何かの間違い
「……うそ……」
話があると、深刻な表情で食卓の椅子に座るよう言われた娘は、対面に座った父親の語る内容に力ない声を漏らした。
「本当だ。役人と魔術師が来て説明していった」
娘の驚愕をさもありなんと思うものの、現実に直面させ、自身の罪を自覚させなければならない、そう心を鬼にして父親は話を続ける。
「嘘よ!」
「墓の周囲の畑も田んぼも全滅だ。作物は勿論、土から腐ってしまってもう使い物にならない。もしくはカラカラに枯れ果ててしまって。土を豊かにしてくれていた虫達も死骸がどろどろで腐臭を放っている」
「嘘よ嘘よ嘘よ!」
「お前のことは何も知らなかったのだからと、罪には問わないと言われたが、本来なら町を追い出されるくらいでは済まない……そのくらい大それたことをお前はしてしまったんだ」
「嘘よ!!!」
数日で何十歳も年を取ってしまったかのように草臥れた様子の父親の、懇々と説き伏せる言葉の全てが娘には信じられない悪夢でしかなかった。
まるで聞き分けようとしない娘に尚も言い募ろうと父親は言葉を続けかけるが、それを聞くことなく娘は椅子を蹴倒して立ち上がり、閉め切っていた出入り口の扉を乱暴に開いて飛び出していった。
嘘だ嘘だ嘘だ。
外へ出た娘は一目散に町の郊外にある墓地を目指した。
あんなに可憐で繊細な花が凶悪な毒をまき散らしていたなんて。
走りながら心の中を占めるのは、現実をひたすらに拒絶する否定の言葉。
信じられない、信じられるわけがない。
自分が丹精込めて育てていた清楚は花が、まさか。
ぜいぜいと荒い息をしながら辿り着いた墓地には、娘が目の当たりにした真っ黒に焼け焦げた花達の残骸はもはやない。
目の前で全てが塵となり、風に乗って消え去った。
そして、花だけでなく、墓石の間にはありとあらゆる植物の姿がなく、あるのは腐水の湧き出る泥土だけ。
……ああ、そうだ。
暫し呆然と見詰めていた娘は、不意に真相に行き着いたとばかりに美しい顔を醜く輝かせ、満面の笑みを浮かべた。
あの花を燃やした誰かがやったのだ。
一度そう思ってしまえば、それ以外の真実はもはや娘の中であり得ないものとなった。
自分の罪をあんな儚い花達に擦り付けて、何もしていない振りで平気な顔で暮らしているんだ。
きっと何処かで、もしかしたら直ぐ近くで。
認めたくない現実から目を逸らすことだけに終始する娘は、己の妄想を真実にする証を求めて周囲を見回すが、そのような者がいる筈もない。
そうだ、父さんに、お役人に、本当のことを伝えなければ。
居ても立ってもいられなくなった娘は、即座に踵を返して来た道を戻り始めた。
立て続けの駆け足で息苦しいのも構わず、激しい呼吸をしながらもその顔は笑っていた。
帰り着いた家で、いざ父親を前にして、口が、喉が凍り付いたように何も言えなくなってしまうとも思わず。
いや、そうなっても尚、それさえ花を燃やした誰かのせいだと、そこだけは真実であるとも思わず妄想し、恨みを募らせていく。
深く深く。
己の慈しんだものを悪し様に言われたくないがゆえに。
慈しんだものの本質を見抜けなかった己を認めたくないがゆえに。
仕方のないことだったのだと割り切れない、稚い心ゆえに。
覚書
娘 リウィンニーゼ・セペルジュ
父親 ドニズエン・セペルジュ