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本当に欲しかった甘いものとは

「さて……、あなたはどうしようかしら。他の魔女に先を越されてしまうのなら、今食べてしまいたいけど、ちょっと勿体ない気もするし」

カツコツとヒールを鳴らしながら、黒の魔女は優人に近付く。



何故、黒の魔女が『穂香』として優人の近くから監視するようになったのか。その理由は、優人がたぐいまれなる魔力の持ち主だったからだ。



もちろん、人間の中でという範囲内ではあるけれど、それでも魔女は『魔力=美味しいもの』という事を本能的に知っている。優人を一目見た時からその魔力の高さに気づいた黒の魔女は、魔力が最大となる20歳まで、誰にも取られないよう監視していたのだ。

まるで、お気に入りのチョコレートを誰にも取られないようにする子供のように。




「ねぇ、どっちがいいと思う?」

優人の頬に白魚のような綺麗な手を滑らせて、黒の魔女は笑った。答えはもう決まっている。こんなことがあったのだ、誰かに取られる前に、少しばかり未熟なままでも、今食べてしまおう。

そう思って、黒の魔女は腰を折って優人に顔を近づけた。端からみれば、恋人にキスをするように見えただろう。

あと数センチで、唇が重なるという時、優人の唇が、動いた。



「穂香、なのか……?」

「……あら、気づいちゃった?」

雰囲気は違えど、穂香の顔と黒の魔女の顔の造形は一緒だ。気がつかないと思ったけど、流石シスコンね、と黒の魔女は心の中でせせら笑った。

そんなこと、今さらどうだっていい。優人を食べてしまえば、黒の魔女はさっさとあの家から出ていくつもりだった。

優人を食べてしまえば、もう『穂香』を演じる必要は無いのだから。




「ふふ、大好きな妹に、なにか言い残したことはある?」

最後の言葉を聞こうとして、黒の魔女は気まぐれでそんな事を言ってみた。

すると優人は、今まで呆然としていた顔を綻ばせた。それは、酷く美しい顔だった。





「愛してる、穂香」

そう言った。





「……はぁ?」

思わず、黒の魔女は優人から離れた。言われた意味が分からなかった。何故、自分を食べようとしている相手に、愛の言葉を囁くのか。

いぶかしる黒の魔女の事など意にもせず、優人は嬉しそうに笑いながら、穂香の手を取った。その姿は、まるでプロポーズをするかのようだった。




「ずっとずっと、穂香の事が好きだった。初めて会った時から、ずっと。穂香が魔女だって知って流石に驚いたけど、穂香にだったら食べられてもいい」

「…………」

「愛しているよ、穂香。食べられるなら、穂香がいい。いや、穂香にしか食べられたくない」

「…………」





最高の食事は、なんだろう。

全て全てが最高級で出来て、食材が感謝してくれる。『食べてくれてありがとう。愛してる』 と、甘い言葉を吐いてくれれば、全てが甘くなる。全てが、完璧なフルコース。

それを妄想していたのは黒の魔女本人であったし、現実にもそうなったらなと思っていたのも事実だ。

そして今、今までずっと欠けていた、『甘い言葉』を手にいれた。自身を差し出して、微笑む食材を。



なのに、何故だろう。

食べたいとは、思わなかった。




「……止めた」

くるりと、黒の魔女が踵を返す。するとすぐに空間が揺らいで、二人は黒木高校の裏門へと移動した。辺りは人気は無いものの、遠くからサイレンの音が聞こえた。警察や救急車が来ているのだろう。穂香はぼんやりとそんなことを思った。




「穂香……?」

「あなたを食べるのは、もう少しあとにするわ」

それだけ言って、穂香の姿は闇に包まれ消えた。










結論から言えば、黒の魔女はまだ穂香としての生活を続けていた。



「ねぇ、黒木高校魔女狩り事件さ、あれ、魔女たちの縄張り争いが原因らしいよ」

「まじ?でも、目撃者の話だとたくさんの魔女が現れたっていうから、そうなのかも」

「そうそう!生存者の生徒が言ってた!暴れまわる魔女たちを、一人の魔女が全員殺しちゃったって話!」

「『夕闇の魔女』でしょ?その人が、魔女を統一してるって話も…………」

(そんなわけないじゃない、ばっかみたい)

