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女難とハンターは諦めない (1)

 襲撃者の捨て台詞の意味は予想していたより早く判明した。


「レニャーニャ=レトバルレーナじゃ。お前らとあまり仲良くする気はないけどよろしくな」

 

 次の日のホームルーム。薄い青髪の転校生は壇上に立ちふてぶてしい笑顔で挨拶した。

 彼女は挨拶もそこそこに、俺の席までまっすぐ歩いてくる。

 半目で睨みつけると、隣に座っていた男子生徒を蹴飛ばした。


「ふぉう⁉」

「ちょっとどいてくれる? ボク、そこに座るから」


 蹴られた男子生徒に笑いかけた。

 傍若無人な態度にクラス中が呆気にとられていたが、そんな空気を気にした様子もなく、蹴落とした席でレニャーニャは寝始めたのだった。

 新しい転校生の登場にクラスが沸く中で、俺とキイだけは苦虫を嚙み潰したような表情になっていた。



    **********



 昼休みになると、レニャーニャと名乗った襲撃者は俺たちを屋上へと呼び出した。

 屋上へ続く階段はキープアウトのテープが張られていたが、それを乗り越え立ち入る。

 制服に身を包んだレニャーニャは胸を張った。


「さて待たせたな!」

「いや全然待っていない」

「え、何で⁉ ちゃんと待ってて言ったじゃん⁉」

「いや狙われてるのに待つのはおかしいだろ……」


 俺は鴨葱なの?

 いやこうやって呼び出しに応じてる俺もどうかと思うけど、教室で暴れる可能性を考えれば致し方のない判断なのだ。



「あんたね。昨日うちに襲撃に来た宇宙人って」


 一歩前に進み出たのは、同じく宇宙人のキイ=アニマニール。

 ある意味お前も襲撃者なのだが……まあこの非難は言うだけ無駄だろう。

 あとうちっていうな。


「ふん。マリード家の者か。お主は呼んでいない。邪魔者は()く消えよ」

「はあ? 何わけわかんないこと言ってるの、この小娘」

「お前と同い年じゃ、この小娘」


 二人の女の子は睨みあい、見えない火花を散らした。お互い胸を張り一歩も譲らない。

 身長はキイの方が20センチは高いだろう。二人が並ぶとその差がはっきりと分かる。一見すれば高校生と小学生に見えなくもない。

 それほどレニャーニャは小柄だった。


「用があるのはマリード家の宇宙船……つまりそこの男じゃ」


 青髪の少女は俺を指さした。


「マリード家の宇宙船といえば、デモニック級ラージシップの中でもトップクラスの性能。それを手に入れる事ができれば、ボクはレアハンターとしてこれから莫大な利益を生むことが出来る」


 くりっとした大きく赤い目が細められた。まるで獲物を狙う獣の瞳のように。


「……俺をどうするつもりだ」

「そんなものは聞くまでもないだろう」


 緊張が走った。

 昨日は何とか追い返せたが、今日も同じことが出来る保証はない。

 果たして例のバールを躱すことが出来るか……?  自信はない。

 ゴクリと喉を鳴らすのと、彼女が姿を消すのは同時だった。


「⁉」


 刹那、眼前にその姿が現れた。

 そのまま押し倒されマウントを取られるまでに要した時間は恐らく一秒にも満たないだろう。

 目の前にいたはずのキイですら見失うほどの、恐るべき速度であった。

 襲撃者はマウント体勢のまま両手を天にかざした。その手に何かが現れた。逆光で見えないが例のバールに違いない!

 あれが振り下ろされれば確実に命中する。そして俺は死ぬだろう。

 え、死ぬの? ここで? いやいやちょっと!


「まっ――――」

「待たないっ」


 その腕が無情にも振り下ろされ――――俺はぐっと目を閉じた。

 そして、




「ボクと結婚してください!」




 覚悟を決めた耳に、少し震えた叫び声が入ってきた。

 恐る恐る閉じていた目を開けると、目の前にあったのは凶器ではなく花束。鼻孔を突いたのは血の匂いではなく微かに甘い香りだった。


「えーっと……はい?」


 何が起こったのか分からず、俺は間の抜けた声を出した。

 今なんていった? 結婚?


