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宇宙人と二つの強硬手段、そして俺の最後の (3)

 整備されていない小道は所々で木が倒れており、申し訳程度に取り付けられているガードレールは凹んでいた。

 多分人の形をした嵐が通過したからなのだろうが、こんな騒ぎを起こしてもサイレン一つないのは、逆にひと気の無い田舎なのが幸いしたと言えるだろう。

 暫くすると俺の家が近づいてくる。裏の空き地には人影が2つ。

 落ちるように駆け降りた瞬間、地面から火柱が立ち昇った。


「ははは! どうした? レニャーニャお嬢様は、相方のお姫様がいないと何もできないか?」

「あんなん相方じゃないわ!」


 ひと気のない空き地から火柱が何度も高く上がる。出しているのは利聞の方で、見る限りレニャは防戦一方のようだ。

 何かできることがある筈だ――――そう考え、敷地へ足を踏み入れた時だった。


「千秋様⁉ 来ちゃダメ!」


 足元に僅かな熱を感じ慌てて足を引く。たった今足をどけた大地から、細い細い火柱が舞い上がった。


「小僧。邪魔するようなら次は当てるぞ」


 利聞がこちらを向くことなく冷徹に言い放つ。

 尚も続く轟く爆音と熱風。それらは目の前で繰り広げられる2人の戦いの残滓にすぎないが、高校生男子を怯ませるには十分であった。

 時折聞こえるレニャの苦しげな呻きが耳に届くたび、自分の不甲斐なさに拳を叩きつけたくなる。


 今の俺じゃ何もできないのか?

 何かすることすら出来ないのか?

 それとも何かすることを拒んでいるのか?

 考えろ。何かないか。何かある筈だ。

 思考の渦に浸る間もレニャは戦ってくれている。この場にいないキイだってさっきまで戦ってた。


 ……ていうか待てよ? キイとレニャは俺の為に戦ってるんだが……利聞が戦う理由は何だ?

 アイツにとってこの戦いはデメリットこそあれど、メリットはないんじゃないか?


 顔を打ちつける熱風に瞬きすらせず、更に深く、思考を練る。

 そして、

『これでもこの阿賀咲という街が好きなのだよ』

 という利聞が呟いた言葉が思いだされた瞬間、何かが暗い渦の中で煌めいた。


 つまりこの戦いの結果は阿賀咲市に何かメリットをもたらすのだ。

 イコールそれは鎌足利聞にとってのメリットになるのだろう。それは何だ? マリード家の宇宙船、俺をを手に入れる? いや違う。それならさっさと自分から行動を起こせばいいだけだ。そもそも彼女の力を持ってすれば何だってできたはずで、喧嘩を吹っかけられるのを待つ理由はない……いや、条件を満たしたからか?


 そうか。キイ=アニマニールと、レニャーニャ=レトバルレーナという存在か。

 何せあのマリード家第4皇女と、宇宙大連立ですら無視できない存在のレアハントギルド首領の長女だ。 きっかけは偶然だが、ともかく上手く利用すれば辺境の地球に開発の手を……ってまてまて。


 思わず我に返る。

 こりゃ一体何の話だ? キイが第4皇女? レニャが首領の長女? そもそもそんな事すら聞いてないぞ? 何でそんな事知ってるんだ……?


