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宇宙人と二つの強硬手段、そして俺の最後の (1)

 電車に揺られ3駅。最寄り駅で降りそのまま帰路につく。

 彼女が視界に入ったのは、山林の間引きをする業者がたまに通る程度のひと気のない小道だった。


「……何か用か? これから帰って風呂に入る所なんだけど」


 俺は警戒しつつ、道脇の岩に腰かけていた鎌足利聞へ詰問を投げる。


「なに。折角用意したワタシの駒が潰されてしまったのでな、ちょいと文句を言いに来たまでさ」


 訝しげに目を細めた俺を意にすることもなく、彼女は懐から煙管を取り出しゆっくりと煙を吐き出した。

 敵意とは裏腹にその態度と口調には余裕がある。


「丁度いい。俺にも文句がある。一体何の目的があって真咲を――――一般人を巻き込んだ?」

「ふむ。元々ストーカーをしろと指示したつもりはなかった。目的は神津野老に釘を刺すことであり、危害を加える事ではないからな。まあヤスアキなりに考えた結果が、ああいう行動だったのだろうが……。ま、少しばかり釘を刺すという目的は達成できた。そう言う意味で彼の働きはあれで十分だったな」


 淡々と語る利聞。そんなどうでもいい目的のために、真咲は大変な目に遭っていたのかと思うと、湧きあがる苛立ちを押さえることはできなかった。


「はっ! 下らない事を考え付くものだな。あんたがどうなろうと知った事じゃないが、知り合いにちょっかいを掛けられて黙ってるほど、俺はお人好しじゃないぞ」

「ほう? どう黙っていないつもりだ? いや逆に聞きたいな。離婚の儀を執り行わなければ、あと数日で死ぬお前に一体何ができるのかを」


 目を見開いた俺とは逆に利聞は目を細め、ゆっくりと紫煙を吐き出した。


「……どうしてそれを」

「彼ら(神津野)程ではないが、ワタシもこの地域に居ついてそれなりに長い。地球人だろうが宇宙人だろうが情報を得ることは容易い。そういうのはそっちのお嬢ちゃんの得意分野じゃないのかね? レアハントギルドのレニャーニャ=レトバルレーナ」


 煙が微かな風に乗り、青い髪の少女へとたゆたった。


「……ふん。悪名高い伝説の盗賊レジェンダリーハンター様に名を知られているとは光栄な話よの」


 レニャは一瞥した後、ふいっと顔を背けた。


「あんたの母親とは仕事で何度もぶつかったからね。勝ち気で面倒な奴だったよ」

「ボクも聞いた事があるぞ。厚化粧が無けりゃ男一人落とせない可哀想な女ってさ」


 利聞は青髪の少女の挑発に対して僅かに口の端を上げただけで、それ以上の話はしなかった。


「さて。話を戻そう。ワタシがわざわざ出張ってきたのはもう一つ理由がある。それは姫橘千秋。お前に用があったからだ」

「……そりゃ奇遇だな。俺も丁度できた所だったんだが……レディーファーストだ。先に語る権利はあんたに譲ろう」

「では言葉に甘えてワタシから先に言わしてもらうとしようか」


 彼女は浮かべていた笑みを消すと真顔になる。

 奇妙な威圧感が周囲を包み、意思とは無関係に身体が強張った。


「ワタシはね。お前に興味があるのと同じくらい、その身体の中にあるマリード家の宇宙船に興味があるのさ。300年前の大戦争において圧倒的有利だったはずの異銀河連合が休戦を申し込む契機になった伝説の船。それが今お前の身体にある銀の箱の正体だ」