「……済まんが、もう一度言ってくれるか。ちょっとよく聞こえなかった」

「なっ⁉ もう一度言えって……し、仕方ないな。だけど言って欲しいなら何度でも言ってやる。旦那様の言う事を聞くことも良い嫁の条件だしな……えへへ」


 眼前の彼女の顔は耳まで赤い。

 レニャーニャは花束を胸の前でぎゅっと抱きしめ、一呼吸してから薄桃色の唇をゆっくりと動かした。


「ボクと結婚してください?」

「はあああああああああああああああああ⁉」


 思わず飛び起きる。マウントされていたのも関係ないほど、勢いよく。


「い、いきなりどうしたのじゃ」

「ちょっとよく聞こえなかった! もう一回頼む!」

「旦那様は照れ屋じゃな、えへへ……。えっと……け、結婚してくださいっ!」

「結婚?」

「うん」

「何で?」

「え、だって負けたから」

「何で?」

「戦いに負けたら次の勝負をしなければならない。でも裸体を見られた異性であれば結婚する。これが一族のルールだから」

「何で?」

「旦那様、さっきから同じことしか言ってないけど大丈夫?」


 我ながらRPGの村人のようだとは思った。

 いやしかし、何だその一方的なルール。

 まったくいみがわからない。


「ボクの一族は強い遺伝子をどんどん取り入れて、常に進化し続ける事が伝統なの! そしてボクのコマンドを破った千秋は強い。ボクらの子供が将来どんな強いコマンドが使えるようになるか、今から楽しみじゃなぁ」


 花束をもう一度抱えて恍惚とした表情になると、改めて花束を差し出した。


「さ、旦那様。結婚しよ?」

「んちょ! ま、待ちなさい!」


 差し出された花束を手刀ではたき落したのはキイだった。


「婚約者の目の前で求婚とか、あなたバカ⁉」

「ふん。お主はまだ婚約しただけじゃろうが。結婚する前なら、別に取っても問題ないじゃろ?」

「盗るの間違いでしょ」

「盗むとは失敬な。永久に借りるだけじゃ」


 何そのジャイアン理論。もしかして宇宙でもメジャーな理論なの?


