これ、絶対美味しいやつっ!
異世界生活も二週間目となると、そろそろ私たちの生活にもパターンができてきた。
朝は食堂の世話になり、そのあとは昼食まで花蓮と別行動だ。
私は図書室で本をひたすら読み漁り、花蓮は昼食と夕食の準備を部屋の調理場で行う。
時々はダンに呼ばれて厨房に行くこともあるが、基本的には花蓮が昼食を弁当にして図書室まで私を迎えに来て、そのまま中庭か魔法棟の屋上へと上がる。
そこで昼食をとりながら、私が図書室で調べてきた魔法を花蓮が練習した。
野外で魔法の練習をするのは、魔法の種類によっては危険があるのと、外向きのアピールのためである。
私と花蓮の見分けが付きやすいように、と服装に差を付けているように、魔法の得意・不得意でも差があるように振舞っていた。
花蓮は部屋の外では故意に魔法を使うが、私は部屋の外ではほとんど魔法を使っていない。
加えて、頭脳労働担当として図書室に篭って魔法関連の本を読み漁っていることから、狙いどおり『妹の方はそれほど魔法が得意ではない』と判断され始めているようだ。
司書のお姉さま方の視線が、近頃は特に生温かく優しい。
……まあ、たまにレンちゃんと服を取り替えて、私が魔法の練習してるんだけどね。
今のところ、花蓮と入れ替わって、それが気付かれたことはない。
なんとなくレアンドロには気付かれそうな気がするのだが、入れ替わっている時に遭遇したことはないので、本当にそんな気がするだけだ。
「リン! 見て!」
あれ! と花蓮が指差した空には大きな虹がかかっている。
青空には雲が一つもなくて、明らかに自然にできた虹ではない。
「ただの宴会芸だと思ってたけど、けっこう綺麗な虹でしょ?」
「えっと……虹を作る魔法なんて、調べた中にはなかったと思うんだけど……」
「うん。だから、水は魔法で、虹は自然!」
つまりは、自然界で虹がかかる条件を、上空に魔法で水を、雨でも霧雨でもなんでもいいので作り出し、それを太陽光が反射してちょうど虹がかかったのだろう。
夏場にホースで打ち水をして、小さな虹ができるのと同じ理屈だ。
仕組みを思いだせば、私にもすぐに真似できそうな魔法だった。
「……レンちゃん、鳥ハム美味しい」
私の午前の成果――図書室で見つけた魔法――を早速実践で確認する花蓮を眺めながら、私は私で花蓮の成果――鳥ハムのサンドイッチ――を美味しくいただく。
パンはレアンドロが私たちに、と手配してくれた柔らかいパンだ。
どう見てもコッペパンにしか見えない形状のパンに、薄く切られた鳥ハムが挟み込まれている。
「香草の調合はダンおじさんだけどね」
「……あの人、どんどん料理の腕あげてない?」
私たちの味の好みはこの国――ドナート王国という名の国だ。図書室通いで見つけた――の好みから少し外れているようなのだが、しっかり私たち好みの味付けを身に付け始めていた。
さすがは、料理人として雇われているだけのことはある。
「味付けはダンおじさんに勝てそうにないけどさ。小技なら負けないよ!」
「……何をするの?」
「まあ、見てて」
食べかけの鳥ハムサンドイッチを花蓮が開き、別途用意されていた瓶に入ったトマトソースを追加する。
その上へとさらにチーズを載せてから、花蓮はいつかのレアンドロのようにサンドイッチの上で魔法陣を描く。
「『ちょっとチーズがトロっと美味しく溶けるぐらいの温度で炙るよ』」
こんな曖昧な詠唱で、鳥ハムサンドイッチに追加されたチーズがトロリと溶ける。
かすかに焦げ目まで追加されていて、温められたことでパンの焼きたてのような香ばしいかおりも復活していた。
「これ、絶対美味しいやつっ!」
「でしょ? でしょ?」
魔法のおかげで、実は電子レンジなんてなくてもすぐに弁当を温めることができる、と花蓮は自分の鳥ハムサンドイッチへも同じ魔法を使う。
魔法を学び始めて判ったことだったが、この『魔法陣』というものは、魔力の微調整にすごく役立つ。
