閑古鳥とアイデアと提案と (2)
「今進行しているのは料理を主題に置いたアニメのシナリオだ」
足を組み直しテーブルに肘を付きながら、元山は話し始めた。
「簡単に言うと、男女のペアがマニアックな料理店に集まって、その店長が厄介ごとを解決していくラブコメだな」
「客が問題を持ってくる……というと、『ビブリア古書堂の事件手帳』とか『万能鑑定士Qの事件簿』みたいなミステリーですか?」
「正しい。ただミステリーというより日常系だがね。少し変わった客が問題を運んでくると言う体裁は同じだ」
元山は顎に手をやり「話の内容自体は面白くできそうなんだが」と前置きしてから、
「設定の方でちょっと煮詰まっていてね。どうにもマニアックな店に男女で来るっていう設定に、リアリティが詰められないのだ」
彼女は顎に手をやり視線を宙に揺らした。
俺は詳しいわけではないが、以前何読んだ本にあった一文を思い出した。
この手の設定で重要なのは『どれだけ嘘に強度をもたせられるか』という点にあるらしい。視聴者、或いは読み手が「あれ?」と疑問を抱いたり「それはありえない」と思った瞬間、作品への没入感が損なわれ、興味が急激に失せるケースが多いという。
「リアリティですか……。そのマニアックな店ってどんなイメージ何です?」
「それはまるっきりこの店だ。アニメに囲まれたイケメン店長がいる店だ」
元山は両手を広げた。
アニメに囲まれたという点はともかく、イケメン店長という点にはいささか疑問があるんですが……。
店長も苦笑しながら頷いた。
だがしかし二人の疑問符にはお構いなしにモトカンは話を続ける。
「イケメン店長が男女の問題を解決! ううーん、考えているだけで色々な所が熱くなる! 楽しい! イケメン店長が冴えた頭で問題を解決。そしてイケメン店長に惚れる女客! 実は男客は仮面ホモで彼もイケメン店長に惚れて奇妙な三角関係に!」
顔を真っ赤にしてグッと拳を握りしめた。
何か一人で盛り上がり始めたぞ。誰か止めて差し上げろ。
「っと、すまんすまん。そこら辺の内容はこちらで盛り上が……考える予定だ。考えて欲しいのは、男女のペアがアニメに囲まれた店に来るって設定の方でね」
「ていうか、それ、無茶がありません?」
「その通りだ。普通に考えたら君たちのような恋人同士が、この店をデートに選ぶとは考えられない」
「こいつが彼女⁉ 違う!」「これが彼氏⁉ 違います!」「千秋は旦那さまじゃからな! 違うに決まっておる!」
語気を荒げた三者三様の否定に彼女は「お、おう。よく分からないが違うのか。てっきりどちらかが彼女でどちらかが二股をかけられている方だと思っていたのだが……」と呟いた。
聞こえてるぞ。一体俺たちに何を期待していたのだ、この人は。
「まあいい。とにかくアニメな店に男女のペアがよく訪れる……という嘘を強化する嘘の『アイデア』が欲しいのだ」
嘘を更に強烈な嘘で補強して没入感を損ねないようにする、という訳か。
俺には分からないが、その理屈は、まあ多分正しいのだろう。そうでなければ彼女がこの業界で名を売ることはできなかったはずだからだ。
となれば方向性は確定。あとはその内容だろう。
どうすれば『男女のペア』が『アニメ好きな店に訪れるか』という嘘に、リアリティを持たせることができるか。
まずは店内を見回し、脳裏に浮かんだキーワードを羅列していく。
男女のペア、アニメ、美味い料理、キャラクター、魅力、食事、個性、好み、嫌いなモノ……。
男女のペアをまずどうやって呼ぶ? アニメが好きな層は元々インドアな層が多いだろう。ペアとなれば母数は更に少なくなる。
そもそも何しに店に来る? 美味い料理を食べにくる? でも美味い物なんて何処にでもあるだろうし。
頭を悩ませていると、ふとキイが物憂げな表情で見ている事に気が付いた。
「どうした?」
「え、あ、うん……何でもない」
「……?」
それから暫く頭を働かせたが、いい案は思い浮かばなかった。
ダメだ。足らない。考えるにしても、もう少し何かきっかけが必要だ。
「旦那様よ。苦戦しておるようじゃが、もしかしてマリード家の宇宙船の事はよく知らんのかの?」
隣に座っていたレニャが首を傾げた。
「……何の事だ?」
「マリード家の宇宙船にはアカシックアーカイブに接続できるコマンド が搭載されておる。それを使えば解決の糸口も見えよう」
「アカシックアーカイブ?」
「ちょ、あんたっ!」
「マリード家が集めた知識ライブラリーじゃ。宇宙に散らばる数々の知識を得るために随分と際どい事をしてきたとの噂じゃがな。まったくやっとることは盗賊と変わらん。そこのビッチは何も教えておらんのじゃな」
レニャは青い目でキイを軽く睨んだ。
「べ、別に! 婚姻の儀を終えたわけでもないから教える必要もないだけだし……それに! 宇宙船が強力なコマンドを無制限に近い状態で使えるのは、動力からエネルギーを持ってこれているからよ。でもまだ完全に宇宙船と同化したわけじゃない千秋が使うのは、命を削る事と同意だし!」
