1. 落雷
Illustrated by eo
少女が少年を初めて見たのは、黄昏時の満員電車の中だった。
右隣の吊革につかまって、彼はまっすぐに窓の外を見ていた。
誰もが手の中の電子機器に心を奪われている、無言の空間の中で。
異様な空だった。
半分は晴天、半分は暗雲。西から迫る黒雲はあと10分足らずで天空を支配する勢いだ。
真夏の午後6時にしては暗すぎる空の下で、オレンジ色の街灯りがきらめいている。1分間隔で、遠雷が響く。大粒の雨が窓硝子に斜めの線を描きはじめる。
少年の視線は壁に打ち付けられた画鋲のように尖っていて、動かなかった。長い睫は南米のアルパカのようで、視線の切っ先の鋭さは冬山の狼のようだった。それで少女もなんだか、その視線の先から目が動かせなくなっていた。
空を覆ってゆく雷雲の元に白くのびやかに立つごみ焼却場の煙突が正面にきた。その周囲を白い鳥の群れが渡ってゆく。
とその瞬間、白く輝く稲妻が煙突の突端に縦に落ちかかり、雷鳴が轟音となって車内を揺るがした。
白い鳥たちははじけるように飛散した。
ガラス越しの雷雨を前に、ふたりぶんの吐息が人いきれの中に解けて消えた。
乗客たちは驚いた様子で視線をあちこちさまよわせたが、すぐに手元のスマホに視線を落としてそれぞれの世界に戻っていった。
少女は胸の高鳴りをおさえながら、短い呼吸を繰り返した。大丈夫、恐くはない。幼い頃は大キライだったけど、今は雷なんて平気だもん。こんなにドキドキしなくても平気。電車内で落雷にあっても電流は地面に流れて感電はしないはずだから。
でも。
少女はちらりと視線を動かして、右隣の少年の滑らかな鼻筋を見た。
ゆっくりとしたまばたきと、長い睫毛を見た。
胸のドキドキは収まらない。
少女は視線を落とした。
そして思った。
ああ……。
雷は煙突にではなく、いま、自分に落ちたのだ。