女難とハンターは諦めない (4)
「おお……これ美味いな」
一口。思わず感嘆の声が漏れた。
白い皿に盛られたカルボナーラは基本通りに作られている。カリカリに焼かれたベーコンの塩加減、それに卵の絡み具合が絶妙だ。
少し違うのは口に入れた時のちょっと変わった風味だ。濃厚な味の中にある不思議なアクセントが癖になる。
「カルボナーラ・レトバルレーナ風アレンジじゃ。セロリを細かくミキサーさせてほんの僅か混ぜておいた。ボク独自のレシピさ」
レニャは説明しつつ胸を張った。
正直こんなガサツな奴が作る料理なんてと思って期待していなかったのだが、いやいや全く驚いた。人間どんな才能が隠れているか分からないものである。
「いや、本当に美味いよ」
改めて褒めると、レニャは頬を赤らめ少し照れくさそうに鼻を掻いた。
「ちょ、次はあたしのだからね」
「おう」
キイがすっと皿を前に差し出した。見た目はほとんど同じだ。
さて味は。
「……マズい」
一口入れて、思わず落胆の声が漏れた。
白い皿に盛られたカルボナーラは一見普通に見える。だが微妙な焼き加減のベーコン、それに少し固まりすぎた卵が柔らかすぎるパスタに絡みつき不快な触感を与える。
更に卵とクリームを混ぜたソースは味がぼやけており、ベーコンの塩味だけが辛うじて料理としての体裁を整えているような状態だった。
「またまたー。千秋さ、そんなんであたしを騙そうたってそうはいかないよ」
バッチリウィンクする彼女。
「もう一度言うぞ。マズい」
俺の真顔を見て、嘘は言っていないと思い始めたのか、若干顔が曇り始めた。
「嘘だよね~。だ、だってお姉ちゃんに教えて貰った通りに作ったよ!?」
「お姉ちゃんなる人物がどんなかは知らんが、お前これ、ちゃんと味見した?」
「え、するわけないじゃん。完璧なのに」
即答して頂けたので、俺はその完璧な料理を、無言でキイに皿を差し出した。
彼女は訝しげな表情をしていたが、フォークでパスタをくるくる巻くと、ひょいと口に運んだ。
「どうだ? 感想は?」
「……た、食べられなくはない」
「じゃあ全部食べていいぞ」
「ぜ、全部はちょっと。なんていうか少量でお腹いっぱいになるパゥアーを秘めてるっていうか」
「素直にマズいと認めろ」
「ふぇぇ……。な、なんでぇ……」
落ち込んでしゃがみこんでしまった。
「旦那様の判定を待つまでもなくボクの勝利じゃな」
レニャがドヤ顔で見下す。キイは涙目で睨み返した。
「くっ……ちょ、ちょっと美味しいからっていい気にならないでよね! あたしだって何回か作ればちゃんと美味しくできるし!」
一見ただの負け惜しみにも聞こえるが、その言葉には一理あった。
確かにキイが作ったのはマズいのだが、ただ食べられなくはないと言う辺りが微妙に光明を残しているのだ。
「しかしレニャはよく料理なんてできたな」
「えへへ……元々星々を回る一族じゃからな! 色々な星の料理を知っておるのじゃ。レシピも伝統的に受け継がれてるし、遺伝子レベルでも受け継いでおる!」
「そりゃすごい。見た目ガサツでバカっぽいのに」
「……それ、評価してるようで、実はバカにしてる?」
半目で睨まれた。本音なのだが。
「何なら旦那様には拷問用に作る料理でも食べさせてあげようか?」
ナニソレ、コワイ。
「うう……あたしの料理何でダメなんだろ」
キイはまだ落ち込んでいる。
なにか声をかけようかと思った時、
「ちょっといいかい?」
横で見ていた調理長がキイの料理を口にした。
何度か咀嚼すると、微笑みながら頷く。
「きっとこれカルボナーラを目指したんだと思うけど。ちょっとアレンジが過ぎてるね。もう少し単純にすれば大丈夫だよ」
「え? ほ、本当ですか」
「ソースはまだ残ってるかい?」
「あ、はい。少しだけですけど」
「ちょっと待っててね」
店長はキッチンへ行くと、幾つかの調味料を棚から取り出した。
フライパンに残っていたソースに調味料を加えて温め始める。その間に新しくお湯を沸かしパスタを茹で始めた。
無駄のない動きは見ていて楽しくなるほどだ。
暫くすると、パスタが盛られた皿を手にしてテーブルに戻って来た。
「ほら、食べて見て」
差し出されたカルボナーラは、一見見た目はキイが作ったもの大きな差異はない(パスタだけは新しく茹でてあるが)。
「あの。でも、これあたしが殆ど作ったのと同じじゃ」
「いいからちょっと食べてごらん。ほらそっちの彼氏も」
彼氏じゃないけど。
勧められては仕方ない。仕方なく一口食べる。
「おおー……」「わ、おいし……」
俺とキイから思わず感嘆の声が漏れた。
あのくっそマズい料理をこんなにも美味く出来るものなのか。
微妙な焼き加減のベーコンや少し固まりすぎた卵はそのまま変わっていない。だがぼやけていた味は無くなっており、しっかりカルボナーラ(風味)の味になっている。
