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女難が去って、訪れる或いは訪れたのは (1)

 鎌足家は田舎とはいえ地方の名家であり夜中であっても人の出入りは少なくないが、しかし屋敷を出て暫く歩くと流石に人の姿はまばらになる。

 自宅へと続く山道に入ると、静謐な空間に響くのは風に揺られ林の葉が擦れる音と、俺たち三人の足音だけとなった。


 誰も言葉を発しないが無理もない。今日一日だけで「真咲ストーカー事件」に「鎌足利聞との戦い」、更に最終目的であった「真紅の鉱石(ルージュマリージュ)の入手」と、解決すべき問題が一気に解決したのだ。


「あー、これで終わる……んだよな」

「……ん、そうね」


 俺が奇妙な沈黙を破る様に努めて明るい口調で独りごちると、後ろを歩くキイが同調した。

 バイトの帰り道で拾った銀の箱が実は宇宙船で、うっかり体内に取り込まれてそれをドり戻すために宇宙人がやってきてしかも婚約の証などと言い出して、あげく離婚の儀を行わないと爆発すると言い出した女難が、これで終わる。


 正確にはこれから「終わらせる」訳だが、果たして離婚の儀とやらは一体どんな儀式なんだろうか? キイは宝石を手にしたままずっと黙ったままだし……。

 まさか実は離婚の儀ってのは口実で、宝石を手に入れて阿賀咲を拠点に地球を支配しようとする壮大な計画だったというオチなのではないだろうな。


「バカね。そんなわけないでしょ……ていうかやるならそんな回りくどいことしなくてもいいでしょ」

「げ、何で分ったんだ。お前心読めるの?」

「普通に声に出てたわよ」


 キイは唇に手を当てクスリと笑ったが、それは心の底からではなく何処か影を落としているように見えた。


「確か2週間の期限は明日の午前中だったと思うけど、その離婚の儀っては具体的に何をするんだ? 何処でどれくらいの時間が掛かる?」


 腑に落ちないモヤモヤとした感じを抱きながら、俺は尋ねた。じゃりじゃりと、土と砂が混じった足音が耳にこびりつく。


「場所は何処でもいいわ。儀式自体に時間はかからないし。胞レベルで結合させている粒子を全部取り除くのに……そうね、5分程かしら」


 もっと時間が掛かるものだと思い込んでいたが、思ったより短い。


「そっか。何か用意する物は他にある? お湯とか」

「もうなにそれ。生まれた子供を産湯にでも入れるつもりなのかしら?」


 クスクスと笑う。その笑顔にホッとしつつ、俺は手を差し出した。


「……なに? その手?」

「ん」

「だから何よ」

「疲れてんだろ。なんだ、その、ここはあんま整備されてないからな。転ぶと無駄に怪我するだろうし、保険だよ保険」


 彼女は一瞬不思議そうな表情になり俺を見たが、意図を汲み取ったのかゆっくりと握った。そっぽを向いた頬が僅かに紅く染まっているように見えるのは……まあ多分気のせいだろう。

 まだまだ肌寒い風が漂う季節。手のひらから伝わる温もりは何よりも貴重な宝石のように思えた。


「じゃあ今やっちまうか?」

「え、い、今?」


 何気なく提案してみたのだが、キイは意外なほど狼狽えた。何だろ? やるなら早いにこしたことはないと思うのだが。


「べ、別にどこでもできるしさ、もうちょっと後でもあたしは構わないっていうか……」


 妙に渋るキイ。不思議に思いつつ見ると視線を逸らされる。


「うーん、千秋様ずるいぞ」


 ふと、反対側を歩いていたレニャが非難の声をあげた。が、歩きながらうつらうつら、しかも瞼は半分閉じている。ああこちらは相当限界のご様子だ。


「ほら。レニャも手」

「ううん……あったかいの……。でも千秋様ゴメン。ボクに何とかの儀式とやらを見届ける義務があるのは重々承知なのじゃが……もう限界かも……」

「そんな義務はねーっての」


 肩に小さな頭が寄りかかると、やがて微かな暖かさが伝わって来た。


「ほ、ほらさ。そっちのバカも今日は限界っぽいしさ! とりあえず千秋の家にもどろ? 何処だってできるしね」

「ま、それもそうだな」


 半分寝かかったレニャの腰に手を回すと抱き抱えるような格好になる。それを見た一瞬キイが頬を膨らませたように見えたが、何? 何ですの? 微妙に刺すように痛い視線なのは?

 再びの沈黙。じゃりじゃりと砂を踏む音だけが続いた。


「しかし重いな」

「片手に抱き抱えてれば当然でしょ」

「そうじゃなくて。いやそれもだけど、普通に俺の身体が重いってこと。すげー疲労感が溜まってるっていうか……」

「王家の秘伝コマンドである光翼刃を使ったんだから当然よ。むしろ今命があるのが不思議なくらい」


 ふーんと何気なく相槌を打ったが内心では「アッー!」だった。あれってそんなにヤバいヤツだったの? 何回……ていうか何枚も出してたんだけど。


「きっと宇宙船とのリンクが濃くなっていたのが理由だと思うけど、それにしたって一日に3枚以上使えたのは異常だわ。千秋、もしかしたら才能があるのかも」


 彼女はぽつりと呟き俺を見た。微かに濡れた瞳に羨望が混じっている、と思うのは流石に自惚れだろう。


「たまたまだ。3枚目を出した時は精神の限界を超えたからな気もするしな」

「へぇー……。何か千秋を必死にさせる状況が起きたって訳ね」


 分かっているのか分かっていないのか、必死にさせる何かを起こさせた本人は、前屈みで上目使いになると、ほんの少しだけ意地悪く微笑んだ。俺はバツが悪くなり視線を逸らす。


「どうでもいいっての。もう使う必要もないし、そもそも使えなくなるわけだしさ」

「そう……だよね。もう関係なくなるんだもんね」


 囁きとも呟きとも分からない微かな声は、夜風が奏でる木々の騒めきにかき消された。


「ま、全部終わったらさ。また遊びにでも来いよ。お前のクソ不味い料理をもう少し上達させてやらないと未来の旦那があまりにも可哀想だからな」


 ……これはちょっと上から目線過ぎたかもしれない。言いなおそうとして振り向いた時、


「うん」


 彼女は太陽のような、極上の笑みを浮かべゆっくりと頷いた。


「……言っとくが次は面倒事持ってくるなよ」


 俺は不思議と緩む頬を片手で押さえつつ、うつらうつらと船を漕ぎ始めたレニャがずり落ちないよう持ち直した。




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