連日テレビから流れる様々な憶測は、暇な高校生たちに大きな刺激となっているようだ。そんな同級生の姿を、穂香は内心呆れながら見つめていた。



『黒木高校魔女狩り事件』と名付けられた今回の件では、『魔女専門家』とかいう胡散臭い人たちがその原因について熱弁してくれた。

曰く、魔女たちの縄張り争いが起き抗争となったところに、魔女の統括者である『夕闇の魔女』が現れ、人間を大量に殺した罪深い魔女たちを処刑し、死をもって償わせた、ということになっているらしい。

事実は勿論違う。

魔女は縄張り争いなんかしないし、穂香は統括者でもない。『夕闇の魔女』なんていう名前でもない。

でも、それを声を荒げて訂正をする気も穂香にはない。そのため、ますますメディアや専門家気取りの変人たちが助長して、『夕闇の魔女』は理解ある魔女だとか適当な事を抜かしている。

すっかり、世間の中では、『夕闇の魔女』は魔女を殺してくれた女神と化していた。




そんな世間話に興味の無い穂香は、放課後が来たらさっさと校舎を後にする。さぁ、今日はどんな料理が食べられるのかと楽しく想像していたのだが、校門に立っている人物を見つけて渋面を作る。



「……お兄ちゃん」

「穂香!」

嬉しそうに穂香に駆け寄る優人は、制服姿だった。恐らく学校からそのままこちらに来たのだろう。するりと然り気無く穂香の手に指を絡めた優人は、満面の笑みを浮かべた。



「穂香、一緒に帰ろう。魔女が出たら危ないからね」

「…………」

その危ない魔女とやらが穂香だということを知っているというのに……、と穂香は呆れる。どう考えたって、魔女狩りを口実に使っているだけだ。



あの事件から、優人の過保護は更に強くなった。

常に穂香と行動を共にしたがり、二人きりになれば愛の言葉を囁くようになった。面倒臭くなって食べる素振りを見せても、恍惚とした表情に変わりはない。どうも、最近は優人に振り回されている気がする穂香である。




「……お兄ちゃん」

「二人きりの時は優人でしょ、穂香。なに、どうしたの?」

「……なんで、そんなに私の事が好きなの。なんで、私に食べられたいの」

それが、穂香にとっての最大の疑問だった。

捕食者である穂香が、何故恐ろしく感じないのか。夕暮れの道を歩きながら、横に並ぶ優人を見上げた。優人の横顔は、ただただ綺麗で、穏やかだった。




「なんで食べられたいのかって、それは穂香が好きだからだよ。愛しい穂香が俺を望んでくれてる。それだけで俺は十分嬉しい。しかも、俺を特別視してくれる」

「それは、魔力が多いから……」

「だとしても、嬉しいよ。俺は穂香の為ならなんだって出来る。穂香に食べられたら、穂香の血肉となって、体の中にずっといられる。それは、俺にとっては凄く魅力的に感じる」

「……」

こいつ、狂ってるんじゃないだろうか。穂香は、その言葉を寸での所で飲み込んだ。人間からしてみれば、人間を食べる穂香も十分に狂っているのだから、人の事は言えなかった。



「穂香、今日の御飯はなにがいい?」

「……なんでもいいわ」

「穂香の好きなものにしようよ」

「じゃあ、髪の毛と目玉のカルパッチョ」

「俺の?目玉は二つしかないけど、足りるかな」

「……冗談よ」

うんざりしながも、穂香は揚々なく会話を続ける。




内心辟易しつつ、それでも、この手に絡まる綺麗な指を、離したくないと思う仄かで淡い感情は、食欲とはまた違う感情のような気がした。




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