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晩餐

最高の食事って、なんだろう。

最高の品種、最高の餌、最高の調理法、最高の料理人。

そうして、その食材から、『食べてくれてありがとう』って感謝されながら食べれたら、最高だと思う。




「ねぇ、一昨年ここを卒業したセンパイ、『魔女狩り』に遭ったんだって!」

「えーうそ!」

「ほんとだよ!近くの浅木公園あるでしょ?そこに『魔女狩り』の印が残ってて、センパイを含む4人の血痕が……」

(みんな、この話題で持ちきりね)

高校二年生になる上条穂香は、自分の席に座りながらそう思った。怖がっているのにどこか興奮気味に喋る彼らは、穂香からすれば酷く滑稽に見えた。まるで、そのセンパイが『魔女狩り』に遭ったことを喜んでいるかのようで。




この科学にまみれた現代社会において、未だに『魔女』と呼ばれる存在がいる。

科学では証明できない不思議な魔法を使い、人を喰う存在の総称。なぜ魔女なのかというと、目撃談から魔法を使い人を食べる者が全員女だからである。

そして、『魔女狩り』とは、今では魔女が人間に狩られる事ではなく、魔女が人間を狩って食することを言っている。

滅多に目撃されることのない魔女は、生きる都市伝説として、人々の噂の種となっていた。



「ねぇ穂香、穂香も知ってる?昨日起きた、『魔女狩り』のこと!」

クラスメートが嬉しそうに穂香に話題を振った。知っているにもなにも、今日のニュースや新聞はその『魔女狩り』で持ちきりだし、警察が公園付近をうろうろしていたから、この付近に住む住人が知らないわけがない。それでも話題を提供してくるのは、きっとこの事件を共有して恐怖を紛らせるためなのだろう。

穂香はその質問に、笑って頷いた。




知っているもなにも、その『魔女狩り』をした『魔女』は穂香なのだから、知らないはずがなかった。









穂香は、生粋の魔女だ。仲間内では『黒の魔女』と呼ばれている。

もう随分と長い時間を生きている古参であり、始祖に近い存在として魔女の中でも恐れられている。

そんな彼女が若返りをした、7歳の時。養子として上条家に入り込んだ穂香は、普通の女子高生として表では生活していた。

結局、その日一日は皆『魔女狩り』への噂ばかりで、しかも臨時会議が入って一時間目が自習となって退屈な日であった。部活動に参加していない穂香は、いつも寄り道せずに家に帰る。



「ただいま」

「おかえり、穂香」

誰もいないだろうと見越して、家の玄関の扉を開ける。も、奥から聞こえてきた声に、思わず舌打ちしたくなった。それを寸での所で飲み込んで、無理矢理笑顔を作る。




「お兄ちゃん、先帰ってきてたの?」

「ああ。『魔女狩り』があったから、部活無くなって」

そう言って笑うのは、一条優人という青年で、穂香の義理の兄だ。

穂香とは違う学校、黒木高校に通う三年生の優人は、背も高く容姿も良い。名前のように優しい性格である優人だが、穂香は彼を苦手としていた。




「穂香、あんな危ない事件があったんだから、今日はもう家から出ちゃだめだから。俺と一緒にいようね」

「うん、分かってるよお兄ちゃん」

いちいち過保護になる兄を笑ってやり過ごす。優しいには優しいが、穂香に向けるそれは度を過ぎているような気がしてならない。外出時間は勿論のこと、学校のこと、友達のことまで逐一報告しないと優人は気が済まず、穂香を解放してくれないのだ。

シスコンという言葉で済ませるほどの生ぬるさではない。




「穂香、今日は学校でどんなことがあった?イヤな思いしなかったか?」

自分の部屋に帰ろうとする穂香の手を取り、リビングのソファに座らせる優人。体を密着させて穂香の髪を触る優人に、穂香は心底うんざりさせられる。

だが、穂香はそれを表には出さない。



「今日は、一時間目が自習になって……」

何故なら、穂香は優人をいずれ食べようと思っているからだ。その為にこの家に養子として入ったのだ。今の内に逃げられでもしたら、たまったものではない。

穂香は今日も、ただの女子高生として優人の前で振る舞った。彼をどう料理して食べようか想像しなから。







「……疲れた」

結局、優人の気が済むまで話をしていたら二時間も経過してしまっていた。それから義理の母親が作ってくれた料理を食べてしまえば、あっという間に8時を過ぎてしまった。

穂香はセーラー服のリボンを緩めつつ、自室の扉を開けた。



穂香の部屋は、女子高生というには、些か簡素な部屋だった。

まず、物が少ない。必要最低限の品物しかなく、色合いも青と白の統計のものばかりで、男性の部屋と言われても違和感がないような部屋だ。

穂香が、鞄をベッドの上に投げ捨てる。すると、部屋の景色ががらりと変わった。



6畳ほどしかなかった部屋は、体育館ほどの広さになり、色合いも黒と赤、黄色という派手なものに代わる。置いてあった家具は消え去り、そこらじゅうに黒いうさぎが現れ、穂香の姿も様変わりした。

