悩みは湯船で語らい、盗賊は押し寄せる (1)
近くのファミレスで安いランチを食べた後、そのまま帰路についた。
俺が住んでいるのは、駅から五キロほど離れた小さな一軒家だ。昔は親類が住んでいたらしいが、今は誰も住んでおらず、管理者から格安で借りている。
小さいとはいえ田舎の一軒家である。それなりに広い。高校生一人が使うには広すぎるため、もっぱら離れの方の八畳一間を使用している。
「あー疲れたー」
「そりゃお前、あれだけ歩き回れば疲れもする。連れ回された俺の方の身にもなれ」
家に戻るまでの三時間の間に「あれは何?」「あそこに行ってみたい!」と興味深そうに動き回るキイに振り回されたのだった。
不本意ではあるが、ちょっとした観光案内になってしまったのは否めない。
「良いじゃん。楽しかったし」
楽しかったのはお前だけだがな。溜息をつきつつヤカンを火にかける。
キイは畳の上に寝転がると、ご満悦な表情で足をばたつかせた。
「ちょっとー。折角こんな可愛い女の子が一緒にいるのに、そんな顔してたらダメでしょー。もっとこう、楽しそーな雰囲気を出さないと」
「何で自分の家に居て、俺が気を使わなきゃならんだ。しかもお前のようなビッチと休日を過ごすという苦行をこなした上で」
「うっわー……信じらんない。お姉ちゃんが聞いたら説教もんだよ、それ」
「知るか。というか姉妹いるんだな」
「え、あ、う、うん……」
急に歯切れが悪くなった。何だ? 自分から振った割にあまり話したくないのか?
お湯が沸騰したので火を止める。急須にお茶の葉を入れ、キイが寝転がる横のちゃぶ台に移動する。
「ほらお茶」
「あ、ありがと」
彼女はホッとした様子で、ちゃぶ台に置かれた湯呑みを手にした。
口をつけると、ちょっと意外そうに俺を見る。
「ん、何だ。もしかしてお茶はあんま好きじゃないのか?」
「あ、違う。熱そうだなーって思ったけど、温くて飲みやすかったから」
「ちょっと温くしておいた。お前猫舌だろ?」
昼間ランチを頼んだ際に、彼女がスープに手を付けたのは最後だった。
「……へぇー。女の子の事、ちゃんと見てるんだね」
「あん? 何か言ったか?」
「別にー。千秋はやっぱりなーって思っただけ!」
何がやっぱりなのかさっぱり分からない。満足そうにお茶を飲むキイを見て、俺は首を傾げた。
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台所で洗い物を済ませた後、明日以降の行動について考えを巡らせる。
今ある手持ちにあるカード――サイン入りイラスト色紙――をどう使えば、一番金になるか。
手っ取り早いのは専門業者に買い取ってもらう、或いはネットオークションに流す事だろう。
スマホで検索すると大手オークションのサイトが表示される。有名な作家であれば10万近くで取引されているようだ。
10万といえば高校生にとっては十分な大金だが、如何せん『1000万』という目標値を考慮すると雀の涙でしかない。
いい案は浮かばなかった。
古びた掛け時計を見ると、七時を過ぎたところだ。俺は立ち上がって背伸びする。
「どうしたの?」
「風呂に入んよ。リフレッシュして考える」
「あ、じゃあじゃああたしが先ね」
キイは金髪を後ろで纏めながら立ち上がった。
「……んん?」
「何? 先に入っちゃダメ?」
「スマン。もっかい言ってくれ?」
「あたしが先にお風呂に入っていい?」
「何で風呂に入るの?」
「え、だって今日ここに泊まるから」
数瞬呆けた後、
「っておいぃぃ⁉ 何言ってんだ⁉」
トンデモナイ発言に俺は叫んだ。
「え、だって男の人の後に入るお風呂ってちょっと……」
「それは問題じゃねえ! いやそこも大分アレだが!」
「じゃあどこよ」
「泊まるってどういう意味なんです⁉」
思わず敬語になる。
「……千秋、日本語分る? もしかして不自由?」
「俺は純正の日本人です。このバカ宇宙人」
「じゃ、お風呂入れて来るー」
「まて」
母屋に歩き出そうとしたキイの肩を掴む。
「何よ」
「帰れ」
「何処に?」
「自分の家にだ」
「何言ってんのある訳ないじゃん。だって寝泊まりする宇宙船はここにあるんだよ?」
俺の胸を指でぐりぐりと刺す。
「本当だったら宇宙船で衣食住は事足りるのに。あたしが困ってるのは千秋のせいだからね」
「んな……! じゃあ昨日は何処に泊まってたんだよ」
「駅前のホテルだよ」
「だったら今日もそこへ行け。ここには泊めんぞ」
「それは無理よ」
「何でだよ」
「だってもうお金ないもん」
俺は別に女嫌いという訳ではない。女難に会う確率が異常に高いだけの、普通の男子高校生なのだ。
そして男子高校生というのはよく暴走する。
無論、理性というブレーキを積んではいるが、もし隣で女の子が寝ていればうっかり壊れてしまう可能性は……ないとは言い切れない。
「そういう訳で。今日からよろしく。あ、お風呂はあたしが先に入るルールね」
しかし全く気にした様子もなく、少女はウィンクして顔を綻ばせた。