花蓮が唱えたような曖昧な詠唱でも、きちんと狙った通りの効果を発してくれるのだ。
用途としては、未熟な魔法師が補助としてよく使う。
あとは視覚的に判りやすく魔法陣を使うことは手の内を明かすことになり、貴方に対して敵意はありませんよ、と示すためにも使われるらしい。
……ネット小説でよく見かける「無詠唱でこの威力!?」「さすが主人公Sugeee!」は「威力調整も満足にできない人間」「合図もなく突然ぶちかます危険人物」っと。
もちろん、戦場といった特殊な場ではその限りではないが。
必要のない場で無詠唱・魔法陣無しで魔法を使うと、マナー違反とされる。
場合によっては、罪に問われることもあるそうだ。
……これでいくと、私とレンちゃんも、一度やってるんだけどね。
この世界へと召喚されてきた日に、アンドレへと私と花蓮は無詠唱で魔法による攻撃を行っている。
花蓮はアンドレの服を切り裂き、私はアンドレの股間を――
……気持ち悪いモノ、思いだしちゃった。
脳裏に一瞬だけ過ぎった映像に、思い切り眉間へと皺を寄せる。
せっかくの美味しい鳥ハムサンドイッチが、いろいろな意味で台無しだ。
私と花蓮が行った無詠唱での魔法攻撃は、子どもが自分の身を守るために咄嗟にしたこと、としてお咎めはなしになっている。
この『無詠唱・魔法陣無しの魔法行使はマナー違反』という事実を知った時にエンマに確認したので、間違いない。
私たちの保護者ということになっているレアンドロが、そう片付けている、と。
レアンドロといえば、『無詠唱』も『魔法陣無し』のどちらも、召喚された日にあの部屋の中でしていた。
これはマナー違反にならないのか、と気になったのだが、レアンドロの場合、彼は《新月の塔》の責任者で、最高導師という肩書きを持っている。
自分の管理する建物内で、その管理人が魔法を使うのに、誰に向けて『敵対意思はない』とアピール必要があるのか、ということらしい。
これが王城や騎士棟の中であれば、レアンドロも詠唱と魔法陣を使っているそうだ。
あの日、レアンドロが途中から詠唱と魔法陣を使い始めたのは、昏倒していた魔法師たちへと注いだ癒しの魔力が私たちへと流れていたからだ。
狙い通りの効果がでない魔法を不審に思い、詠唱と魔法陣という手順を追加することで魔力の流れを調べていたらしい。
……聞けば聞くだけ、ボロが出そうで近づかない方がいい人だ、って判るね。
私としては距離を置いた付き合い方をしたほうがいいと思うのだが、彼には花蓮が妙に懐いている。
エンマが私たちの動向を報告するのは判るのだが、花蓮は花蓮で、自分で作ったお菓子をエンマを通じてレアンドロへと贈っているようなのだ。
これは、花蓮としては珍しい行動だ。
……ん、出来た。
空に虹をかける魔法を、花蓮が気に入ったらしい。
私にもやってみろ、と花蓮が言うので、花蓮の身振りにあわせて空へと虹を描く。
こうすれば、他者の目には花蓮が魔法で虹を作ったように見えるはずだ。
綺麗な虹だ、と喜ぶ花蓮に気をよくしていたら、背後から声をかけられる。
近頃は日に一度は聞く声だ。
「……綺麗な虹だ、花梨」
……バレてる、バレてる。
花蓮の身振りにあわせて魔法を使ったはずなのだが、レアンドロからの呼びかけは私宛だった。
思わず視線を逸らし、これではレアンドロの言葉を肯定したようなものだ、と遅れて気が付き、視線を戻す。
そうすると、レアンドロは私の内心の焦りなど素知らぬ顔をして、空にかかった虹を見上げていた。
……どこで見分けてるんだろうね?
故意に花蓮と印象が混ざるように振舞って、家族以外に見破られたのはレアンドロが初めてだ。
家族でもないのに見破れるレアンドロが凄いのか、私たちが大根役者なのか、判断に困る。
……あれ?
レアンドロの背後に、もう一人いる。
そう気が付いた瞬間には花蓮の背中へと逃げ込んでいた。
誤字脱字はまた後日探します。




