魔王は、第一歩を踏み出す。
ちょっと長いです。
「…はむっ…クチャクチャ…ゴクッ…ズズズッ…ゴクッ…はむっ…クチャクチャ…ゴックン……ゴクゴク…」
少女は、パンを口に入れ、飲み込み、黄土色のスープを飲み込み、またパンを口に入れ、飲み込み、牛乳を飲む。
食事をするスピードが速いのは、ただお腹が空いているからではない。
彼女は、怒っているのだ。寝ている無防備な乙女の部屋へ入り、気づいたら腕が自分の谷間に挟まっているのだ。
「…はぁ〜……なぁ、別にそんなに怒んなくてもいいだろう。それに、何度も言うがな勝手にお前が俺の腕を掴んできたんだからな。信じられないっていうなら、時間魔法で見せてやろうか?」
時間魔法 これは、シンが編み出した究極魔法の一つである。色々あり、時間魔法を一度使うと倒れてしまうのが欠点だが、そもそも、この世界の理に干渉できるなど、神でも苦労するのだが、この男は、一応人の身でそれができるのだ。
「…っ…そんなことって何よ!私はね女なのよ!シン君はデリカシーがなさすぎなのよ!謝るくらいはしたらどうなのよ!」
「はぁ?女だから通したんだよ!俺はな、善意で起こしてやろうと思ったんだよ!そんな俺に暴言吐いてしかも、枕を投げてきたお前が謝るべきだろ!」
ミカエラは、知っていたのだ。善意で起こそうとしてくれたことに。そして、明らかに自分が腕を掴んでいたことに。だが、それを、理解する前に恥ずかしさでいっぱいだったのだ。なんせ、自分の夢に出てきたのは、親の様に慕っていたガムイではなく、村の優しい人達ではなく、紛れも無いシン本人だったのだから。それが目の前に現れて、しかも、自分の胸を触っていたのだ。そして、思わず数々の暴言を吐いてしまい、この後を考えると、不安になってしまっていた。夢の中の自分の様に捨てられてしまうのでは?と。
その不安を隠すかの様に強気になってしまい、つい怒鳴ってしまうのだった。
ミカエラは、食べ終わった食器を、洗い場に持っていくと、そのまま自室に行ってしまった。
「…なんなんだよ。アイツは。」
舌打ちと共に悪態つくシンを横目に見ながらクラウスはそっと優しく論するように語りかけた。
「シン様。女性の方は皆気持ちを大切にするものです。意味がないとわかっていながら縁結びのお守りを持ったり、叶わないとわかっていながらありもしない理想に思いを寄せたりと。そして、対応力が低いのも、女性の特徴です。いくら自分が望んでいても、急な展開では気持ちが追いつけず混乱してしまい、思ってもいないことを口走ってしまうのです。そして、気持ちが追いつき、落ち着いた時にも、つい、強気に出てしまい頑なに自分の言ったことを否定しないのですよ。」
その通りである。女性は、合理的よりも、感情的に行動をするのだ。
「じゃあ、どうすればいいんだよ…。」
「きっと、ミカエラ様はこの先どうなっても先に折れることはないでしょう。なら、答えは一つしかありません。シン様自身が折れればいいのです。」
「おい、それは悪くないのに自分が悪いと言えってことか?俺は、そんなことして互いの関係が良くなっても絶対にやらないぞ。」
「シン様。それは違います。シン様だけが悪いのではありません。それに、シン様は、シン様を否定することはありません。ただ、シン様自身一ミリも悪くないと言えますか?扉の前で起こすことも可能だった。前日に、忠告することも可能だった。シン様自身、非があることは確かなのではないでしょうか?」
「…うっ……だがそれは否定することと変わらないだろ。クラウスは、さっき否定することは必要ないって言ったじゃないか!」
「過去と今の自分が違うことが自身の否定に繋がるのですか?…シン様は、生まれてから、変わらず、ずっと今のシン様のまま生きてこられたのですか?…恐らく違いますよね。シン様。変わることは、過去の自分を否定することではありません。過去の自分がいるから、今の自分がいるのです。過去の生きた自分を否定することは、死を意味します。意思を持ち考えることが出来れば神ですらも過ちを犯します。その過ちを改めることで変わることができるのです。過ちを犯さない生き物なんて成長する余地はありませんよ?」
「はぁ〜…そうだ、な。………ちょっと話し合ってくる。……ありがとな…」
シンは、そういうと、ミカエラの部屋の前へと向かうのであった。