ものがたりと現実の住人-2
だけど笹山はずっと愚直だった。現実に戻る方法を探して方々へ走り、人を探しては転がる死骸に手がかりを求め。
遂には拾った鉈で自殺という脱出を計った、救いようのない馬鹿。真っ直ぐ過ぎて思いっきり壁にぶつかって、自ら壊れていく馬鹿。
馬鹿野郎。それじゃあ俺が救った意味がないのに。お前はこの苦しみのない世界で苦しみながら死んだっていうのか? 現実に戻れないなんていう事でどうしてそんなに苦しむんだ笹山。教えろよ……教えろよ笹山!
現実にそんなにいいものがあったのかよ? ああここは虚構の世界だよそれは認める。でもあんなところよりはずっとマシだろ? お前を叱る親もお前を見過ごす先生も、お前を虐げるあいつらもいないんだぞ?
なんでこの世界を嫌がるんだよ笹山……現実なんかよりずっといいじゃねえかよ……そんなに現実が好きなのかよ……違うだろ?
ぴくりと視界の隅で笹山の手が震えた気がした。違う、とでも俺を憐れむように。
だったら教えろよ。なんで現実に戻りたかったんだよ。
笹山は動かない。この世界で死んだ者は現実と同様生き返らない。そうじゃないと脱出ではなくここが第二の地獄となる。
気づいたら俺は泣いていた。悲しい事じゃないのに、喜ぶべきなのに、きっと嬉しくはなかった。
何も考えたくない……現実なんて知らない、笹山なんて……俺は結局消える事ができればそれでいい。
この世界に殺されなくとも、笹山の夢見た現実はもうない。消えた消した消滅させた滅ばせた。
ここが現実ここが現実ここがリアルここが俺の世界。
さあ、殺してくれ。
目を閉じてまぶたにうつったのは目玉だった。じろりと俺の事を見ていたそれは、いきなり握り潰されたように形を失った。
じわりと目頭が暖かくなる。液が滴る音がして目を開けてもそこには何もなかった。代わりに小さいどろだんごでも落ちたような音がした。
多分、目が取れた。暖かいのは血だ。
しばらくすると強烈な虚脱感に立っていられなくなって、きっと俺は地面に倒れた。
ふと笹山の、この馬鹿野郎と俺を罵る声が聞こえた気がした。