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第四話

 今俺はレベリングに励んでいる。俺……というかプレイヤーがだが。ひたすらスライムを倒し続けていた。MPを使い切っては宿屋へと戻る生活だ。まだレベルも低くすくすくと育っていくハナセレブ。おっ、またレベルアップだ。


『よしこれで行けるな。そろそろ行くか』


 レベリングに満足したのだろう。プレイヤーがやっと巫女のいる次の街へと行く気になったらしい。本当に雑魚と化したスライムを蹴散らしながら次の街へと進んでいく。ひたすら街道を走っていくと巫女のいる街が見えてくる。前回はいなかった門番が街門の前に立っている。


「ようこそトマロの街へ」


 さわやかに声をかけてくる門番を無視して街へと入る。以前来た時には霧がかかり、街に人の姿はまったく見えなかった。今は人々が街中を歩いている。それほど大きな街ではないのだが、前回と比べれば活気に溢れているといってもいいだろう。


 門からまっすぐ伸びた大通りを進んでいく。このまま行けば街一番の大きな屋敷、巫女がミノタウロスに捕まっていたあの建物へと着くだろう。二回目だからだろう。プレイヤーは寄り道などせずあの屋敷へと俺の足を進める。


 屋敷の扉の前に着くと躊躇なく扉を開け入っていく。ゲームだから当然だ。しかし若干気まずい。


「おじゃまします……」


 プレイヤーにもNPCにも聞き取られることはないが、一応声をかけておく。そんな俺の気まずさとは関係なく、俺の足は建物を奥へ奥へと進み、前回ミノタウロスと戦った部屋の前の一際大きな扉の前に着いた。


『行くか……』


 扉が開かれ、プレイヤーにすら自由にできないイベント演出が始まった。


『めっちゃかわいい……』


 目の前には女性が椅子に腰掛けていた。確かにプレイヤーの言う通りかわいい。枝毛など一本もないであろう艶やかな腰まで届く、長く青い髪をしている。髪と同じ色をした瞳は濡れ、そこはかとなく憂いを帯びている。白いワンピースから伸びる手足は細いが、出るところはしっかりと出ていて不健康そうには見えなかった。俺がやっていたドラテの巫女とは姿が少し違う気がする。あやふやな記憶だが、もうすこし幼い姿をしていたはずだ。夢の中だからか俺の願望が投影されているのかもしれない。完全に俺のタイプだった。


 この子と恋愛関係になるかもしれないと思うとわくわくしてくる。恋愛イベントは仲間が揃った中盤以降だから、そこまでこの夢を見続けていればの話だが。


「勇者様ですね。貴方が来られるのはわかっていました。私は巫女の……」


 そこで名前入力画面が現れた。ドラテは主人公である勇者以外にもメインとなるキャラクターには名前をつけることができる。この巫女もその一人だ。


『あーこいつも名前つけられるのかどうするかなー。主人公がハナセレブだから……。でもかわいいしなー』


 巫女の公式な名前はシスである。これも主人公の勇者と同じでデフォルト名はゲーム内ではわからない。


『よしこれにしよう』


  ス コ ッ テ ィ


 巫女の名前は「スコッティ」でよろしいですか?


 [>はい いいえ


『はいだよ、はい』


 そう来たか。なるほど……。いや、お前どんだけティッシュ好きなんだよ! かわいいと思ったキャラの名前がスコッティかよ。ティッシュとかわいい名前の妥協点そこかよ。次はエリエールとかにする気か。いや、でもどちらにしてもハナセレブよりは全然ましだな。確かに商品を知らなければ、かわいい名前っぽい。俺も出来ることならティッシュでも、もうちょっと名前っぽいのがよかった。いや、そもそもティッシュじゃないほうがいいんだが。


「スコッティと申します」


『ハハハハッ。ハナセレブとスコッティって……。魔王って花粉症か何かなの?プッ。やっぱりスコッティはやっちゃったかな』


 やっちゃってるよ。お前のネーミングセンスのせいだから。なんで自分でつけた名前でツボにはいっちゃってんの。こっちは笑う気にもならないよ。


「この街の近くの洞窟に魔王の城へと至る為に必要なオーブを隠していたのですが、その洞窟に魔物が住みついてしまいました。勇者様お願いです。どうか私と一緒にそのオーブを取りにいっていただきたいのです」