俺を挟んで睨みあう二人。
「……てゆーか、あんたやけに詳しいじゃない。一般には公開されてない機密レベル3の情報よ、それ。」
「我が母上は昔お主の所と一戦やり合ったからの。その時に得た情報だと聞いておる」
「ああ、レトバルレーナってどこかで聞いた事があると思っていたけど、20年前に王宮に入って掴まったバカな盗人の苗字だったかしら」
「母上は不当に利益を貪る一族の利益を分配しようとしただけじゃ。そういえば捕まえようとした女王様は、捕まえるどころか裸にひん剥かれて泣きべそをかいておったとか」
「気丈なお母様が泣くわけがないじゃない! いい加減な嘘を言わないで頂戴、この貧乳!」
「こ、これは貧乳じゃなくて成長途中なだけじゃ! このビッチ!」
「だからビッチじゃないっての!」
「ああもういい加減にしろ!」
両手を広げ睨みあう二人を牽制した。
「キイ。そのアカシックコマンドっての使い方教えてくれ」
「でも……さっきも言ったけど、婚姻の儀を終わらせる前に使ったら」
「一回使ったくらいで死ぬわけじゃないだろ? ちょっとだけだ。頼む」
俺が軽く頭を下げると、金髪の少女はやや迷った表情になった。
彼女はちらと店内に視線をやる。店長とモトカンは別のテーブルで談笑しており、こちらに気を向けていない。
「……じゃちょっとだけ。10秒くらいなら大丈夫、だと思うから」
「サンキュー。でも幾ら何でも短すぎやしないか?」
「大丈夫。それだけあればアーカイブは答えてくれるから。むしろそれ以上繋いだら、千秋の体力の方が持たないわ」
「分った。どうすればいい?」
「あたしの手を握って」
言われるがまま、差し出された左手を軽く握る。
握った手は暖かく、不思議なほど体温が伝わってきた。
「千秋とはの状態はまだ婚約状態だから、アーカイブへのアクセス権はあたしが持ってる。それを一時的に移すわ。接続した後は、知りたいことを脳裏に思い浮かべるだけでいいから」
「了解だ」
「じゃいくね」
キイの言葉が耳に入った瞬間、視界がブラックアウトした。
同時に身体がふっと軽くなる。
脳に細い糸が絡み合っていくような奇妙な感覚がしたかと思った瞬間、突如「カチリ」と、頭の中の何処かでスイッチが入った音がした。
視界が開けた。膨大な情報が目の前に――まるでディスプレイに映されるかのように――高速で流れている。
情報の濁流。
肉眼なら追えるはずもないのに何故か理解できる。幾つものキーワードたちは、奔流となって脳内を駆け巡り、ディスプレイにアウトプットされていった。
すげぇ……っていや驚いている場合ではない。
知りたいことを脳裏に浮かべればいいんだっけか。
キーワードは男女。それに料理と……あとは……
頭に思い浮かべると、パシッと電流のようにそれは走り、記憶領域の図書館が目まぐるしく叩き廻り、散らかし、何かを探し始めた。
時間にしてみれば一秒にも満たない刹那なのだろうが、何故かゆっくりとした時間の流れに感じた。
そして微かな頭痛がした瞬間、
「はいっ! 終わり!」
「…………っ⁉」
声がして、現実に引き戻された。
同時に異様なだるさが身体を襲う。
「ちょ、だ、大丈夫?」
「あ、ああ……。ちょっと目眩はするけど」
周囲を見回すと不安そうな面持ちのキイと、身を乗り出さんばかりに近寄っていたレニャの顔が見えた。
「ちょい近い」「ご、ごめんなのじゃ」指を目に当てぐるぐると押す。隣から安堵の溜息が二つ、左右の耳に届いた。
「どうだった? 何か糸口は見えた?」
「ああ。あ、いや……アイデアらしきものは幾つか提示されたけど……今の状況をピンポイントで解決する方法はなかった、と思う」
「そう……」
「もう少し繋げていれば出てくる気がするが――」
「ダメ! もうふらふらじゃない!」
キイの強い反対に思わず驚く。もしかして少しは心配していてくれるのだろうか。
「いやまだいけるって」
「バカ! 自分では気が付かないほど体力を消耗してるの! あと一秒でも使ったら、あんた、歩けなくなるわよ!」
「わ、分った分った。分ったからお前もあんまり顔を近づけるな」
「わっ! ご、ごめん……やだった?」
見た目麗しい紅裙がいれば、誰でも恥ずかしくなるのだが……ま、わざわざ言う必要はないか。
「とにかく、いくつかのキーワードは掘れた。あとは自分で補完するよ。ありがとうな」
「う、うん」
お礼を言うと、キイは何故か顔を背け小さく頷いた。
さてアーカイブから選ばれたキーワードは次のようなものだった。
・料理
・追体験
・思い出
一見どれも噛み合っていない、バラバラな印象を受ける。本当にこれが解決に繋がるのだろうか……?
不安になり思わず手に力が入る。
不思議なほど温かい体温。左手がキイの手を握ったままなのを思い出した。
それは温もりの記憶。
瞬間、最後のピースが脳内でカチリと嵌ったのを自覚した。
そうだ……ああ、そうか。そうなのか。
俺は隅のテーブルで談笑していた二人に話しかけた。
「お二人ともこっちに来て貰えますか。いい嘘が見つかりましたよ」