めっちゃバレてらっしゃる
「そんなはずはない! 私の術式は完璧だった! 貴方もそれは確認しているはずだ!!」
「確かに、申請書にあった召喚陣も、術式も確認はしているが……」
実際に召喚された『勇者』が私たちのような小娘二人なのだから、ウルスラの主張はなんの説得力も持たない。
勇者どころか、剣を振り回すことすら難しそうな細い腕をしている私たちだ。
特にスポーツも何もしていない日本の女子高生に、強さを求めるのは間違っている。
……レンちゃん、私、だんだん解ってきたかも。
くいくいと花梨が背後から私の袖を引っ張った。
花梨の見解によると、ウルスラの実験は成功しているのでは、ということだ。
私たちには剣を振り回すような腕力も、魔力もない。
正確には、『なかった』。
けれど、今は違う。
召喚された際に光の蔓を通じ、召喚者たちから魔力やその他いろいろなものを奪い取っていた。
そのおかげでなかったはずの魔力があったし、ろくな訓練もなしに魔力を操ることができている。
奪い取ったのは魔力だけではないので、もしかしたら握力も上がっているのかもしれない。
単純な足し算でしかないが、もしかしたら私と花梨はあわせて五人分の魔力を持つ魔法師になった、と考えられるかもしれないのだ。
この世界の平均値がどのぐらいかは判らないが、五人分の魔力を二人で持っているとなれば、それなりの魔力を持っている、という計算にはなるだろう。
勇者かどうかはともかくとして、強者であることに間違いはない。
……これ、黙ってた方がいいよね?
……たぶん。悪用したら最強の魔法師とか作れそうだし。
……最強?
……作れそうだよ?
召喚の魔法陣を悪用すれば、最強の魔法師が人為的に作れるのではないか、と花梨は言う。
光の蔓を悪用して、召喚獣側にされる生贄の魔力を奪い、術者の魔力を底上げすればいい、と。
……それは確かに、黙ってた方がいいや。
引き続き考えることは花梨に任せ、レアンドロとウルスラの話を聞きながら倒れたままの魔法師を覗き込む。
僅かに胸は上下しているので、死んではいないようだ。
……火傷ぐらい治せたらいいんだけど。
ローブから出ている素肌に赤い爛れを見つけ、顔を顰める。
花梨の目に入ったら気に病みそうな気がするので、花梨の意識がこちらに向かないようにしなければ――と顔をあげると、レアンドロの翡翠色の瞳と目が合った。
……あれ?
かすかにレアンドロが微笑んだ。
そんな気がする。
……なんだろう?
なんとなく笑みを直視できなくて、視線を落とす。
視線の先には魔法師の火傷があったはずなのだが、赤く爛れた肌が優しい光を発していた。
……癒しの魔法、的な?
弟には辛辣な兄だが、意外に優しいところもあるらしい。
女性魔法師の火傷を気にかけたのか、癒しの魔法をかけてくれたようだ。
「……うん? 変だな」
自分の行った魔法の効果に疑問があるらしい。
レアンドロは腰を落として魔法師の火傷を覗き込むと、今度は火傷の上で円を描く。
指の動きを追って光の帯が生まれると、レアンドロの描いている物が魔法陣であることがわかった。
「『癒しの光よ』」
呪文の詠唱と同時に魔法陣が輝き、光が火傷へと降り注ぐ。
癒しの光を受けた火傷は、幾分赤みが引いているのだが、レアンドロはこれが気になるようだ。
「……なんらかの力が魔法を弾いている、というよりも、癒しの力がどこか別のところへ流れているようだ」
変だな、と首を傾げるレアンドロの横で、私はおもいきり明後日の方向へと目を向ける。
レアンドロが不自然に思っていることが、判ってしまった。
レアンドロは魔法師へと癒しの魔法を使っているようなのだが、その力は魔法師と――彼女たちからあらゆるものを奪った私たちへと送られているようだ。
想定した魔力量で火傷が癒しきれないので、レアンドロは不思議に思っているのだろう。
……これはちょっと困る! さすがに困るっ!
癒しの効果すらも奪い取ってしまっては、後味が悪いなんてものではない。
とくに、私たちは今癒しの魔法など必要とはしていない。
どこにも怪我などしてはいないのだ。
それなのに、横から癒しの魔法を流されてきても、無駄にしかならない。
……もしかして?