『そもそもそんなところに隠すなよ。お前の落ち度じゃねーか。お前のケツはお前で拭けよ。スコッティだけにな。ププッ。スコッティだけにな。スコッティだけに……ハハハハハハハハッ』


 だから自分でつけた名前でツボにはいってんじゃねーよ。三回も同じこと言ってんじゃねーよ! スコッティなのはお前のせいだからな!!



 はい [>いいえ


「そこをなんとかお願いします」


 はい [>いいえ


「魔王の所へと行くためにはどうしても必要なものなのです」


 はい [>いいえ


 巫女が段々と泣きそうな顔になってきた。そんな表情もとってもかわいい。


『そんな顔したって……俺は負けないぞ……』


「お願いします」


 はい [>いいえ


 [>はい いいえ


 はい [>いいえ


 ちょっとこいつ悩みやがった。いや俺もこんな顔されたらすぐ「はい」押しちゃうけどさ。


「そこをなんとか」


 はい [>いいえ


「そんなことをおっしゃらずに」


 はい [>いいえ


「勇者様は冗談がうまいですね」


 はい [>いいえ


「本当に本気で行ってくれないのですか?」


 はい [>いいえ


「では参りましょう。洞窟は街を出て北西の方角にあります」


 巫女スコッティが仲間になった



『はめられた。くっそ。流れでいいえ押しちまった。完全にはめられた。まぁかわいいからいいか』


 無駄だよどちらにせよ、結局は無理やり洞窟に行かされることになるんだからな。


 それにしてもやはりレベル4以下だと巫女はあっさりと仲間になったな。なら最初のレベリングはなんだったのかって? あれはレベル1から4までのレベリングだったのだよ。プレイヤーは前回のセーブデータを消すと、また新しくゲームを始めやがったんだよ! 二回目なのに俺の名前はまたハナセレブだよ……


 巫女が仲間になり俺の後ろに付く。


「ちょっとこれどうなってんの?」


 後ろからそんな言葉が聞こえてきた。その言葉に驚き後ろを振り返ろうとしたが、振り返ることはできなかった。


「ねぇ。聞こえないの。前を歩いている人。ちょっと無視しないで」


「聞こえているよ」


 状況がまったくわからない。キャラクターが勝手に喋りかけてくる。それもイベントシーンでもないのにだ。


「なら、なんとかしてよ。体が勝手に歩いていってるの」


「俺も自分で自由に体を動かせるわけじゃないんだ。スコッティと同じだよ」 


 俺はあまりにも寂しくて、自分と同じような設定のキャラを作りだしたのか。そんなことできるなら、プレイヤーを排除して自由に動けるようにするとかすればいいのに、俺。


「そもそもスコッティってなんなの。私はすずきちかえって名前なんだけど」


「そうかそうか。俺は木村とうやです。どうぞよろしく」


 夢の中の人物と会話するという不毛な行為におざなりな返答をする。


「私の夢なのに自由に動けないなんて……」


 これはさすがに聞き捨てならないな。


「これは俺の夢だけどな」


「はい?なんでそうなるんですか?木村さんは私の夢に出てきているだけですよね」


「違う。鈴木さんが俺の夢に出ているんだよ」


 どちらも一歩も譲らない。ずっと平行線のままだ。


「このまま言い合っていてもしかたありません。木村さんが私の夢の登場人物でないというのなら、私の知らない事を言ってみてよ」


「鈴木さんが言ってくれないと。俺の夢なんだから」


「わかりました。私の母の名前はさちこです」


「俺の上司の名前は加藤だ」


 重い沈黙が流れる。その間も俺の体は家の中の箪笥や壷を漁っている。


「これは無理じゃないか」


「どういう意味ですか?」


「例えば北大西洋条約機構ってあるよな。それを略して……」


「NATOでしょ。それくらい知っています」


 後ろを振り向くことはできないが、声で鈴木さんが不機嫌そうにしているのがわかった。


「だから例えばだよ。知らなかったとしてNATOが正しいとどうやって調べる?」


 考え込んでいるようだ。


「わかりました。私の話をしましょう」


 それから鈴木さんは自分の生い立ちについて喋り始めた。どこで生まれ、どのように育ったか。両親と兄が一人いること。高校の頃一度彼氏が出来たが、一週間と持たずに別れたこと。それ以来彼氏はいないこと。今年、大学に入ったばかりで、念願の一人暮らしを始めたらしいこと。


