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閑古鳥とアイデアと提案と (3)

 紅茶を入れたティーカップが5つテーブルに置かれた。

 元山はその内の一つを取ると、満足そうな表情になる。


「君の所は紅茶も絶品なんだよな」

「お褒めに預かり光栄だけど、ただの市販品だよ」

「いやいや。あれはいつだったか。確か高校時代の――――」

「コホン。モトカンさん、先に俺の話をしても?」

「あ、おおう。了解だ」


 本当は店長と話がしたいだけで、依頼はどうでもいいんじゃないかと思わなくもなかったが、折角アーカイブから――――正解かどうかは置いておくとして――――答えを引き出したのだ。聞いてもらうとしよう。


「では聞かせて貰おう。君が出した、男女のペアがアニメに囲まれた店に来るという無理のない設定の、答えを」

「ええ。俺が出したのは、」


 アーカイブから出た幾つかのキーワード、それに俺の直感を合わせた答え。それは――――


「追体験する料理を出す店、です」


 俺の言葉に、テーブルに座っていた面々が視線を向ける。


「……流石にそれだけでは意味を測り兼ねる。もう少し説明をして貰えるかい?」


 元山が尋ねた。


「はい。まず舞台となる店ですが、これは『アニメな料理を提供する店』という設定にします」

「アニメな料理?」


 店長が料理と聞いて身を乗り出してくる。


「ほら、アニメの中でやたら美味そうな料理ってあるじゃないですか。例えば『ラピュタ』なら、シータが飛空艇で作ったシチューとか」

「ああ、『紅の豚』でポルコがマンマユート団を撃退した後に、ジーナの店で食べてたサーモンステーキはやたら美味そうに見えたなぁ。あ、『カリオストロの城』でルパンと次元が食べてたミートボールパスタとかも印象的だよね」


 店長が頷きながら腕を組む。元山は顎に手をやり、ニヤリ笑った。


「ワタシも子供心に興味を抱いたのを覚えているな」

「『アニメな料理を提供する店』っていうのは、そういうのを再現して、メニューに出す店なんです」

「古今東西のアニメ料理を提供する店、か。確かにちょっと面白そうな設定だが……それだと問題はある」


 元山は一つ頷いたが、新たな疑問を投げかけた。


「今回の話は男女のペアが織りなす恋愛コメディが主題なんだ。男女が関わらないと、別々に客が来て話が終わってしまうだろう?」


 オタク層がちょっと変わった料理を食べに来るというだけで、ペアの男女が来るという設定にはなり得ない。そう示唆しているのだ。


「ええ。だから結果ではなく、行程にするんです」


 俺は視線を片隅にある等身大のパネルへ向かわせた。恐らく何かの魔法少女モノなのだろう。主人公とヒロインが、お互い左右から走り寄って来る構造だ。


「どういう意味だい?」

「つまりアニメ料理を出す店に、アニメ好きな客が集まって『自然とペア』になればいいんです」

「自然に? 言っちゃ悪いが我々のようなオタク層はそれ程フレンドリーではないぞ。無論、趣味趣向が合えば会話くらいはできるだろうが、そう簡単に他人と接触できるほど社交的ではない」


 えーっと元山さんドヤ顔になってますけど、それは自慢する所じゃないのでは?

 コホンと咳をし、俺は続ける。


「そこは問題ありません。その店で出す『再現料理』は『設定を再現しないと注文できない』というルールにするんです」

「ほう?」

「例えばルパンと次元が食べてたミートボールパスタなら『男二人』でないと注文できない。シータが飛空艇で作ったシチューは『男二人以上と女一人』でにとダメといった具合です」

