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女難とハンターは諦めない (3)

 安さで選んだ商店街唯一のファミレスは満席だった。

 ならばと足を運んだ別の店も満席。

 普段は行かない通りに足を運ぶも、やはり安そうな店は何処も満席だった。

 くそう。件の事件で、ここ一帯には無駄に人が集まっているようだ。

 普段であれば地域の活性化ということで多少なりとも喜ぶところなのだが。


「千秋さーん? お腹減ったんですケドー」


 金髪のお嬢様が不機嫌を隠さない非難声明をお出しになる。

 もう一方の青髪の少女は地球の文化が珍しいのか、興味深そうにキョロキョロしながら歩いている。商店街には屋台が幾つか出ているが、その匂いに釣られ時折ふらふらと寄せられていく。こちらもこちらでだいぶ腹がお空きのご様子である。


 仕方ない。多少高くても空いている店を選ぶしかないだろう。

 歩くこと5分。

 俺は『イタリアン料理。アニめーぜ』と書かれた看板の前で足を止めた。



    **********



「ねぇ、千秋」

「なんだ? キイ」

「ひとつ聞きたいんだけど、女の子と入るのに何でこの店にしたの」

「看板に書かれていたランチ価格が安かったから」


 俺はテーブルに置かれたランチメニューを指差す。

 パスタセットが五百円という価格は、平均ランチ八百円を大きく下回る。

 素晴らしい。実に財布に大変優しい設定だ。価格は高校生にとって最も重要な項目なのは疑いない。

 と思っていたら半目で睨みつけられた。どうやらご不満らしい。


「いったい何が不満なのだ」

「安いのはこの際いいわ。むしろ節約していくべきだし」

「なら問題ないんじゃないの?」


 彼女は肘をついたままぐるりと店内を見回した。俺も釣られて見回す。

 店内の壁にはアニメのイラストが所狭しと張られている。キャラ人形。果ては等身大のポップまで飾ってある。イタリアンという看板とは不協和音な気もしなくもない。いやどう好意的に見積もっても異色である。


「あたしさ。アニメとか嫌いじゃないしむしろ視る方なんだけど、でも女の子との食事の場にチョイスするのはちょっとどうかなと思います」

「……別に良いだろ。ていうかデートじゃないし。コスパ重要視に何か問題でも?」

「大有りですぅー。女の子と一緒に外出するのは全部デートだと思ってくださいー」


 キイは半目で睨みつけ、あからさまに不満な声をあげた。

 うわぁ面倒くせぇ……。


「ボクは全然気にしないけどー? あ、このピリ辛ペペロンチーノとか良さそうじゃー」

「俺もそれにしようかな」

「あ、じゃじゃ。ボクはこっちの春野菜のアンチョビパスタにするから、旦那様ちょっと食べっこしない?」

「おーそっちも美味そうだな。よし、その案乗っかった」

「えへへー……やったー」


 レニャはぐっとガッツポーズを取り喜びを表に出した。素直だし案外悪い奴じゃないのかもしれない。


「痛っつ⁉」


 そんな事を考えていると、足に踏まれたような痛みが走った。


「何すんだよっ」

「あたしの注文がまだ決まってないんですけどー?」


 犯人が不機嫌そうな視線を俺に向けた。


「いや別に俺に言わなくてもいいだろ」

「……で、何が食べたいの」

「いや特には……」

「じゃああたしもピリ辛ペペロンチーノにするから」


 不思議なほど不機嫌なキイはぷいっと窓の方へ顔を向けた。じゃあって何だ、じゃあって?