眼鏡は無くなり、三つ編みのおさげはほどけ、セーラー服は黒いパーティードレスに変わる。本来の姿に戻った穂香は、現れた豪華なソファにゆったりと座った。彼女の瞳は毒々しい赤に染まっていた。



「我が主」

大人の男性ほどもあるウサギが穂香に近づいた。人形のように二本足で立ち上がり、燕尾服に身を包むそのウサギは穂香に丁寧にお辞儀した。



「お食事の方は」

「食べるわ。用意して」

「かしこまりました」

チリリン、とウサギがベルを鳴らす。穂香の目の前にセンスの良い黒いアンティークの丸テーブルが降って現れ、銀のフォークやナイフが並べられる。




「前菜として、目玉とモッツァレラチーズのカプレーゼを」

静かに置かれた小さな皿には、スライスされた目玉とモッツァレラチーズを交互に並べられたカプレーゼが盛り付けられていた。白く白濁した目玉とモッツァレラチーズの上には色鮮やかな赤いソースがかけられており、バジルが添えられている。

穂香はナイフとフォークを掴み、目玉とモッツァレラチーズを刺して口に含む。それはそれは優雅で上品な食べ方で、どこかの貴族令嬢のようだった。



「次に、右指のスティック、人肉ディップソースを添えて」

もう一つ置かれたのは、可愛らしく盛り付けられた人間の指だった。近くに置かれた小鉢には、トロリとした半固形の血肉が盛られている。

切り分けられた指に血肉をつけて口に入れた穂香は、嬉しそうに笑った。




「女子中学生の指?」

「流石で御座います、我が主」

誰の指か言い当てた穂香は、それからも食事を続けていく。

水死体のポタージュ、赤子のほほ肉の刺身、老人の心臓の香草焼きなどが続いていき、穂香はそれらをあくまでも優雅にペロリと平らげていく。

そうして穂香にとって至福の時間を過ごしていると、突然目の前に扉が降ってきた。

騒々しい音を立てて降ってきた木製の扉が、地面に着地した。垂直のまま立つ扉が、ゆっくり開く。そこにいる人物を見て、穂香は片眉をつり上げた。




「珍しいわね、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわよ!」

現れたのは、三人の女性。

小学生、中学生、そして20歳代の彼女たちは、皆奇抜なドレスに身を包んでいた。知り合いではないが、魔女であることは分かる。

一体何の用なのかと首を傾げる穂香を、先頭に立つ中学生が睨み付けた。




「あんたでしょ、今回四人も人間を喰ったのは!」

「だからなに?今だって私、食事中なのだけれど」

「じゃあなんであんな風にわざと散らかしたの!!あれじゃあ『魔女狩りしました捕まえて下さい』って言っているようなもんじゃない!」

それもそうね、と穂香は脳髄のソルベを口に含みながら考えた。久しぶりの外の食事だからと、ついつい楽しんでしまって、だいぶ散らかしてしまったのだ。血肉やボロボロの衣服が公園の中に散らばり、さぞかし烏どもで賑わっていたことだろう。




「でもいいじゃない、ちょっとしたパフォーマンスよ」

「そのパフォーマンスのせいで、誰が人間たちに殺されると思ってるの!あんたじゃない、私たちなのよ!?」

「……あなた、いつからこの私に向かってそんな口叩けるようになったのかしら」

穂香の目が眇られる。瞬間、回りにいたウサギたちがナイフを構えて三人を威嚇した。キィキィと喚いていた少女が、冷や汗を浮かべて固まった。




「私を誰だと思っているの?黒の魔女よ。あなたたちのように、『色』を名前に持てないような輩に指図されて黙っていられるほど、私って寛大じゃないのよ」

「っ……、で、でも!」

「これ以上あなたたちの話を聞くことはないわ。消えなさい」

穂香が指を鳴らす。すると、彼女たちの足場が崩れた。その下にはぽっかりと闇が広がっており、三人と扉は闇へと消えた。床は邪魔者を落とした後またすぐに元に戻り、穂香の空間に平穏が訪れる。



「食事中くらい、ゆっくりさせて欲しいものだわ」

ピンクがかったクリーム色のソルベに、真っ赤な血をかけて食べる穂香は、煩わしげにため息をついた。



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