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第一話

 ここはいったい……。気が付くと何故か崖の上に立っていた。家のベッドで寝て……起きたら崖の上だ。なんだそれ。崖から見える景色は遥か彼方まで一面森だった。遠くに湖が見え、その近くには巨大な城が建っている。城である。それも日本的な城ではない。ノインなんちゃら城みたいな西洋風のお城だ。ん? この光景見たことがある気がするな。


 急に音楽が鳴りはじめた。壮大なオーケストラ曲だ。そしてそれに平行して、空に文字が浮かび上がる。



  ドラグーンテイル



 あー、これドラテか。見たことがあるのも当然だった。昔相当やり込んだゲームだ。今更こんな古いゲームの夢を見るなんてな。


 ドラグーンテイル。通称ドラテ。一部ではカルト的人気を博した作品だ。などと格好をつけて説明してみたものの、ぶっちゃけて言えば人気はなかった。全然人気はなかった。なぜ人気がなかったのかといえば面白くなかったからである。とんでもない鬼畜難易度を誇る懐古主義的な王道ファンタジー。伝説のクソゲードラグーンテイル。その鬼畜難易度から後にイージー版が発売された。しかしイージー版ですらその難易度はすさまじく、その後イージー版のイージー版が出たことでも伝説となっている。


 その鬼畜難易度に魅せられ、三日間眠ることなくやり込み続け病院に運ばれた人間が出たという都市伝説まで残している。ちなみにその病院に運び込まれた人間は実在する。何故知っているかって? それは病院に運び込まれたのが俺だからだよ! それ以来俺はこのゲームを自らの手で封印した。


 夢に見るほど、クリアすることができなかったことが心残りだったか。それにしてもデモ画面が長い。明晰夢なのだから、ちゃっちゃと飛ばそうと思ったのだが一向に終わる気配がない。


 俺の体が勝手に走り出した。崖の向こう側へ。やばい落ちる落ちる。足を止めようとするのだが、体を自由に動かすことはできなかった。俺の体が宙を舞い、自由落下が始まる。そこに大きなドラゴンが現れた。赤い巨大なドラゴンだ。そのドラゴンは崖の向こうに飛び出した私の体を掴み上げ空高く上っていく。


 そういえばドラテのデモ画面ってこんなだったなぁ。このデモ画面もドラテを伝説のクソゲーとして有名にした要素の一つだ。このデモ画面にはゲームファン全てが心躍らせた。発売前、動画が公開されたときはとんでもなく話題になったものだ。発売後は悪い方向でしか話題にならなかった。開発費の九割はこのデモ画面に費やされたという根の葉もない噂もネット上を飛び交っていた。性質の悪い冗談だ。


 後に出た『ドラグーンテイル。なぜその伝説のクソゲーは生まれたのか?』というインタビュー記事を俺は忘れることが出来なかった。デモ画面についてのくだりを抜き出してみる。



記者「ネット上ではまことしやかに開発費の九割がデモ画面に使われたと言われていますが……」


プロデューサー「あーあれね。それ僕も聞いたことがありますよ。実際、九割ということはないですね。八割くらいじゃなかったかな(笑)」



 (笑)じゃねぇよ! 八割かよ! そんなかわらねぇよ!!


だが、それほどまでにデモ画面の出来はよかった。デモ画面だけは。そのせいで被害は拡大した。



 赤い巨大なドラゴンは俺を掴んだまま様々な空の上を飛んでいく。下のほうにPress STARTの文字が点滅を始める。


『面白そうだなぁ。よしはじめるか』


 スタートボタンが押されるのがわかった。名前入力が始まる。それにしても今感じた声はなんだ。絶対的な、なにか天の声のようだ。プレイヤーか何かか。


『名前なぁ。何にするかな』


 ドラテのデフォルト名はアベルだ。だがこれはゲーム内ではわからない。よくあるのは、初めからデフォルト名が入力されていて、変えたい人は変えられますよー的な状態が多い。ドラテの場合は違う。名前入力欄は最初から空白になっているのだ。アベルという名は取り扱い説明書にも出てこず、公式サイトのキャラクター紹介でしか出てこない。俺はデフォルト名でしかゲームはしない。アベルという名を公式サイトで見つけたときは思わずガッツポーズをしたものだ。アベルだよアベル。


『ア、アベ……』


 そうだ。その調子だ。アベルアベルアベルアベル。



『アー、これがいいな』


 ハ ナ セ レ ブ


 主人公の名前は「ハナセレブ」でよろしいですか?


