ヤクザは困り、そしてストーカーは暗躍する (3)
気を失ったままの真咲を抱き抱え部屋に運ぶ。
部屋は妙に暑かったが理由は直ぐに判明した。壁際に複数のデスクトップPCが並んでおり、勢いよく排気を行っていたからだ。ここまでくるとちょっとした暖房である。恐らく仕事に使用しているのだろう。
まあ暑いのは換気すればどうにでもなる。しかし空気の入れ替えではどうにもならないことがあった。
壁や天上に張られている、隠し撮り写真――――対象は無論俺――――である。よく見ると俺が作った露天風呂の写真もあるし! 一体何処から撮ったんだ……。後で全部剥がしてやる。
隅に置かれたベッドに寝かせると、微かな呻き声と共に彼女は目をゆっくりと開けた。
「気が付いたか」
「ううん……あ、ちーくん?」
彼女は俺を見てから視線を横にずらす。その先には二人の女の子。「あれ早く殺らないと」不穏な言葉をまるで宿題を終わらせるかのように軽く呟いて素早く腰に手を当てた。
だが、すぐそこにあるべきものがないのに気が付いたようだ。
「あれあれ? おかしいです。ないです」
「悪いがナイフは取り上げさせてもらったぞ」
彼女が持っていたナイフは合計7本。あの細い身体の何処に隠し持っていたのやら。(ちなみに女の子の身体を弄るのは流石に気が引けたので、キイにやってもらった)。
「だってちーくん? ナイフがないと、そこのゴミを塵芥に出来ないですよ?」
「いやいやいや。全くする必要はないです」
「だってそこのゴミたちは旦那様に婚約者って言ってましたし、もうこれは明らかに偽りです。絶対的な嘘です。死刑ですよね」
「うん。その三段論法にすらならない結論はともかく、まずは俺の話を聞こ?」
真咲の叔父から依頼を受けるため、話を聞きに来たこと。
二人とは何でもない関係であること。順序立てて話す。
「一応あたし的には正式な婚約者なんだけど……」「ふん。未来的に見れば旦那様は旦那様じゃがの」
二人はぶつぶつ何か言っていたが、これ以上話をややこしくしたら俺がマジギレすると言い聞かせたので、二人ともそれ以上の発言はしなかった。
「そっか。違うんだ~」
ベッドに座って聞いていた真咲は、胸の前で両手を合わせると、ホッと息をついた。
元々頭の回転が速い奴である。俺が嘘をついていない事はすぐに理解したようだ。
「じゃ、この用意したバケツ……無駄になっちゃっいました」
彼女は部屋の片隅にある大きなポリバケツを見て微笑んだ。人一人分が入れるほどの大きさ。例えば、そのまま埋めるのに使えそうな。
あのさ、そのバケツって何のために用意したの? そもそも何で必要だったのかな? と、聞く勇気は俺にはなかった。聞かないが吉に違いない。
「じゃあじゃあ。真咲がちーくんの正妻って事で合ってますよね?」
「いいやー? 全く違うし? 違いすぎて困るっていうか?」
どうなればそういう結果になるの? バカなの? 頭の回転が速すぎて一週しちゃったのかな?
「え、うそ……ちーくん、昨日約束してくれましたよね? 今度会った時は真咲と結婚するって」
「は? お前と話したのって確か……3年位前だと思うんだけど……?」
「ううん。だって昨日夢の中で出てきたよ」
おおーっと。それはどこの世界線の俺なのかな?
ダメだ。話にならない。相変わらず一方的すぎる世界を構築してやがる。
思えば最初に会った時からこうだった。
脳裏から嫌な記憶が蘇ってくる。
あれは幼稚園の入園式。たまたま受付で隣に並んでいた俺は、突然、誰か首を掴まれるとそのまま引きずられ倉庫に連れて行かれた。
「おなまえは?」「え……?」「おなまえ」「えっと……ちあき」
暗い倉庫の中で、女の子に聞かれ、訳が分からないが取りあえず答えたのを覚えている。
「ちあき……ちーくんね! わたしはまさきっていうの!」「あ、うん。こんにちは」「じゃあちーくんはまさきとけっこんね!」「え?」「そうだ、ここをしんきょにしましょう!」
と、一方的な宣言をされ、そのまま俺は倉庫に閉じ込められたのであった。
『倉庫閉じ込め事件』である。
俺が大人に連れられて解放されたのは36時間後。年端もいかない俺はそうとう衰弱していたらしい。
しかしこの時はまだ自分の女難を把握していなかったし、真咲に対しても「ちょっと変わった女の子」という認識でしかなかった。
幼稚園在籍中はやたらくっついてくる程度であったが、小学校に上がると行動が更にエスカレートしていった。
俺に告白して来た年長組の女の子を監視するために監視カメラを自作。対象の行動パターンを予想する自立AIを作り、PC上でシミュレート。
徹底的に女の子を分析し、家での会話、塾での会話、果ては生理の周期を計算し「千秋くんを好きになる資質があるかどうかレベル」を算出するという「キャット事件」を起こしている(思えばこの頃から既にハードにもソフトにも強かった)。
因みに何でキャットなのかというと、その女の子が道端にいる猫を蹴りとばしている場面がネットに公開されたからである。結局、その子は暫くして転校していってしまった。
