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野良猫の租税条約

「我輩先生が、バブル崩壊後には田中角栄の確立したシステムが通用しなくなったと言ってたでしょ」

「はい、資本主義経済がピークを迎えた後では、インフラ整備の経済効果が期待できずに、平等性とかに摩り替えられ、国民のコンセンサスが得にくい状況になったんですね」

 ラーは頭の中を整理しながら答えた。

「ところが、大義名分を失くした後も、旧利権システムに固執する政・官・財により、インフラ整備は継続されたのじゃ」

「民主主義を標榜している国で、そんな露骨な方法がまかり通ったなんて、お笑いですね」

「それを説明するには、まずバブル経済から日米構造協議までの経緯を分析する必要があるわね」

「なんですか、その協議って?」

 1990年6月28日にアメリカ大統領(共和党ブッシュ父)と内閣総理大臣(自由民主党海部俊樹)に提出された構造問題協議共同報告書のことなど、ラーが知る由もなかった。


「1985年、アメリカの貿易収支の莫大な赤字を解消するため、日・米・英・独・仏の間でドルを切り下げるための協調介入であるプラザ合意がなされた。その結果、当初の予想を遥かに上回る円高が進行し、日本では円高不況を警戒して低金利政策が採られた。それが土地や株式への投資を煽ることになり、歴史に残るバブル経済が発生した。急激な円高の影響は、思い掛けない事態も巻き起こした。アメリカの資産が日本企業に大量に買収されることになった。そこでアメリカは構造問題協議共同報告書の中で、アメリカへの投資の資金を、日本国内での内需に摩り替える作戦に出たのじゃ。中でも一番の切り札は、10年間で400兆円以上の公共投資であった。その翌年には、日本の金融機関の健全性や安全性を担保する政策の不備で、バブルが崩壊したにも拘らず、しかも田中角栄の時代のようには経済効果が見込めないにも拘らず、公共投資は実行に移された。その財源となった国債や地方債はもちろん有利子であり、今や国、地方の財政を破綻に向かわせている」


「それでアメリカは日本資本の脅威を払拭することに成功を収めたんですね。でも、現在の日本は、規制緩和を実行して、グローバル経済に乗り遅れないように頑張ってるんじゃないですか?」

「年次改革要望書について、私が説明するわ」

 ラーの発言を受けてアムが説明を始めた。


「1994年頃から毎年のように、アメリカから年次改革要望書なるものが提出されているの。内政干渉とも見れるし、期限も切られたりして高圧的なのに、日本は構造改革や規制緩和の名の下に、粛々と実行しているの。大規模小売店法の廃止、株式会社による農地保有、郵政事業の民営化、日本道路公団解散、三角合併制度の施行、建築基準法改正、労働者派遣法改正、法科大学院設置と司法試験制度変更等々、年次改革要望書の内容は、全産業における株式会社化、外資の参入障壁撤廃、実質GDPの見せ掛けの上昇と国内資本の消耗、労働者のグローバル化、資産家による三権支配などがターゲットとされているの」


「全産業が株式会社になったり、労働者のグローバル化が進むとどうなっちゃうの?」

「グローバル経済とは、言い換えれば物質経済に対する金融経済の絶対優位性の確立だから、資産家に利益が集中するのは否めない。先進国にとって労働者の賃金の低廉化を招くのは必然ね」

「だからみんな株式会社にしちゃって、資産をたくさん持った投資家に稼いでもらって、その利益を再分配してもらう訳ですね」

「利益の再分配って、ラーはどうすればいいと思う?」

「まず、最低賃金をうんと引き下げて、企業に国際競争力を与える。次にその分儲かった投資家の配当や株式売買の税金を社会保障のために使えばいいんじゃないんですか」

 それは、ラーにとっては名案に思えた。

「でも、投資の利益に掛けられる税金は安く抑えられているし、時限立法といっても資産家のための優遇措置だから…」

「力のある者に引っ張ってもらうという政治かもいることだし…」

「詭弁じゃよ」

 我輩先生がラーの意見を一蹴した。

「政治家が投資での利益に掛かる税金を高くするには、抵抗勢力は自分自身も含まれているもの。それに、税金を高くしても投資家の中には外国人も多いしね」

「どういうこと?」

「例えば、日本とアメリカの間には日米租税条約というのが締結されていて、それまでは源泉地国課税(所得の発生した国で課税する)が主だったのが、2004年には多くの部分が居住国課税(住所のある国で課税する)に改正されちゃったし」


「せめて日本の投資家の分だけでも増税しなきゃ」

「でも、ささやかな恩恵を受けているミニ投資家もいることだし、それに……ラーもファンドって知ってるよね」

「村上ファンド?」

「投資信託などの金融商品を指すんだけど、投資家から集めた資金を株式や不動産などに投資して、運用による利益を出資に応じて分配するの」

「別に、直接株式に投資すればいいじゃん」

「個人レベルじゃ、投資先の企業にプレッシャー与えられないでしょ」

「配当増やせとか言えないもんね」

「それと、さっき租税条約について話したでしょ」

「はーい」

「仮に日本の投資家がアメリカのファンドに投資して、そこが税金の掛からない国のファンドを経由して日本の株式を取得すれば、税金が免除されちゃうの」

「どうして?」

「租税条約では相手国の法律を超えて課税出来ないことになってるからよ。もちろん脱税なんだけど、いろんな国を経由されると、国税庁でも把握が困難になってしまうの」

「じゃあ、日本の労働者も後進国並みの賃金に甘んじることなく、相乗りと行きましょう!」

「ブーッ!」

 ラーの提案にアムは両前足をクロスさせながら駄目だしした。

「グローバリゼーションは国家を弱体化させるとはいえ、そんなことが可能なのはヘッジファンドくらいのものね」

「ヘッジファンドって?」

「出資者になるには、投資家の目指す利益が一致していること、信頼関係が築けること、相当の資産があることなど、厳しい条件があるの。一般の労働者なんかお呼びじゃないってことね」


「資産をたくさんもってる政治家には、道路なんてどうでもいいってこと?」

「日本のファンドもね。ちょっとした不祥事でもリストアップされやすいから、外国のファンドに出仕する方が安全でしょ。そうなると競合する日本のファンドは、目の上のたんこぶみたいなものかな」

「日本の労働者の未来は?」

「ある訳ないじゃろうて」

 我輩先生が止めを刺すように切り捨てた。

「だけど、日本人は資産家も無資産家も世界一小判に目がないんだから、同じ穴のむじなと言えるんじゃないの?」

「そうでない人だって資産家の中にも、無資産家の中にもきっといるはずよ」

 ラーは猫のくせに、何故かむきになっていた。

「だったら、子供に対する教育の力を信じるしかないのー」

 我輩先生は半ば投げやりな言い方をした。

「教育の機会均等といえば、アメリカでもフリードマンなんかが詭弁を弄してたけど、義務教育にしてみても資産家が牛耳ってるんだから、無資産家に都合の良い教育なんてあり得ないわ」

「その通りじゃ」

「そうですね…」


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