 [>はい いいえ


『よし決定』



 はいの文字があっさりと押される。いいわけないだろうがぁああああ。おいお前たまたま手元にあったティッシュからつけたよな! 名前何にしようかなぁ? なんかねぇかなぁ? おっ、まっ、これでいっか! って感じで名前付けたよな。お前子供が生まれたとしてハナセレブなんて名前つけるか? つけないよな! ゲームのキャラってのはお前の分身なんだよ! もうちょっと真剣みを持ってつけろよ!!


 ……それにしても俺の夢なのに名前すら自由にならないなんて……。




 オープニングが始まった。舞台は小さな村の小さな家から始まる。生まれたばかりの赤ちゃんが母親の隣に寝ている。今、俺はこの赤ちゃんだ。この子が主人公だからな。十五歳で勇者に選ばれるんだよな。それにしても母親モブ顔! すぐ死ぬからって母親モブ顔!


 そこに扉が大きく開き父親が入ってくる。


「はぁ……はぁ……生まれたって……隣の……奥さんが……畑ま……で……知らせ……に……来……て……くれ……た……」


 親父息切らしすぎだろ! どんだけ急いできたんだよ。とりあえず水でも飲めよ。


 父親がベッドに近づき俺を覗き込んでくる。モブ顔! 親父超モブ顔! こっからよくこんなかっこいい主人公生まれたな! 親父もすぐ死ぬからっていくらなんでもキャラデザ手抜きすぎだろ。


「おお私によく似て凛々しい顔をしているな」


 いや、似てねぇから。全然似てねぇよ。親父目はちゃんと見えてるのか。


「ええ、本当に」


 母親ぁあ。お前も目ちゃんと見えてるのかよ。


『うわあ、こんな外見の両親から生まれるとかこいつも将来絶対モブ顔だな』


 ほら天の声にも言われてるじゃねぇか。てかお前本当誰だよ。


「それであなたこの子の名前考えていただけましたか?」


「ああ決めたぞ。この子はハナセレブだ」


 でたよハナセレブ。


「ハナセレブ……この子に合ったいい名前ですね……」


 ハナセレブって名前が合う子供ってなんだよ。ティッシュだぞティッシュ。なんかこぼれた時とかに綺麗に拭けるみたいな? 勇者の仕事は大体困ってる無能な奴の尻拭いだから間違っちゃいねぇよ! そういう意味じゃ確かに合ってるかもしれない……か……? いや物理的に人の尻拭くつもりはねぇよ。


『ハ、ハナセレブ。い、いい名前。ハハハハッ。こいつらセンスねぇなあ。ハハハハッ。腹いてぇ』


 お前のせいだよお前の。親父と母親の会話はお前のせいでこんな残念なことになってんだよ。お前のネーミングセンスをまず疑えよ。



 そこにいきなり扉を開けて村人が入ってくる。ノックくらいしろよな。


「た、大変だ。ゴブリンの群れが村を襲ってきた」


「なんだって!それは大変だ。逃げるぞ」


 母親が俺を抱きかかえ、親父と村人Aと一緒に家を出て走りだした。だが、すぐにゴブリンに追いつかれる。父親と村人Aは足を止め木の棒を手にゴブリンと対峙した。


「お前達は先に逃げていろ。こいつを倒したらすぐに追いつ……」


「う、うわぁあああああ。た、たすけてくれー」


 村人Aがゴブリンの手斧によって切り裂かれる。親父が悠長にこっち向いて話している間に村人Aやられてんじゃねーか。親父まったく役にたたねぇな。


「すまん。お前の犠牲は忘れない」


 父親はあっさりと村人Aを見捨て母親のもとに駆け寄ると共に逃げ出した。そんな父親に向かって村人Aの最後の言葉が投げつけられた。


「忘れないぞ。絶対に忘れないぞぉおおおお。子々孫々まで呪ってやる。覚えていろぉぉおおおおお」


 村人A超こぇええ。ゴブリンよりお前のほうが怖いよ。そんな血まみれの顔でこっち見るなよ。夢に見そうだ。というかこれ夢だった。


 隣街へと続く道を親父と母親は走り続ける。そんな二人の前に三匹のゴブリンが立ちふさがる。後ろに逃げようと振り向くとそこには二匹のゴブリンがいる。絶対絶命だ。まぁ二人ともここで死ぬんだが。


「ぐっ。ここまでかゴブリンの気を俺が引く。なんとかその隙に逃げてくれ。絶対その子を死なせるんじゃないぞ」


「あなた……」


 父親は木の棒を振り上げゴブリンに突っ込んでいく。かっこいいじゃないか親父。モブ顔だけどな。



『このオープニングいつ終わるんだよ。長いわー。トイレ行って来よ』


 まてまてまて。行くな。モブ顔の親父の唯一の見せ場なんだぞ。戻ってこい。そんな俺の気持ちも虚しく、プレイヤー?から反応はない。


 ほらお前に気を取られている間に親父死んじゃってるよ。せっかくの見せ場台無しだよ。母親もゴブリンに捕まってるし。


「この子だけは……この子だけは……」


 母親は俺を抱えて地面にしゃがみこむ。そんな母親の背中に無慈悲にもゴブリンの手斧が突き刺さる。


「お願い……お前だけは絶対生き……て……」


 いい話じゃないか。死んだ後も子供を守る為に必死に抱き続ける母親。このゲーム始めたプレイヤーはトイレ行ってるけどな!



