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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

明日はきっとサッカー日和!


 「サッカー上手くなりたいな」


 矢嶋天平は悩んでいた。


 彼はサッカー少年で、今回の試合でもレギュラーには昇格できずに控え選手のままだったからだ。

 実際、練習量も増やしているのだがクラスの中でも背が低い方なので結果が追いついてこないという有り様だった。

 さらに彼にとって不幸な事は両親が天平がサッカーをすることに好意的ではなかったということだ。特に彼の父親はスポーツ全般が苦手で、たまにサッカーの練習につき合ってくれと天平が言うと「サッカーなんてくだらない。いっぱい将来の為になる本を読んで県内で一番良い学校に通えるよう努力しなさい」と叱られる始末だった。


 そんな時、天平はしゅんとしてしまう。確かに最近の天平の勉強の成績は良くない。授業で先生が教えてくれたこともさっぱり分からなくなっていることが多く、成績も下がる一方だ。


 このままではいずれサッカークラブも辞めなければならなくだろう。

 これは天平がクラブに入る前にきつく言われたことだ。


 その日、天平は友達と一緒に家に帰らず一人でサッカーの練習に向かう。

 公園外れにある空き地、学校の先生からは立ち入ることを禁じられている場所。そこは天平の秘密のサッカー練習場だった。

 天平は公園のトイレでクラブで使っている練習着に着替えて軽くストレッチを始める。


 「おいおい。坊や、それは一体何のつもりだ。もしかしてこれからちん〇をでかくする体操でもするつもりか?」


 そんな体操があるなら是非やってみたいが、天平にはそんなつもりはない。

 ただ声が聞こえてきた方角を見て怯えるだけである。すると何も無かった方角から次元の壁を抉じ開けて、一人の汚らしいハゲデブ親父が現れた。


 「おじさん、誰なの?」


 「俺の名前はフジワラシノブ、家でゴロゴロしたりメシを食ったりするのを仕事にしている男だ。さあ、坊主。俺は名乗ったぞ。お前も命が惜しければ自分の名前を名乗ったらどうなんだ?」


 男が口を開いた途端に天平少年は「くさっ!」と彼を罵った。


 フジワラシノブのガラスのハートに亀裂が入る。


 だから子供は嫌いなんだ、と言いながら口の中にミンティアを数粒放り込むフジワラシノブだった。


 「僕の名前は矢嶋天平。社会的な道義に乗っ取って大切な個人情報を公開したんだから僕にもミンティアちょうだいよ」


 「けっ、口の減らないガキだ。ほらよ。まだ開けてないやつだ。これでいいだろ?」


 フジワラシノブは「危険物」とか「核燃料」とか書かれたアタッシュケースからビニール包装が解かれていないミンティアを取り出し、トングで掴んでからそれを天平少年に与える。


 そんなにお菓子が欲しいのか。やはり子供は子供だな、と微笑むフジワラシノブだった。


 天平は喜んでミンティアの箱を受け取り、口に運んだ。


 ポリポリポリ。天平はオレンジ味のミンティアをそのまま食べてしまった。


 フジワラシノブは天平の年齢相応な様子に満足し、股間のチャックを開いてその中から取り出した桃屋のそばつゆを一気飲みする。思わずむせ返りそうな塩っ気が口内を襲う。しかし、これをゼロカロリーコーラだと思って飲めば何のことはないものだ。否。やっぱりめんつゆはめんつゆだった。


 「フジワラのおじさん。僕はどうやったらJリーガーになれるのかな?」


 「Jリーガー?そういえば矢嶋君はサッカー選手みたいな恰好をしているな」


 フジワラシノブは桃屋の黒いボトルを片手に聞き返す。天平は何とも居心地の悪そうな表情をしている。


 しまった。これは選択を誤ったか。

 天平は何らかの問題を抱えていて、それが理由でサッカーを続けられなくなっているのかもしれない。

 フジワラシノブはそんな天平の姿を見て大人ごときが子供の複雑な心情に立ち入るべきではないな、と反省する。もう口の中が塩っ辛くてめんつゆは飲めそうにない。


 「そのめんつゆ全部飲まないと駄目ですよ。世の中にはお(時事ネタの為に自主規制)たいな人がいるっていうのに貴方は大人として恥ずかしくないのですか!た(時事ネタの為に自主規制)は社会のルールに従わなかったがゆえにリンチされたんですから生涯自由業のフジワラさんだって便座に座れなくなるまで尻バットをかましますよ!僕が」


