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外食

夜の3時。

薄暗い公園。いつもはこの時間帯、人っ子一人いないはずなのだが、今夜は違った。まず、一人の眼鏡をかけた女子高生。そして、20歳代の男が4人、女子高生を囲むようにして立っていた。



「え、真面目ちゃんかよ」

「いーじゃん、そこそこカワイーし」

「本当にヤっていいのかよ、潤」

潤、と呼ばれた男は、もちろんですと答えた。彼に連れられてこの場所に来た女子高生は、震えながら潤を見上げた。




「潤君、なにこれ、どういうことなの……?」

掠れがかった声は、明らかに怯えを含んでいた。

今時珍しい、セーラー服を学校の規則通りにぴっちりと着こなしているその女子高生は、はたから見ればこんな輩と釣るんでいそうには見えない、真面目そうな子であった。



「べつに。先輩たち、レイプしてみたいって言ってたから、お前とかいいんじゃないかなって思って連れてきただけ」

「…………」

女子高生は、言葉を無くして棒立ちになった。

血の気を無くした女子高生の腕を、男たちが引っ張る。



「やっぱ、やるなら野外っしょ。てかスタイルいいし、眼鏡かけててもそれなりに可愛いね」

「てか今時こんな子いるんだ。眼鏡に三編みのおさげとか、ウケる」

「さっさとやることやろうや」

「潤、押さえてろよ」

「はい」

抵抗しない女子高生の服に手をかけていく男たち。そうして下着がセーラー服の間から垣間見えた時、クスクスと、女子高生が可愛らしく笑った。まるで、恋人と静かに笑いあっているような、軽やかで、幸せそうな笑い方だった。




「……あ?なんだこいつ」

「怖くていかれちゃった?」

いぶかしる男たちの下で、女子高生は笑う。そして、ニヤリと笑って見上げた。



「なぁんだ。私、勘違いして、潤君が私のこと好きなのかと思った」

その声に、自虐の色は見えない。ただ単に、勘違いしてしまったことを恥ずかしいと思っているような声だった。



「うふふ、でも、いいの。私、彼に使われるっていうシチュエーションも好きよ」

風が、止む。近くにあった街灯が不気味に点滅した。そのせいか、辺りがさっきよりももっと暗くなったような気がして、男たちの背筋がぞくりと粟立った。



「……な、なんだこいつ、気味わりぃ」

「殴って黙らせるか」

恐怖を紛らすために、拳を振り上げる。がつり、女子高生の頬に当たって、その小さく可憐な唇から血が溢れた。

それでも、恐怖は紛れることがない。



「ねぇ、あたし甘いものが好きなの」

脈絡のない話だった。だけど、なぜかその言葉の続きを聞いてはいけないような気がした。本能が、この女子高生から離れろと叫ぶ。だけど、自分達の影に包まれた脚は、まるで泥沼に足を突っ込んだように動く気配を見せない。



「潤君だったら、見た目も綺麗だし、私のこと好きなら、その体とか、特に目とか、砂糖菓子のように甘いんじゃないかなって、思って」

女子高生が、笑った。

その目は、真っ赤に染まっていた。



「う、うわああああ!」

「この女やべえよ!『魔女』だ!」

「『魔女狩り』だぁやべぇっ!」

一斉に、男たちが女子高生から離れた。ゆっくり立ち上がった女子高生は、小さく『逃がさない』と呟く。すると、近くにあった全ての街灯が、甲高い音を立てて割れた。それはまるで、子供の悲鳴のようだった。



「さぁ、今から楽しいお食事ね」

暗闇に包まれた公園に、闇よりも更に暗い影が走る。潤と呼ばれている男を中心に、燃え盛る炎のように男たちの逃げ場を無くす。



「なんだよこれ!!ふざけんなよ!!」

「じゅ、潤てめぇなんとかしろよ!!」

「む、ムリですよ!」

「だめよ、逃げちゃ」

女子高生が、眼鏡を外す。三編みにされた髪が勝手にほどけて、脱がされかけたセーラー服が消え、変わりに真っ黒なパーティードレスに代わる。爛々と光る目だけが、暗闇の中に見える唯一の光だった。




