転校生は波乱を運ぶ (3)
屋上が消失した件は、結局立ち入り禁止にして後日改めて調査する事になったらしい。警察も来ていたが原因は突き止められないだろう。
その原因ともいうべき俺たちは、少し早目のホームルームが終わると、人目が付く前に教室を出た。ある場所へ行きたいと彼女が言ったからだ。
「婚約を破棄して宇宙船を取り出す方法は二つあるわ」
自転車のリアに座った彼女は指を二本立て、車輪をこぐ俺の目の前に出す。
「一つはあたしと結婚して正式に夫婦になること。でもこの選択肢はあり得ないわ。無理。生理的にも無理」
「それは同感だ」
「は? 何であんたに言われるのかしら。自分の顔、鏡で見たことある?」
「俺の顔が平均よりちょっとだけ下だと言うのは認めよう。で、もう一つは?」
サラッと流し不服な表情を浮かべた彼女を促した。
「もう一つは婚約の儀を行って婚約自体を『破棄』すること。でもこの儀式には特別な宝石 が必要なの」
「宝石?」
「そう。『離婚』する時に使われている。結婚が神聖なモノとして扱われているあたしたち一族にとって、使用するのは相当躊躇われる行為だけどね 」
キイは白く細い指を俺の胸に突き立てる。可愛い金髪の転校生を後ろに乗せている所を見られでもしたら、変な噂が立ってしまうかもしれなかったが、幸い裏道に近いこの通りに生徒はいない。
「君の体の中にその宝石を入れることで、婚約・結婚の証である宇宙船がパージ……排出される仕組みになっているわ」
「何だか微妙にエグイな。それで俺は死んだりしないだろうな?」
「別に痛くもなんともないって親戚の伯父さんが言ってたわよ。離婚が成立した直後に、叔母さんに刺された時の方が痛かったって」
そりゃ浮気もされれば仕方ないけどさ、とキイは笑って言った。
こいつらの一族怖えな……。
「一回嘘でもいいから婚礼の儀……だっけ? それをしてタイマーを解除するってのは?」
「あんたと初夜を迎えろと?」
「……ないな」
「それはあたしの台詞だし」
背中をぐりぐりと拳で押された。
「で、その離婚に使う宝石ってのは今持ってるのか?」
「ううん。こんなことが起きるなんて予想外だもの。母星から地球にリュースコマンド する必要があるわ」
「リュースコマンド?」
「あ、ちょっと特殊な輸送方法のことね。物質を分子レベルに分解して別の組織に圧縮、ワープさせて現地で再構成させるの」
「あー技術的なことはいいや。で、そりゃどれくらい時間がかかるんだ」
「輸送自体は一瞬よ。十秒くらい」
俺はホッと胸をなで下ろす。体内にある宇宙船のリミットは二週間。余裕で間に合うじゃないか。
自転車を漕ぎつつポケットからチロルチョコを取り出し、口に放り込む。昼間食べ損ねた甘い味が口に広がった。
「それでね。リュースコマンドに掛かる金額が、地球の価値に換算して約一千万円なの」
チロルチョコは嚥下されることなく、昼間の再現宜しく口から勢いよく放出された。
「ちょ⁉ やめてよね、汚い!」
「な、い……一千万?」
「君に要求した額は、こういう理由があったからなの。もしかしてあたしが当たり屋で、無差別に要求したとでも思ってた?」
思ってた。……というのは、背中に当たるぐりぐりが力強くなったので、寸前で口を紡ぐ。
「もしかして今向かってるのは、そのなんとかコマンドがある場所なのか?」
向かっているのは、学校から十キロほど離れたある場所だ。
「うん。検索したんだけど、この地域でリュースコマンドが使えるのは一人。事情を話せばもしかしたらタダでやってくれるかもって思って」
そういって彼女は俺の腰を掴んだ。その手に僅かな力が籠る。
暫く無言であったが、畦道を抜け商店街に差し掛かったあたりで、キイがぽつりと呟いた。
「でもあんたさ。私が宇宙人って言ってもあんまり驚かなかったね」
「そんなことねぇよ。驚いた」
「その割には結構あっさりしてる気がする」
まあ受け入れた……というより納得するところはあった。
何故ならここ阿賀咲は、昔からUFO多発地帯で有名なのだ。江戸時代の古い記録には、宇宙人らしき人間がやってきたと言う伝承も残っている。今でも目撃情報は絶えず、それを目当てにくる観光客がいるほどだ。
「あー……なるほどね。あたしたちも隠してはいるんだけど、やっぱ見られちゃうんだよね~。ここが有名になったのは結構最近だけど」
「有名? こんな田舎が宇宙人に?」
「うん。地球自体は、元々奇妙な文化が発達してるってマニアの間では有名なんだけど、その中でも阿賀咲市は特別な恋愛スポット だってね」
キイは声を弾ませた。何でもここを訪れた全ての女性が帰還後、例外なく婚礼を行っていると、ここ百年ほどで有名になったらしい。
「はー……ここが恋愛スポットねぇ」
商店街を抜けると、再び田畑が広がる景色へと変わる。こんな田舎がそんなホットな場所だとは思えない。都会の方が出会いは多いんじゃないだろうか?
