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ヤクザは困り、そしてストーカーは暗躍する (1)

 店を出てから駅前へと足を向ける。

 この辺りは江戸時代後期まで豊富な湯量を誇る温泉街だったらしく、各所にその名残が残されている。

 例えば駅から五分程の距離にあるこの足湯。江戸時代に作られたと言われており、温泉街だった事を示す名残の一つだ。


「おい、連絡が取れた。行くぞ」


 俺は電話番号が書かれたメモ用紙と携帯をしまうと、足湯に浸かっているキイとレニャに声を掛けた。


「えーもう?」

「あーもうちょっとゆっくりしたいんじゃー」


 キイは金髪を押さえながら、レニャは空を見上げつつ、それぞれ湯に浸かった足をゆっくり上下させた。


「いいじゃん。この足湯気持ちいいんだもん。ね、千秋もちょっとだけ入っていかない?」


 振り向いたキイは、どうみてももう少し長引かせる気満々の笑顔だった。


「言っとくが、それ、温泉じゃなくてただのお湯だからな」


 一帯の源泉は既に枯渇しているため、今流れているお湯は商店街の有志が募った募金で沸かし流している。枯渇した原因は、江戸時代末期に起きた謎の大爆発による地脈の変化が定説らしいが、詳しい事はよく知らない。

 キイは薄桃色のワンピースを少しまくり、白く長い脚をゆっくりと延ばした。カモシカのように洗練されており無駄がなく、それでいてどこか艶めかしい。

 気が付くと、俺は自然と靴を脱ぎキイの隣に腰を降ろしていた。


「あれ、千秋入るの?」

「なんだよ。自分で誘っておいて」

「あ……ううん。ちょっと意外だった」


 否定されると思っていたのか、彼女は少し目を見開いて、そして小悪魔の笑みに変わった。


「へへー。もしかしてあたしのこの脚に欲情しちゃった?」

「……バカ言え。あったまったら行くぞ」


 彼女の顔を見ずに俺は即答した。

 先程電話で約束した時間まで二時間ほど。急がなくても一時間ほどで到着できる。時間はあるのだ。

 それに元山さんから『クライアントの名前』を聞いてかなり乗り気じゃなくなったという理由もあった。

 結局俺たちが立ち上がったのは、それから30分以上経ってからであった。



 駅からバスで一時間ほど。阿賀咲市の繁華街のど真ん中にその屋敷は建っていた。鎌足利聞の家も相当大きかったが、こちらは更に一回り大きい。

 外周は高い塀でぐるりと囲まれ、中の様子を窺い知ることはできない。よくよく見ると監視カメラがいくつも付けられている。

 正門の横に掲げられた『神津野(こうづの)興業』という看板を確認してから、インターホンをゆっくりと押した。


「……どちら様」


 男性の太く低い声が、電子音に混ざった。

「先ほど電話でお伝えした姫橘(ひめたちばな)と言います」

「……」


 返答は無かったが、暫くすると門がゆっくりと開いた。

 二人の男性が歩いてくる。一人は背が低くもう一方は高い。背の低い方の男は、糊の効いた黒の背広を着こなしており、高い方の男は赤と紫の背広に金色のネクタイという趣味の悪い恰好だ。

 どちらも「あちら」の人間である事が一目で判る。


「……話は聞いている。こっちだ」


 黒背広の男が顎で中を示す。入れと言う意思表示だった。

 『神津野(こうづの)興業』は、地元民なら小学生でも知っている程有名な、暴力団である。

 平成4年の暴対法によって締め出しがきつくなった時にいち早くIT化し、幅広い商売にシフトすることで摘発されにくい体制を作り上げた。「バブル期に外資系が出張って来れなかったのは、神津野(こうづの)の影響力が大きかった」とは古物商店長の言葉である。

 圧倒的資金力で、バブル期が過ぎ去った現在でも、地域周辺に大きな発言力を持っているという。

 その本家たる神津野の屋敷の廊下を、今俺たちは歩いている。

 先を歩く黒服に付いて行く形で、俺、キイ、レニャが並んで歩いていく。広い廊下に人影はないが、それが逆に威圧感を感じさせる要因となっていた。

 案内されたのは部屋には、大理石のテーブルを囲うようにして大きなソファが置かれていた。壁際には大きな虎の剥製が置かれており、来訪者を威圧するかのように睨みつけている。


