ものがたりと現実の住人-1
笹山が死んだ。目の前で血しぶきをあげて、目を細め口をぱくぱくさせて生き耐えた。
破裂したようにも見えた。事実、彼の背中はぱっくりと切り開かれていた。
目玉が飛び散って足元に転がる。見上げる視線は無い筈なのに悪寒はまとわりつく。笹山の手がぴくぴくと震え、まるで失った目を探すかのように動き出す。
手は目を掴んだと思ったらそのまま握り潰してしまい、動かなくなった。
驚いてはいけない。拒絶してはいけない。これが普通なんだ。死ぬ。殺される、意味もわからず、理由も知らずに。
それでいいんだ。死ぬことはつまり脱出。死ぬよりつらい世界に生き続けるのは矛盾している。だから死ぬ。
明るい現実を望んだ日々があった。あったが一度踏み込んだ落とし穴からは抜ける事は許されない。それこそ殺されもせず生きる事もできない空間に閉じ込められる。
俺はまだ生きている。そう考えながら死ぬのを待つ日々は憂鬱ではない。むしろ、クリスマスのプレゼントをまだかまだかと待つ子供のようにわくわくする。この世界はそういうところだ。現実じゃない。現実はとうに捨てた。憧れなんかもうない。
ただこの世界は自殺を許してくれない。笹山は自殺しようとしていた。俺が止める前にやつは自分の左手を切り落とした。その瞬間、笹山は死んだ……いや、世界に殺された。
笹山は言っていた。俺はこんな世界望んでいない、現実へ帰せと。
俺は笹山を助けたかった。教室の中でまだゴミとして扱われた方がマシな立場だった笹山は、日に日に痩せ衰えて、でも夢を捨てずに努力し続けていた。
俺は何度も隠れつつあいつに言った。逃げるのは間違いではないと。そのままだと本当に……死んでしまうと。この『死』は『笹山だけの死』ではないと。笹山を支える人全員を殺してしまうことになると。
笹山はかたくなに拒んだ。可能性を自ら0にするような真似はしない。自分の体調は自分で管理できる。心配しないで君は俺に見知らぬ他人を装えばいいと。
そんな事はできない。それこそ人ではない。日に日に顔を青くして、ついには地に倒れた笹山に。もうやめろ。逃げていいんだ戦うな、と伝えたかった。
だから、笹山をこの世界に連れ込んだ。ここで死んでも誰の記憶にも残らない。楽に死ねる。痛みは無い、苦しみも無い。誰も苦しめない。