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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
1章 小向ツインズは異世界に召喚される
6/24

私たちは何を見せられているんだろう

 レアンドロという男性は、なんでもお見通しなのだろうか。

 そう考えたら、奇妙なことにホッとした。

 

 花蓮かれんとは違い、私は自分の感情を表情おもてへ出すことが苦手だ。

 そのせいで誤解を受けるし、逆に与えることもある。

 もう少し表情豊かに笑えればいいと自分でも思うのだが、根っからの不器用なのか、楽しくもないのに笑うことが苦手で、場に合わせた愛想笑いということができない。

 そんな私でも、なんでもお見通しらしいレアンドロならば、誤解を与えずにやりとりできるのではないか、と少し思ったのだ。

 

 ……あと、ちょっと性格悪そうなところも落ち着く。

 

 性格が悪いのと、意地が悪いのとは違う。

 意地の悪い人は苦手だったが、私の性格は悪い方だと思うので、性格の悪い人は逆に親近感がわく。

 そのおかげか初対面だというのに警戒心が湧かず、まっさらな気持ちで向き合うことができた。

 

「……さて、隷属紋はどこへつけようか?」


 普通は刑罰の意味も込めて見える場所へつけるものだが、弟の場合は逆に喜ぶので面白くない。

 そんな言葉が続く中で、レアンドロは指で円を描く。

 先ほど見たのと似たような魔法陣だったが、今度は物を取り出す魔法だったようだ。

 レアンドロの手には、いつの間にか印鑑のような短い棒が握られていた。

 

 ……なんで日本語?

 

 むしろ、なぜ漢字なのか、と突っ込むべきところだろうか。

 レアンドロの取り出した印鑑の先端には、左右を反転して『罰点印』と装飾的な文字で綴られていた。

 

「隷属紋など、やり過ぎです。獣人にするものではありませんか!」


「違うよ、愚弟。隷属紋は刑罰の一種で、隷属奉仕を罪の贖いとする者の印だ。贖いが終われば隷属紋は綺麗に消える」


 そして奴隷につける奴隷紋は一生消えない、と説明が続くのだが、とりあえずはどうでもいい。

 奴隷など、私たちには縁のない話だからだ。

 

 ……獣人、いるのか。

 

 いたとして、あまり扱いはよくなさそうだ。

 少なくとも、アンドレの態度を見る限りは、差別対象にされているのではないだろうか。

 どうりで、アンドレが召喚獣といった『獣』にこだわったわけである。

 

「召喚された対象は、たとえ誘拐被害者であっても召喚獣だ、とおまえが言ったのだろう? 他者ひとを獣と呼んだのだから、自分が獣に落ちる覚悟もあるだろう」


 それに、と言葉を区切り、レアンドロは楽しそうに微笑む。

 こういう扱いをされるの、好きだろう? と。

 

 ……私たちは何を見せられているんだろう。

 

 ……えっと、兄弟BL?

 

 間違いないのは、アンドレが兄限定でドMということだろう。

 罰を受けることになったようなのだが、アンドレはうっとりと嬉しそうに兄を見つめていた。

 

「レン、リン、これを」


「え? 私たちがやるんですか?」


「愚弟が奉仕すべきは、君たちだからね」


 差し出された印鑑――印鑑だ。焼鏝やきごてでもなんでもない――を花蓮が受け取る。

 刻まれた文字を確認すると、やはり『罰点印』と漢字で書かれていた。

 

「使い方は簡単だ。魔力を込めるとインクが出てくるから、それをどこでも愚弟の体の好きなところへ捺すといい」


 一般的には『見える位置』に捺すことが多いようだ。

 隷属紋は罰の一種であるため、他者から見える場所へ捺すことで自省を促す意味もあるのだとか。

 

「じゃあ、おでこにペッタンっと」


 花蓮が印鑑を捺すと、アンドレの額に朱色で『罰点印』の文字が現れた。

 捺されることで効果を発揮し始めた朱色の文字は、一度金色に輝くとその色を薄くする。

 

