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野良猫の宇宙

「この国の人間が、パラダイムギャップから抜け出す方法ってあるんですか?」

 危惧しているような、いないような微妙な顔で、ラーがアムに問いかけた。

「方法はあるわ。でもプラトンの国家論のようなジレンマが付き纏うからね」

「国家論のようなジレンマって?」

「猫と違って人間は、必ずしも理想を実現させたい訳じゃないということ」

「将来、まだまだ新しいパラダイムが出現するの?」

「形而上学的なものが全て実証されたら終わりよ」

「形而上学的なものって?」

「私にとっての形而上学的なものといえば、最初に生まれたものね」

「わかんない」

「説明します。永遠とは?」

「時間が存在しないこと…ですよね?」

「無限とは?」

「何にも存在しないことです」

「そうね。まあ猫なら誰でも分かることだけど」

「人間は賢いから、みんな分かってるんじゃないんですか?」

「人間は、木を見て森を見ずだから」

「へえっ、そうなんですか」

「百数十億年前に生まれた宇宙は、現在でも無限というよりは寧ろ塵なの。時間のない絶対零度の真空状態が無限だということはわかるよね」

「はい」

「その絶対零度で、エントロピーすら存在しない真空状態の中に、最初に生まれた質量のない1Kか0.1K、あるいはそれ以下の熱は、カオス状態のまま時間のない永遠の中で、積算を重ね無節操に上昇して行った。やがて、絶対高温に達した熱は仕方なく質量へと相移転し、その瞬間からエネルギー保存法則による、量子コンピュータの演算が開始された。最初に生まれた微熱は、私たちが宇宙と呼んでいる塵ではなく、別の塵として固有名詞的な私たちの宇宙の外に存在している。このことは、実証されていないので、最後の形而上学だと言える。こんな話をしてると、ヴィトゲンシュタインに文句言われそうだけど」

「でも、話をする自由さはアムの方が多く獲得しているよね」

「当然じゃん。彼には口をつぐまなければならないことが山ほどあったわ。私はこの一点だけ」

「物質が意識を持つことについては、形而上学ではないんですか?」

「量子コンピュータが演算を始めたんだから、エネルギー保存法則が許せば何でも有りよ。たまたまアミノ酸が出来ちゃって、電子伝達が始まって、たまたまシアノバクテリアが出来ちゃって、必然酸素が出来ちゃって、ミトコンドリアが出来ちゃって、多細胞生物ができちゃって、電子伝達を統合するために、固定系細胞の脳が出来ちゃって、リスク回避のために性が分離して、意識の誕生よ」

「脳細胞は固定系なの?」

「欠落部分の補完はあり得るけど、再生はしない。別人格になっちゃうからじゃないかな」

「意識は遺伝するの?」

「種を保存するための意識のようなものは、本能として遺伝して、より環境に適した生命へと淘汰されて行くの。でも、この国の人間はそうではなくって、環境に適さない生命は、淘汰されず社会に隷属させられるの」

「しーん…」


「寝てんじゃないよラー!」

「寝てませんったら」

「目やに付いてるわよ」

「えっ!」

 アムに言われたラーは、慌てて両手で目の周りを撫でた。

「パラダイムについてはもういいでしょ。脱線しちゃったけど」

「はあい、じゃあ今日の授業はこれくらいってことで。IT'S SHOW TIME!」

 ラーはDVDをセットして、モニターの前に鎮座した。

「あんた、さっきまでと目の色が違うんじゃない?」

「そんなことないですよー」

 アメリカンショートヘアーのナミエちゃんのライヴが始まった。

「みなさーん、SO EMERGENCY 野良猫LIVE へようこそ」

 観客は猫だった。

 約二百匹の猫に混じって、アムとラーも「イェーイ!」と叫んでいるはずだ。

「今日は私のライヴへようこそ。2猫時間一緒に楽しみませんか?」

「イェーイ!」

 何せ猫時間なもので、ダンスナンバーが3曲終わった頃には、ライヴは佳境に突入していた。

「ふーっ。ちょっと疲れたかな…みんな楽しんでる?」

「イェーイ!」


 次の曲が始まって間もなく、ナミエちゃんが踊るのを止めた。

 場内にざわめきが起こった。

 ナミエちゃんは、たまに歌詞を飛ばしたりするが、そのライヴに限っては歌詞も振り付けも間違っているようには思えなかった。

「ちやうの、ちやうの……私は間違ってないんだけど……今、何かトラブったよね」

 ナミエちゃんは、バンドのメンバーの方に振り向いて言った。

「ちょっと待っててね」

 場内の照明が消えて、数分経過した。

「ほんとにごめんなさい。今回はビデオ撮影がはいっていたから……」

 再びステージに現れたナミエちゃんは、深々と頭を下げた。

「SO EMERGENCY 歌います」

「ふーん、トラブった部分カットしてないんだ」

 DVDを観ながら、アムがつぶやいた。

 流れ出したイントロはさっきとは全く違っていて、バスドラが激しくビートを刻んでいた。

「じゃあ、次はバラード歌います。Could you smile for me ? 聴いてください」


ありふれた一日が 終わりを告げて

着信音を待ち侘び あなたを想う

さよならの後 見ていた夕焼け

何かを言おうと していたはずね


世界中探しても 不可能なこと

優しさだけを抱えて 生きてくなんて

時に争い 時には傷付け

時には誰かに 傷付けられる


ため息の深さに 耐え切れなくても

幸せ見つける 瞳閉じないで

失敗ばかり 数えるよりも

歩こうよ Can you believe me ?


Smile for me ついて行くから

険しい道でも くじけたりしない

迷ってみるのも たまにはいいけど

Could you smile for me ?



友達に囲まれた 小さな世界

旅立つ時もみんなで 笑えるのかな 

離れていても 絆を信じる

心は弱さを 隠しているね


どんなこと諦めて 大人になった

人は孤独を抱えて 生きてくなんて

時に悩んで 時には不安で

時には自分を 傷付けている


躓いて転んで 泥にまみれても

あなたの隣に 私がいるから

悔しい気持ち 誤魔化さないで

叫ぼうよ Can you believe me ?


Smile for me ついて行くから

険しい道でも くじけたりしない

止まってみるのも たまにはいいけど

Could you smile for me ?


「ニャオーン!」

一階から猫の声がした。

「あっ、我輩さんだニャオー!」


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