 気が付けば俺の身体の周りは光で覆わている。地に立っている筈なのに重力を感じない。まるで宇宙遊泳しているような感覚はある場所へアクセスしていることを示していた。


 知識の書庫(アカシックコマンド)―――――マリード家が集めた知識の書庫。


 使った覚えのないコマンドに疑問を抱くが、アクセス中の今なら思考する前に回答が飛び込んでくる。

 キイとの結びつきが強くなっている。原因は……いやそんな事はどうでもいい。

 重要なのは「今なら全ての答えが引き出せる」状態になっている事だ。


 周りに無数の知識と問いかけが飛び交い、それに対する回答が視覚情報として流れていく。

 俺にやれることがある。その為にまずは――――。




     *******




 空き地の中央から火柱があがりレニャが吹き飛んだ。体勢を立て直すも間に合わず、周囲に立ち並ぶ植林の一つに身体が打ちつけられる。

 苦悶の表情を浮かべるレニャの前に、利聞がゆっくりと近寄っていく。

 所々すり切れた格好に対して、眼前に立つ利聞の着物には汚れ一つない。実力差は明らかだった。


「お前ではワタシに勝つことはできんな」

「……へぇー。もしかして水では火に勝てないとか言っちゃうタイプかの?」

「ふむ。昔ならそう言ったかもな」

「その昔ってのは100年以上前かの? オバサン」

「誰がオバサンだ! ワタシはまだ〇〇歳だ」

「……いやそれ十分おばさんじゃろ。もし本気ならそれはそれで痛いが」


 呆れ顔でレニャは立ち上がった。


「口の減らないのは母親によく似ている。ところでもう終わりか?」

「……チッ」

「ならばレニャーニャ=レトバルレーナ。まずはお前に言うことが――――」

「いや。その先を言う必要はないな!」

「何⁉」「千秋様⁉」


 2人は同時に振り向き、高く飛び上がった俺を見た。

 手にした「光の刃」を見て利聞の表情が驚愕へと変わる。


光翼刃(レイラインエッジ)だと⁉」

「うおおおおおおおおおおりゃあ!」 


 利聞へと振り下ろした渾身の一撃は着物の袖から取り出した煙管で防がれたが、厭わず全力で振り切る。

 バシュン! 破片となった光が流星のように飛び散り周囲を焦がしていく。

 利聞は飛び退き、俺を睨みつけた。その表情に先程までの余裕はない。


光翼刃(レイラインエッジ)はマリード家に連なる者にしか使えないはず。何故お前がそれを使える」

「さあな。レニャ下がってろ」

「え、あ、う、うん」


 視界の端でレニャが立ち上がり退いたのを確認すると、意識を前方に集中させた。

 同時に粒子の集合体であった光の刃が、剣先から輝きを増し実体を伴っていく。


「物質化……! まさか宇宙船と同期したのか!?」


 本当に存在しているのかと思えるほどの、とてつもない軽さのそれを軽くと振ると、まるで星屑が舞うかのように光の粒子が周囲に飛び散る。

 それだけで、これに断てない物はないと感覚で理解できた。


鎌足利聞かまたりりぶん、約束は守るって言ったよな?」

「……?」

「あんたを倒したらって約束だよ。まさか俺以外が倒したらなんて条件はしないよな?」

「地球人がワタシに土を舐めさせられるとでも? ……ははは。できの悪い冗談だね」

「のわりに目が笑ってないぜ」


 微かな舌打ちをした利聞だったが、すぐに余裕を持った表情へ切り替える。


「いいだろう。特別解釈を認めてやろう。立っているのが精一杯のお前にどこまでできるかは知らんがな」


 チッ……以前戦った事がある奴(・・・・・・)は流石にお見通しか。

 脳へ命令を送り知識の書庫(アカシックコマンド)を起動させ――――リンク状態の今なら指を動かさずとも起動させられる――――前方の人物にスキャンをかける。展開されたデータが視界の隅々に広がっていく。


 鎌足利聞。過去にマリード家第五代王女と26回に及ぶ戦いを繰り広げており、知識の書庫(アカシックコマンド)に関する知識はその際に収集している――――ってそれは知ってる。今必要な情報は彼女の弱点ウィークポイントとかだ。何処だ……あそこら辺か?


 チリッ!


 更に情報へアクセスしようとした瞬間、脳に釘を叩きつけられたような激痛が走る。それは一瞬で全身へと拡散し、止めていなければ間違いなく意識が飛んでいただろう。

 少しだけ知識の書庫(アカシックコマンド)にリンクしていただけでこの有様だ。一秒にも満たない時間でこれなのだから、長時間のリンクは命に係わると以前キイが止めたのも納得できる。

 俺は苦痛を表情に出さないよう押さえつつ利聞を見据えた。


 まあどうせここでダメなら結果は一緒なのだ。死ぬと言う結果は。


 右手の5指に力を入れたまま左手にも力を込めると、激しい痛みと引き換えに新たな光翼刃が展開された。


「まさか2枚翼(デュエルエッジ)までいけるのかッ……!」


 利聞は驚くもすぐに両手を前方に突き出す。

 その行動が何なのか。知識の書庫(アカシックコマンド)は既に回答を出している。同時に最も適した体術がコマンドによって選択された。


 俺が右手の光翼刃を足元へと打ちつけたのと足元から無数の火柱が吹き上がったのはほぼ同時。

 火柱は出現と同時に抑えつけられ、残滓だけが真っ暗な空間へと打ちあがる。

 しかし利聞は気にした様子もなく続けざまコマンドを発した。


「コマンド重力可変(ダウンフォール)


 舞い上がった炎の残滓が宙で塊となり、まるで何かに当たったかのように急激に落下を始め―――――遠くからは見れば流星のように見えただろうそれは―――――爆音を立て周囲に着弾した。