「それで?」


「これでも木村さんは私が夢の中の登場人物だと思われますか?」


 確かに鈴木さんの話は具体性を持っていて、曖昧なところはなかった。だが、それで俺の夢の中の登場人物ではないと言い切れるものではない。


「確かに細かく設定されているのはわかったが……」


「今度は木村さんのお話をしてください」


 鈴木さんに促され、俺は自分のことについて話した。鈴木さんが語ったことと同じような話をした。つい口が滑って、今までに彼女が出来たことがないことまで喋ってしまった。


「えー木村さんかっこいいのに彼女できたことなかったんですか? 意外です」


 綺麗な子に格好いいと言われて悪い気はしなかった。


「鈴木さんもお綺麗なのに今まで一人としか付き合ったことないってのも意外でしたよ」


 そこでふと気が付いた。


「いや、そもそもゲームの登場人物の姿をしているから。現実の俺はこんなかっこよくはないよ」


「え? これってドラテですよね? ドラテの勇者とは全然顔違いますよ。ドラテの勇者は木村さんより、もっとかっこよかったです。木村さんのかっこいいは現実感のあるクラスで四番目くらいのかっこよさです」


 格好いいと褒められていたのに、素直には喜べないこの感じ……。えっ?


「ドラテを知っているんですか?」


「知ってますよ。お兄ちゃんがやっているの見てましたから。お兄ちゃんは途中でやめちゃいまし。続きが気になって自分でも進めたんですけど、途中どうしても倒せないボスが出てそこで私もやめちゃいました」


「そうなんですか。俺も途中までしかできなかったんですよね……」


 鈴木さんもクリアできなかったらしい。俺と同じだ。


「どうですか? 妥協するしかありませんよ。確認できない以上、お互いそう思うしかありません。私はもう木村さんが私の夢の中の空想だとは思っていませんよ」


 その声は楽しげだった。確かにそう思うしかないのか……。


「そうですね。わかりました。絶対にそうだとは思えませんが、鈴木さんが一人の人間だと思って接する事にします」


「ほら。喋り方。木村さんはもう私のことちゃんと、自分の空想じゃないって思ってくれてますよ」


 その言葉に気が付く。いつの間にか鈴木さんに対して丁寧な言葉使いをしていた。鈴木さんを夢の登場人物ではないとどこかで思ってしまっていたようだ。一人の初対面の人間として接してしまっていた。


 もし、本当にこれが俺のそして鈴木さんの夢じゃないとすれば何なんだろうか。ドラテの中に入ってしまったとでもいうのだろうか。


「なら……どうやって現実に戻れば……」


「クリアすれば現実に戻れるんじゃないですか? それで終わりだし」


 俺のふと洩らした言葉に木村さんが気楽に答えた。


「一人でいきなりミノタウロスに捕まっていたときはびっくりしましたけど、今は木村さんもいます。木村さんもドラテをクリアしていないんでしょう? 続きが気になりますし、二人でなんとかクリアしましょうよ!」


「そうですね。まあ、俺達にはどうしようもなくて、プレイヤー次第なんですけどね」


 そんな俺の言葉に鈴木さんはちょっと笑った。その笑い声もかわいらしい。こんなかわいい子と一緒に旅が出来る。それもただのゲームのキャラクターではなく、現実にいるかもしれないんだ。ドラテの世界を精一杯楽しんでもいいかもしれないな。よし次は洞窟でオーブを手に入れるぞ!


 そんな気持ちとは裏腹に、俺の体は未だに街を回り家の中を物色している。

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