「元山から紹介があったと思えば、まさか現れたのが貴様とはな」


 ソファに腰かけた和装の老人――――組長の神津野(こうづの)銀一(ぎんいち)――――は、ゆっくりと口を開いた。

 虎の剥製が持つ眼差しよりもさらに強い眼光。長く伸びた顎髭からは重々しい雰囲気が滲み出る。

 眼前に立っていれば、間違いなく逃げ出すだろう威圧感。

 だが幸い――或いは不幸な事に、俺は過去にこの威圧感を味わっていた。


「ええ。お久しぶりです」

「千秋、もしかして友達なの?」

「……お前どう見たらこれが友達の関係に見えるの? この人の孫が同級生なだけだよ。俺としてはアイツに会いたくもないけどな」

「そうなんだ。ケンカでもしたの?」

「いやケンカというより――」

「ふん。マサキはお前に随分と傷つけられたがな。よもや忘れたとは言わせんぞ」


 俺を見据える老人の眼光が鋭さを増したので、一旦口を止めた。


「まあ良い。ここに来たからにはワシの依頼を受ける気があるという事じゃからな。問題はまさにマサキの件よ」

「マサキの……? 確か元山さんから聞いた話では、今回の依頼はWish(ウィッシュ)という会社の問題と聞きましたけど」

「マサキはそのWishのメインプログラマーじゃ」


 なるほど。そう繋がる訳か。


「ウチもデジタル産業への参入をしたかったからな。新進気鋭のWishは買収先としてうってつけだった。マサキもゲームを作りたがっていたし、資質はもっておった。今ではプログラマーとして才能を開花させておる」

「え、じゃあクッキンキングスを作ったのってお孫さん?」


 急に話に割り込んだキイを睨むも、


「如何にも」


 銀一翁はやや誇らしげな声で応じた。

 しかしあいつプログラマーなんてしてたのか。確かに昔からそういうのは好きだった記憶があるけど……。


「問題はそのWish最新作『クッキングキングス2』の開発遅延じゃ」


 開発の遅延は様々な要因で発生する。

 企画の遅れ、プログラムの遅れ、連携が取れていなかったり単純に作業量を見誤ったりもする。


「遅延自体は珍しくはない。だがそれが外的要因なると話は別じゃ」

「外的要因、ですか」

「うむ。実はマサキが数か月前からストーカー被害を受けておってな」

「ゴホッゴホッコプォ!」


 思わず咳き込んだ俺を、キイとレニャが不思議そうに見つめている。アイツがストーカー被害だって?

 何の冗談だ、そりゃ。


「……っと、失礼しました」

「ふん。とにかくそれが原因で製作が進んでおらん。無論、そんなものは関係なく、組を挙げて犯人を締めあげようとしたのだが」


 そこで言葉を区切ると、銀一翁は苦々しい表情になった。


「ワシ等をして捕まえることが出来ぬ正体不明の相手なのじゃ」

「正体不明?」

「そのままの意味じゃ。何せ突然目の前に現れたかと思えば、一瞬で視界から消える。張っていた若い衆が隙をついて数人掛かりで取り押さえようとしても弾き飛ばされる程の怪力。更にはバイクでの追走をも振り切る程の驚異的な脚力。儂等ですら尻尾すら掴めぬ」


 そこで区切ると、老人は大きく息を吐いた。


「流石のマサキも精神面で堪えて、如実に開発に影響を及ぼしているという訳じゃ」

「警察には?」

「医者の腕に羽虫が付いていたら、その医者はわざわざ病院へ行くと思うのか?」

「……その虫が毒を持ってないとは限りません。俺ならちゃんと取り除いて貰いますけどね」


 面倒な見栄はやめた方がいいとは言わなかった。


「ともかく、状況は以上だ。ワシからの依頼はストーカーの排除、という事になる。元山から聞いたが1000万必要としているそうだな? 成功報酬は足りない分を丸ごと出そう」


 ゴクリ。思わず唾を飲み込む。

 まさか必要額を報酬として出してくるとは思わなかったからだ。


 だが……重い。最初に聞いてたのより重いですよ、元山さん。

 最初はWishというゲーム開発絡みだと言う話だったので、知的な案件だと思っていたのだ。例えば開発を手伝うとか、企画を練るとか、そういった類の。

 であれば、例のアーカイブを使えば何とかなると踏んでいたのだ。

 だがこの依頼はどうだ。


「引き受けるも下がるも自由だ。元よりそれほど期待もしておらん。元山にはWishに今後に関わって貰う必要がある故、こうして話をする場は設けたがな」


 老人は卓上のシガーケースから煙草を取り出す。

 口元に運ぶのと同時に、入り口付近に立っていた黒服が素早く近寄り火をつけた。


「……話が話なので、まずは本人から話を聞いて、それから決めてもいいですか?」

「まあ良いじゃろう。部屋は昔と同じじゃ」

「どーも」


 部屋を出ると、長い廊下の突き当たりにある階段を上がる。二階の、また同じような広く長い廊下を歩き、突き当たりの手前の部屋で足を止めた。

 扉には「マサキ」と書かれた綺麗な銀色のプレートが張られている。


 高校生になってからこの部屋にくるのは初めてだ。

 正直な所、こいつにはあまり逢いたくないのだが……やむを得ない。

 俺は深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を叩いた。





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