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小向ツインズは旅の恥をかき捨てる  作者: ありの みえ
1章 小向ツインズは異世界に召喚される
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ただのか弱い子どもです

「……それで、これはいったいどういう状況かな?」


 説明を、と言いながら花梨の後ろから背の高い男が歩いてくる。

 背後には花梨以外の誰もいなかったはずなのだが、男は突如として現れた。

 どういうことかと花梨を見るが、花梨も小さく首を振る。

 周囲を観察していたはずの花梨にすら気付かれずに、男はこの場へと現れたようだ。

 

 ……愚弟、って弟だよね? じゃあ、この人がさっき言ってた……?

 

 最高導師レアンドロと呼ばれていた男なのかもしれない。

 

 顔立ちは、やはり兄弟なのか赤毛の騎士と似ている。

 髪はオレンジに近い金髪で、笑えば印象の変わりそうな綺麗な顔立ちをしていた。

 今は状況が状況だからか厳しい表情をしているが、目の前にひよこや仔猫を差し出せばほっこりとした笑みを浮かべるのかもしれない。

 笑った顔が見てみたい。

 きっと、彼の笑った顔は――

 

 ……うん?

 

 なぜ初対面の男性の笑った顔が見たい、だなんて考えたのだろうか。

 別段、私は同性愛者というわけではないが、これまで同年代の異性に対して『いいな』と思ったことはない。

 彼らは歳を重ねたところで、三つ下の弟とほとんど変わらないメンタルをしているからだ。

 

 ならば年上が好みかと言えば、これも違う。

 彼らは未成年こどもである私たちに対し、とても成人男性おとなとは思えない目で見てくることがある。

 

 結論として、父親と弟以外の異性に親しみを感じたことなどない。

 

 ……や、違った。一人だけいた。

 

 家族以外で親しみを持ち、信頼した異性が一人だけいた。

 池で溺れた花梨を助けてくれた、『田舎のお兄ちゃん』だ。

 もう名前すら思いだせないが、彼には花梨も懐いていた。

 

「あ、あにうえ……」


「うん。情けない顔をしたおまえは非常に愛らしいが、《新月の塔》を預かる者として状況を詳しく知る前におまえの魔法を解くわけにはいかないな」


「そんな……あにうえ……」


「がまんしなさい、男の子だろう。大丈夫だ。ソコが凍傷になっても、ソレが砕け散っても、おまえ以外は誰も困らないから」


 ……うわぁ。

 

 自慢の兄上の登場に、救いを見出したらしい赤毛の騎士が縋りつく。

 話の流れによると、股間の氷はレアンドロにも溶かすことができるようだ。

 できるようなのだが、レアンドロにそれをするつもりはないらしい。

 というよりも、弟に対してなかなか辛辣な兄だ。

 

 だが完全に見捨てもしないらしい。

 

 体内の魔力を操って身体強化を行えば、多少の時間はもつだろう、と役に立つのかわからないアドバイスをしていた。

 命がけならおまえもやる気を出して、少しは魔力の扱いを覚えるだろう、と。

 

 縋りついてきた弟を軽くあしらうと、レアンドロはウルスラへと向き直る。

 私と花梨へは、無防備に背中を晒したままだ。

 

「ウルスラ、たしか貴女からの今回の実験に関する申請書には『異世界から勇者を招く』、『勇者へは召喚前に実験への協力の意思確認を行い、あくまで実験のため、召喚後は速やかに送還を行う』と書かれていたはずだが」


 この惨状の説明を、とレアンドラはウルスラを見下ろす。

 勇者どころか、少女こどもを二人も召喚し、召喚を実行した魔法師たちは魔力を使い果たして昏睡状態に陥っている。

 これでは当初の予定通り、速やかに送還することはできないだろう、と。

 

 ……魔力を使い果たしたのは、私たちのせいだけどね。

 

 もちろん、口へは出さなかったが。

 魔法使い――ここでは魔法師と呼ぶらしい――の魔力が使い果たされているというのなら、その理由は私たちだろう。

 私と花梨が光の蔓からいろいろと奪い取ったものの一つが、魔力だ。

 光の蔓が異世界召喚の魔法によるものだったのなら、蔓を通じて奪い取ったものの持ち主は必然的に実行犯である魔法師たちになる。

 

「申請書に記載した通りだ。異世界からの勇者召喚に挑み、本日成功した」


 これがその成功例である、とウルスラは私と花梨を示す。

 ウルスラの誘導のままにレアンドロの視線は私たちへと向けられて、深いため息を吐いた。

 

「……どう見てもただのか弱い子どもじゃないか。とても勇者には見えないが」


「どうも、ただのか弱い子どもです」


「どこがか弱い子どもだっ!?」


 レアンドロの『正当な』評価に便乗すると、すかさず赤毛の騎士から合いの手が入る。

 レアンドロは見ていなかったかもしれないが、赤毛の騎士は自分の股間を凍らせた者が私たちであると判っているのだろう。

 惚ける気はまんまんだったが、赤毛の騎士は噛み付く気がまんまんだ。

 

「驕り高きキチ(ガイ)様が弱いだけでは?」


 弱者とみて誘拐被害者を獣扱いし、服を脱がそうと襲い掛かってきた性犯罪者が、と続けると、赤毛の騎士は判りやすく表情を変える。

 どうやら、大好きな兄上に聞かれたくない内容だったようだ。

 ではその兄上はどんな顔をしているのか、と視線を向けると、レアンドロは目を細めて弟を見つめていた。

 

 ……うん、違う。私が見てみたいって思った笑顔は、絶対これじゃない。

 

 喩えるのなら、絶対零度の微笑みとでも言うのだろうか。

 表情の作りとしては確かに笑っているのだが、内心では決して笑っていないことが判りやすすぎる顔だ。

 