 そしてゴブリンがいなくなってしばらくが経ち、騎士の一行が通りかかる。


「遅かったか」


 そう言って騎士の一人が父の死体に近づいていく。他の騎士達は皆同じ顔をしているのに、そいつだけはかっこよかった。明らかに重要な役柄だ。わかりやすい。アレクとかいう名前だったはずだ。


 俺の口から泣き声が出た。別に何も悲しいわけではないのに、かってに泣き叫んでしまう。デモ画面でも体は自由に動かせなかった。イベントシーンの繋ぎのためにここは絶対に泣かなければいけないのだろう。俺の意思とは関係なく。


「この子は……」


 騎士は母親の死体の下から私を抱き上げてくれる。


「子供が生き残っていたか……アレク、孤児院へ連れて行くか」


 明らかなモブ騎士Aがアレクに話しかける。アレクで合ってたか。ずいぶんと前にやったゲームなのに覚えているもんだな。


「いえ、この子は私の家で育てようと思います。俺は村を助けることが出来なかった……」


「お前の家、子供七人もいなかったか? その上養子を取って大丈夫か?」


 アレク頑張りすぎ! どんだけ作れば気が済むんだよ! 羨ましいわ! 童貞の俺もあやかりてぇわ。


「ええ、七人も八人もそう変わらないでしょう?」


 変わるよ。わかんねぇけど変わるよ。お前はいいけど妻が大変だよ。




 そうして十五年の月日が流れる。俺はすくすくと一瞬で育ち、アレクの元騎士になる為に日々剣の稽古とかに励んできたらしい。らしいというのは、その過程はオープニングで描かれていないから俺にも自分のことなのにわからないからだ。


『ふー。気持ちよかった。めっちゃでっかいのでた』


 プレイヤーが帰ってきたようだ。いやそんな報告いらねぇから。聞きたくねぇよ。


『あれ? ゴブリンは? これ主人公? なんでこんなことになってんだ? わからないなぁ』


 わからないのはお前がトイレに行ってたからだろ。もう黙って見てろ。



「ハナセレブ。起きなさい」


 アレクが俺を起こしに来る。てかハナセレブっていう名前よくわかったな。親父も母親も死んでるのになんでわかったんだよ。偶然か? 偶然なのか? どっかにそんなイベントあったか?


『ハナセレブ……ハハハッ』


 いやだからお前のせいだよ。


「お前は今日王様に呼ばれているだろう。早く支度をして行きなさい」


 ベッドから起き上がった。ここから操作できたはずだ。歩く為に足を踏み出そうとしたが、体が動かない。


『おっ、やっと操作できるのか。長かったなぁ』


 俺の体が勝手に動き、本棚や壷を調べ始める。こいつの操作通りにしか動けないのかよ。


「くそっいいかげん夢覚めてくれねぇかな」


 おっ喋れた。だがプレイヤーからの反応はない。聞こえていないのか?


『なんもないな。階段降りるか』


 階段を降りると狭い家にたくさんのNPC達が好き勝手に動き回っていた。そんななかNPCなど目もくれず、棚を漁る俺。


 100Gを手に入れた


『百かよ。しけてんな。他にないかな』


 無理言うなよ。ここの家庭は子供八人もいるから大変なんだよ。棚を漁る俺を見つめるNPC。


「す、すいません」


 謝ってはみたものの返答はない。どうやら俺が喋ったところでプレイヤーにもNPCにも何の影響も与えることはできないようだ。じゃあ喋れる意味ねぇじゃねーか! どんな無駄な設定だよ。夢なんだからNPCと喋って、きゃっきゃうふふ的なのを想像したのにどうしようもないじゃないか。


『あーなんかもういっかな。セーブしてとりあえず終わろ』


 はええな、おい。まだ王様にすら会ってないよ。お前がやったのってトイレ行って、家の中荒らしただけじゃねぇか。


 セーブが選択されるのがなんとなくわかった。終わりか。とりあえずこの変な夢から開放されるんだし、喜ぼう。


 ゲーム機の主電源に手がかかり、電源が切られる。それと共に俺の意識も途絶えた。

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