 やはりサッカーの話はするべきではなかった。


 よく見ると矢嶋君は目に涙を浮かべている。


 元来、矢嶋君は努力家である。だからこそ努力が報われぬことが、両親から理解されなかったことが。悲しかったのだろう。

 悔しかったのだろう。


 私は大人として矢嶋君をこれ以上失望させないためにも濃縮2倍のめんつゆを飲み干した。塩辛いだけではない。気のせいか頭痛までしてきた。


 そんなフジワラシノブの様子を見守っていた矢嶋天平の涙は止まっていた。


 すごい。


 こんな大人がいるんだ。


 子供との約束を破らない心の奥底から信頼することができる大人が存在することを生まれて初めて知ったのだ。


 「しょっぱい。頭痛い。口の中がわやくちゃになっている。もう死にたい。ていうか何かで漱がせてくれよ」


 フジワラシノブは空間を引き裂き、亜空間からワンカップの日本酒を取り出した。


 しかし、昼間から飲酒をしようとしている中年に対する矢嶋君の視線は真冬の名寄市の空気(マイナス30度くらいまで下がる)みたいだったので「こういうことをする奴は最低だね」と嘘をつきながら元の場所に戻すことにした。


 「おじさん。僕やっぱり駄目なんだ。自分にサッカーの才能がないのだって知っている。ドリブルだって真っ直ぐに進めないし、トラップやパスだって全然ヘタっぴだし」


 思い詰める少年の姿を見て、逆にフジワラシノブの方が困ってしまった。

 ていうかこれ絶対にキャスティングがミスってるよ(死語)。はっきり言ってフジワラシノブはサッカーに興味が無い。あんなものは足長族どもが足の長さを自慢する為にやっているような見世物だ。日本人は須くこのフジワラシノブのように短足デブになる宿命を背負っているのだから遺伝子工学的観点から考えても間違っている。


 「矢嶋くん。そんなに続けるのが嫌ならいっそ辞めてしまった方がいいんじゃないか?」


 「酷いよ、おじさん。どうしてそんなことを言うのさ」


 矢嶋君はマジックで「百億万ボルト」と書かれたスタンガンをバチバチさせた。しかし、フジワラシノブは動じない。フジワラシノブは矢嶋君のサッカーを愛する気持ちを知っているから敢えて突き放した言い方をしたのだ。


 相手のヘイトを煽り、思考の逃げ道に先回りして本音を引き出す。汚れた大人の腐った手口だった。

だが、これで矢嶋君の自信が元通りになるなら本望だと思ってもいる。彼は努力が結果に繋がらなくて一時的に落ち込んでいるだけで、この小さな坂さえ登ってしまえばもっと先に進むことが出来るはずだ。

 矢嶋君の手の中でライムグリーンのプラズマ光がさらにバチバチと音を立てる。代償は己の命か。額をつつと伝う脂汗。フジワラシノブは口の中に貯まった唾をごくりと飲み込んだ。


 「矢嶋君。おじさんはハッキリ言って全然サッカーに詳しくないし、興味もない。だけどね、どんな一流のプレイヤーだって試合では実力の全てを発揮しているとは思わないんだ。だって試合に出場しているサッカー選手さんたちはみんな一流の選手で、そんな人たちが普通の人には真似出来ないようなすごい練習をして試合に参加しているんだ。ドリブルだって、パスだって上手く行かない時の方が多いに決まっている。そんな中でもチームのみんなの為に少しでも活躍したいから頑張っているんじゃないかな」


 「僕だって同じ気持ちだよ。自分がカッコ良く思われたいから頑張っているんじゃない。チームのみんなの為に頑張っているんだ」


 「じゃあ、今日ここで話したことはおじさんと矢嶋君だけの内緒のお話にしよう。今は駄目かもしれないけど君はきっと素晴らしいサッカー選手になれると思う。おじさんが保証するよ」


 「ありがとう。フジワラシノブのおじさん」


 二階堂紅丸の雷光拳よろしくの改造スタンガンがフジワラシノブの体に押し当てられる。フジワラシノブはプラズマ光に包まれて現世から旅立った。


 「バイバイ、おじさん」


 その日から矢嶋君はひたすらサッカーの練習に打ち込んだ。やがて彼の肉体は成長して、それまでに積んだ練習量に相応しい実力を身につけていくことになる。少年サッカークラブではレギュラーになり、中学・高校時代にはサッカー部のキャプテンにまでなった。


 そんな彼が近況を報告しにわざわざ私の家まで訪ねてきてくれたのだが、高校の時に喧嘩別れして絶交した長男と玄関先で言い争いを始めていた。


 正月から喧嘩するなよ、お前ら。


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― 新着の感想 ―
[一言]  めんつゆのストレートタイプって売ってますけど、あれって値段的ににどう計算して良いのかわからなくて、  あと使っている最中に薄くなったらどう濃くすれば良いのかを気にしながら、サッカーの中継を…
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