「つまりアニメと同じ状況でないと食べられないという事か」

「はい。没入感を出す訳にメニューもテーブルに座った人数と性別によって、ウェイターがこっそり変えるんです。注文するための隠し条件ってヤツですね」

「ふむ。だがそれだと注文する側の条件が厳しいんじゃないか? 折角食べに来たのに、注文する事すら出来ないなんて」

「そこでウェイターである主人公の登場です」


 俺はテーブルの上の胡椒ケースを一つ立てる。


「彼――――或いは彼女――――はですね、お客の仕草から様々な情報を読み取れる優れた洞察力を持ったウェイターなんです」


 ウェイターに見立てた胡椒ケースを、水が入ったコップに近づける。


「彼はお客が出す微妙なサインを読み取って、食べたいもの、それにどんな性格なのかを見抜きます。そしてやって来る客を相席させていくんです。……当然、お客には男性も女性もいます」

「ああ! 店で『男女のペア』にさせてしまうということか!」


 元山は納得して頷……こうとして、ふと何科に思い至ったかサングラスを外して俺を見た。


「だが「相席」したからといって、二人が話すとは限るまい」

「はい。ですが同じ「目的」を持って来店しているんですから、それほど障害ではないと思います。なにせ折角「再現料理」を食べに来ているんですから」

「そううまくいくかね」

「ええ。元山さんを見ていれば確信できますね」


 目を瞬かせた後、元山は少し照れくさそうに頷いた。


「ま、確かに同じ趣味趣向なら取っ掛かりとしては上々だ。しかしそのウェイター、一体何のためにそんな事をするのか。何か動機を持たせたほうがいいな」

「動機はあります」

「ほう。そこまで考えてるのか」


 彼女は水が入ったコップの淵をなぞり、無言で続きを促した。


「彼の動機。それは出会った人たちに、より多くの男女に恋人同士になってもらうことです」

「恋人に……? 一体何のために?」

「えーっと、それはですね……」


 俺はキイをチラリと見てから、視線を戻す。


「実はウェイターは宇宙人なんですよ。宇宙船を動かすために熱量が必要なんですが、それは他人の恋愛から供給できるんです。だからカップルができやすくなるようお節介をするっていう」

「ははは! 宇宙人ウェイターか。そう言えばこの辺りは未確認飛行体が現れる事でも有名だったな」

「ええ。ま、きっと何処かにいるとは思いますよ」

「会って話してみたいものだがな。それはそれで面白いアイデアが浮かぶかもしれん。しかし『再現料理』を出す料理店に、出会いを演出する宇宙人か。題材としては悪くない。面白いアイデアだ」」


 元山はしばらく何か考えていたようだったが、やがて頬杖を突くとニヤリと笑った。


「そのまま丸々、という訳にはいかないだろうがここから練る価値はある。いいだろう。一つ目の条件はクリアにしよう」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。