「おや?」


「さすがにおでこは不味かったですか?」


「いや、そういうわけではないけど……」


 魔力インク詰まりかな? と印鑑を花蓮から受け取って、レアンドロがアンドレの額へと印鑑を捺す。

 先に花蓮が捺したものと少しずれ、二重に捺された『罰点印』の色は、金色に輝いたあとも濃い朱色をしたままだった。

 

「……念のため、リンも捺しておきなさい」


「はい」


 なんの違いがあるのだろう。

 そう思いつつも素直に印鑑を受け取り、少し考えてうなじ近くへと『罰点印』を付ける。

 今度もやはり金色に輝いたが、朱色はレアンドロが捺したものよりも薄く、花蓮が捺したものより濃かった。

 

「魔力量の差、みたいなもの?」


「いや、これは二人の心情だ。見事にやり返しているからか……愚弟の蛮行について、そんなに怒ってはいないようだ」


 隷属紋の効力は、印をつけた者の心持ちで変わるらしい。

 絶対に許さない、と怒りが継続していれば印は色濃く残り、逆に術者の気が晴れれば印の色は消えて隷属の効果から開放されるそうだ。

 

 ……うっかり丸裸にしちゃったしねぇ。

 

 ……股間も氷付けにしたしね。

 

 服を脱がされそうになった仕返しは、すでに充分している。

 これで心情的に減刑されているのだろう。

 三人でつけた『罰点印』で、一番色が濃いのはレアンドロがつけた印だった。

 

 ……うん? つまり、レアンドロさんは弟に怒ってる、ってこと?

 

 方向性は謎だったが、仲の良さそう兄弟に見えていただけに意外だ。

 少なくとも、アンドレは兄が大好きすぎると思うのだが、レアンドロの方はそうでもないらしい。

 辛辣な物言いも、雑な扱いも、アンドレが喜んでいるだけで、レアンドロとしては感情そのままの行動だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 部屋の後片付けをウルスラとアンドレに任せ、私と花蓮は別室へと案内された。

 いつまでも立ち話というわけにはいかなかったし、アンドレをなんとかもしたかったのだろう。

 全裸で股間に氷を張り付かせた青年が目の前をうろつくというのも、なかなかに落ち着かないものだった。

 

「改めて、私はレアンドロ・デ・ラウテル。ここ《新月の塔》を預かる……国で一番偉い魔法師だ」


 ……今、明らかに言葉が子ども向けになった。

 

 ……でも助かる。判りやすい。

 

 レアンドロが名乗ってくれたので、と私と花蓮も改めて名乗り返す。

 レアンドロには私と花蓮の内緒話が聞こえていたようで、ずっと『レン』『リン』と家族が呼ぶのと同じ呼び方をされていて、妙な気分だったのだ。

 

 花蓮かれん花梨かりんである、と訂正すると、すぐに呼び方を直してくれたので、弟と違って良識のある兄なのだろう。

 なんとなく『花梨』と異性に呼び捨てにされることには違和感があったが、嫌ではないというのもあまりない不思議な感覚だ。

 これが同級生の男子からの呼びかけであれば、返事もしたくない。

 

「花蓮と花梨からの要求としては、元の世界への帰還。それがなされるまでの生活の保障。生活のレベルは、可能であれば元の世界と同じものを……と。この三つでとりあえずはいいのかな?」


「……はい。そんな感じでお願いします」


「となると――」


 今、この場で約束できるのは、生活の保障だけになるらしい。

 元の世界への帰還については、魔法師たちの体調が戻り次第、彼らの責任として研究は開始させる。

 が、すぐに家に返してやる、とは約束できそうにない。

 私たちのような『勇者』とかけ離れすぎた少女が召喚されたことは想定外すぎて、実験は完全な失敗だった、と判断しているからだ。

 当初の予定通りに送還の魔法を使ったとして、私たちを元の世界へと戻せる自信も確信もないのだと、レアンドロは教えてくれた。

 