 轟音が耳をつんざくが、俺は既に左手の光翼刃を薄く頭上に展開させ直撃を防いでいる。同時に物質化した光翼刃を強く握りしめ、姿勢を低くしたまま利聞へと跳躍する。


「おおおおおおおお!」

「チィ!」


 胴を凪いだ渾身の一撃は、目の前に出現した炎の壁によって威力を削がれたが、物質化した光翼刃は通常のコマンドで完全に防ぐことはできない。構わず炎の壁ごと薙ぎ払う。

 吹き飛ばされ背中を一度地面に打ち付けた利聞だったが、豹を思わせる機敏な動きで体勢を立て直した。


重力可変(ダウンフォール)」による変化球。40年前の戦い(・・・・・・・)では今ので不覚をとったらしいけど、悪いが既に経験済み(・・・・・・)なんで」

「チッ……記憶の蓄積。知識の書庫(アカシックコマンド)は過去に誰かが使っているコマンドはおろか肉体的行動、強化、それらを全て使う事ができる。一種のチートだな。しかも限られた者しか扱えぬ2枚翼(デュエル)まで行けるとは恐れ入る……」


 彼女は表情を歪めたが、余裕があるようにも思えた。気のせいだろうか?


「さてどうする鎌足利聞? このまま続けるかそれとも」


 気にする必要はない。

 彼女には見えないだろうが、今も勝利に至る手順が――――激痛と引き換えに――――次々と表示されているのだ。


「それとも……何だ? ワタシに負けを認めろとでも言う気ではなかろうな?」

「じゃあ勝てると思ってるのか?」

「無理だろうな。幾らワタシが長寿で経験豊富だとしてもせいぜい100年程度。数百年の蓄積を使いこなされてはどうしようもあるまい。ただし――――」


 彼女の表情が一瞬皮肉に歪んだ。


「ただし、それはお前が知識の書庫(アカシックコマンド)とリンクしてる状態が続いていれば、の話だ」

「何……あぐっ!」


 一瞬の疑問と激痛が訪れたのは同時だった。脳に錆びた釘をぐりぐりと回されたような激痛は全身へと廻った。両の手にあった光翼刃が細かい粒子となって消える。


「不完全なリンクではいつまでも使えないとワタシも「知っている」からな!」


 くそバレてたのか!

 利聞が着物を翻らせると2頭の炎竜が巻き上がり標的を喰らわんと突進してくる。

 回避。だがどうやって? 光翼刃を失い、知識の書庫(アカシックコマンド)が切れた俺には体術も使えない。


 つまりできることは…………焼死ってどれくらい悲惨な死に方何だろうなと、想像することくらいだった。


「バカッ! どきなさい!」


 だが横から加えられた力が未来を変えた。炎竜の導路から身体が外れる。

 目を見開いた俺の視界に入ってきたのは、僅かに微笑みを見せたキイが代わりに炎竜の顎に飲まれた瞬間だった。

 直後。轟音と熱風が巻き上がり打ち思わず顔を覆う。

 ハッと顔をあげた時には、俺の居た場所に炎が上がっているだけで、微笑んだ少女の姿はなかった。


「……ッッ!」


 何で来たんだよ。待ってろって言っただろバカ。

 軽い嫌味を口走っても誰も答える者はいない。いや口にしたのかすら分からない。

 ただ目の間が真っ赤に染まる。

 ただ「自分に対する怒り」だけがハッキリと自覚できる。

 全身を巡る痛みは未だに消えない。だがそれがどうした。


 俺は目を一杯に見開き、脳にこびりついた知識の書庫(アカシックコマンド)を呼び出した。新たな激痛が走る。

 釘を打った痛みが脳から吹き出し、鉄線で切り刻む痛みが心臓へ、爪をペンチで引き抜くような激数が指先へ。

 全身に痛みが、熱く熱く熱く拡散していく。


「うおおおおおおおおぉぉおおぉぉ!!」


 噛み切った唇から流れる血と泡を吐き出し叫んだ。


「バカか!? それ以上使えば……」


 利聞が何か言ったが、構わず前傾姿勢で力を溜める。両手に光翼刃生成させ踏み出した一歩に加速コマンドを乗せて、一瞬で利聞の前に出る。


「チィ! 気力ではどうにもならない限界が来ていると言っている! 物質化もされていない弱まった光翼刃では、ワタシには傷をつけられんぞ!」」


 左手での薙ぎ払いは煙管に、右手の振り上げは炎にコーティングされた手のひらで掴まれた。


「2重の攻撃も本来の威力が無ければ、この通り両手で止められる」

「ああ……だがあんたの両手は塞がった。次の矢を当てるにはそれで十分だ」

「……何?」


 俺は冷たい笑いを浮かべ、視線だけ上空へ送った。

 利聞もその視線の先を追う。

 全ての気力を振り絞って放った、その『3枚目の光翼刃(レイラインエッジ)』に。


「バカな!? こんな……3枚目があるなどと聞いたことは―――――」


 驚愕に満ちた声は光の刃に貫かれ、ひときわ高い音と共に、光の柱が天に昇った。




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