 彼女が出した二つの条件――――脚本のアイデアとこの店に客を呼ぶアイデア――――のうち、一つ目は合格点を貰えたようだ。これで追加50万を手に入れたことになる。

 自分の力だけで為し得たものではないので、なんだか少し納得いかないが今はそうも言っていられないだろう。


「何、旦那様だからアーカイブも使えたんじゃ。それも旦那様の手柄と思えば良い」


 レニャが俺を見て小さく囁いた。

 不服を表情に出したのは一瞬だったはずだけど……ガサツに見えるがコイツは意外と人の感情を読むのに長けているようだ。


「では二つ目の方だが」

「あ、そっちもクリアでいいんじゃない?」

「ん、佐々木……?」


 突如店長が口を挟んだので、元山が不思議な顔をした。


「僕はさっきのアイデア面白いと思ったよ。アニメの料理を再現して出すなんて面白そうじゃないか。できればリニューアルの際は、そのアイデアを貰いたい」


 意外な所からの発言に俺は驚いたが、提案を出した本人の元山の方も驚いている。


「いいのか? リニューアルは現実の話だろう? もう少し慎重に考えた方が……」

「いや。方向性っていう意味でやってみたいと思った。それにあまり君に心配をかけるのも良くないと思ってね」

「な、ワ、ワタシが心配す、するだって⁉」


 妙にうろたえて元山は視線を中に彷徨わせた。


「だって君が二つ目の条件を出したのも、僕を助けるためだったんだろ?」

「ば、バカ言いたまえっ! ワタシは単に自分のお仕事の必要があったからなの!」


 なんというツンデレだ。傍から見ても分かるほど真っ赤になっている。

 元山はサングラスをかけたが耳まで真っ赤でとても隠すことはできていない。


「ま、まま、まあ? 佐々木がいいなら、いいよ。二つ目もクリアってことで」

「色々ありがとう。成功報酬の残りの50万は僕が出すよ。言い出したの僕だし」

「いや! 条件を出したのはワタシだしな。ワタシが出す。それに君はリニューアルするなら金が必要になるだろ?」

「いやそう言ってもね。これは決意みたいなものだし僕が」

「いやいや。ワタシは」

「もーさ。二人で一緒にやればいいんじゃないの?」


 甘ったるい寸劇は見たくないとばかりに、半目のレニャが口にした。「協力して一緒に店を営めばいいじゃん。別に結婚してもおかしくないしこの二人」


「なっ!」「バ、バカか! 誰が結婚など⁉」


 異口同音に否定する。


「だ、だよね」「う、うむ! 有り得ないな!」


 そして同時に肩を落とした。

 やれやれ。傍から見ても分かり易いベクトルなのに、自分では気が付かないものなのだろうか。


「あんたも大概だと思うケドね」

「ん、何か言った?」

「べっつにー?」


 今まで黙っていたキイが何か言ったようだったが、頬杖を突いて小さく吐いた溜息に、それはあっさりとかき消された。


「こ、こほん。ともかくクリアは合意だ。だが現金はイラスト買い取り分の20万しか持ってきていない。高校生に渡すのはちょっと引けるが小切手で渡そう。口座は持っているかね?」

「親父が使ってたのがあります。番号は――」

「では少々待っていたまえ」


 彼女はバッグから小切手を取り出すと、手慣れた手つきでペンを走らせた。


「ではこれを。高校生にしては過ぎた額だとは思うがね。大事に使いたまえ」


 俺は手にした小切手を暫く見つめる。

 金100万圓と書かれた紙きれは軽かったが、その数字が意味する所は重い。

 高校生が一週間やそこらで稼ごうとしたら、非合法な事に手を染めなければ決して得られる事のない額。

 でも足らないのだ。これでは。


「どうした。あまり嬉しそうに見えないのはワタシの気の所為か?」

「いや嬉しいんですけどね、目標額にはまだまだ遠いんで」

「……ほう。一体幾らだ?」

「1000万です」

「ふむ。高校生にしちゃ随分とせっぱつまってるようだな。借金するような性格でもなさそうだが……」


 腕を組んで暫く考えていた彼女だったが、何かを思い出したかのようにスマホを取り出した。

 何か調べていたが、少ししてから俺を見た。


「金になる仕事。一つあるが紹介してやろうか? 恐らく報酬は相当な額になる筈だ」

「本当ですか⁉」


 思わず飛びつく。


「ああ。さっき少し話した開発の会社……Wish(ウィッシュ)の話は覚えているか?」

「えーっと……ゲームを作った会社でしたっけ」

「そうだ。そこのクライアントがちょっと問題を抱えててな。解決策が欲しいと言ってきていたのだ」


 願ってもない話である。


「君にはその、なんだ。予想以上に世話になったからな。もしよければ紹介する。ただクライアントがちょっと一般人ではない(・・・・・)だけに、ちょっと一本縄ではいかないと思うが……」

「基本どんなことでも引き受けます。まずは話を聞かせて貰っても?」

「了解だ」


 彼女は少々複雑な面持ちでクライアントの名前を告げると、話を始めた。




 ――――― 体内にある爆弾が爆発するまで残り9日。目標金額まであと820万 ――――――





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