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生きるための条件

「わー……。でっかい家」


 大きな和風の門を見上げたキイが感想を漏らす。

 リユースコマンドとやらを使ってもらうよう交渉するためにやってきたのは、地元で有名な鎌足(かまたり)家だった。

 鎌足家は江戸時代初期からこの辺り一帯を治めていたらしく、その歴史を辿ると鎌倉時代まで遡る……所謂名家だ。

 名家が宇宙人の家だった事に驚くが、成程、未知の技術を持って栄華してきたのなら納得もいく。


 門扉にインターフォンはなく備え付けられた金具がある。それを何度か叩いてみる。

 程なくして柔和な表情の老女が出迎え、俺たちを中へ案内してくれた。古風な屋敷はちょっとした学校程の敷地があり、長い廊下に幾つもの襖が並んでいる。

 五分程歩くと、老女は鹿威(ししおど)しがある庭の前の一室で立ち止まった。


「奥様は今少し気が立っております故、その点配慮されるとよろしいかと」


 小声で囁いた微笑を浮かべ、老女は一礼すると静かに立ち去っていった。


 俺は老女の気遣いに頭を下げ、ゆっくりと(ふすま)に手を掛けた。


    **********


「それで、ワタシに用ってのは」


 座敷に座っていた女性――鎌足利聞(かまたりりぶん)――は俺たちを一瞥した。

 歳は四十台半ばだろうか。和装に身を包んでおり、艶がある黒髪は古風な女性像そのまま。まず美人と言ってもいい。

 だが不思議なのはその雰囲気だ。

 年相応の落ち着きがあるにも関わらず、ある意味で二十歳の女性が持つ若々しさも兼ね備えている。日本人離れした蠱惑的で不思議な雰囲気を持った女性だった。


 俺、それから隣に座るキイへ。彼女は目を細めて順番に視線を送る。細く鋭い目は、一瞬蛇にでも睨まれたかのようだった。

 キイはそれを全く意に介した様子もなく、用件を切り出す。


「えーっと、こっちに送って欲しいモノがあるんですけどー」

「……送って欲しい、とは? 一体何のことか意図を測りかねるが」


 やや低めの声で利聞(りぶん)は問い返した。


「リユースコマンドを使ってほしいってことです」

「……ほう」

「登録情報を調べたんですけど、この地域でライセンスを持っているのはアナタだけですよね」

「ふむ。どうやらそっちの小娘は地球人、ではないな」

「そーですけど、それは別にどうでもいいんじゃ」

「態度がデカい小娘だ」


 うっすらと冷たい笑みを浮かべる。


「まあいい。で、金は持ってきてるんだろうね?」

「いいえ。だからタダでやって欲しいんです」

「……はあ?」


 ポカンとした利聞だったが、すぐに口の端を上げた。


「ワタシは馬鹿と口が減らない女は嫌いだよ。ついでに見た目だけで中身が伴わないのもね。最もこっちは男女共通だけど」

「えーっと、それってあたしがバカってことですか?」

「それ以外に聞こえたかね」

「……この年増」

「おい。口を慎め小娘。ワタシは株で失敗して苛立ってるんだからな」


 女主人が和服の裾を振ると、キイの頭がまるで何かに押さえつけられたか(・・・・・・)のように下がった。


「あうぅ……」

「おいっ!」


 何が起こったかは分からないが、少なくとも彼女が何かをしたのは確かだった。

 慌てて俺が間に割って入ると、利聞に睨みつけられる。


「あんた、コイツの彼氏かい?」

「違います。むしろ正解に一ミリも掠めてないくらい間違ってます」

「ふうん」


 暫く俺を見ていた利聞は、脇に置かれていたキセルを手にし火をつけた。いつの間にかキイに向けられた不思議な力は無くなっている。


「おい小娘」

「何ですか」


 頭をさすりながら頬を膨らませたキイが答える。


「アンタは気軽にタダって言ったがね。リユースコマンドがどんなものか知ってるのかい?」

「当たり前だし。これでも高等科学専の単位取ってるし」


 胸を反ると服の上からでも分る大き目な双丘が強調された。


「リユースコマンドは第三種分野の個人能力。その効果は多岐にわたり、特に再構築の能力「リユースコマンド」は特殊な輸送に欠かせず、コマンド学において高レベルに分類される事が多い」