「ちょっとツバを付けるのが先だったからって、いい気になるんじゃない。第一なんじゃ、その品のない髪の色は。まるで繁華街にたむろしているビッチではないか」

「はぁー? これは染めてるだけですぅー。元々は黒髪ですぅー。あんたこそ何よ、貧弱な体の癖に。そんな体で男性を喜ばせられると思って?」

「ボ、ボクはまだ成長途中なんじゃ! これからですぅー! ていうか、男に対して体をすぐ差し出すなんて、やっぱりビッチじゃん!」

「違いますぅー処女ですぅー! お姉ちゃんがそう言ってただけだもん!」

「姉が姉なら妹も妹じゃの! 最初に箸を付けたから皿の上にある料理は全て自分のものだと主張する気かの?」

「そんな事言ってないでしょ!」

「ならばボクが千秋のお嫁になるのは問題あるまい?」

「おおあり! ていうか第一決めるのはあんたじゃなくて、千秋でしょ!」

「じゃあ旦那様は結婚するならボクと、この小娘どっちがいいんじゃ?」


 よくわからない言い合いの矛先は、何故か俺に向けられた。


「旦那様?」


 レニャーニャの赤い目を向けられた俺は、一瞬ドキッとする。

 よく見れば結構整った顔立ち。成長すれば結構な美人になるだろう。

 思わず見惚れてしまった。 


「ボクと結婚しよ?」

「……いい加減にして! それ(・・)はあたしのなんだから!」


 キイは叫んで、俺の頬へと延びた彼女の白い手を叩き落した。

 レニャは目を細め敵対者を睨みつけた。


「……ボクとやり合うつもりか? マリード家の小娘」

「言っておくけど、先に手を出した(・・・・・)のはそっちだからね」


 二人の視線が交差した。

 その瞬間。

 レニャーニャの手が閃いた。

 いつの間にか手にしていたバールを、キイの顔に向けて振るったのだ。

 あれが少しでも触れれば大爆発を引き起こす。理屈は分からないが、ともかく昨日の戦いで証明されている。

 もしキイの頭に触れようものなら柘榴のように吹き飛ぶだろう。

 そして触れた。

 だが爆発は起きない。僅かな光と衝撃破が逆側へ飛散しただけだった。


「⁉」


 一瞬でけりがつくと思っていたのか、驚いたレニャーニャは一歩後ろへ飛ぶ。


「ふん……硬化コマンドか。思ったより硬い女じゃの」

「あなたの胸ほどじゃないわ」

「……っ! む、胸はこれから成長するしっ!」

「えー第二次成長期はもう終わったんじゃない?」

「ボクんところの成長期はもう一回来るの!」


 赤い目で睨むと、レニャーニャは踏み込んでもう一度バールをふるう。

 キイは片手でそれを受け止めた。今度も爆発は起きない。


「何度やっても正面からじゃ同じ……ってきゃっ⁉」


 キイが突然ぺたりとしゃがみこむ。いや身体が沈み込んだと言った方が正しい。

 本人の意思とは無関係に、強制的に上から押さえつけられているようだった。


「こ、これって……もしかして重力制御⁉ ま、まさかそんな高度なのを⁉」

「より強い遺伝子を集めてきた結果じゃ。爆破コマンドだけだと思って迂闊に触れさせたのが間違いじゃの。最もまだ完成形ではないが……ま、お主にはこれでも十分じゃな」


 無理やり立ち上がろうとしたキイだったが、半分程立った所で制服のスカートがするりと下がる。

 慌てて手で押さえた拍子に、今度は身体ごと地面に抑えつけられてしまった。


「もっと体重が軽ければ何とかなったかもしれないが……残念。その己の余った肉を恨むといい」

「……こんのっ!」


 別に太っている訳ではない――というより痩せ形だとは思うが、どうやら本人は気にしているようだった。


「しかも派手な身なりの割にぱんつは白。もしかして処女というのは案外本当なのかの? くく」

「……んなっ!」


 かあーっと赤くなるキイを見て、レニャーニャはニヤニヤと笑う。

 同性の心理を的確に突く辺り、やはり女は怖い生き物である。


「さて。手を地面に張りつけられればコマンドは使えないじゃろう。それじゃバイバイ」


 それはサザエさんで磯野を野球に誘う中島のように軽い口調だったので、死の宣告だと気が付くまでに数瞬かかった。


「やめろ!」


 最初の一歩が遅れ、止めるはずだったバールには手が届かず、レニャーニャの身体に体当たりする形となった。


「んきゃっ⁉」


 予想外の横からの不意打ちに、レニャーニャはあっさりと倒れ込んだ。その拍子にバールが空へ舞い上がる

 倒れ込んだレニャーニャの頭上でゆっくりと弧を描き――――それは自由落下を始めた。


「や、やばっ!」

「おっと」


 蒼白になった彼女の顔に落ちる寸前、空中でキャッチすることに成功した。

 危ない危ない。


「ぎりセーフ」

「わ、わわ! 触れたら爆発コマンドが……!」

「あ」


 しまったと思った瞬間に、大きな爆発音が耳を貫いた。

 同時に爆風が巻き起こり、強烈な風が身体を凪いだ。

 だが不思議なことに痛みはまるでない。肌に微かな熱さを感じる程度だった。


 あれ? 超至近距離の爆発なのにそんな程度で済むか……?


 恐る恐る目を開ける。周囲に大きな変化はない。

 ぐるり見回すと、ようやく変化がある場所を見つけた。

 それはフェンスの外だ。濛々とした煙がグラウンドからたちこめていた。


「どういうことじゃ……? 爆発コマンドが遠くで作動、いやずらされた……?」


 バールを持った俺の手は、いつもと何ら変わりない。

 だが爆発は「ここでは起きなかった」。


「よ、良く分かんないけどチャンス!」


 素早く立ち上がったキイは、手のひらをレニャーニャに向けた。


「おいキイ! やめろ!」

「ちょ! 千秋どいてよ! 邪魔!」

「チャンスじゃ!」


 下になっていた少女が猫を思わせる素早い動きで、するりと立ち上がると新たなバールを握り、獲物に狙いを定めた。


「ていうかお前もだ! やめろって」

「旦那様⁉ そいつの味方をするの⁉」

「千秋どいて!」

「……ええい! お前らいい加減にしろ!」


「あいた!」「いった!」拳で二人の頭を叩くと、二者二様の反応が返って来た。


「ち、千秋は一体どっちの味方なのよ!」

「旦那様はどっちなんじゃ!」

「どっちもゴメンだーーーー‼」


 俺は空に向かって大声で叫んだのだった。




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