 ……大人にしては、正直な人だなぁ。

 

 普通の大人はもう少し自分たちの都合を全面に押し出して、子どもを言い包めようとするものだと思うのだが。

 私たちを子どもと判断したからか、言葉の噛み砕き方から説明にいたるまで、レアンドロのそれは易しいものだった。


「次に、生活レベルの話になるが――さすがに貴族のご令嬢と同じ生活は用意できない。そのあたりは我慢を強いることになるが……」


「いえ、貴族のご令嬢レベルの暮らしをさせろだなんて、思っていません」


「しかし、元の世界と同様の暮らしをしたい、と言っていただろう? 君たち二人は、着ているものからして……」


「これは学校の制服です。いわば余所行きの服になるので、日常で着るものと比べれば、ちょっと良い布を使っていますけど……」


 私と花蓮の制服は、少々古風な形のジャンパースカートだ。

 冬服なので、同じ色の上着も付いている。

 有名デザイナーがデザインした可愛い制服というわけではないが、私は気に入っていた。

 

 ……あ、失敗したかも?

 

 レアンドロが手の内を正直に説明してくれたからか、つられて私も馬鹿正直に『貴族の娘ではない』と答えてしまっていた。

 黙っていれば、貴族令嬢並みの待遇を要求できたかもしれないのに、だ。

 

 ……まあ、嘘は私もレンちゃんも向いてないしね。

 

 扱われ方に『貴族の令嬢』と『平民の小娘』では差が出てくるだろうが、口から出してしまった言葉は戻らない。

 たとえここで嘘をつけたとしても、私と花蓮に令嬢然とした振る舞いができるわけはないので、いつかは嘘がばれていたことだろう。

 どうせばれる嘘ならば、最初からつかない方がいい。

 

「……貴族のご令嬢でなかったとしても、富裕層の娘さんであることに違いはないかな」


「えっと……」


 別に、親が特別お金持ちということはなかったが。

 何を判断基準にして、レアンドロは私と花蓮を見ているのだろうか。

 説明を求めて首を傾げると、レアンドロは苦笑いを浮かべた。

 

「学校の制服だ、と君は言ったけど、そもそも学校に入れる者は少数だ。その制服を作ることさえ平民には難しいだろうし、そもそも生地の質からして庶民に手が出るものではない」


 他にもいろいろあるが、纏めると私と花蓮は富裕層の娘としか思えないらしい。

 貴族の娘でないのなら、大商家あたりの娘であろう、と。

 そう判断したから、『元の生活レベル』は用意することが難しい、という話になったようだ。

 

「君たちの召喚については《新月の塔》の魔法師たちが行ったことだ。その実験の失敗に対する補填として、君たちの生活費は《新月の塔》の予算から捻出することになる。あまりどころか、贅沢はさせてあげられないが……」


「最悪の場合、命の保証さえしていただければいいので……」


「そこまで極悪非道なことはしないよ?」


 むしろ、そんな生活を強いるぐらいなら実家へ連れて行き、それこそ貴族令嬢と同じ暮らしをさせた方がいい。

 あくまで《新月の塔》預かりにしたいのは、実験を行った魔法師たちのためでもあるのだ、とレアンドロは言う。

 自分たちの失敗は、自分たちで取り戻さなければならない、と。

 

 ……なんだろう? レアンドロさんって?

 

 ……弟にはめっちゃ塩対応なのに、他の人には優しいというか、平等?

 

「私は別に平等でもなんでもないよ」


「はう……っ」


「そうだった。内緒話は通じないんだった」


 でもなんで? と聞いてみると、レアンドロは耳がいいのだ、と答えになっているようで、なっていない返答をする。

 耳がいいだけで聞こえるような音量では話していないので、それだけが理由ではないはずだ。

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