 銀の箱。あれを拾ったのはもう随分昔の事に思える。そもそも宇宙船と言われても未だに実感はないのだが。


「どちらかといえば生体船と表現した方が正しいだろう。最もその姿は使用する者によって千差万別と聞く。詳しいことはマリード家の者しか伝えられていないだろうがね。ともかく宇宙船との融合が終われば、伝説の宇宙船は姿を表す。圧倒的な力は宇宙大連立の一個師団に匹敵するだろうよ。その力を持って異銀河連合に対して交渉のカードにするもよし、宇宙大連立に渡して莫大な金を得るもよし、或いは第三勢力として一旗あげるもよし。いずれにせよ辺境の地にそんな戦力があるってのはちょっとしたファンタジーで、長らく眠らせていた野心にも火が灯るってワケさ」


 煙管の先を俺へ向け、野心的な笑みを浮かべる。


「そこで提案だ。リユースコマンドを使い真紅の鉱石(ルージュマリージュ)を手元に転送させてやろう。無論無料(タダ)でな」

「……何だと」

真紅の鉱石(ルージュマリージュ)があれば強制的に離婚の儀が行えるのだろう? そこの小娘との婚約破棄となればお前は自由になれる」

「婚約を破棄したら箱はどうなるんだ」

「……箱はあたしに戻るわ」


 代わりに答えたのは隣に立つキイだったが、その声は何処か震えているように思われた。


「そう箱は持ち主に戻る。後はワタシがその箱を頂くのだが……何心配する必要はない。方法など幾らでもある。お前はただワタシと契約するだけでいいのだよ」


 煙草の煙が辺りをたゆたっている。まるで迷いが漏れ出たかのように。


「莫大な利益を生みだす宇宙船(カード)も、お前にとっては死を呼ぶジョーカーにすぎん。悪くない取引だろう?」

「つまり俺は1000万を渡す必要もないし、他の不利益も一切ないってワケか」

「そのとおりだ」


 隣から息を飲む声が聞こえた。気配だけで俺を見たのが分った。


「どうやら結論は出たようだな。異性を惹きつける奇妙なその魅力を、ワタシの物だけにしたいという欲求はあったがここはお互い利益を優先させるのが正解――――」



「だが断る」



 きっぱりと即答された利聞は呆気にとられた表情になり、隣からはもう一度息を飲む声――――ただし今度は安堵の混じった――――が聞こえた。

 利聞は不思議な物を見るような眼で俺を見る。


「ほう。何故だ? 今の提案を受ける事にメリットこそあれど、デメリットはない筈だが?」


 至極最もな問いかけ。

 キイとの婚約破棄ができれば、この厄介な宇宙人とは何の関係も無くなり、俺は晴れて一般人に戻れる。全てが上手くいくように見えるが彼女はたった一つだけ分かっていなかった。

 人を形作る上で最も適当であいまいで厄介な、感情という要素を。


「それは俺があんたの思惑通りに動くのが非常に気に入らないってことだ。真咲然りヤスアキ然り……俺の友人たちに手を出すのと組むなんてできるわけねーだろ。あんたとつるむくらいなら、俺はキイと結婚して人生を終わらせる方を選ぶよ」

「え、え、え……? け、結婚するの⁉」

「ば、バカ! そんな驚くな! 例えな、例え! 俺は誰とも結婚する気ない、し!」

「そ、そだよね。うん、でもあたしは別に……別に? 超嫌だし⁉ ていうか第一結婚したら人生が終わるってどういう意味よ!」

「そりゃお前、俺は宇宙船になっちまうんだろ」

「生体船だから姿形は今のままよ。もしかしてそんな誤解してたの?」


 知るか。宇宙船になるって言われたら、誰だって想像するのは鉄の塊だろうよ。


「……やれやれ。ではお前はあと2日で1000万をワタシに用意できる算段があると言うのだな?」

「当然、勿論、当たり前だ」

「一つ言っておくが、お前の家の裏の土地。あれは適正な評価をしても、いいとこ300万だと通告しておく」


 う……。この野郎、貰った土地譲渡契約書の内容まで知ってるのかよ。


「最も助かる確率が高い選択肢を提示したのだが……まさか断られるとはな」


 予想外だったよ、そう言って利聞は立ち上がった。敵意とも取れる視線を受けて俺は一歩下がる。


「……どうするつもりだ。まさか強硬手段にでも出るってか?」

「昔のワタシならそうしたろうな。だが盗賊稼業は引退してるし、第一ここでワタシが本気になろうものなら、一帯が更地になってしまう。いや誤解しているかもしれないから言っておくが、ワタシはこの阿賀咲という街が好きなのだよ」