「……アンドレ、おまえが性犯罪者だと言うのは?」


「小娘どもの戯言です! 私は決してそのような不埒な真似は……」


「本当か?」


「本当です! 召喚獣であるその小娘たちが、生意気にも『契約のしるし』などないと誤魔化そうとしたので、確認するところではありました!」


「……それを婦女暴行未遂と言うのだ」


 馬鹿者、と言ってレアンドロは赤毛の騎士ことアンドレの額をペチリと叩く。

 でこピンではないので、それほど痛くはなさそうだ。

 気のせいでなければ、アンドレも兄に叩かれて嬉しそうな顔をしている。

 

「おまえは、この少女たちが召喚獣でなかったらどうするつもりだったのだ?」


 よく見ろ、とレアンドロに促され、アンドレの視線が改めて私たちへと向けられた。

 先ほどまではわりと好戦的な視線を向けられていたと思うのだが、今は不審者わたしたちよりも目の前の兄が気になっているようで、視線に険はない。

 

「身につけている物の質を見るに、平民ではないぞ。彼女たちの国元の身分によっては、おまえの行動は『間違いでした』ではすまないことになる」


「しかし、それらは確かに召喚の魔法陣から現れた『召喚獣』です。絶対に体のどこかに契約のしるしがあるはずですので……」


 裸にすれば判る。

 体のどこかに契約のしるしがあれば、間違いなく『召喚獣』だ。

 召喚獣であれば、国元の身分など関係がない、と言い募るアンドレに、レアンドロは軽く肩を竦めた。

 

「……と、このように馬鹿が聞かないので、少し調べさせてくれるか?」


「お断りします」


 私たちが裸にされるいわれはない。

 私たちを一方的に召喚したのも、召喚獣かどうかと確かめたいのも、私たちの都合ではないのだ。

 

「……というか、他に調べる方法ってないんですか?」


「召喚獣との契約は普通、契約者の命令には逆らえない。逆らえば罰を受ける……というものなのだが」


 服を脱いだ方が痛みはない。

 そんな説明を付け加えられてみれば、アンドレの主張も一応は優しさこみの提案であったらしいことが判る。

 女の子としては、裸にされるのと、痛いのとであれば、程度によっては後者を選ぶが。

 

「ウルスラ、彼女たちに何か命令を……」


「私は召喚陣を作成し、術式を組んだだけだから……」


 実際に私たちを召喚し、契約者として機能しているのは倒れている魔法師たちである、とウルスラは言う。

 召喚に使った魔力も魔法師たちのもので、自分は関与していない、と。

 

 ……どうりで、一人だけ元気なわけだ。

 

 ウルスラだけは私たちに魔力を奪われていないおかげで、今もピンピンとしていたようだ。

 ウルスラの魔力が特別に多かった、ということでもないらしい。

 

「……『優しき水よ』」


 それが魔法の詠唱だったのか、アンドレの足元でいまだ昏睡している魔法師の顔へとこぶし大の水球が現れ、爆ぜる。

 顔面に気付けの水をかけられた魔法師はというと、結構なびしょ濡れ具合にもかかわらず、ぴくりとも動かなかった。

 

「……目覚めぬ、か」


「そんな……『困ります!』」


 困ります。

 これが『命令』になったらしい。

 花梨がアンドレに放ったスタンガン魔法の比ではない光量の電光が走り、魔法師の体がビクリとはねた。

 気のせいでなければ、かすかに湯気のようなものまで立っている。

 

 ……顔にかかった水が蒸発しただけ。うん、蒸発しただけ。

 

 きっと肉が焼ける煙ではないはずだ、と恐々と動かなくなった魔法師を覗き込む。

 ビクリと動いたのはただの反射だったようで、魔法師が目を覚ます様子はなかった。

 今の電撃のショックで死んでしまった、などとは思いたくない。

 

「……えっと、寝たままでいいから、『契約のしるし』って見せられない?」


 異世界召喚自体が魔法という不思議な力で行われたのだから、契約のしるしとやらも不思議な機能をもっていないだろうか。

 そう期待を込めて言葉にしたら、魔法師のローブの中が光り始めた。


 位置的には胸に『契約のしるし』とやらがあるのだろう。

 ローブの中なのではっきりと見ることはできないが、ローブに浮かび上がった光の筋が『契約のしるし』であることは解った。

 

「服、脱がさなくても確認できるみたいですよ?」


 服の下からでも、契約のしるしを光らせれば確認することができる。

 これが今、判明した。


「……その氷は自然に溶けるのを待つか、自分で解きなさい」


「あにうえ……」


 最初から服を脱がせる必要などなかったのだな、と魔法師から視線をアンドレへと向ける。

 結局おまえが女の子を裸にしたかっただけじゃないか、と軽蔑の意味を込めて。

 

 この視線に、レアンドロも弟へと冷たい視線を向けた。

 弟の股間に張り付いた氷は、正当な報復だったのだ、と。

 

「あと、騎士さん……アンドレ? さんの基準でなら、『召喚獣』は魔法師さんたちみたいですね」


「そのようだな」


 さて、改めて説明を、とレアンドロがウルスラに向き直る。

 ウルスラが申請した書類には、勇者を召喚すると書かれていたらしい。

 にも関わらず、実際に召喚されたのは戦闘力などなにもない普通の女の子が二人で、本来召喚獣に結ばれるらしい『契約のしるし』が術者の側に現れていた。

 

 ……勇者召喚ってのは、名前だけそう弄った『召喚獣契約』だった、ってことかな?

 

 ついでに言えば、術式は途中で私と花梨に乗っ取られ、魔法師じぶんたちが召喚獣になっていた。

 判ってしまえば、まぬけな話だ。

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