「今から晩餐なの。さ、潤君、テーブルに登って?私ね、甘いものがだぁいすきなのっ!!!!」




地面すらも影に染まり、そして上へと上がっていく。男たちはすり抜けて、潤と女子高生だけが影の上にいるまま登っていく。それはまるで、ステージが上がっていくように。

ある程度の高さで止まったその影は、中心に棒がついていて、まるで大きな丸いテーブルのようだった。テーブルの縁には子供くらいの大きさのウサギの人形の形をした影が並び、その手にはナイフとフォークを持っていた。まるで、お伽の国に迷いこんだかのようだだた。



「いやだ、いやだいやだいやだ!!」

「ああ、やっぱり潤君、とっても美味しそう」

パニックを起こし暴れる潤に近寄った女子高生は、にっこりと恍惚の表情を見せる。ゆっくり近づいた女子高生は、潤の右手の小指をへし折り、無理矢理引きちぎった。絶叫が木霊した。

その声をBGMに、女子高生は引きちぎった潤の小指を口に含む。頬に手を当て、まるでチョコでも口にいれたかのように嬉しそうに笑った。




「ああ、やっぱり美味しい。美味しいわ潤君。こんなに美味しいなんて……、病みつきになっちゃうかも。ゆっくりゆっくり、味わってあげるわね?」

「ぎゃああああああああ!!」

「ああ、そうだ。お仲間さんを使って、潤君を綺麗に盛り付けてあげるわね。見た目も綺麗じゃなきゃ、あなたに申し訳ないもの」

パチリと女子高生が指を鳴らす。するとすぐに、他の男たちが宙を舞って現れた。

絶叫を上げるも、クルクルと潤と女子高生の上を回る男たち。メリーゴーランドみたいねと、女子高生が言った。



「メインディッシュの潤君を飾るのは何がいいと思う?」

「あ、あ……」

男たちが宙を舞う姿を、潤は呆然としたまま見つめた。ウサギたちが、ナイフとフォークを地面に叩きつけて鳴らす。規則的な音だった。

その中に、女子高生が指を鳴らす音が混じった。パチンと軽やかな音と共に、ウサギが、空を飛ぶ男たちに向かってナイフとフォークを投げる。

それらは男たちに突き刺さり、バラバラにしていった。




「苺のソースに」

動けないでいる潤に、どす黒い血が降り注ぐ。

「特性のムース」

ドロドロとした、何だったのか分からない物。

「美味しい果肉」

女子高生は嬉しそうに肉塊を浴びる潤を見た。

「飾り付けして」

腸が、脳が、胃が、目が。潤を盛り付けていく。



「デキアガリ」

そこには、座り込んだまま、三人の死体を浴びて固まる『メインディッシュ』の姿があった。

腸で周囲を丸く縁取られ、目玉や頭はその円の上に等間隔を開けて並べられる。ぐずぐずになって最早どこの部位だったか分からない肉は円と潤との境に満遍なく敷かれ、足や手がその中に浮かんでいた。




「ああ、スッゴク甘い匂い。クラクラしちゃう」

嬉しそうな女子高生は、動けないでいる潤の前に座り込む。その手には、黒く濁った銀のナイフとフォークがあった。



「私ね、潤君のこと結構好きだったの。だから、こうして綺麗に盛り付けて、美味しく頂けちゃうなんて、とっても幸せ」

「…………」

「ねぇ、私、甘いものが大好きなの」

「…………」

「とってもとっても甘そうな潤君。好きよ?」




それが、食事の合図だった。




女子高生の持っていたナイフとフォークが、潤を食べやすく切っていく。他の男たちの血肉を絡めて、口に含む。多福感が心を支配する。手や足、末梢部位から、少しずつ、少しずつ。だって、一気に食べたら味わえない。その泣き叫ぶ声をずうっと聞きながら味わいたいから、その喉と口は一番最後。少し固くて、でも柔らかで、歯応えがあって、とてもとても、アマイ。狂ってしまいそうなほど、甘くて甘くて、癖になってしまう。満面の笑みで食んでいく。これで、愛の言葉を囁かれたらもっといいんだけど。残念。





「潤君、ゴチソウサマ」

最後に、その唇にキスを落として噛み千切る。

ああ、これだから甘いものは止められない。



魔女である彼女は、こうして4人の人間を食べ尽くした。

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