 素朴な疑問を抱きつつも、俺はウェイターを呼び注文を伝えた。



    **********



 かき入れ時だと言うのに、5卓ほどあるテーブルに座っているのは俺たち三人だけだった。

 注文した料理も待たされることなく運ばれてくる。

 俺はピリ辛ペペロンチーノ、女の子二人は春野菜のアンチョビパスタだ。


 猫舌のキイはふーふーと息を吐きながら上品に口へ運ぶ。一方のレニャはフォークでくるくると器用に巻くと、あーんと大口を開けて放り込む。

 対照的な食べ方だと思いつつ、俺はフォークを手にした。


「……うま」「なにこれ。これちょー美味しい……」「うっまー!」


 三者三様。賞賛がそれぞれの口をついて出た。


 安さだけで正直味は期待していなかったのだが、これは相当美味い。

 元々ペペロンチーノはシンプルな料理だ。低温のオリーブオイルを熱しニンニクと唐辛子の香りと味を引き出す。後は茹でたロングパスタを絡めるだけ。

 シンプルな料理ほど作り手の腕が出るとは言われているが、これほど違うとは驚きである。

 俺も何度も作っているが、これほど完成度が高いものは作る自信はない。

 キイとレニャは別のパスタだが、彼女たちの表情を見る限り高レベルの味であることは明白だった。

 うまい! 一口交換すると言う話も忘れ、俺たちは無言で食べ続けたのだった。


 水を飲もうとしてコップ手にすると、いつの間にか空になっていた。


「どうぞ」

「あ、どうも」


 ニコニコと笑みを浮かべた店員が、ウォーターポットから慣れた手つきで水を注いでくれる。

 中肉中背で柔和な顔。白いコック服を着ている。この人はシェフも兼ねているのだろう。


「いやこれ美味いっす。ペペロンチーノなんてしょっちゅう食べますけど、こんなに違いがでるもんなんすね」

「オリーブオイルの温度、それにニンニクの刻み方にちょっとコツがね。ああ、良かったらおかわりもできるけど?」

「え、そんなん出来るんですか?」


 この安さでこの美味さ、更におかわりまでできると言うのは最早破格である。


「他にお客は来そうにないしね。サービスさ」


 苦笑いした店長は肩を竦めた。

 ならば遠慮なくと、俺は皿を差し出す。高校生が食べる飯の基本は質より量。

 質も最上級とこれば、迷う理由は一辺もない。


「そちらのお嬢さん方は?」

「ボクも!」

「あ、あたしもちょっとだけっ……」


 女性陣二名の返答を聞いて、店長は笑みを浮かべた。



 結局運ばれてきた二皿目を食べ終えるまでに、来店した客はいなかった。

 食後の紅茶を注ぐ彼は苦笑いしつつ、


「安くて美味い料理を提供してるつもりなんだけど、客足は今一つでね。何でかなぁー」


 軽くぼやいた。


 だがどう考えてもその原因は一つしかない。

 扉を開けて出迎えるのは、壁には所狭しと張られたアニメのポスター。

 更に壁際に置かれた幾つもの等身大ポップ。

 一歩踏み入れればイタリアンの店というより、完全に『とらの穴』である。同人誌こそ置いていないが、あっても不思議ではない。

 幾つか置かれたテーブルが辛うじて飲食店であることを主張しているが、これじゃいくら料理が美味くても、普通の客なら入店に二の足を踏むだろう。


「あはは……だよねぇ。でもこれは僕の夢なんだよ」

「夢、ですか?」

「アニメの話をしながら料理を食べられる店っていうね」


 アニメーターを目指した時期もあったそうだが、絵が下手で生き残るには辛く、バイト先で褒められた料理の腕を生かす為、料理人になったという。

 彼が初めて見たアニメは『アルプスの少女ハイジ』だったが、内容よりも作中に出てくる何でもない料理が異様に美味そうだったのが印象的だったらしい。


「だからアニメが作れないなら、同じ趣味の話題で美味い飯が食える店があってもいいんじゃないかってさ」

「ああ、それで店内がこんな感じに」


 飾られた現代アニメのポスターやポップ。いつか見た夢の残滓という訳だ。


「料理の道も楽しいけどね。いつかこの店をアニメ好きなお客で賑わうようにしたい。やっぱり夢かもしれないけど」

「了解した! その心意気や良し! ボクに任せたまい!」


 突然、レニャが叫んだ。いつの間にか『調理場』にエプロンをつけて立っていた。

 ……ってお前何してんの!?


「一食の恩義。ボクが返そう。こうみえても料理は得意なんじゃ。最高に美味い料理を作ってあげる」


 そう言って、勝手に冷蔵庫を開けて材料を取り出し始めた。


「お、おい! 客が勝手に厨房に立つな! 迷惑だろ!」

「いやいいよ! やってみてよ」


 だが怒るどころか店長は意外にもノリノリだった。「どうせ今日はもうお客も来ないだろうしね」と言って、入口にかけられた表札をクローズドに変えた。


「あ、そこに置いてある材料は、今日使わなかったら『まかない』になる分だし、好きに使っていいよ」

「ふむ。玉ねぎに、セロリ……これならいけそうじゃの。旦那様待っておれ。最強に美味いのを作るからの!」


 無い胸を張っている所悪いが、全く待ってない。ついさっき食べたばかり(しかもおかわりまでした)だ。満腹中枢が刺激されまくっている。


「旦那様に美味しい料理を食べさせるのは嫁の大事なお仕事じゃ」


 レニャはキイを一瞬見やるとふふんと鼻で笑った。

 これが良くなかった。

 後から思えば、この時すぐにでも止めるべきだった。


「……はぁ? ちょっとあんた、あたしに喧嘩売ってるの?」


 黙って座っていたキイが椅子から立ち上がり、半目でレニャに近寄っていく。


「ボクは事実を述べただけじゃ。それとも何か? お主は将来の旦那にご飯のひとつも作れない、とでも言うんじゃなかろうな?」

「べ、別に料理だけが伴侶のお仕事じゃないし?」

「へぇー。じゃあお主は旦那様にちゃんとした手料理を食べさせることができると?」

「当たり前じゃん!」

「なら勝負してみる?」

「勝負?」

「お互い同じものを作ってどちらが美味いか。極めて単純じゃろ」

「……い、いいわよ。受けて立ちましょう」


 キイはレニャの前に立ち腕を組んだ。


「今ある材料で手早くできそうなのは……カルボナーラじゃな。良いか?」

「構わないわ。判定はどうするの?」

「ボクの旦那様が審判をすればよかろ」

「あたしの婚約者が決めればいいってことね。いいわよ」


 え、あれ、俺の意思の確認は?

 だが相変わらずそこはどうでもいいらしく、二人の女の子は俺を抜きで話を進めるのであった。




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