「そうだ。そしてワタシのコマンドレベルは、軍事レベルでも使用可能な第Ⅱ群ライセンス。そして地球においてこの能力を保持しているワタシだけ」


 利聞は脇に置いてあった煙管を手に取り火をつけた。


「つまり客は幾らでもいるってこった。何でタダで何かやる必要があるんだ。バカといったのは、状況をちゃんと飲み込めているのかという意味を込めたのさ」

「う……」

「そもそも幾ら掛かるか知ってるのか? 距離や質量にもよるが基本料は一千万だぞ」

「……価格はネットで調べて知ってるし」

「なら結構」


 利聞は余裕のある表情で笑った。


「ま、一応聞いてやるが何を転送したいんだ?」

「えっと宝石」

「ふむ。それなら質量は問題ない。転送元は?」

「アラハムター星雲の第三皇惑星群のマリード星」

「アラハムター星雲⁉ っておいおい、それは流石に遠すぎる。コマンド量が多すぎてむしろ追加料金が発生する距離だ。まけて一千万だね、そりゃ」


 雲行きが怪しそうになったので、俺は慌てて割って入る。


「すみません。そこを何とかして貰えませんか。彼女の宝石が無いと、俺がちょっと困った事になるんです」

「あん? 困った事?」


 俺はキイの宇宙船が体内に入っている事。

 婚約を破棄しないとそれが爆発する事。

 それらを手短に事情を説明する。

 説明を終えた後、利聞は高らかに笑い始めた。


「ははっ! そうかそうか。そこのお嬢ちゃんはマリード王家の血筋なのだな。成程、言われてみればあの女の面影がある」

「母を知っているの?」

「昔の知り合いさ」

「あ、もしかして何か因縁があってそれで吹っかけてるんじゃないでしょうね⁉」


 利聞はじっとキイを見据えた。


「バカ言いなさんな。苦汁を舐めさせられたのは事実だが、今は何とも思っちゃいない。ワタシはビジネスに関しちゃ私情を挟まないよ」


 しかし未だに古いしきたりに囚われているとは不憫な一族よの。

 そう言って、大きく吐いた紫煙をキイの顔に吹きかけた。咳をしそうになるのを堪えるキイ。

 利聞は――何か下らない事を思いついたかのように――ニヤリと口の端を上げた。


「だがそうだな。条件次第ではタダでやってやらなくもない」

「え、ほんと⁉」

「ああ」

「その条件てのは?」


 身を乗り出した俺の方を見て、利聞は煙管の先を向けた。


「お前、名前は」

「俺? 姫橘千秋ですが……」

「そうか。では千秋よ。ワタシの愛人にならんか。愛人になればタダでリユースコマンドを使ってやろう」

「はい?」「は?」


 異口同音が俺とキイ、二人の口をついて出た。


「別に悪くない取引だ。お前は助かりそこのお嬢ちゃんは新しい恋人を探せる。そしてワタシは若い身体で遊ぶことが出来る。三者三得じゃないか」


 利聞は俺を見て目を細めた。蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は若々しく――健康的な男子なら迷うことなく飛びつくような――二十代のお姉さんにしか見えない。

 ごくりと唾を飲む。

 そもそも一千万円を手にする道のりは遠い。いや道があるかすら分からないのだ。ならばこの条件に乗った方が遥かに早い。

 何せ少し体を張るだけでいいのだから――――。

 俺は姿勢を正して彼女に視線を向け、


「お断りします」


 そして丁寧に拒絶した。


「ほう……拒否するとは意外だ。このままでは死を待つだけなのだろう?」

「まだその道を歩くと決まった訳じゃありませんし。あ、あと他人の思惑通りに動くのは性に合わないです」

「ふん、若いくせに随分と斜に構えた奴だ。目の前の当たりくじを引かず、わざわざ貧乏くじを選んで喜ぶような奴は初めて見たよ」

「当たりくじが本当に当たりかどうかは、その本人の価値観です。あと運が悪いのはいつもの事です」

「面白い」


 そう言って彼女は目を細めた。「威圧」ではなく「興味」の色彩がその瞳に籠ったのが分かった。

 よし、これなら譲歩を引き出せるかもしれない。

 睨むようにしていた彼女の目が僅かに緩んだ。

 その時だった。


「ちょっと! いきなりなに人の婚約者口説いてるの。このばばあ」

「……な⁉ ば、ばばあですって⁉」


 弛緩しそうになった空気は、我に返った金髪の少女の――極めて余計な――一言で一瞬にして霧散した。


「小娘! 口を慎めと言ったはずだぞ!」


 利聞は再び袖を振り、煙管をキイに向ける。

 それを見た俺は咄嗟に体を割り込ませる。同時に重力にも似た力が、頭の上から圧し掛かってきた。


「……っ!」


 圧力に押され膝を折る。尚も続くその力に、押さえつけられた頭が畳にどんどん近づいていく。

 俺は右手に力を入れ振り払った。

 それは単に痛みを払う為の無意識の行動であったが、しかし不思議な事に、抑えられていた力は一気に失われた。

 利聞の――恐らくコマンドと言っていた力だろう――を跳ね除けたのだ。


「なっ⁉」


 利聞は思いもかけない事態にたじろぐ。

 だがそれも一瞬の事ですぐに平常を取り戻した。


「成程……これが王家の船の力か。融合した事によりコマンドが付与されているのだな」

「……?」


 利聞はキイを睨みつけて呟いた。一呼吸しゆっくりと煙管を口に運ぶ。


「いや興が覚めた」

「あの……」

「一千万。それでリユースコマンドを使ってやろう。金さえあれば、ワタシは誰であろうと仕事はするからね」


 彼女は冷たい目で俺たちを見る。煙管を叩くとカツンと渇いた音が座敷に響く。

 それは話が終わった事を告げていた。




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