閑古鳥とアイデアと提案と (1)
「彼女は元山寛子。僕の同級生なんだよ」
30代後半……いや前半だろうか。背筋を伸ばした姿は少し若く見える気もする。
スマホで検索してみると、検索結果の最上部に、Wikiの項目がすんなりと最上部に表示された。
元山寛子。数々のアニメを成功させた天才脚本家として今注目を浴びている。特に最近脚本を担当した『サイコパスのパスモ』は劇場版も公開される程の大ヒットとなった。
宇宙人のキイ曰く「地球人で知らないなんて損してる」らしい。
ふと気が付けばキイと店長、それに元山の三人は会話に花を咲かせていた。
「あ、そういえば『クッキンキングス』のストーリーも担当されてますよね!」
その名前は聞いた事がある。確かPS3で出たRPGだ。ここ数年でJRPGの最高の出来と謳われてる、とは同じクラスのヤスアキの言葉だ。
「あれか。チームWishの総力を挙げて作った奴だな。我ながらクッキンキングスはいいストーリーが練れたよ」
「続編は作らないんですか?」
「ワタシは外注だからね。ま、最もあのチームは何かごたごたしていたようだし、暫くは出ないんじゃないか」
元山は我関せずといった感じで肩を竦めると、ふと店の方へと視線を向けた。
「しかし今日も閑古鳥のようだな、佐々木よ」
「それは言わないでよ」
「腕は確かなのに勿体ないと思ってるだけだ。それはそうと、例のイラストを売りたいってのは?」
「ああ。こちらの彼」
彼女にイラストを渡す。手にし値踏みしていたが、暫くするとうんうんと頷いた。
「なるほどなるほど。本物のようだ」
「あの……」
「話はとりあえず中に入ってからにしようじゃないか。衆目を集めてしまっているしな。あと腹も減ってる。佐々木、ランチ一つもらおう」
衆人の目を気にした様子もなく、元山はビシッと歩き店の中へ入っていった。
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「美味い! この料理の味に文句をつける奴がいたら、間違いなくそいつはただの味覚音痴だろうな」
テーブルの上に置かれた本日のランチを食べながら、元山は舌を巻いた。
「佐々木。この料理のコンセプトは?」
「特にないけど、強いて言うならアニメのキャラに合わせた料理、かなぁ」
「ほう?」
「このペペロンチーノは唐辛子をホワイトリカーに浸けることで、辛みを敢えてマイルドにしてあるんだ。アニメ『キッズ☆くらすた』に出てくる主人公の女の子がさ、辛いのが苦手なのにペペロンチーノが好きなだから。だからさ、もし彼女が注文したとしても食べられるようにってね」
え、辛さが抑えられてたのはそんな理由だったの⁉
というか特にないって言っておいて、めっちゃコンセプトあるじゃん!
どうやらこの店長も随分特殊な思考の持ち主のようである。
「なるほど。キャラの好みに合わせたのか。何か感じてはいたのだが、アトモスフィアは二次元だということか。ククク……いいな」
こっちの方も大分あれだ。言っている意味が全く分からない。
類は友を呼ぶという奴だな。あれ、それってつまり、俺も含まれてる? いやいやまさか。
「ていうか。幾らで買って貰えます?」
「ふむ。そちらのお客さんは随分とせっかちさんだな」
彼女はナフキンで口元を拭いつつ俺を見た。
「個人向けイラストを描かない彼の作。滅多に市場に出回らない価値を踏まえて……20万だ」
20万。
十分な額だ。目標額の1000万にはほど遠いが、店に売りに行くよりは高いだろう。
「イラストとしては十分すぎるほどの価格だと思うが。不服か?」
「あ、いえ。それで構いません。ただ今ちょっとお金が必要なので色を付けてもらえると助かりますけど」
「ほう。高校生……だよな? 学生がそんなに金に困っているのか」
「ま、ちょっと訳アリで」
さすがに命が掛かってるとは言えない。説明が面倒だ。
「ふむ」
ちらと俺とキイ、それにレニャに目を向ける。
「なら100万出しても良いぞ」
「え」
突然の跳ね上がりに思わず疑問の声をあげる。
「冗談ですよね?」
「ワタシはジョークは好きだが冗談は嫌いだ。無論、単に上乗せするわけではない。買い取りに条件を加える」
「条件?」
「そうだ。今からワタシが二つお題を出す。一つクリアするごとに50万上乗せしよう。どちらもダメなら加算はなし。逆に1万でそのイラストを譲ってもらう」
元山はサングラスを外し、挑戦的な瞳で俺を見据えた。
「……リスクありって訳ですか」
「何かを得ようとすればギャンブルになるってものさ。その方が面白いだろう」
「まずはそのお題を聞いてからでも?」
「よい。一つ目はワタシの脚本のブレストだ」
「はい? ブレスト?」
「所謂ブレインストーミングという作業だ。言わばアイデアをどんどん出し合って話し合う事だな」
いきなり何を言い出すんだろう、この人は。
脚本家という職業がどんな仕事の手順を踏むかは分かる由もないが、素人が意見してどうにかなるものなのだろうか?
「引き受けるかは置いておくとして第一の条件は分かりました。もう一つは?」
「もう一つはこの店に客を呼べるアイデアを出すこと」
「客を呼ぶ?」
「ワタシは店仕舞いをするには勿体ないと思っているのでね」
それは先ほど店長から聞いている。
ここの店が美味い料理を提供するのは身を持って分かっている。もし存続するのであれば安さも相まって常連客になることは間違いない。
俺としても確かに閉店になるのは勿体ないが……。
「元山……閉店は僕の問題だよ」
「佐々木よ。第三者が勝手に考えるだけだ。問題あるまい。それにどうせ閉めるなら誰かのアイデアを聞いてからでも遅くはあるまい?」
「そりゃそうだけどさ……やれやれ、昔から強引なのは変わってないな」
何か言いかけた店長は諦め顔でテーブルの椅子に腰を降ろした。どうやら彼女にこれ以上言っても無駄だと悟ったようだ。
「以上二つが追加料金を得るための条件になる。質問は?」
「それらのクリア基準は、どういう判定なんですか?」
「両方ともワタシが納得いくかどうかで判定する。……ああ、個人の見解が判定になるのを懸念しているのだったら安心してもいい。大丈夫。ワタシもクリーエーターの端くれだ。出されたアイデアに対しては、正当な評価をすると約束しよう」
そう言って彼女は頬杖をついた。
「さて少年。受けるも受けないも君次第だ。このまま受けずイラストを20万で買い取ってもよし、受けて成功報酬を……」
「やります」
俺は椅子に腰かけながら、彼女の言葉を遮った。
一瞬驚いたように口を僅かに開けたが、すぐにニヤリと端を上げる。
「嫌いじゃないぞ。そういう自信は」
「自信とかじゃなくて。ここで稼がなきゃ、俺死ぬんで」
「ははは。それはまた大袈裟な話だな。金を稼いで隣の彼女達に貢物でもしないと死ぬのかい?」
「ええ、そんなところです。高校生が大金を得られるチャンスはそうそう転がってませんしね」
チラリと隣を見ると、キイもレニャもやる気満々の顔つきだった。明らかにこの状況を楽しんでいる。
「では一つ目からいこうか」
脚本家モトカンはサングラスをかけ直すと、姿勢を正した。