ついでにこの事件で、俺の自宅も盗撮されていたのが発覚するが、これは俺からの厳重注意だけで表沙汰にはなっていない。
中学校時代には、「いちごクリーム事件」と呼ばれる乱闘を発生させている。
俺が中学二年に上がった時、好意を寄せてくる女の子ヤンキー集団がいた。彼女達からしてみれば、上級生である自分たちを差し置いてべたつく真咲が気に入らなかったらしい。
ある日の放課後、真咲はヤンキー集団から部室棟の一室に呼び出された。
心配した女生徒が呼んだ教師が部室に入って見たものは、ヤンキーたちが床でのたうち回っている姿だった。誰もが大小無数の切り傷をつけられており、辺りには鮮血が飛び散っていた。
リーダー格の女生徒はソフトクリームを食べていたようなのだが、そのアイスに飛び散った血が「まるで苺ソースがかかっていた」というのが由来の事件である。
ヤンキーたちが竹刀やナイフを持ち込んでいたということもあり、学校側も正当防衛という事で事件を公にはしなかったようだ。
とまあ「俺が知っている」だけで、これだけの逸話を持つ女である。
話は聞かない。手段は選ばない。自分の世界を一方的に構築する女。
俺の女難の中でもトップクラス、災難その物を具現化したと言っていい存在。
それが神津野真咲である。
ただ周りからの評価を聞く限り、俺に関する事以外にはごくごく普通の女の子であるらしい。
実際女子からの人気はあったし、男子からも(少なくとも外見はちょっとした美少女であるため)よく告白されていたようであるから、人とは分からないものである。
そんな筋金入りのストーカー女だが、高校に上がると同時にそういう事件は一切起こさなくなった。
これは俺も意外だった。
視線自体は感じていたが、不思議と彼女は一度も話しかけてこなかったし、絡んでくることもなかった。 だからきっともう諦めた「元ストーカーの旧友」なんじゃないかと思っていのだが……認識は甘かったようである。
「話しかけなかった理由? えっとね。やりたいことを我慢すればするほど気持ちよくなるって聞いたからです。でもちーくんが私のお部屋に来ちゃったから、もう我慢しなくてもいいんですよね?」
「え、何そのよくわからない理論。ていうか何だ、その気持ちよくなるって?」
「気持ちよくなるんです」
うお、目が逝っちゃってる。
とまあ、こんなストーカーの彼女だが、今は自分自身がストーカーを受けているとは何とも皮肉な話である。
「そっかぁ。ちーくんは真咲のストーカーの件で来てくれたんですね! 真咲嬉しい……」
「待て。早まるな。依頼を引き受ける前に、まず話を聞かせて貰おうと思っただけだ。何せ聞けばここの奴らでも手が負えないって言うじゃないか。一体どんな奴なんだ?」
「……えーとですね」
少しだけ表情を曇らせた真咲が説明を始めた。
ストーカーを受け始めたのは、今年の四月に入ってからだという。
最初は学校の上履きが無くなっている程度だった。嫌がらせかと思って放置していると、次は体操服、その次は下着を盗るという行動に発展していった。
「下着って……?」
「ブラとパンツです」
「いや、そうじゃなくて。何でそんなものを学校に?」
まさか身に着けている物を直接盗られたという事ではないだろうから、学校に予備として持って行ったという事になるが……。
「ちーくんが欲しがった時にすぐに用意する必要があるかなって思って」
「うん。ごめん。聞いた俺が悪かった」
その謎の思考回路にはもう何も言うまい。真咲に話の続きを促す。
「最初はですね、「調べたら」諦めてくれるかなと思っていたんです」
異性か同性かは測りかねるが、彼女はこの行為を宣戦布告と受け取った。持ち前の能力を全開にして監視を始めて三日目。
どうみても異質な「ソレ」は教室の死角に仕掛けた隠しカメラに映った。
「その映像見せて貰えるか」「うん」
真咲が机の上のマウスを触れると、一番左のモニターが明るくなる。フォルダを何個か掘り中にある映像ファイルを再生させる。
ウィンドウに誰もいない教室が映し出された。恐らく放課後からだいぶ時間が経過しているのだろう。窓から差し込む日差しは黒赤い。画面中央に映っているのが恐らく真咲の席だろう。
真咲はマウスをクリックし再生速度を速めた。教室が徐々に暗くなっていく。それ以外に変化はない。
夕焼けが消えかけると、真咲は再生速度を戻した。
そこから待つこと数秒。画面の左に映っていた後部扉がゆっくりと扉が開いた。
ぬるりと、「影」が入って来た。
それ以外に形容しようがない。なぜなら人の形を成していない。言うなれば蛇……いや蛭のような形状をしており、周囲に黒い靄をまとっているような……そんな姿だった。
影は真咲の席まで這いずるように移動すると、机を包み隠すように身体を変化させる。
暫くそのままになっていたが、やがて元の蛭になるとずるずると教室を出て行った。