「でも本当なんだよ! 訪れた女性観光者の九十九.九%が結婚か彼氏を見つけるかしてるの! それってもう恋愛のメッカじゃない?」
「何だ、ただの恋愛脳ビッチか」
「誰がビッチよ、誰が!」
「お前だ、お前。というかメッカなんて言葉良く知ってるな」
メッカとはサウジアラビアのマッカ州にある預言者ムハンマドの生誕地の事である。人が集まる場所の比喩でよく使用される単語だが、宇宙人が使うと少々違和感があった。
「あ、それはね。惑星間同期プログラム第三種を使ってるからよ」
「何だそれ?」
「脳内で思った事柄とか言葉を、その土地にあった言葉とか文化を考慮して自動的にコンバートしてくれるの」
キイは背後から手を伸ばして、手にした端末を見せてくる。一見スマホに見えるが、所々に施された装飾や文字が地球の物でない事を伺わせる。
これを通じて言葉や地球で使用されている単位などの文化的理解できるという。
仕組みは分からないが、要は翻訳コンニャクみたいなものだろうか。夢のようなアイテムが作れるのも、俺たちの理解できない技術が発展しているからなのだろう。何せこの星の技術では、宇宙船で惑星間を旅する事すらできないのだから。
「宇宙間移動を行う宇宙船は、言ってみれば自分の家。衣食住、それに通信に充電……無くっちゃ辺境じゃ生きていけないわ」
「ほう。で、その大事な宇宙船を、お前は簡単に落としたワケだ?」
「う……」
言葉に詰まるキイ。だがそのうっかりのお蔭で、俺は婚約扱いにされた上、生命の危機に陥っている。嫌味の一つも言ってやらないと気が済まない。
「し、仕方ないじゃん。歩いてたらちょっとカッコいい人がいて!」
「いて?」
「ボーっと歩いてたら電柱に頭ぶつけて気が付いたら無くしてた」
「バカなの? それともアホの子なの? それともただのビッチなの?」
「どーれーもー違う!」
「あ、一応念のために聞くけど、そのカッコいいって奴の特徴は?」
「え? 何よ、急に。まあいいけど。えっとね、イケメンで高身長ですらっとした筋肉質で……あ、あとぐいぐい引っ張っていってくれそうな優しい感じで、あと、」
「あーいやもういい。少なくとも俺と正反対なのは分った。良かった」
変に当て嵌まって『そっちの方の女難』まで降りかかってきてしまったら最悪だが、その心配は無さそうだ。
「俺から宇宙船を取りだしたら、お前はどうするんだ?」
「決まってるわ。いい男を見つけるためにあちこち回る」
「そうか。ま、止めやしないから頑張ってくれ。最もビッチにひっかかるような男は知れてると思うがな」
「だ、誰がビッチよ! いいからもっと早く漕ぎなさいよ!」
背中をぐりぐりと押された。言われなくてもさっさと行くつもりだ。俺はペダルに力を入れる。
畦道の小石に車輪が弾かれ、慌てたキイの手が俺の腰に少し強く添えられた。