「……」

「さてあと2日……お前が約束の金を用意できるか楽しみにするとしよう。ああ、気が変わったらワタシの所に来てもいいぞ。それも一つの方法だからな」


 利聞は着物の袖を翻して背を向けた。しかし下駄がカランと音を立てたところで、


「いや他にもう一つ方法はあるじゃろ」


 青い髪の少女が利聞の前に立ちふさがった。


「ほう? それはどんな方法なのか教えて貰おうか」

「お主をぶっ潰して力強くで従わせるってことじゃ」


 レニャが口走ったのと、差し出した手のひらから水の塊が飛んだのは同時だった。サッカーボールほどの塊が利聞に向かっていく。

 利聞はそれを袖で難なく弾き飛ばすが、砕け飛び散る筈の水が周囲に浮いて止まる。


「……む」


 刹那、無数の水の粒が小さく纏まると幾つもの水球が出来上がる。

 それらが破裂し細く強靭な水刃(レーザー)へと姿を変え、一斉に利聞へと向かった。


 体術で躱すことは不可能な距離。しかもほぼ全方位からの射撃となれば回避はできない――――筈であったのだが、利聞がタクトのように指を振ると、それらはまるで彼女の身体をわざわざ避けるかのようにぐにゃりと曲がった。

 目標を外した水刃は腹いせの様に周囲の木々を薙ぎ払って消えていき、幹を断たれた木々は道路へと倒れ込んだ。


「ほう。実に苛烈な水だ。レトバルレーナの血筋ならではの独特なコマンドだな」

「地球の水、特に田舎の水は清流じゃからの。よく伸びるわ」


 俺が制止する間もなく、レニャは右手に水を纏わせて2の矢を放つ。腕を振り下ろすと水鞭が地面を叩きつけながら利聞へと向かっていく。

 だが当たる直前でその姿は消え、前方にいたはずのレニャの横に現れると足を掴んで釣り上げた。


「んきゃ⁉」

「おやおや、幼いのは見かけだけかと思いきや」


 逆さにされ腰巻が垂れ下がり下着が丸見えになっていた。青と白のストライプ……お尻の部分には可愛いクマのプリントが付いている。


「こ、この! って、ちょ! だ、千秋様は見るな!」


 片手で腰巻を押さえると、もう一方の手で利聞に殴りかかる。だが逆さにされた体勢では力も速度も無く、身体を少しのけ反らせるだけであっさりと躱される。

 利聞が勢いよく叩きつけようと足を掴んだ腕をあげるが、そこへ光の鎖が絡みついた。ほんの少し眉を顰め、持ち主に視線を送る。

 その腕を穿たんとしたもう一本の鎖を回避するために手を離すと、レニャはネコ科の動物のような素早い動きで後方へ跳躍し体勢を立て直した。


「これ貸し1ね」

「バカ言え。いいとこチャラじゃ」


 利聞は手首を何度か振った後、肩を並べ警戒体勢をとった2人を見やる。


「ワタシに面持っては歯向かうバカは何十年ぶりか……。ま、これも一興。いいだろう。ワタシに参ったと言わせれば、リユーズコマンドを使ってやろうぞ」

「言ったな。その言葉忘れるなよ。なら殺さないようにやらにゃいかんのぅ」

「随分な自信だ」

「いいや。単なる確信。おいお嬢様。分かっとるな? 離婚の儀とやらのためじゃ」

「……仕方ないわね。盗賊と協力したなんてお母様が知ったらお叱りものだけど」


 利聞が倒木に煙管を当てると「カコン」という小気味よい音が周囲に響く。

 それが合図となったかのようにレニャが土を蹴った。




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