魔法師たちが契約のしるしによる電撃を受けても目を覚まさないのは、目を覚ますだけの体力がないからではなかろうか。
銀色の光の蔓を引っ張る時に、花梨が言っていたはずだ。
これは体力的なものみたいだ、と。
体力というよりも、活力と言った方が近いかもしない、とも。
……も、戻ってっ! 生命活動に必要な最低限の体力と魔力と活力は戻ってっ!!
あと、当人に必要な癒しの魔法まで私たちに譲る必要はない、と心の中で叫ぶ。
奪った力の返還方法など想像もつかなかったが、心の中で箱が開くような感覚がしたかと思うと、中から小さな光がいくつも溢れだしてきた。
「へ?」
ぶわっと髪が風を含んで広がる。
箱から光が溢れ出すように、私の内側から光が溢れ出していた。
「これは……?」
私から溢れた光は昏睡し続ける五人の体へと集まり、その内側へと入り込む。
ようやく光が収まったかと思うと、魔法師たちは大きく一度咳き込み、何度か深呼吸を繰り返した。
どうやら、息もできない程に衰弱していたらしい。
呼吸が少し落ち着くと、魔法師たちは再びぐったりとその場で昏倒した。
生命維持は心配なさそうだったが、まだすぐに起きれるだけの体力はないようだ。
……セーフ? セーフだよね? 私、うっかり人を殺しかけてた!?
これで本当に大丈夫だろうか、と改めて目の前の魔法師を見下ろす。
先ほどまでは赤く爛れていた肌が、今は正常な色をしている。
「……ふむ、勇者ではなく聖女を召喚したか」
「違うと思います」
とんでもない誤解だ。
不思議な光で行った魔法師たちへの癒しで聖女と認識されたようだが、これで聖女だなんて呼ばれては、自作自演すぎて胃が痛くなる。
肩書きが立派すぎる、キラキラしすぎておこがましい、なんて理由ではなく、本当に、これではただの自作自演だ。
「では、愚弟を質種として差し出すので、魔法師たちの魔力と体力をもう少し返してはもらえないだろうか」
「え?」
今なんと? と背筋を伸ばす。
背後で花梨が息をのむ音が聞こえた。
「……うん? ああ、失礼。言い間違えた。魔法師たちへ、もう少し魔力と体力を融通してはもらえないだろうか」
……めっちゃバレてらっしゃる!? なんで? どうして?
ここまでの流れで、どうやってレアンドロは私が魔法師たちの魔力と体力を奪ったと感づいたのだろうか。
詳しくはまだ判らないが、『最高導師』というような立派な肩書きを持つだけはある、ということかもしれない。
そして、レアンドロは魔法師たちの魔力を奪ったのが私たちであると判断しながら、それを指摘するつもりもないようだ。
言葉を正し、ただ魔力と体力を融通してやってほしい、と弟を質種に差し出してきた。
「兄上! なぜ私がこのような小娘二人に人質のように差し出されなければならないのですか!?」
「それはおまえが出会いがしらに異世界からの客人である少女二人へ、我が国への強い不信感を植え付けたからだよ、愚弟」
驕り高きキチ(ガイ)の国とは、どういう経緯で私の口に上ることになったのか。
その経緯を聞きたいものだ、とレアンドロは目を細めて微笑むが、本当に話を聞きたいわけではないのだろう。
というよりも、いつものこととして聞かなくても判っているようだ。
弟の返答を待たず、言葉を続けていた。
「我が国は誇り高き魔法と騎士の国である。……おまえはまた、勝手に《新月の塔》をない物として扱ったな?」
それは拡大解釈をする人間によっては、国家への反逆罪となる。
むしろ、この兄の預かる《新月の塔》に対して、いい度胸だな、と笑みを凍りつかせてもいた。
「……レン、リンもこちらへ」
「あ、はい」
……あれ?
レアンドロに呼ばれ、ずっと私の背後に隠れていた花梨が前に出る。
年上男性に名を呼ばれ、反射的に出てきてしまってから、二人揃って首を傾げた。
……私たち、まだ名乗ってないよね?
……それなのに、なんで名前知ってるの?
言葉に出したつもりはないのだが、顔には出ていたのかもしれない。
レアンドロは弟に向けるのとはまるで別種の微笑みを浮かべ、かすかに唇を動かした。
音は出ていないのだが、レアンドロの言葉は不思議と私と花梨の耳に届く。
――あとで内緒話のやり方を教えよう。
そう聞こえたレアンドロの声に、花梨と顔を見合わせてしまった。
どうやら、私と花梨の内緒話は、レアンドロにはすべて聞こえていたようだ。