちろん一番大きい価値があるのは金貨として……」

 

 硬貨の価値を花蓮と模索し始めると、エンマからは「さすがですね」と褒められた。

 さすがはレアンドロから『白』と見立てられただけはある。

 すぐにレアンドロの意図を察した、と。

 

 ……あ、これ私たちが褒められてるんじゃなくて、レアンドロさん自慢だ。

 

 私たちが街で買い食いをするぐらいなら、使うのは銅貨ぐらいだそうだ。

 金貨、銀貨は、少し贅沢な品を買う時になる。

 

 妖精に仕事を頼む時は銀貨からしか受け付けてもらえず、仕事料が高いのだな、と思ったら、人間と妖精の価値観の違いだと教えてくれた。

 銅を食べる妖精ならば銅貨でも仕事をしてくれるが、やはり妖精も光物がいいらしい。

 金や銀の輝きを得るために仕事をする気になるのであって、金や銀の通貨としての価値で動くわけではないのだとか。

 

 ならば余程のことでなければ妖精は使わない方がいいのか、と言えばそうでもない。

 報酬として妖精が価値を認めるものを差し出せば、逆に金貨も銀貨も必要ないのだとか。

 

「基本的に妖精は甘いお菓子が好きですね。これは自分たちでは生み出せませんから」


「服は作れるのに、お菓子は作れないんですか?」


「レアンドロ様がおっしゃられたのですが、『料理は科学』だそうです。カガクだから、妖精には難しいのだろう、と」


 家具を揃えるためにもう少しお金を預かっている、とエンマは銀貨の詰まった袋をくれた。

 二人のための費用なので、どちらに預けようかと、とエンマが悩み始めたので、私は花蓮へ、花蓮は私へと声が重なる。

 双子あるあるだ。

 

「頭を使うのはリンの仕事だから、お金の管理もリンへ丸投げー」


「生活費を預けられるとか、責任重大なんですけど……」


 とはいえ、私たちは双子だ。

 押し付けあい始めると終わりがないので、早々にエンマからお金を預かっておく。

 妖精は姿を見られることを嫌うので、家具の追加や修正は私たちが部屋から出る必要があるそうだ。

 

「ロフトベッドへの変更は、入浴でお二人が部屋から出ている時に終わっているでしょう」


 夕食を運んできますので、その間に追加したい家具等を相談しておいてください、と言ってエンマは部屋から出て行った。

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