「一体どうやったんですか」
「何、塩分を少し調整しただけさ。料理の基本を押さえれば、多少手順を間違えても美味しくなるものだよ」
店長は笑いながら説明したが、いやいやどうして。あのマズかった料理をここまで変えられるのは早々出来ない。
彼の手腕がいかに優れているかを物語っていた。
「あ、あのもう一度教えて貰えますか!」
キイは頷きながらタブレットにメモを打ちこんでいる。その目は真剣そのもの。さながら花嫁修業をする女の子だ。
一応婿を探しに来たんだっけか。
しかし彼女の料理が美味くなったとしても、1000万を作ることはできない。俺が死を回避することはできないのだ。
カバンからイラストが描かれた色紙を取り出す。
昨日手に入れたこれをどう金にするか。考えるべきはそこだ。
「おや、それって沖田エルのサイン入りイラスト?」
店長は手にしたイラストに目をつける。
「彼ってあまり個人向けに描かないから、そういうのってプレミアがつくんだよね」
「そうなんですか? 今からこれ売りに行こうと思ってたんですけど」
駅前にあるとらの穴にいけば売れないかと考えていた所だ。
「売れなくはないだろうけど……知り合いに欲しがってる人がいるから紹介しようか?」
「本当ですか」
「ちょっとしたコレクターだから相場より高く買ってくれると思う。都内を中心に仕事をしてるからすぐには来れないけど……良かったら聞いてみようか?」
「是非お願いします」
渡りに船である。幾らになるかは分からないが、聞くだけなら労力は無いだろう。
早速彼は携帯を掛ける。通話先の相手に特徴を話しているようだ。
「え、そりゃこっちはいいけど……今すぐ来るのかい?」
驚いた声。何だろう?
彼は通話口を押さえながら俺を見た。
「今すぐこっちに来るって言ってるけど……時間は大丈夫?」
都内って行ってたっけ。今から東京から来るとしたら二時間弱だろうか。時計を見るとまだ一時になった所だ。「大丈夫です」と伝えると、彼は通話を終えた。
「でも店の方は大丈夫なんですか? こんなに居座っちゃって」
と入ったものの、俺たち以外の客が来る様子はない。
「お客さんこないからね。……来月には閉店しようかと思ってる所だよ」
「そうなんですか⁉」
驚いたのはキイだった。
「こんなに美味しいのに」
「ははは。やっぱり路線を間違えたのがいけなかった、かな。これはこれで夢だったんだけど、今度のリニューアルでもっと若い男女が来れるような普通の店にする予定だよ」
アニメに囲まれた店。料理の味はともかく客を選ぶ店。
何となく勿体無い気もしたが、人が来なければ経営も立ちいかないならば、仕方のない判断なのだろう。
ふと気が付くと、テーブルに乗ったティーカップが小刻みに揺れ始めていた。
何だ? 地震……? いや違う。
遠くから聞こえていたパタタタという布を叩くような音は時間が経つにつれ大きくなり、連動するかのようにティーカップの揺れも大きくなっていった。
パタタタがバダダダに変わるまで一分ほどであったが、耳をつんざく爆音になるまでそこから僅か10秒足らずであった。
「ちょ、何の音!?」
「敵襲か!?」
どちらかといえば敵はお前だろという言葉を飲み込んで、慌てて扉を開けた。
外へ出ると同時に強烈な風が全身を打ち付けたが、構わず爆音の発信源――上空――へと視線を向ける。
音の正体は一機のヘリだった。
「なん……ヘリ? こんな街中に?」
太陽を背にした鉄の塊から、ロープを伝って落下してくる人影が見えた。周囲の人目を一際集めながら、大地に降り立つ。
黒いスーツ姿の女性だった。
「ははは! 待たせたね! 15分か。流石はワタシだ! おいウェイターの君!」
「俺!?」
カジュアルなジーパン姿でありどうみてもウェイターの恰好ではない。
「何だ違うのか。まあいい。どうだ!」
何がだ。
「おいおいおい、何だい! その興味なさそうな顔は!」
呆気にとられてるんだよ。大丈夫かこの人。
「この天才モトカンがせっかく来てやったと言うのに!」
誰だよ。
「え、モトカンってもしかして脚本家の元山寛子⁉」
驚いたのは俺ではなくキイ。どうやら知っている人間らしい。
「しってんのか?」
「え、千秋ってばモトヒロ知らないの⁉ 去年の東京アニメアワードの脚本賞とったのに! 『キッズ☆くらすた』や『衛宮衛の衝撃』で一躍有名になったアニメ脚本家だよ!」
キイは興奮した様子で口走ったが、俺にしてみれば「なんだかワケのわからない奴が増えた」程度の認識しかない。
「今すぐって本当にすぐ来ちゃったよ」
店長の呟きを聞いて、どうやらこのワケのわからない奴が俺の取引相手だということがわかったのだった。




